大人になっても学んでいるのは、大学生の時の負い目のおかげかもしれない《週刊READING LIFE Vol.203 大人の教養》
*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
2023/2/6/公開
記事:赤羽かなえ(READING LIFE編集部公認ライター)
大学受験は満足がいく結果だった。第一希望の大学、学部ではなかったけれど自分にとっては背伸びした志望校に合格することができた。運が良く試験との相性がよくて手ごたえを感じていたので合格発表を見に行くときも自信があった。これでダメだったら、学校のレベルが高すぎたってことだ、仕方ないと思えるくらい。大学まで歩く道が不自然に光り輝いていて、どの部分を歩いたらいいのか見えているような、未来に向かって歩いている感覚がする不思議な時間だった。まだいくつか試験や発表も残っていたけど、何となくそこに通うような気がしていた。もう四半世紀以上も前の話だ。
受験は成功だったけど、大学の4年間を振り返ったら、後悔ばっかりだった。大学で何かを学びたい、という強い意志があったわけではなかった。その都度学校側から提示された選択肢の中から、その時に一番やりたそうなことを学んできた。親は学歴さえよければそれでよかったみたいだから、大学の成績については一切何も言わなかった。ちゃらんぽらんでも咎められない大学時代を送った私は、勉強を好きでやっていたわけではなく、親の目を気にしてやっていたんだな、ということを自覚した。留年しない程度に勉強はしていたけれど、「もうちょっと勉強やっておけばよかったな」後悔しながら振り返ることの方が多い。
授業をサボったとしても、他に資格取得とかアルバイトに打ち込むとか、4年間という時間の中で、やり遂げた何かがあれば自分自身で納得することもできただろう。けれど、どこをほじくり返しても自分の中途半端さだけが際立ってしまう。
サークル活動にも打ち込んではいたけど私より上手くて有名な人は沢山いたし、やっていた役職だって中途半端で重責を果たしたなんて自慢できるほどでもない。
なんでそういう風に後悔と共に思いだすのか。多分、思った就職先につけなかったというのが大きいのだと思う。自分が大学時代にやってきたことは失敗だよと言われたかのように、ことごとく内定が取れなかった。運悪く就職の悪かった年に当たってしまったというのはある。でも、デキる友達は沢山の内定をもらっていたから、やっぱり私は社会では役に立たないのかもしれない。誰からも何からも咎められないという環境ですごした4年間の本当の通信簿をもらったような気持ちだった。社会人になる前に、私の自信は地に落ちていた。
会社に入ってからは色々な知識を学ばないといけない業種だったため勉強をせざるを得なかった。仕事をしながら勉強をしないといけないんだなと驚いた。最初は不安だったけれど、今までとは全く分野の違う勉強だったし、資格が取れると給料が上がるということもあったので、スポンジのように知識を吸収していった。新しいことを学ぶって楽しいもんだな。それに、学んだことが仕事に直結するのは手ごたえがあった。自分が働きたい業界ではなかったけど、そこで学んだおかげで、その知識をもとにキャリアアップして自分の行きたい会社に転職することができた。一生懸命学べば自分がやりたいこともできるという実感が学びの楽しさを加速させていた。
結婚して広島に来た時に、私は再び学ぶモチベーションを失ってしまった。さしあたり仕事をすることもないし、これと言って勉強をしたいこともない。時間ばかりが沢山あるのに学ぶ目的が見つからなかった。でも、そうこうしているうちに、子どもを妊娠した。子育てってどうしたらいいんだろう? どんな風に子どもに接したらいいのか、子どもの食事ってどうしたらいい? 学ばないと、子どもの命をちゃんと育てることができないかもしれない。今度は、子育てに学びの関心が移っていった。子育ての学びはカオスだ。人の数だけ意見があり、あっちとこっちの意見が全く違う。その中でいかに自分が共感できる学びを見つけられるか迷走しまくった。母親になって15年目だけれど、結局のところどの学びが正しくて、どの学びはよくなかったのか、いまだにわからない。
子育てをするようになって、もう一つ気を使うようになったのが食事だ。子ども達が大きくなるのに食事はとても大事だということはわかっていた。だけど、私は料理をするのが苦手で、何を学んで一生懸命に作ってもいつまでも苦手意識がぬぐえなかった。そんな時に、子ども料理教室のインストラクターの資格を知った。自分がインストラクターになって子どもに料理を教えて、ゆくゆくは子ども達が料理してくれるようになったら、料理が苦手な私をサポートしてくれるようになるかも! そう思って、インストラクター資格を取るべく学び始めた。その学びが思った以上に深かった。師匠が、子どもに料理を伝えるために一切の妥協を許さない人だったからだ。ただ、料理のレシピを教えるだけではなく、料理教室を通して素材の成り立ちを学んだり、食材の旬について学んだり、日本の出汁の文化や行事にまつわる食事などを調べたりした。家庭科などでもほとんど教えてもらえないような内容で、学んだことはとても新鮮だったし、同時に衝撃を受けた。学んだことは、どれも日本の食文化を伝えていくためにはとても必要なことなのに、私は、自分の母からそういうことは一切学ばなかった。それどころか、学業が優先だから、料理や食文化などは母から教わらなかった。私がもしも、食について学ばなかったら、日本の食文化は、私達の代で途絶えてしまうことになっただろう。
「文化が途絶えるのはね、あっという間なのよ」
私の食育の師匠はことあるごとに言っていた。普段の食生活の中で、日本人にとって大事な出汁の文化や一汁二菜の食事を子ども達に伝えて行ってほしいという師匠の真剣な思いは私の胸の中に戻っている。
いまだに料理が得意ではない私が、食のことを学び続けているのは、師匠の想いがずっと残っているからなのだと思う。子どもの料理教室の学び以外にも、保存食や、発酵、昔ながらの日本人の知恵が詰まった食事を学ぶことに心惹かれるのは、日本人が培ってきた食文化の素晴らしさを少しでも子ども達に引き継いでいきたいからなのだ。
しかし、不思議なものだ。社会人になっても結婚してからも、こんな風にずっと学び続けることになるなんて思いもしなかった。いつもなんらか分野を変えながら私は学び続けている。もうそろそろ学ばなくてもいいのかなと思う時もあるけれど、そういう時に限って新しい学びの扉が開いたりする。
もう、何も学ばないというのは逆に不安なくらいだ。私にとって学びは、毎日繰り返される生活に新しい気づきの風を送り込んでくれる存在なのだ。
そうやってずっと学び続けて来られたのは、四半世紀前に大学でちゃんと学ばなかった後悔が原動力になっているからなのだ。真面目じゃない学生で両親に学費ばかりを払わせて悪いことをしてしまったな、という思いが、私の心のどこかに住み着いているからこそ、満足せずにいつまでもずっと学んでいるのだと思う。
そう思ったら、大学の4年間学ばなかっただけで、もうこんなに長い間学ぶための原動力になっているのだから、十分モトは取れたのではないだろうか。
願わくば、私が学び続けている姿を見て、子ども達も学ぶことは楽しいのだと伝わったら申し分ないのだけれど、そればかりは何十年後かの楽しみにしよう。
□ライターズプロフィール
赤羽かなえ(READING LIFE編集部公認ライター)
人とモノと場所をつなぐストーリーテラーとして、愛が循環する経済の在り方を追究している。2020年8月より天狼院で文章修行を開始。腹の底から湧き上がる黒い想いと泣き方と美味しいご飯の描写にこだわっている。人生のガーターにハマった時にふっと緩むようなエッセイと小説を目指しています。月1で『マンションの1室で簡単にできる! 1時間で仕込む保存食作り』を連載中。天狼院メディアグランプリ47th season 、50th seasonおよび51st season総合優勝。
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