週刊READING LIFE vol.205

あなたの家に魔窟はありますか?《週刊READING LIFE Vol.205》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

2023/2/20/公開
記事:工藤洋子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
我が家には魔窟がある。
それも大がふたつに小がふたつの合計4カ所も。
 
魔窟とは何のことか?
控えめに言っても極めて片付いていない部屋などのことだ。
 
うちの場合、2階にもともと用途が特定されていない部屋がひとつ、そして1階に客間代わりの和室だったのに、食材置き場となってしまい、とてもお客様を泊められる状態ではない部屋がひとつある。あとは階段下や脇のスペースをうまく物置にしたつもりが手前の物しか取り出せない不思議なスペースがふたつ……これで4カ所全部だ。
 
私が思うに家の一部が魔窟と化すには段階がある。
 
最初はただの「散らかった部屋」だ。使いにくい物置かもしれない。それが常態化すると「いつも散らかった部屋」になる。この辺りから汚部屋と呼ばれても仕方ない。その後、あまりに散らかっているので普通に部屋を使うことができなくなる。そうして次第に使用頻度が落ちてよっぽどのことがないとその部屋に入らないとなれば、立派な魔窟の完成だ。
 
しかし、家を建ててから今年で18年目。
そろそろ年貢の納め時、というヤツだろう。
 
この年貢が手強くて、気分は利子がかさんで元本の返済にちっともたどり着かない借金のようだ。ここ数日は毎日ゴミ袋数個分の捨てる物が出てくる。おそらく全部捨ててしまえ〜、とやってもほぼほぼ問題がないと思われるが、燃えるゴミに出せば終わるような簡単でない物体もたくさんある。
 
その筆頭がテレビ。
ブラウン管最大級の36インチテレビ。それにその後買ったり、もらったりした古い液晶テレビなどなど。家電リサイクル法が始まって、
 
「あー、めんどくさい」
 
と使わない部屋に押し込んでいったものだから、今になってどうしようもなくなってしまった。同じように面倒なのが、古いパソコン。夫が自分でパソコンをパーツから自作する人だったので、空のPCケースがてんこ盛りだし、各種パーツが箱にわんさと詰まっている。私のものでもないので、すぐに処分という訳にいかない。
 
とにかく千里の道も一歩から、と言うし、目の前のものをひとつひとつ捨てていくしか、方法はないようだ。
 
そもそも小さい頃から片付けは苦手だった。
小学生のときに狭い団地から一戸建てに引っ越し、自分の部屋を持ってからというもの、母の口癖は、
 
「ちゃんと部屋を片付けなさい!」
 
ばかりだった。
 
でもそうやって雷を落とされても、なんせ片付けのやり方が分からないし、なによりめんどくさい。めんどくさい、と口に出そうものなら、また新たな雷が落ちる。母だけならともかく、いつも自分は服を脱ぎっぱなしにしているような父にまで、
 
「お前はちっとも片付けをしない」
 
と言われる始末。
 
「お父さんの方が散らかしてるやんか!」
 
と言い返してはまた母に怒られる毎日だった。
 
母はとても片付け好きだった、と思う。
 
趣味の裁縫の道具が一番多かったが、完璧に整理していた。行き付けの手芸裁縫のお店から買い集めた多種多様な布。春秋用、夏用、冬用と色々な流行りの布を持っており、私が子どもの頃はほとんど母手作りの服を着ていたと思う。他にも調理道具や製菓用品などいろいろな道具類が戸棚に収納されていた。
 
「いつも使う物がどこにあるか分からないと、使う時に探さないといけないから、困るでしょ?」
 
とよく言っていた。いつも何か物を探している私への強烈な嫌味でもあり、それでも事実だから言い返せない自分がいた。
 
反対に父は日常の生活では片付けている風はまったくなかった。仕事も忙しく、家にいる時間が少なかったので、余計にだらしない姿ばかり印象に残っているのかもしれないが、けっしてきれい好きではなかったと思う。趣味のラジコン飛行機は作りかけのままでひと部屋を占領しているし、そんな父に片付けろと言われても、意味が分からないぐらいだった。
 
ところが、父は物を多く持たない。
読んだ本はゴミ箱に捨て、あれもこれも邪魔になると捨てる。パソコンはデフラグ作業を行ってディスクに溜まったゴミを整理するだけではなく、定期的にすべてを消して再インストールをし直すということまでやっていた。ときには必要なものまで捨ててしまって後で困ることもあったけど、自分の管理するものは少ない方がよい、という考えの持ち主だ。
 
「そんなにいっぱいものがあっても管理しきれんだろう? お前、そんなに本をため込んでどうするんだ? 本はまた読みたくなればもう一度買えばいいだろう?」
 
父の方針は母とはまったく対照的であった。
 
たくさんの物を上手に管理する整理法に対して、父の方針は物をもたない断捨離の流れになるのだろう。となると、整理ができない場合、とにかく物を持たないことが正解になるように思われる。物がない、必要なら手に入れる、だからいつもすっきり。思考もすっきり。断捨離の本を読むと、散らかっているとそれだけで気持ちがすっきりしないから、周りを片付けるようにするだけで人生変わる、などと書いてある。
 
断捨離の本は本当にしっかり読み込んだ訳ではないので、少し誤解があってもご容赦願いたい。
 
だけど。
と、私は言いたい。
ゴチャゴチャとした場所からも生まれるものだってあるのではないか、と。
 
今、世の中はダイバーシティ、つまり多様性を重んじる世の中だ。
多様性だけではなく、ダイバーシティー&インクルージョン、つまり多様性と包摂が叫ばれている。インクルージョンや包摂と言ってもかなりピンと来ないのだけど、要は色々な多様性のある個人を価値あるものとして受け入れられる社会を作ろう、ということらしい。
 
ということは、一見雑多に見えるようなものでも実はその中からこそ何かが生まれる、ということもあるのではないだろうか?
 
例えば本を読むことを考えてみる。
 
本好きな人であればあるほど、好みのタイプの本ばかりついつい読んでしまうかも知れない。自分と衝突しない意見を聞くのは誰でも心地よいと感じやすいので、思考の硬直化につながり、違うものを受け入れる土壌が育たなくなる危険性がある。ときには人の紹介する本や自分の考えと違う本も読んでいかないと人間の幅、というものが拡がらない。
 
これは本だけのことではない。普段接する人に対しても同じ事だ。私がご縁あって仕事でお付き合いのある国際大学では、学生や教員の半数が外国人で「混ぜる教育」を行っている。そのような環境の中では一般的な日本の大学とは違うタイプの人材が育ち、日本企業でも重用されている、という。
 
グローバル化が必須の世の中、雑多なもの、きれいに整理整頓されていないものに光を当てることも求められていることのはずだ。
 
……といっても物事には限度がある。
 
いくら片付けができない自分を擁護しようとしてみても、やはり後ろめたさは禁じ得ない。把握できないほどのものをため込んで魔窟化してしまっては、やはり元も子もない。魔窟、ではなく、何か宝物でもありそうな魔宮に転じさせることができれば、この先、多様性を活かしたまま、素晴らしい部屋にすることができるのではないだろうか。
 
「そうだ! あの部屋を片付けて自分の書斎にしよう!」
 
と思い立ったのは今年になってすぐのことだった。
 
コロナ禍でリモートになる仕事が増え、元々寝室の脇に作っておいたスペースが大活躍してくれたのだけど、いかんせん狭すぎる。狭すぎるし、寝室とつながっているので、オンラインの仕事が増えると早朝や夜遅くに声を出して使うことは難しい。だからこそ、魔窟退治、という大仕事にも取りかかろうという気になれたのだ。
 
「必要は発明の母」とことわざがある。まさにその通りで、必要性を感じて可能性を探れば何かしらの解決策は出てくるものだ。今回それを痛感した。
 
物理的に風通しがよくなれば、精神的にもよい影響が出るのではないか。そんな結局断捨離のようなことも期待しながら、片付けを進めている。
 
 
「失敗というのは幻想に過ぎない。あるのは行動を起こしたという結果だけだ」
 
これは世界一のコーチといわれるアンソニー・ロビンスの言葉だ。
 
たかが片付け、されど片付け。
まず行動は起こした。次はやりきるかどうか、だけだ。
 
やるしか、ない。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
工藤洋子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

20年以上のキャリアを持つ日英同時通訳者。
本を読むことは昔から大好きでマンガから小説、実用書まで何でも読む乱読者。
食にも並々ならぬ興味と好奇心を持ち、日々食養理論に基づいた食事とおやつを家族に作っている。福岡県出身、大分県在住。

お問い合わせ


■メールでのお問い合わせ:お問い合せフォーム

■各店舗へのお問い合わせ
*天狼院公式Facebookページでは様々な情報を配信しております。下のボックス内で「いいね!」をしていただくだけでイベント情報や記事更新の情報、Facebookページオリジナルコンテンツがご覧いただけるようになります。


■天狼院書店「東京天狼院」

〒171-0022 東京都豊島区南池袋3-24-16 2F
TEL:03-6914-3618/FAX:03-6914-0168
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00
*定休日:木曜日(イベント時臨時営業)


■天狼院書店「福岡天狼院」

〒810-0021 福岡県福岡市中央区今泉1-9-12 ハイツ三笠2階
TEL:092-518-7435/FAX:092-518-4149
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00


■天狼院書店「京都天狼院」

〒605-0805 京都府京都市東山区博多町112-5
TEL:075-708-3930/FAX:075-708-3931
営業時間:10:00〜22:00


■天狼院書店「Esola池袋店 STYLE for Biz」

〒171-0021 東京都豊島区西池袋1-12-1 Esola池袋2F
営業時間:10:30〜21:30
TEL:03-6914-0167/FAX:03-6914-0168


■天狼院書店「プレイアトレ土浦店」

〒300-0035 茨城県土浦市有明町1-30 プレイアトレ土浦2F
営業時間:9:00~22:00
TEL:029-897-3325


■天狼院書店「シアターカフェ天狼院」

〒170-0013 東京都豊島区東池袋1丁目8-1 WACCA池袋 4F
営業時間:
平日 11:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00
電話:03−6812−1984


2023-02-15 | Posted in 週刊READING LIFE vol.205

関連記事