週刊READING LIFE vol.205

あれは、カリスマの予言だったのだろう《週刊READING LIFE Vol.205 私だけのカリスマ》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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2023/2/20/公開
記事:山田THX将治(天狼院ライターズ倶楽部 READING LIFE公認ライター)
 
 
初めて“カリスマ”という言葉を聞いたのは、1978(昭和53)年秋のことだ。
何故、そう断言出来るかというと、或る映画のセリフで“カリスマ”という文字に出会ったと記憶しているからだ。
 
その映画は、ハーバート・ロス監督作品『グッバイガール』(1977年製作)というアメリカ映画だ。
 
 
当時、大学2年生で19歳だった私は、若者に有りがちな、小難しく理屈をこね回す様な映画をよく観ていた。その方が、インテリぶって他人から見られるとの期待から。
しかしその実情は、私は青臭い若造で、本心では同年夏に公開された『スターウォーズ』を楽しんでいた。
 
そんな、インテリかぶれの若造は、デートの時だけは恋愛ものやラブコメディを選んだ。理由は簡単だ。小難しい映画を偉そうに評したところで、当時の女子にはウケが良くなかったからだ。
私に記憶によると『グッバイガール』は、当時付き合っていたカノジョ(女子大生)が当選した試写状の一枚を譲って貰ったのだ。学生でデート代に事欠いていた私にとっては、渡りに船な誘いだった。何しろ、デートでの映画観賞代の占める割合は少なくないのだ。
 
 
『グッバイガール』は、ニューヨークで繰り広げられる、ロマンティック・コメディー映画だ。
男に逃げられてばかりいるシングルマザーの踊子のアパートに、不動産屋の手違いから売れない役者が舞い込んで来ることから物語が始まる。
以前にも、売れない役者に恋した経験が有るポーラ(踊り子、マーシャ・メイソン演)は、舞い込んだエリオット(役者、リチャード・ドレイファス演)になかなか心を開かない。
そこで、二人の間を取り持つのが、ポーラの娘・ルーシーだ。
 
少々話が横道に逸れるが、日本でもこの映画の様な夫婦が居る。爆笑問題の田中裕二と、タレントの山口もえ御夫妻だ。何でも、自分の母になかなかプロポーズしない田中を、自分の友人に、
「私のパパです」
と、紹介した話は有名だ。
 
ルーシーは、同居していてもどこか孤立しているエリオットに、事在る毎に話し掛ける。そして、当然だろうが学校の友達にも、同居している売れない役者の事を話しているらしい。
何故なら、ポーラの代わりに迎えに出たエリオットにルーシーの友達は、
「ルーシーはいつも、貴方(エリオット)の事を話しているわ。私(ルーシー)の“カリスマ”だって!」
と、言って走って行って仕舞うのだ。
残されたルーシーは、どこかバツが悪そうにしながらはにかむのだった。
エリオットは、突然の誉め言葉に、嬉しさを隠せない表情に為る。
そのシーンを映し出すスクリーンを観詰めていた私は、頭上に大きな“?”を立てて仕舞った。初めて“カリスマ”という文字を、スクリーンの字幕で読んだからだ。
次に瞬間私は、
「ヤバい」
と、心の中で呟いていた。
私のカノジョは、映画を観賞後、感想を言い出す前に映画の解らないところを、五月雨式に聞いてくるのが常だったからだ。私は、見栄っ張りなので、
「知らない」
と、素直に言葉にすることが出来ない。
その代わり、どうか彼女が、
「ねぇねぇ、“カリスマ”ってなぁに?」
と、質問して来ない様に祈った。
 
幸運なことに、カノジョは試写観賞後、
「面白い映画だったね」
を連呼し、“カリスマ”については何も聞いては来なかった。
私は、無邪気に喜ぶカノジョを見て、思わず『グッバイガール』のオリジナル脚本を執筆したニール・サイモン氏に感謝したものだ。
 
 
NY出身のN・サイモン氏は、コメディタッチの戯曲や脚本を多く執筆し世に残した。
コメディは、笑いを伴うことから、芸術性の強い作品に比べて軽く見られがちな傾向がある。ところが実際は、人を笑わせるストーリーを綴ることは、悲劇を執筆するより難しいのかも知れない。
実際、チャーリー・チャップリンの名を出すまでも無く、喜劇作家には‘巨匠’‘名匠’と呼ばれる人が多く見られる。それ程までに、笑わせるのは難しいのだ。
 
ニール・サイモン氏もその一人だ。
彼は元々、NYのブロードウェイで戯曲家として知られていた。『おかしな二人』や『サンシャイン・ボーイズ』といった、後に映画化もされた名作を多く執筆した。
日本の演劇人でも彼の影響を受けた人が多い。N・サイモン氏の戯曲から劇団名を付けた『東京サンシャインボーイズ』を主宰する、三谷幸喜氏(『鎌倉殿の13人』・『古畑任三郎シリーズ』)もその一人だ。
 
この様に、喜劇を書いて尊敬を集めるニール・サイモン氏は、私にとっての“カリスマ”といっても過言では無いだろう。
小難しい映画を好んでいた若い頃から、デートにはコメディを選んでいたのだから御解かり頂けるだろう。
 
 
私は、『グッバイガール』を観賞後、帰宅して直ぐに“カリスマ”を辞書で調べた。新しく知った言葉が、気に為って仕方が無かったのだ。
インターネット等、夢の話だった昭和53年のこと。私は必死に“カリスマ”の綴り(『charisma』)を想像し、英和辞典で見付けることが出来た。
そこには、“カリスマ”の意味として、
『神から授かった特殊な能力 (恩寵の賜物)を意味する』
と、記されていた。
私には、‘なんのこっちゃ’な表記だったので、次に『現代用語の基礎知識』に“カリスマ”が出ていないか調べてみた。
『現代用語の基礎知識』の‘新しい外来語’のカテゴリーに、“カリスマ”記載が在った。そこには、“カリスマ”の意味として、
『カリスマとは、他人の心を惹きつける様な強い魅力のことまたは、その魅力を持っている人のことを意味する言葉』
と、記載が在った。
私は思わず、
「次のデートの時に、カノジョに自慢してやろう」
と、頭に叩き込んだ。
 
 
映画『グッバイガール』は、その完成度と共に、他のニール・サイモン作品とは違い経歴を持つことに為った。
映画の完成度に関しては、NYを舞台にした映画を、脚本家(N・サイモン)・監督(ハーバート・ロス)・主演(リチャード・ドレイファス)と、3人のニューヨーカーが、作品に加わったという奇跡に依る所も多いと思われる。3人にとって、自分の街の雰囲気を醸し出すのは‘御手のもの’の筈だ。
『グッバイガール』は、唯一の3人共作でも有る。

もう一つ、『サンシャイン・ボーイズ』『おかしな二人』といったN・サイモン氏の代表作は、舞台で評判が良かったので映画化された経緯がある。
これは、N・サーモン氏の作品だけでなく、多くのブロードウェイ作品にみられる傾向でもある。
アガサ・クリスティーの『検察側の証人』や、シドニー・ルメットの『十二人の怒れる男』がその代表だ。
 
ところが『グッバイガール』は、映画がオリジナルの脚本で書き下ろされた。
その後(しかも20年近く経って)、ブロードウェイへ凱旋した稀有な作品でも有るのだ。
 
 
『グッバイガール』の最終盤、相変わらず売れていないエリオットに、突然ハリウッドから映画出演のオファーが届く。
嬉々として旅支度をするエリオットを横目に、やっと打ち解けたポーラは、
『また、(男に)去られるのか』
と、悲しみに暮れる。
その気持ちをエリオットに告げると、彼は、
「じゃ、行くのを止める」
と、駄々を捏ねる様に、旅支度を放り投げベッドに横たわる。
それを見たポーラは思わず、
「有難う!」
と、喜びの声を上げる。
すると今度は、エリオットが、
「やっぱり、行きたい!」
と、叫び出す。
まるで、痴話喧嘩そのものだ。

そんな二人を、娘のルーシーは、どこか飽きれ顔で見ている。
我々観客は、大笑いをしながらスクリーンを観詰めることと為った。
 
仕舞にエリオットは、
「この映画(オファーされた)で、アカデミー賞を獲るんだ!」
と叫び、部屋を出て行くのだった。
 
 
このシーン、間違いなくアメリカよりも日本で多くの爆笑を得た筈だ。
何故なら、この『グッバイガール』で、リチャード・ドレイファスは本物のアカデミー主演男優賞に輝いたのだ。
配給後にアカデミー賞が発表されるアメリカとは違い、日本では受賞後の公開だったからだ。
 
私達、日本の映画ファンは、ニール・サイモン氏の予言の様なセリフに、涙が出る程大笑いをした。いや、させて貰った。


私は、今にして思う。

あのセリフは、私のカリスマの為せる業だったと。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
山田THX将治(天狼院ライターズ倶楽部所属 READING LIFE公認ライター)

1959年、東京生まれ東京育ち 食品会社代表取締役
幼少の頃からの映画狂 現在までの映画観賞本数17,000余
映画解説者・淀川長治師が創設した「東京映画友の会」の事務局を40年にわたり務め続けている 自称、淀川最後の直弟子 『映画感想芸人』を名乗る
これまで、雑誌やTVに映画紹介記事を寄稿
ミドルネーム「THX」は、ジョージ・ルーカス(『スター・ウォーズ』)監督の処女作『THX-1138』から来ている
本格的ライティングは、天狼院に通いだしてから学ぶ いわば、「50の手習い」
映画の他に、海外スポーツ・車・ファッションに一家言あり
Web READING LIFEで、前回の東京オリンピックの想い出を伝えて好評を頂いた『2020に伝えたい1964』を連載
加えて同Webに、本業である麺と小麦に関する薀蓄(うんちく)を落語仕立てにした『こな落語』を連載する
天狼院メディアグランプリ38th~41stSeason四連覇達成 46stSeasonChampion

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2023-02-15 | Posted in 週刊READING LIFE vol.205

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