週刊READING LIFE vol.206

雑学を貢ぐ女《週刊READING LIFE Vol.206 面白い雑学》

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*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

2023/2/27/公開
記事:山本三景(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
「元はいいんだけどね」
 
そう言われて振られたことがある。
今となっては懐かしい思い出だが、そのときは何を言われているのかわからず、固まってしまった。
 
彼の言う「元」とは、一体何を指しているのだろう。
 
わたしの見た目は確かにお世辞にもいいとは言えなかった。
そんなことは百も承知だ。
いまさらダイヤモンドの原石にはなりようがなかった。
なんとなく、ポジティブでないことは予想ができる。
よくて指などのパーツか?
 
「わたしのどこが好き?」
 
そんなことを聞くつもりはさらさらないが、「元」の出どころが気になって仕方がなかったので、もう少し掘ってみることにした。
 
「元ってなに?」
 
すると、彼は音にして二文字だけを静かに言い放った。
 
「骨」
 
予想をはるかに超える言葉が脳内にガツンと入ってきて、わたしは思わず目を瞬いた。
 
「ほね?」
 
オウム返しに彼の言葉を繰り返した。
 
「そう」
彼は整った顔でにっこり笑った。
 
性格悪いな……。
そう思った。
彼の笑顔から、底意地の悪さを感じてしまった。
 
ほね……。
ほねって、あの「骨」のことか。
骨密度以外で骨を意識することはなかった。
 
「骨」と言われてすぐに思い出したのが、子どもの頃に火葬場で見た祖父の骨だった。
わたしが10歳ぐらいの頃、祖父が亡くなり、人が病院で亡くなってから火葬場で骨になるまでの過程を初めて見た。
火葬場で、近くにいた大人からかけられた言葉を思い出していた。
 
「タバコも吸わなかったから、おじいちゃん、綺麗な骨だね」
 
そうか、人は死んでからでないと骨が綺麗かどうかはわからないのか。
 
焼かれた祖父の骨を見て、小さなわたしはそう思った。
病気をしたり、骨粗しょう症などで骨の密度が低かったりすると、火葬後に残る骨が少なくなる場合がある。
祖父の骨はしっかりと残っていて灰になっていなかった。
病気をあまりしていなかったからかもしれない。
火葬場で見た祖父の骨はそのときにかけられた言葉と結合し、いつまでもわたしの中で強烈に居座り続けていた。
 
そして、「骨」と言われたとき、「おじいちゃんの骨」がひょっこりと顔を出す。
 
元はいいと彼は言う。
その「元」とは「骨」のことだ。
 
他にもっと言うことはあっただろう。
いや、よっぽど褒めるところがなかったのか。
そして、思わず口に出してしまった。
 
「それは、焼かないとわからないね……」
 
きっと強がりに聞こえたかもしれない。
そして、それ以上は詳しく聞かなかった。
ほどなくして彼はわたしの元を去っていった。
 
骨はいいとわたしに言い放った彼だが、彼はいわゆるいい男だった。
しかし、決して性格が良いわけではなく、結構なくせものだ。
一緒にいて心が休まるわけではなかったが、若かったからか、それでも別に構わなかった。
好奇心旺盛の野心家で、見た目もよく、自分がどう見られているかを熟知している。
自分に対して自信があるのが見てわかる。
 
本当に見た目も考え方もわたしとは陰と陽の関係だ。
お互い、まわりにはいないタイプだったと思う。
面白そうだなという好奇心で近づいたのだろう。
飽きたらそれで終わりだ。
 
ここでわたしは彼にあるものを貢ぐことになる。
どれぐらい貢いだか?
 
貢いだのはお金ではない。
彼はお金を稼ぐことには興味はあったけれど、お金には全然困っていなかった。
 
向こうが会いたいと思うのはいいが、こちらの誘いは無視をする。
単に興味がなかったのだろう。
しがみつくつもりはなかったが、無視されるのは気分が悪かった。
どうしたら彼は興味を持ってくれるだろう。
 
誘いの冒頭に「マグロ漁船で働く人の年収」という言葉をいれたら、興味を示してすぐに折り返しの電話がかかってきた。
求めているのは面白さなのか?
ここから段々と師匠と弟子のような関係になっていく。
 
わたしは雑学を彼に貢ぐようになっていった。
 
雑学と言っても、自ら雑学を探しにはいかない。
基本は自分が人から聞いて面白いと思った話や、興味がある話を選択する。
何にでも興味がある時期だったので、見ているテレビ番組もバラエティ、ドラマ、スポーツと幅広かったし、食べることや音楽にも興味があった。
雑学というより、ただ自分が楽しいと思うことを紹介していただけだ。
 
よし、最近柔道をよく見ているので、柔道の話にしてみよう。
 
「軽量級、中量級が好き。柔道の技の話」
 
袖釣込腰、巴投げ、肩車、自分の好きな技の話をしたと思う。
柔道に興味があったらしく、楽しんでいた。
 
じゃあ今度は、昔、友達から聞いた三島由紀夫の話が衝撃的だったので、三島由紀夫の話をしてみようか。
 
「三島由紀夫の介錯が大変だった話」
 
45歳の若さで割腹自殺を選んだ作家の三島由紀夫。
切腹すると介錯人が介錯するのだが、これが失敗して大変だったという話を冬の寒い時期に友達から聞いた。
なかなか首が切れないという話に、かじかんでいた手がさらに冷たくなった記憶がある。
強烈だったので、話を聞いた場所もおぼえているぐらいだ。
この話は採用された。
採用というのもおかしいのだが……。
 
次は漫画の話をしてみるか。
浦沢直樹の漫画の『MASTERキートン』に載っていたマフィアの話をしてみよう。
 
「マフィアの語源の話」
 
Morte alla Francia Italia anela!
すべてのフランス人に死を! これはイタリアの叫び!
 
「シチリアの晩鐘事件」がきっかけに起こった反乱の合言葉だ。
フランス占領下のシチリア島で女性がフランス兵に暴行を受け、そのときに暴行を受けた女性の恋人が叫んだ言葉。
この頭文字をとってマフィアという語源になったという説があるということを『MASTERキートン』を読んで初めて知った。
 
漫画の主人公のキートンは、日本人の父親と英国人の母親を持ち、オックスフォード大学を卒業した考古学の大学講師、元イギリスの特殊部隊SASの教官、大手保険会社ロイズの探偵という3つの顔を持つ。
一話完結の話の中に、マフィアの語源の話が入っていた。
残念ながらこの話には興味を示さなかった。
ゴッドファーザーでも絡めればよかったか。
また次回。
 
雑学ではないのだが、今度は『夏の葬列』という教科書に出てくる話をしようか。本の内容を熱く語るわけではない。
 
「小さな嘘が数年後に壮大な嘘になった話」
 
これは、わたしが経験した話だ。
まだ中学生の兄が、掃除をさぼったか、なにかしら悪さをした罰として、国語の教科書に載っていた『夏の葬列』という山川方夫の小説を書き写すことを言い渡される。
罰として書かされたものを兄は自分が書いた小説だと言って妹のわたしに読ませた。
ノートに手書きで書かれているので、教科書を写したものだとは思わなかったわたしは、本当に兄が書いた小説だと思い込み、感動すらする。
ネタばらしされずに数年経つ。
そして、わたしは中学生になり、新しい国語の教科書をめくると、あのとき、兄が見せてくれた『夏の葬列』が載っていて、数年にわたる嘘がはじめて明らかになり、愕然としたというわたしの体験談。
これは手ごたえがあった。
 
そんなことを繰り返していくうちに、自分はなにをやっているんだと思うようになってくる。
 
わたしはいま、なんの修行をしているのだろうか。
 
疲れてしまった。
意外と自分も楽しんでいたくせに、わたしも勝手なことを言っている。
要は気に入られたかっただけなのだ。
 
そして、極めつけが「骨はいい」というわたしへの評価だ。
そうか、唯一褒めるところは骨だったか。
肉と皮と感情すらも取り除いた、骨がいいと言われて喜べるはずもない。
あのときの彼の皮肉な笑いに、中身がないと言われているような気がした。
 
今でも思う。
いったい、「骨」とはどういうことだったのだろう。
 
苦しくも今、肋骨の第7番目が痛い。
もしかしたら彼がいいと言った骨なのかもしれない。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
山本三景(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

2021年12月ライティング・ゼミに参加。2022年4月にREADING LIFE編集部ライターズ倶楽部に参加。
1000冊の漫画を持つ漫画好きな会社員。

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2023-02-22 | Posted in 週刊READING LIFE vol.206

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