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週刊READING LIFE vol.206

カミソリマクロと私が愛し合った1年間《週刊READING LIFE Vol.206 面白い雑学》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

2023/2/27/公開
記事:河瀬佳代子(READING LIFE編集部公認ライター)
 
 
ぬるい。
何撮っても、なんか、周りの人とは違う。
 
写真を撮り始めた1年前は、自分が撮る写真をそんな目で見ていた。同じ写真の講座を取っている人と比べると、圧倒的に深みが足りない。陰影が足りない。
 
例えばだけど、同じ日の同じ時間に同じ風景や同じ人を撮っても、他の人の写真は「すごい」と即座に言えるものがある。色合いや彩度のこともあれば、光の具合のこと、背景のぼかし方など、多く写真を見れば見るほど、いくつもいくつも自分の写真との差が見つかってしまう。
 
目に見える部分が足りないのはもちろんだけど、それ以上に、自分の写真には訴えかけてくるものがないように感じていた。
 
何が違うのだろう。どうしたら、補えるのだろう。
 
撮り方が悪いのだろうか。そう思って、写歴が長い人の真似から始めようと思い、動作を盗み見て、アングルを盗み見てやってみる。そこそこそれらしいものは撮れるけど、それでも「どこかで見たことがあるような写真」にしかなっていないような気がしていた。
 
ちゃんと写真を勉強しようと思ってから、その時点ではまだ数ヶ月しか経っていない。写真なんて、撮って撮って撮りまくらないことには上手くなんてならないんだから、キャリアが違うんだから、しょうがない。そのことはわかっていた。わかっていたけど、でも、つまらない写真にしかなってないのは嫌だなあと思っていた。
 
そんな折、同じ写真の講座を取っている人に、自分の取材記事の写真を撮影してもらう機会があった。自分は取材に専念したいので、誰か同行して写真だけ撮ってくれる人いない? と探したら、カメラマンを引き受けてくれた人がいた。
 
取材するときは毎回結構緊張する。準備はちゃんとしたか、忘れ物はないか、想定質問はできる限り考え尽くしたか。抜かりないと思っていても気が張っているのがわかる。写真と取材を1人で同時にやったってもちろんいいのだろうけど、それはそれでどちらも気が抜けないので、できれば取材の時は取材に専念したいと思っている。写真を撮るのだって当然だけど写真に専念したいはずだし、一瞬のことだらけなので、ある意味取材以上に気が抜けない。だから写真だけ撮ってくれる人が同行してくれると本当にありがたい。
 
取材場所は、2月のなだらかな山の斜面の果樹園だった。まだ風が冷たいけどポカポカと晴天に恵まれ、急な斜面をみんなで歩いていく。この状況で取材と写真を同時にこなすのはなかなかの難問ということはすぐにわかったので、余計にカメラマンがいてくれてよかったと思っていた。逆にカメラマンはとても気持ちが良さそうに、果実の撮影をしていて、農家さんに質問までしてくれている。私よりも全然リラックスしているし、よっぽど取材ライターに向いているんじゃないかと内心苦笑いしながら、山から転げ落ちないように後をくっついていった。
 
おかげさまでその日の取材はとてもうまく行った。帰りの電車の中で取材を振り返ってカメラマンと会話をしていた時にふと、自分が写真について感じていることを訊いてみようと思った。
「……これから、どういう写真を撮ればいいのかがわからなくて。なんとなくシャッターを押しさえすれば、それなりには撮れるんだろうけど。やろうと思ったら写真なんてキリがないじゃない?」
「自分が写真に何を求めているのかって、明確になってる? とはいえまだ数ヶ月しか経ってないから難しいとは思うけど」
「一応、自分の中でのゴールはある程度決めておきたいかなとは思う。現実、写真はお金かかるしね」
「それは大事だよね。自分がどこまでの範囲でやるのかをある程度決めることは。費用の面とか、技術的なこととかも」
「機材のことを考えたらいくらお金があっても足りないような気がするけど、でも自分が撮る写真をもっと良くしたいとは思ってるんだよね。レンズ変えたいけど、次に何のレンズを買ったらいいのかわからなくて」
 
カメラは、技術ももちろん大事だけど、それ以上にレンズの良し悪しもものすごく写真の出来を左右することに気がつき始めていた。その時私が持っていたレンズは2本。1本は、カメラを買った時にカメラ本体と一緒にセットでくっついてきたズームレンズ。そしてもう1本は、後から買い足した50mmの単焦点レンズだ。
 
カメラのことにあまり詳しくない方向けにレンズの話をすると、ズームレンズとは「焦点距離を変更できるレンズ」で、わかりやすく言えば、自分が立っている場所を変えずに対象物を拡大・縮小できるレンズのことである。
 
対する単焦点レンズとは「焦点距離が変わらないレンズ」で、被写体との距離が変わらないため、アングルを変えるには自分が動く必要がある。自分が動くか、動かなくてもいいのかが、ズームレンズと単焦点レンズとの大きな違いになっている。
 
「次に何のレンズを買ったらいいのかは、自分が何を撮りたいかにもよるよね。飛行機撮りたいなとか、お星様撮りたいなとか、花火撮りたいなってなったら、いつの間にかそれ専用にどんどんレンズが増えてくからね」
「もうキリがなさすぎ。今言ってくれたものはすぐには撮らないと思う。私が撮りたいのは、料理かな」
「料理ねえ。その他のものも撮るんでしょう? じゃあ、これがいいんじゃない?」
そう言って彼はスマートフォンを操作して検索してくれた。見せてくれた画面には、ごく普通の黒くて長いレンズがあった。
「これ?」
「そう。カミソリマクロ」
「カミソリ?」
「すごくキレッキレの写真になるから、そういうあだ名がついてるんだ」
「へえ」
 
その「SIGMA 70mm F2.8 DG MACRO Art」と名がついた単焦点レンズが一体いくらくらいするのか、自分で買える値段なのかを、じっくりと調べることとなった。とりあえず手は届きそうなこと、レンズは中古でも十分使えることなどを考えて、フリマサイトで探してみるとちょうどいい感じのお値段のものがあった。紹介文に添付されていたのは静物や料理写真だけではなく風景写真もあった。どこかのテーマパークで撮影したのだろうか、門のようなものが遠景から撮られているけど、隅までピントが正確に合っていた。料理の写真も、食品の繊維がきめ細かく表現されていて、遠景から小物までをカバーしてくれそうなレンズであることが気に入った。
せっかくおすすめもしてもらったことだし、写真の雰囲気もよかったので私はそのカミソリマクロを購入してみた。届くのを待ちかねて早速カメラにレンズをくっつけてみる。そのまま持ち上げると結構重たい。調べるとレンズだけで重量が570gもあるじゃない! どうりで重たいわけだ。
 
肉屋さんで対面でお肉を買うときも「豚肉の生姜焼き用を350gください」なんて注文しているから。それよりもはるかに重たい。カメラ本体が565gだから合わせると1kg超えだ。ちょっとこれはリサーチが不足してたよねと買った後から言ったって遅いのだけど、腰痛と肩こり持ちの私にとって、重たいレンズはなかなかの難関になるかもしれないと思ったのだった。
 
それでもそのカミソリマクロで撮った写真は、それまでに撮った写真にはないきめ細かさがあった。それもそのはず、正式名称が「SIGMA 70mm F2.8 DG MACRO Art」となっていて、このレンズは単焦点レンズであると同時にマクロレンズでもあったのだ。
 
マクロレンズは、近距離でも美しい画質になるように設計されている。接写向きなので花のように被写体に寄って撮る撮影に適しているレンズだ。
 
私はこのレンズがとても気に入った。とにかく写真がシャープなのだ。
 
ピントが合ったところは細部までくっきりと写り、そうでないところのぼけ方もなんだかとてもいい感じ。なんてことはない、プランターに咲いていたチューリップなのに、こんなに綺麗になるとは。それまで、50mmの普通の単焦点レンズは持っていたけど、これはマクロレンズでもあるので、段違いに切れがいいかもと思った。
 
食べ物を撮っても、細かな繊維や、野菜果物独特の「ヨレ」みたいなものまでくっきりと写してくれている。ここまで正確に写してくれていると本当に気持ちが良い。
 
そしてこのレンズは、人を撮っても大変にシャープなのだった。
 
このレンズを使い出してからというもの、「写真が変わったね」と言われることが多くなった。2022年の1年間は、写真を撮る機会があれば積極的に行ける範囲内で参加していて、とにかく撮る枚数を重ねて行くことを意識していた。それがよかったのかもしれない。
 
物を撮るときも、人を撮るときも、つい考えてしまうのは「どうしたら今の最良のものを引き出せるか」だ。パッと見た印象、綺麗とか美味しそうとか楽しそうとか幸せそうとか、それだけではなく、その裏側に隠されたものが何かあるのではないか。写真をやっているうちに、そういうものがもしかして引き出せたらとても面白いのではないかと考えるクセがついてきたのかもしれない。
 
本当はその思考が文章にも毎回生かせたらいいなと思っている。
写真は一瞬にして良し悪しがわかるけど、文章はそうは行かない。全部読んでもらって初めてトータルで良さを知ってもらうのが文章だ。でもくっきりとはっきりと、メリハリをつけられるような、そんな工夫は文章でもできるような気がしている、それが文体でありリズムでもある。
 
自分がとても好きな出だしがあり、それは円地文子著『妖』(新潮文庫)である。
 

その静かな坂は裾の方で振袖の丸みのように鷹揚なカーヴをみせ、右手に樹木の多い高土手を抱えたまま、緩やかな勾配で高台の方へ延び上っていた。片側には板塀やコンクリート塀が続いていたが、塀の裏側は更に急な斜面に雪崩れ込んで崖下の家々は二階の縁がようやく坂の面と並行する低さだった。

 
もし実際にこういう風景があったら、どんな画像になるのだろうとつい想像してしまう。人の脳裏に絵が浮かんでくるような文章を書きたいといつも思っているけど、まだまだその域には遠いと思っている。
 
写真をやってみて、単に文章だけ書いているのではなく、画像として何が自分に必要なのかを瞬時に思い浮かべる訓練をすることで、さらに目の前に情景が浮かぶような文章を書きたくなったことに気がつく。文章を映像や画像として考えながら書く訓練の一端にはなったけど、まだまだ自分の技量が追いついていない。
 
もともと性格的に「ぬるいもの」が好きじゃなくて、「やるならとことんやる」をモットーにしている。だからこうした「白か黒か」がはっきりしているものが好きなんだろうなとは思っている。写真もそうだけど、文章だってくっきりとした文体が好きだ。
 
写真をみてもらったひとりでも多くの人に「この写真から感じるものが何かある」と思ってもらいたいし、文章を読んでくれた人の脳裏に何かを残すものが書きたい。私のそんな欲望を引き出してくれたのは間違いなくカミソリマクロだったし、このレンズと1年間ずっと一緒に過ごした時間がそうさせてくれた。ほとんどの撮影現場に連れて行ったこのレンズと私とはたぶん相思相愛だったのだろうと信じている。その「愛の時間」は当分続くと思っているし、ここからまたどんな絵が生まれるのか、そしてそれが文章に与える化学反応も、密かに楽しみにしている。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
河瀬佳代子(かわせ かよこ)

2019年8月天狼院書店ライティング・ゼミに参加、2020年3月同ライターズ倶楽部参加。同年9月天狼院書店ライターズ倶楽部「READING LIFE編集部」公認ライター。「Web READING LIFE」にて、湘南地域を中心に神奈川県内の生産者を取材した「魂の生産者に訊く!」http://tenro-in.com/manufacturer_soul 、「『横浜中華街の中の人』がこっそり通う、とっておきの店めぐり!」 https://tenro-in.com/category/yokohana-chuka/  連載中。他に企業HP、シンポジウム等実績。

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2023-02-22 | Posted in 週刊READING LIFE vol.206

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