週刊READING LIFE vol.206

雑学は身を助く《週刊READING LIFE Vol.206 面白い雑学》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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2023/2/27/公開
記事:工藤洋子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
雑学、とは私にとって旅行に持っていく万能ナイフのようなものだ。
 
有名なところでは、スイスアーミーナイフ。
ナイフは刃渡りが大小そろっていて、栓抜きや缶切り、ハサミなどの基本ツールは標準装備。その他にもドライバーやピンセットまで付いていたりする。Victorinoxというメーカーのものが有名で、初めてスイスへ旅行に行ったときに名前の刻印付きで買ってきた。大好きな赤い色のそのナイフは私のお気に入りだ。
 
旅行のときは何が必要になるか分からない。
アーミーナイフのような万能ナイフがあれば、旅先で何かあっても困らない確率が上がる。同じように雑学も私にとってはどこで役に立つか分からないけど、なくてはならないものになっている。
 
そう、私は雑学を愛しているのだ。
 
ほとんどの雑学は本から手に入れることが多いが、人が話してくれる情報も捨てがたいものがある。
 
たまたま乗った飛行機の機内誌に載っていた羊羹の名店の情報。
旅先で乗ったタクシーのドライバーが話していた裏話。
高校の日本史の授業で先生が目の前で見てきたかのように語ってくれた桜田門外の変の情景。
 
そんなすべての他愛もない話がひょんなところで浮上して役に立つことがあるのだ。けっして一点集中型の性格とはいえない自分は、浅く広く意識を拡散させておく方が向いている。
 
だから私は、「雑」学という呼び名に大変不満があるのだ。
 
だって、「雑」といえば、
 
雑な仕事
 
とか
 
乱雑
 
とか
 
あまりいい印象を持つことがないではないか。
雑音、雑魚、雑巾、どれをとってもポジティブな印象を持てない。
 
そもそも雑学とは何なのか、ちょっと国語辞典を引いてみた。
 
広辞苑によると、雑学とは、
 
「雑多な物事・方面にわたる、系統立っていない学問・知識」
 
のことを指すらしい。
 
ほら!
系統立ってこそないけど、学問や知識のことを言うんだよ。
けっして「雑な」学問ではないのだ。
 
あれ、でもそもそも「雑」という言葉はどういう意味だろう?
「雑な」というと悪いイメージだけど、雑居ビル、とか、雑誌とかの言葉にはあまり悪い印象はない。
 
もう一度広辞苑を引いてみる。
 
「雑」とは、
 
種々のものの入り交じること。主要でないこと。②あらくて念入りでないこと。」
 
とある。
 
そうかそうか、悪い印象を持つのは②の意味のようだ。
 
「あらくて念入りでない」仕事は「雑な」仕事だし、乱れてあらい部屋は、「乱雑な」部屋になるのだろう。
 
雑学、とはあくまで①の意味で、色々なものが入り交じっている様子を示しているようだ。「雑誌」といえば、色々な事が載っている書誌だろうし、「雑煮」といえば、お正月に食べる色々な具材が入った椀物のことを指している。
 
ところで、「雑煮」といえばまさに雑学の宝庫だということをご存じだろうか?
 
誰でも自分の生まれ育った地方の雑煮がスタンダードだと思っているだろうが、実は相当違っている。私が生まれ育ったのは福岡で両親は佐賀の出身なのだけど、我が家の雑煮はシンプルにカツオ菜という青菜とカマボコ、丸い餅が入っているだけだった。福岡では寒ブリなども入り、もう少し具材が増えるが、共通点はアゴと呼ばれるトビウオで出汁をとったすまし汁を使うところにある。
 
同じ九州の隣県でも差異があるのだから、全国となると大きく違ってくる。
テレビで見たり、人に聞いたりした情報によると、そもそも餅の形が違うようだ。九州から関西など西日本では丸い餅が普通だが、関東やその他東日本では餅は四角いのが普通だと聞く。
 
出汁も醤油ベースのすまし汁なのか、それとも味噌なのか。味噌だったら白味噌か赤味噌か豆味噌か、と日本全国バラエティに富んでいると聞く。中には雑煮に甘いあんこ餅が入っているところもあるらしいので、私からすれば寝耳に水だけど、小さい頃からその雑煮を食べてきた人にしてみれば、至極当たり前のことになる。
 
とまあ、雑煮ひとつ取ってもこれだけの雑学がある。知っていて何の役に立つのか、と問われれば、
 
「いや、別に?」
 
と私は答えるだろう。
 
知っても知らなくても別にどちらでもいい。
でも知っていると、何だか楽しくなる、それが雑学というものだろう。
 
「雑学」には別に悪い意味があるわけではない。と、それが分かれば別に私としても構わない。最初にも言った通り、私は雑学をこよなく愛しているからだ。
 
子どもの頃は知りたいことのことを「雑学」とは言ってなかった。あれもこれも物珍しく、興味のあることをがむしゃらに覚えて披露すれば、小さい頃なら大人はほめてくれる。
 
でも小学校に入ると、学校の勉強のように国語、算数、理科、社会と系統だっていない知識より読み書きそろばん的な学習がよいとされるようになる。中学、高校と上がっていくにしたがって、雑多な知識・学問、つまりただの「雑学」と学校教育ではとらえられていく。受験に役に立たない知識、雑学をいくら覚えても学校の試験の成績に反映されなければ、ムダな知識とさえ呼ばれることもあるかもしれない。
 
宇宙について興味を持って星座の名前やギリシャ神話に親しんでも、それは理科という教科の一部分だけ。お菓子作りにはまってレシピを読みあさり、数々のフランス菓子の技法を習得したとしても、家庭科の内容にわずかにかする程度。
 
それでも。
たとえムダと言われようとも知りたいという意識を削ぐことはできない。それが雑学の魅力だと思う。実際、私もすべては雑学を起点にしてしか勉強できていない。初めに雑学ありき、だ。学生の頃はピンと来なかったものが、大人になってから雑学として得た知識からピンときたものもたくさんある。
 
世界史はまず、『三国志演義』から。
ちょうど小学生の頃だったろうか、NHKで放映していた人形劇にハマり、登場人物をすべて覚えて登場人物の相関図まで作るほど熱中した。おかげで三国時代を中心に中国の関わる歴史はだいたい網羅できた。
 
ヨーロッパの歴史はシャーロック・ホームズから。
当時のイギリスはビクトリア女王の統治でとても繁栄していた反面、工業化による貧富の差もあり、犯罪も多発していた時代だ。シャーロック・ホームズとモリアーティ教授が最後に戦いもみ合って落ちた、というスイスのライヘンバッハの滝にはわざわざ立ち寄って写真も撮ってきたりした。2人とも実在の人物ではないけどね。
 
動物については子どもの頃から好きだった動物番組がきっかけになっている。チーターはネコ科の肉食獣だが、スピードを重視した発達をしたためパワーに欠け、自分より体の大きい獲物はけっして狙わないそうだ。そういうことをテレビで雑学として聞いてから、アフリカンサファリに行くと確かにその通りで、チーターとシマウマが同じエリアで飼育されていたりする。シマウマはチーターより大きい上に気性がとても荒いので、チーターがシマウマを狙うことはないと確かに説明を受けた。
 
これらは私の興味のほんの一部だが、とりとめもない、まさに「雑多な」知識であることは間違いない。でもこれが実は「効く」のだ。雑学でとりとめなく多方向に同時展開しているように見える無秩序な知識ベースが、自分でも予想できないところでひょっこり顔を出すことがある。仕事でも、そして日常生活でも……
 
私は日英の同時通訳をかれこれ20年以上やっている。通訳という仕事は案件のたびに新しいことを学習しなくてはならないほど、大人になっても予習復習の欠かせない難儀な仕事だ。今日は自動車メーカーの販売会社の戦略会議、明日は国際大学の評議会と多種多様な仕事が日々舞い込んでくる。
 
そこでよく、
 
「そのたびに専門の用語が出てきて大変でしょう?」
 
と人に言われるのだが、実は一番困るのはそこではない。
 
それが社内の会議なら、その時世界を騒がせているニュースかもしれないし、そのニュースを見て脳裏に浮かんだ昔の思い出の話かもしれない。その人が朝食べた朝食の話かもしれないし、先日見た話題の映画の話かもしれない。
 
専門用語なんて最初から調べればいいのだ、予想が付く範囲なら怖くない。だけど、予想がまったくできない、そんな日常会話やあいさつなんて、事前にどうしようもないではないか。
 
どうしようもない。
うん、本当にどうしようもないし、一発で効く特効薬はまったくもって皆無なのだけど、ひとつだけ対策は、ある。
 
それは常にいろいろなことに対して興味を持ち、アンテナを感度高く張り巡らせておくことだ。つまり、目に付く限りの雑学を我が身のうちに取り込んでおくこと。そうすれば、いつかどこかで何かの役に立つ可能性がある。
 
アフリカから来たゲストがいる会議に行けば、昔のチーターとのふれ合い、とかの話が出るかもしれない。今、流行りのホテルビュッフェの記事を見ておけば、変わった朝食サービスのことを言われてもピンとくるかもしれない。そういう知識ともいえないトリビア、つまり雑学を頭の片隅に住まわせておくことが何よりの備えになる。通訳者として仕事を続けていくと、そこが実は一番大事なのだと分かるようになった。
 
先日も、とある大学で外国人学生対象の古美術セミナーの通訳をする仕事があった。刀剣、焼き物、鎧兜など日本で古美術とされていて、外国人にも人気のありそうな品がたくさん並べてあり、そのひとつひとつについて地元の古美術商の方が講師になって説明してもらう、というものだった。
 
特に刀剣については、刀の各箇所の名称から、さらにその名称を使ったことわざが日本語では普通に使われているのだ、という説明資料まで用意されていた。私たち日本人でも普通には触れることのないものだ。普通なら準備に窮するところだろう。
 
ところが私は少なくても全体のイメージは最初からつかむことができていた。というのは、お気に入りのマンガの中に刀剣を扱ったものがあったからだ。『KATANA』というそのマンガは主人公が刀の魂魄を見ることができる、という設定で、刀と太刀の違いから刀の各部名称まで結構細かく説明されていたのだ。
 
そのマンガを読んだのは仕事のためではない。当たり前だけど、話が面白いから娯楽として読んでいただけだ。でも、古美術セミナーの通訳、という仕事が来たとき、偶然ではあるが、とても役に立つことになった。そのマンガから得た知識を元に事前打ち合わせができたことで、講師からの信頼を得ることもできたし、異文化を説明する、という内容だったにもかかわらず、聴衆の反応もよかったと思う。本当にいつ、どこで、何かが役に立つかなんて世の中まったく分からないものだ。
 
別に私のような仕事でなくても、どんな場面でも過去の経験や知識が何か役に立つことは誰にでもあると思う。そして私が考えるに、その知識は積み重ねることによって系統化されていく。雑学、という「系統立っていない学問・知識」と定義された物が集合体となることで、なんと系統化されるのだ。
 
そうすると何がよいかというと、経験した通り、覚えた通りのものでなくても、類推することができるようになることだ。学問的にはその昔、氷山の一角にもならなかったような雑多なものが、集積されることでとんでもなく大きなデータベースとなるのだ。おまけにそのデータベースは自分が構築したものなので、自分用にカスタマイズされている。つまり、非常に検索しやすいデータベースだといえる。どんなAIでも成し得ない、マイカスタムデータベース、検索キーも自分向け、雑学を極めていけば最終的にはそこに行き着くのだ、と私は思う。
 
昔からのことわざに、「芸は身を助く」とある。何か一芸を身につけておけば、思わぬところで役に立つ、という意味だ。ここでいう「芸」とは、何か身につけた技芸があるば、ということだが、何かいつか役に立つこと、といえばまさに雑学のことではないだろうか。だから私はこう言いたい。
 
「雑学は身を助く」
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
工藤洋子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

20年以上のキャリアを持つ日英同時通訳者。
本を読むことは昔から大好きでマンガから小説、実用書まで何でも読む乱読者。
食にも並々ならぬ興味と好奇心を持ち、日々食養理論に基づいた食事とおやつを家族に作っている。福岡県出身、大分県在住。

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2023-02-22 | Posted in 週刊READING LIFE vol.206

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