週刊READING LIFE vol.207

自己肯定感の低い人間が営業職に就いて良かったと思う唯一の瞬間《週刊READING LIFE Vol.207 仕事って、楽しい!》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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2023/3/6/公開
記事:川端彩香(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
ここ最近、仕事を辞めたい欲が高くなってきている。
最近芽生え始めた感情ではないのだが、その熱量というか、温度というか、「辞めたい」という思いが日に日に強くなってきている。
大学を卒業し、1年のフリーター生活を経て、社会人として働き始めて早くも8年が経った。現在の会社は2社目で、6年目になった。前職も現職も、ずっと営業として働いている。営業がしたかったわけでは決してなく、むしろ一番やりたくない職種だった。それにも関わらず、私はその職種で8年も働いている。
そもそも最初の会社は「営業事務」として入社したつもりだった。けれど、私の勘違いや諸々が重なり、営業として働くことになってしまった。だったら辞めようと思ったが、フリーター生活に戻るのが嫌だったのと、業種は好きだったので一旦働いてみることにした。BtoCの営業ではなく、BtoBの営業だったということもまだ救いだったと思う。
堂々と宣言することではないのだが、私は自己肯定感が低い。あまり親しくない人にこう言うとあまり信じてもらえないのだが、親しい人や、日々私から仕事の悩みを聞かされている上司からすると「でしょうね」と納得される。私は自己肯定感が低い。「自分がそこに存在する意味」を無意識に考え続けてしまい、そして「私じゃなくてもいいんじゃないか」「自分は意味がない存在なんじゃないか」と勝手に落ち込む、非常に面倒くさい人間だ。自覚はあるのだが、一度染みついてしまったこの性格というか、思考を変えることはなかなかに難しく、今後も上手く付き合っていくしかないのだろうなと思っている。
職場の人間関係は、比較的良い方だと思う。仲の良い先輩や後輩もいるし、休日に出かけたり、仕事終わりに飲みに行ったりすることもある。会社のやっていることも、割と好きだ。けれど最近、働いていて「しんどいな」と感じることが多くなってきた。
管理職になったから、というのも大いなる理由として挙げられると思う。部下たちの自由な発言をまとめ上げるのも、正直疲れてしまった。それくらい私に聞かずに自分でなんとかしてくれよ……と思うことも毎日だし、営業職なのでチームの数値管理も行わなければならない。営業職として致命的だし、よくそれで8年やってこれたなと思うが、私は数値管理が非常に苦手だ。数字を見るのも苦痛で仕方がない。小学生の頃そろばんを習っていたが、頭の中にそろばんが出てきたことは一度もないし、計算が早くもならなかった。平社員時代にはしなくてよかった業務が増えていき、プレーヤーとしての自分の業務に取り掛かれない日が多くなってきた。自分の担当先に、思うようにフォローができていない現状にもストレスを感じるようになった。
その他にも、文章に書けない、しんどいなと思うことがチリツモ方式で増えていった。同僚が楽しそうに働いているだけでイライラしてくるし、自分がせかせかと働いている近くで仕事に関係ない、談笑の声が聞こえてくるのが嫌で耳を塞ぎたくなるし、実際に場所を移動したりAirPodsを耳に装着して仕事をすることもある。何もしていないのに涙が出てくることも多くなった。理不尽なことで怒られることも多くなった。
雑談ついでに上司に相談すると、「慣れるよ」と言われた。
「そんなものに、私は慣れたくない」と直感で思った。自分の心が死にゆく様子を見守るような真似をするくらいなら、私は仕事を辞めたい。そんなことをしてまで、私はここで働きたいとは思わない。
そんな思いがピークに達そうとした頃、東京ビッグサイトで開催される大きな展示会に、勤めている会社が出展することになった。そして、私もそこに駆り出されることとなった。
大きな展示会には、毎回出展しているわけではない。ここぞという時に出展するので、不定期出展だ。だけど出展する時はブースを大きく取り、その設営には非常にこだわる。こだわるくせに、準備期間は非常に短い。というか、ギリギリまで動き出さない。
1月中旬くらいから、急ピッチで準備を始める。今回の展示会出展リーダーは私が入社時からお世話になっている上司なのだが、上司は出張やミーティングが非常に多くて忙しいため、私も他部署と連携を取り、文字通り走り回り、上司にそれらの結果を報告し、上司からの指示を受けて再び走り回る。正直、非常に疲れた。そこに前述の日常がプラスされる。肉体的にもしんどかったが、何より精神が追い付かずしんどかった。「私は何のために働いているんだろう」と何回考えたかわからなかった。家で手を洗っていると、涙が出てくることもあった。
そんなこんなで迎えた展示会期。毎回来るたびにワクワクするビッグサイトを目の前にしても、何も思わなかった。ビッグサイトの写真を撮影している、他の出展者の姿を見て「いいなぁ」と思った。楽しそうで、いいなぁ、と。
ブースの設営をしている時から、不安で心がモヤモヤしていた。明日から3日間、ここに立つからには良い新規の取引先を見つけないといけないし、この展示会に投資した以上の売上を立てないといけないし、そのためにはブースに入ってきたバイヤーに自分がしっかり説明をしなければいけない。できるだろうか。いや、できるかどうかじゃなくて、やらなければならない。できなければ、私が今回ここに来た意味がない。すなわち、少なくともこの展示会においての、私の存在価値はない。
胃をキリキリさせながら、初日からブースに立っていた。今回の展示会はいつもより来場者が多かったようで、ブースも良い場所に出展していたことから、多くのバイヤーがブースに足を運んでくれた。
こちらもビジネスなので、入場者が首からぶらさげている名刺が入ったホルダーを吟味する。誰が見てもわかる大手企業にはすかさず声をかけ、相手のニーズを聞き出し、それに応じて会社や出展内容の説明をする。逆に、明らかに自分たちが商品を売りたい雰囲気じゃないと感じる人には挨拶だけし、必要に応じて軽く説明をするのみに徹した。ビジネスだから仕方がないものの、この作業は私にとって神経を使うもので、「人を仕分けている」というような罪悪感と、肉体的な疲労を感じていた。
「川端さん!!!」
と大きく声をかけられたのは、接客が一旦落ち着いた頃だった。振り向くと、私が入社から現在の部署に異動するまでの4年半担当していた取引先の人がいた。私が異動前に挨拶したのが最後だったので、実際に会ったのは半年以上ぶりだったが、それだけの間会わなかっただけでも、3年ぶりくらいの久しぶり感があった。
その担当先を引き継いだのは、営業未経験のアラフォー男性だった。引き継ぎ時、私の教えをまったく聞かないその人に私が折れてしまい、取引先に迷惑をかけるだろうなという思いがありながらも、泣く泣く引き継ぎを終えた。今思い返しても、何を言っても、こちらが全力でぶつかっても、わかってもらえない人にはどう訴えようともわかってもらえないという思いは変わらないが、少し期間が経って落ち着いた頃に改めて考えてみると、やはり迷惑をかけるであろう取引先に対しての後悔が残った。
近況を話したあと、「あの、今の担当、迷惑かけてないですかね?」とおそるおそる聞いてみた。すると「あー、……まぁ、ね」と少し苦笑いで答えられてしまった。ああ、やっぱり迷惑かけてるんだなぁ……と謝罪しようとしたら、続けてこう言われた。「川端さんの営業が、すごく丁寧だったからさ、やっぱり比べちゃうよね」と。
それからも私が担当だった時の良かったところをたくさん挙げてくれ、「いつでも担当に戻ってきてくれていいからね!」と言って去っていった。ここ最近の、私の自己肯定感の低さを救ってくれるには、十分な言葉だった。そして会期中の3日間、同じような取引先が何件も来てくれた。そして、同じような言葉をたくさんかけてくれた。
ああ、営業やってて良かったな、と素直に思えた。
営業って、数字がすべてだし、課程がどうであれ、どれだけ頑張ったって、予算を達成していなければ意味がない。わかりやすくもあり、厳しい職種であると、8年やっていて思う。極端な話、予算を達成しない営業は、存在価値がないと思われても仕方がないのかもしれない。
だけど、評価軸以外で見ると、そんなこともないのだと思う。何事もAIに取って変わられると言われる世の中だけど、相手の要望を細かく聞き出し、心細やかな対応ができるのはやはり人間だと思うのだ。しかも、人間によっても様々なタイプがある。人によって合うタイプもあれば、合わないタイプもいる。営業は、ある意味カメレオンでなければいけない。どんな取引先が相手だとしても、相手のタイプに応じて対応や提案内容を変えなければいけない。そこまでの細かな配慮は、きっとAIにはできないだろう。データに基づいて最善策を提案することはできても、相手と一緒に悩んで、考えて、末永く「人」と「人」で付き合っていくことはできないだろう。
営業という職種は、人と人の信頼関係で成り立つものだ。「この人が言うなら」とか「この人に言えば何か良い案をくれるんじゃないか」とか、そう取引先に思ってもらわなければならない職種なのだ。
激務に追われながらも、そう思いながら4年半担当をしていた。その取引先に、そう言ってもらえたことがどれだけ嬉しかったか。出そうになった涙を必死に止めた。
私は自己肯定感が低い。営業職だが、この職種が最近は得に苦痛で仕方がない。なんなら辞めてしまいたい。退職願はもう印刷するだけの状態でデスクトップに留まっている。
だけど、営業職は、真剣にやれば自己肯定感が上げられる瞬間が、間違いなくやってくる。予算を達成した時の喜び以上に、やっていて良かったなと思う瞬間が、必ずやってくる。「取引先に対して真剣に向き合っていれば」という条件付きではあるが。
ただ、その瞬間がやってくるまでの道のりは、非常に長い。
その長い道のりを耐えられるかどうかが、自己肯定感低い人間にとっての難関なのである。
デスクトップにある退職願は、いつか印刷されるだろうか。印刷される前にもう一度、あの唯一の瞬間を味わいたいところだ。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
川端彩香(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

兵庫県生まれ。大阪府在住。
大阪府内のメーカーで営業職として働く。コロナ禍で当時付き合っていた彼氏に振られ、見返すために自分磨きを開始し、その一環で2021年10月開講の天狼院書店のライティング・ゼミに参加。2022年1月からライターズ倶楽部に参加。文章を書く楽しさを知り、振られた頃には想像もしていなかった方向に進もうとしている。

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2023-03-01 | Posted in 週刊READING LIFE vol.207

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