週刊READING LIFE vol.208

眺めのいい朝の光から《週刊READING LIFE Vol.208 美しい朝の風景》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

2023/3/13/公開
記事:青野まみこ(READING LIFE編集部公認ライター)
 
 
どんなに前の日が遅い帰宅だったとしても、朝6時20分には家を出る。それが今の私の平日のルーティーンだ。
 
夏場はいいけど、秋冬から早春にかけてのこの時間は真っ暗だ。自転車のライトを点灯しないと前が見えないくらいに。始業は9時なんだから、そんなに星が輝くくらい早い時間に家を出なくてもいいじゃないと人は言うけど、いろんな条件を考えるとやっぱりこの時刻に家を出るのがベストと言わざるを得ないのだ。
 
早朝の北風に向かってペダルを漕ぐのもなかなかに辛いが、こんな生活がもう4年も続いている。それでも週に1回くらい、私は考える。自分は一体何をしているのだろうか、果たして今の仕事は自分には合っているのだろうかと。

 

 

 

専業主婦生活から脱却したい。このままだと社会との接点がなくなってしまう。そう思って新卒で就職した職場を結婚のためにドロップアウトしてから、社会復帰のための就活を始めたのは16年前のことだ。
 
ブランク期間の間に雇用を取り巻く状況は激変していた。もう終身雇用は崩壊しており、派遣社員だの有期雇用だのという単語の意味を理解しないといけなかった。いったんキャリアブレイクした、事務職以外には経験のない主婦が求められているのは、アルバイトやパートといった「ちょっとしたすき間時間にできる仕事」がメインだった。
 
子どもの手も離れつつあるし、しっかりと働きたい。でも正社員の仕事なんて全くないし、あったところで応募すれば「お祈りメール」の嵐だった。事務職そのものが非正規雇用とかAIに取って代わられていく世の中で、果たしてどのくらい使い物になるかわからない主婦をいきなり正社員に雇おうなどという職場なんてそうそうないのだった。
 
アルバイトだったら事務職があるということで、前にやっていた仕事だからなじめるかもという理由で、いくつかの秘書や事務の職に就いてはみた。どれもそれなりに有意義な仕事だったしやりがいはあったけど、いかんせん期限が決まっていたり、自分ではなくて「その仕事をやってくれる誰か」がいてくれればよかったりと、自分という存在が軽視されているような感覚があった。
 
もうフルタイムで働いても全然いいのに、自分に見合った職がない。アルバイトをしながらも、私は空いた時間に、正社員の仕事を探して就活を続けていた。
 
ハローワークに通って、これはと思う求人を見つけることもあった。事務職、PCが使える、Word・Excel・PowerPointができる、受付や接客応対経験がある、そんな仕事があったら紹介してもらおうとハローワークの窓口でお願いをすると「この求人にはもう62名様が応募されていますね」などという返事が返ってくるのだった。1つの仕事に対して、62名応募したということになる。みんな似たようなことを考えているんだなあと思う。自分と似たような思いを持ちながら、再就職の活動をしているのかもしれない。それだけ世の中が厳しくなってきたのだろうとも思っていた。
 
社会復帰後に始めたアルバイトも、いくつかの職を渡り歩いていた。10年が経った時、チャンスが巡ってきた。たまたま出した正社員の仕事で面接まで行ったけど、その後なかなか結果が来なくて忘れかけていた職場から、採用しますとの回答がきた。もう面接から2ヶ月が経っていたので、こっちもすっかり諦めていたところから採用ですと言われて、嬉しくはあったけど少し面食らっていた。その時就いていた仕事は派遣社員だったけど、仕事の内容は気に入っていたので、このままここにいさせてもらえるならずっと働きたいなあなどと思っていたからだ。気に入っている仕事を辞めてまで、正社員だからという理由だけで転職していいものだろうかと悩んだ。随分悩んだけど、それでも転職しようと思ったのは、やはり正社員という立場が魅力的だったからだ。それが今の職場になる。

 

 

 

こうして、10年間の就活の末に正社員の仕事を掴み取ることができたわけだけど、入ってみてそれまでのアルバイトの仕事とのあまりの社風の違いに愕然とした。とにかく何もかもが古めかしい。システムも、人の思考も。こういったことは面接の時にはもちろん伝えられないし、入ってみて肌で感じないことには絶対にわからないことなのだった。
 
まるで世間から20年くらい遅れているんじゃないだろうかという職場で、長らく働いていらっしゃる方たちだから、当然と言ってはいけないのだけど思考も昔気質である。1日でも後から入ってきた人、1歳でも自分たちより年下の人は「格が下」なのだという。
 
「ここはね、もう、年功序列が絶対なんです。よく出入りする人の顔と名前を覚えることも仕事なので」
 
入職したての研修の時に、開口一番会長からそう言われた。年功序列なんてもう滅びゆくシステムでしかないと思っていたけど、しぶとくはびこっている職場もあるのだとしみじみ感じた。それがここの方針なのよと言われてしまったら返す言葉がない。
 
入ったばかりで右も左もわからない私に冷たく当たる人は多かった。きつい言葉尻に「いったい何がそんなに気に入らないんだろう」と思ったけど、結論としては「新人なのにやたら他での仕事の経験があるからふてぶてしく見えるのが気に入らない」から、陰口を叩いているんだろうと思うしかなかった。
 
私が入職した時にはもう1つ問題があった。人事配置がうまく行かなかったせいもあったのだろうけど、きちんとした仕事が与えられなかったのだ。与えられたとしても生産性のない仕事、やる意味のない単純作業、それを繰り返すだけだった。
もちろん上司に訴えたけど、返ってきたのは「努力するけど、人事はそう簡単には変えられないからしばらく待ってほしい」の一点張りだった。郷に入っては郷に従うしかないから黙々と働いていたけど、内心「こんなことは絶対におかしい」と思っていた。職場とは仕事をする場所であり、誰かの噂話や陰口で終始する場所ではないはず。そして正社員で雇った人に対して、過小な要求をするのもおかしい。それは明らかにパワーハラスメントの1つだから。
 
いつの日か、見返してやる。そう思っていても、そこら辺を歩いている人を捕まえてきてやらせたってできるような仕事ばかり命じられるのは苦痛だった。いつやめようか、資格でも取ろうか、そう悩んでいたところに、ようやく人事異動の知らせがきた。入職してから8ヶ月が経っていた。よく8ヶ月も我慢したものだと思う。
 
それまでとは打って変わって、新しい部署ではいくつかの業務を任された。職場のシステムはかなりアナログな部分はあったけど、それでもどの業務も注意力が必要で集中して取り組む必要があった。そしてどの仕事も手をかければかけただけ、やればやっただけ、相手に感謝されるのは嬉しいことだった。
 
部署が変わってから仕事自体はとても楽しくなったし、部署にいることも楽しくなった。一緒に働く人が変わったからだ。相変わらずその部署の中では私が1番の新人だったから下っ端なのは変わりないけど、それでも今度の部署の人たちはきちんと仕事を教えてくれるし、「同じところで働く人」として自分をみてくれていたことがありがたかった。
 
それでも組織を束ねる中枢の人たちの意識そのものは相変わらずだったし、職場の待遇、ぶっちゃけ給料は高くないため、それを理由として辞めていく人はかなりいた。人の入れ替わりが激しい、しょっちゅう採用の募集を出しているのはブラック企業と相場は決まっている。「ここってブラックだよね」と同僚とこそこそ話をすることも結構多くなったけど、やっと手にした仕事、それも部署が変わってやっと面白くなってきた仕事なのに、早々に転職してしまったら、今までやってきたことはなんだったんだろうと思わざるを得ない。
 
気がつくと、私は今の部署の仕事をほとんどこなせるようになっていた。それというのも仕事を教えてくれた直属の上司は異動し、新しく着任した人も退職してしまって、部署のことがわかる人間が私しかいなくなってしまったからだった。働き始めて4年、まさかこんなに目まぐるしく職場の環境が変わるとは思ってもみなかった。
 
辞めていった人、異動した人の後任には、新しく採用されたパートの人がやってきた。私だってまだ社歴が浅いのに、今度は彼らに仕事を教える番になるなんて思ってもみなかった。
新人さんに仕事を教えるということは、なかなかの苦労を伴う。自分の頭の中ではわかっていることを、全くわからない人に1から伝えることの難しさは、やったことがある人じゃないとわからないかもしれない。そしてそのことで自分の仕事の時間が減るので、凝縮して片付けないと終わらない。
 
こうしてここで働き始めて4年が過ぎている。本当にいろいろな出来事があって密度が濃い時間だった。
職場で人が足りないため、今の自分の立場で課せられた業務量がとても膨大になってしまっている。正直、給料に見合ってないくらい働いている。このアンバランスを抱えながらも、まだ今のところで働き続ける理由って何だろうと、時々考えている。それはもしかしたら、他の人から感謝されるシーンが増えてきたからではないだろうか。仕事を教えて感謝される、誰かの仕事を引き受けて感謝される、誰かのために何かをやって感謝される。そんな機会が増えてきた。
 
以前の上司に、仕事のことについて相談した時に言われたことがある。
「ここはね、あんまり、最初から何かを主張しないほうがいいかもしれない職場なの。他所はどうか知らないけど、ここはそういうカラーがあるから。だからあなたもそうした方がいいわよ。何かを確立するまでは」
 
何かを確立するって、それって一体何ですか。そう問いたかったけど、たぶん納得しないような答えしか返ってこなさそうだったので、聞くのをやめたことがあった。
 
そしていくつも仕事を任されることが増え、職場の悩みなども相談されるようになってきた今こそ、おこがましい気もするけど「何かを確立した」のかもしれないのではないかと思うこともある。
 
この本業の他に、ライティング案件も抱えることもあって、休みの日も結構やることが多くなっている。公私共に仕事が多くなっているし、さらにより良い条件の職場へ変わってもいいんじゃないか。そんなことを思いながらも、毎朝私は結構早めに職場に来ている。
 
始業の1時間前には職場に着いているのは、職場が大好きだからというわけではなく、単に遠距離通勤なので余裕を持って出勤したい、混雑のピークになる前に家を出ると座れるから、そんな理由でしかない。まだ暗いうちから、寒いうちからふうふう言いながら家を出て朝の8時に職場に着くと、大きな窓から差し込む朝日の光線が美しいなと感じることがある。職場がある場所は高台で、窓から見える景色には緑が多い。春は桜、夏は緑、秋は楓、冬の銀世界、四季折々の風景を見せてくれるこの景色が私は好きで、時々写真に撮ってみてもいる。
 
ここで4年間働いてきて、私をこの職場にいまだに押し留めているのは、徐々に感じられるようになった仕事へのやりがいなのかもしれないと思っている。何事もすぐには積み上げることができない。周りを見回す余裕もなかったのに、毎朝見る窓からの景色が実に美しいことに気がつく。今日はどんな天気なのか、どんな景色なのか、毎朝眺めるのが楽しみになっている。これからの1日を過ごす自分にとっても、力をくれている存在になっているのだ。例え辛く感じる仕事であっても、振り返るといつの間にか、励みになっている出来事が周りに存在している。そこに気づかせてくれているもののひとつは、紛れもなく朝の美しい高台の景色なのだ。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
青野まみこ(あおの まみこ)(READING LIFE編集部公認ライター)
「客観的な文章が書けるようになりたくて」2019年8月天狼院書店ライティング・ゼミに参加、2020年3月同ライターズ倶楽部参加。文章と写真の二軸で勝負するライターとして活動中。言いにくいことを書き切れる人を目指しています。

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2023-03-08 | Posted in 週刊READING LIFE vol.208

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