週刊READING LIFE vol.209

白髪が生えてきてから発見できる人生の価値《週刊READING LIFE Vol.209 白と黒のあいだ》

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*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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2023/3/20/公開
記事:大塚久(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
ふと鏡を見ると白髪が目につくようになってきた。30代のころは白髪は探さないと見つからない程度で、抜けば終わりぐらいのものだったが、40歳になった今、鏡をのぞけば白髪がそこかしこにある。もう抜いてどうこうできるレベルではない。いつの間にこんなに増えてしまったのだろう? 白髪を発見することでいつの間にか歳をとったんだなと実感すると、体も20代の頃のように動かなくなってきているのにも気づいてしまう。人生100年時代とはいうけれど、今の平均寿命は80歳程度なので、40歳というとちょうど人生の折り返し地点だ。
 
人生の半分が終わり、見た目も老けてきて、体も動かなくなってきている。これだけ聞くと寂しい気持ちや悔しい気持ちが起こりそうなものだが、不思議とそこまでではない。もちろんゼロではないのだが、それ以上に「まあしょうがないか」と妙に受け入れられている自分がいる。これは一体なんなんだろうか?
 
僕は理学療法士の資格を持ち、リハビリの仕事をしている。それと並行して、若手の療法士向けの研修会を開催しているので20代の人たちと関わることが多い。30代の頃の自分だったら、若手の療法士に「まだまだ主役は自分だ!」と知識や技術、体力なども対抗していたと思うが、今40代になってみると、主役を完全に20代の若手療法士に譲って、自分はその主役がやりやすいように引き立てる脇役かむしろ裏方にまわる意識になってきている。ちょうど若手の頃バリバリ主役を張っていた俳優が、年齢を重ねて主役よりもその主役を導くような重要なポジションの脇役になってきた感じだ。
 
おそらくこれは自分自身が見ている視点が変わったからなんだと思う。
 
体の発達でもハイハイで移動していたときに見えていた景色と、立って歩いた時に見えていた景色は違う。ハイハイの時よりも立って歩いているときの方がより高いところからより遠くの景色が見えるようになる。ハイハイだと目の前のものしか見えないが、視点が高くなることで見える景色の広さが変わるので、より俯瞰して、全体像を把握しての判断ができるようになる。
 
40代になったことで、物理的な高さは変わっていないが、20代の若手と40代の自分という年齢的な差が視点の差として現れてきているのだ。20代から30代の頃までは自分の成長ばかりに目が向いていて、人の成長を素直に喜べなかったが、40代になった今では20代の療法士がどんどん成長して、仕事が楽しいと感じているのを見ると素直に嬉しく感じる。
 
この相手の成長を喜べるようになったのは白髪が見つかってからのいいことの一つだ。
 
白髪が出てきたというと「苦労している」というイメージがあったりする。人間としを重ねれば細胞の変化によってどうしても白髪が出てくるので、白髪=苦労と一概に言えるわけではない。しかし、白髪が生えてくるくらい人生を重ねているとそれなりに失敗や苦労を経験する。僕は高校生ぐらいまではいわゆる挫折的なものをあまり経験せずに育ってきた。一番最初に経験した挫折は大学受験に失敗したことだろうか? それからは割と失敗続きの人生で、離婚を経験したときは僕自身の不徳の致すところで、かなりごちゃごちゃし、一度本気で人生を終わりにしようかと考えたこともある。その後も仕事を解雇されたこともあるし、個人事業を始めた後も資金繰りで何度か倒れかけたこともある。そういう時は悪い話がくるもので、「必ず稼げます」と間違いなく怪しいお金儲けの話に引っかかって大きな借金を背負ったこともある。なんとか立て直そうと必死にある方から経営を学んでいたら最終的なゴールがマルチの勧誘だったこともある。
 
そんな失敗ばかりを経験してきたが、ありがたいことにそれでも今生きて生活していけている。おかげさまでどん底の時に出会った女性が今では妻になってくれている。これだけ色々失敗を経験していると、今はほとんどの失敗が「なんとかなるでしょ」と動じなくなってきた。それどころか失敗とも思わなくなってきている。
 
これはたくさんの失敗を経験することで選択肢がたくさんあるということに気づいたからだと思う。20代や30代くらいの頃はまだ一つの物事に対して解決するための選択肢が一つか多くても2つぐらいしか考えられなかった為、一度失敗するとすぐ手詰まりになり。極端に失敗を恐れるようになってしまう。今では一つの物事に対してダメだったら他の方法を試してみるか、辞めればいい。いい意味で諦めるのに抵抗がなくなってきた。
 
これは僕の人生の中ではかなり大きなことで、これまでは失敗を極端に恐れて安全な道、みんなと同じ道、一般的な道を選んで窮屈になっていた。ちょうど連休に旅行に行くときに高速道路を使って長い渋滞にはまったみたいだった。若い時はとにかく目的地に着くための最短最速の道しかないと考えていたが、実はそれは誰かに用意された、退屈な道だったのかもしれない。しかも渋滞にはまって最短最速のはずが時間は余計にかかってしまう。しかし連休以外にも休みは取れるし、最短最速の高速道路を外れて県道やカーナビにもギリギリ載っているような細い道を通るとガイドブックにも載っていないような見所が見つかる時もある。連休を外しているので道もお店も空いているし、下道で時間がかかったとしても渋滞で止まっているより全然楽しい。
 
人生も半分に差し掛かって残りの時間が少なくなってきて初めて、最短最速でつまらない時間の使い方よりも失敗してでも楽しく時間を使うことの大切さを学んだ気がする。
 
そしてそういった時間の使い方に気づいて自分が価値を置くものが変化してきた。以前は見た目の豪華さや、お金、成功といったわかりやすい価値観に惹かれていた。もちろん今でもそれらが大事なことは変わりないが、見た目は20代の頃に比べたら衰えてきているし、体も思うように動かなくなってきている。日々衰えていく体を実感することで健康の本当の大切さに気づく。リハビリという仕事上、体が思うように動かなくなった方と接する機会が多いが、若い頃は同じ「健康は大事ですよ」という言葉にも実感がこもっている分重みが出てきている気がする。
 
そしてお金や成功も必要以上には求めなくなってきており、それよりも大切な家族や友人、その人たちと過ごす時間に価値を置くようになってきた。それこそ再婚した当初はクリニックでのリハビリの仕事のほかに休日を利用して訪問リハビリやデイサービスのリハビリを掛け持ちして週7日休みなく働いていた。お金はもちろん貯まったが、家に帰ってもご飯を食べてお風呂に入って寝るだけ、休日も仕事、唯一家族との時間はクリニックの土曜日の午後の休みだけ。泊まりで旅行も行けないし、遠出するにも半日で帰って来れるとこまでしか行けない。「一体なんのために生きているのだろう?」と考えてしまうほどだった。
 
ただ僕にとってはその経験があったからこそ、今家族や友人との時間を大切にしようと思えるので、若い時の考え方や行動も無駄ではない。真っ黒だった髪に白髪が見え始めてきた今。黒からグレーに変わっていく間に見た目も、体も、立場も、価値観も変わってきた。毛根にあるメラノサイトからメラニンが供給されることで髪は黒く色づく。ということは本来の髪の毛の色は白なのだ。そのメラノサイトは40~60代で20代の時の約半分、70~90代でほぼなくなると言われている。
 
20代から40代に変わった時でもいろんなものが変化してきた。そこからさらに歳を重ねることでまた変化していくのだろう。髪が黒かった20代の頃は今の40代での変化が想像できなかったように、今では髪が真っ白になった70代以降のことは全く想像できない。全く想像できないが、うちの母親は70代で髪はほぼ真っ白だ。その母親も膝が痛いとかなんやかんや文句は言いながらも、今でも仕事をして楽しそうに生きている。どうやら白くなるのも悪い変化ではなさそうだ。これからの未来が悪いものではないことに安心しつつ、今は今という時間を大切にしたいので、しばらくは白と黒の間を楽しんでみよう。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
大塚久(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

神奈川県藤沢市出身。理学療法士。2002年に理学療法士免許を取得後、一般病院に3年、整形外科クリニックに7年勤務する。その傍ら、介護保険施設、デイサービス、訪問看護ステーションなどのリハビリに従事。下は3歳から上は107歳まで、のべ40,000人のリハビリを担当する。その後2015年に起業し、整体、パーソナルトレーニング、ワークショップ、ウォーキングレッスンを提供。1日平均10,000歩以上歩くことを継続し、リハビリで得た知識と、実際に自分が歩いて得た実践を融合して、「100歳まで歩けるカラダ習慣」をコンセプトに「歩くことで人生が変わるクリエイティブウォーキング」を提供している。

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2023-03-15 | Posted in 週刊READING LIFE vol.209

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