週刊READING LIFE vol.209

その彼女は持ち前の強運で、香港警察をも動かした《週刊READING LIFE Vol.209》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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2023/3/20/公開
記事:前田光 (READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
その女性に出会ったのは、当時神戸と中国の天津を結んでいた国際定期フェリー「燕京号」のデッキだった。
 
1990年に就航した全長約130mの白い客船が、三度目の夏を夕日の中で西へ西へと進んでいた。旅先で何となく気になる人を見つけたときには、状況が許す限り話しかけるようにしている。でもそれにしたって、彼女に声をかけたのは我ながらいい選択だったと思う。そうでなければ、あの話を聞くこともなかったからだ。
 
新学期を控えた8月の終わり、私は当時留学していた天津の大学に戻るのにこの船を使うことにしていた。理由は単に、激安の運賃に惹かれたからに過ぎない。当時、中国に語学留学すると、学費は日本円にして年間30万円ちょっとで、国内の国立大学とほぼ同額ではなかったかと記憶している。渡航費を入れても私立大学に通うよりははるかに家計に優しかったが、時はバブル崩壊直後でこちとら親のすねかじりの分際だったから、出ていくお金は少なければ少ないほどよかった。一時帰国して実家で夏休みを過ごしていたところ、留学生仲間から、
「国際フェリーは学割を使うと、1等の切符を買っても片道2万円台で収まるから、今回は船で帰ろうよ」
と誘われたので、二つ返事で話に乗ったのだった。
 
出航日のお昼前にボーディングブリッジを渡って乗船手続きを済ませた私は、帰国中に新しく買った洋服や文房具、レトルトの日本食などをパンパンに詰め込んだスーツケースとともに、これから二泊三日を過ごす船室に向かった。私たちの部屋は二段ベッドが二つ据え付けてある、定員四人窓ありの1等(A)客室だった。部屋に入ると友人たちはもうチェックインしていて、寮の自室にいるみたいにすっかりくつろいでいた。神戸の街をついさっきまで闊歩していたはずなのに、なんだかもう中国に戻ったような気分になったのはそのせいもある。だが、乗客の半分くらいが中国人で、乗船した瞬間から中国語が周りを飛び交っていたこともその大きな理由だった。飛行機だと、搭乗口がひとたび外界と閉ざされてしまえば、次に外とつながるのは中国に到着してからで、二国の間をつなぐ時間にも空間にも、何の連続性もないように感じられる。だがこの船は、日本と中国という二つの異なる国を、グラデーションをつけながら時間をかけて繋いでいるのだなと思った。
 
船は定刻に神戸を出港した。
 
夕食までの間に船内を散策しようよと友人を誘うと、乗船してすぐに見終わっちゃったと言う。だったら私、ちょっと一人で見てくるねと言い置いて、売店やレストラン、大浴場の場所を確かめて回った。レストランは思ったより広く、私たちが使うことはなさそうな、バーやカラオケルームもあった。一通り見終わった最後に甲板へ上がると、私と同じく晩夏の夕暮れと涼風を求めて集まって来た乗客が、座ったり歩いたり、おしゃべりしたりしながら思い思いに過ごしていた。そのなかに、甲板の手すりに体を預けて茜色に染まりかけた海と空を眺めていた彼女がいた。美人というよりはかわいらしいと表現した方がしっくりくる横顔に、てっきりこの人も留学生だろうと踏んで声をかけた。
 
「お一人ですか?」
「はい。お一人ですか?」
「いえ、私は友達と一緒なんです。天津に留学していて、これから学校に戻るんです。留学生ですか?」
「あ、違います。私は……」
 
彼女の名前を仮にちひろさんとする。
学生ではなく、主にアジア諸国を飛び回って骨董品を買い付けて日本で売るという商売をしているのだそうだ。実年齢よりもかなり若く見えるのは、どこかあどけなさの残る顔立ちをしていたうえ、これから起きる何かを期待しているというか、心が浮き立っているというか、仕事で出張中の人とは思えないような軽やかな雰囲気を全身から醸し出していたからかもしれない。
 
「とにかく私は、古くて美しいもの、つまり骨董品が大好きなんです」
 
そんな風に話すちひろさんの目はキラキラと輝いていて、私はいつの間にか、彼女の話にぐいぐいと引き込まれていった。
 
骨董品という、値段があってないようなものを買い付ける仕事だ。
どこかの会社に属しているわけでもなく、自分の目だけを信じて小さなお店を訪ね回っては、値段交渉に丁々発止のやり取りを繰り広げるような仕事だ。
うっかりまがい物をつかまされることもあれば、若くて女だからと見くびられたり、外国人だからと足元を見られたり吹っ掛けられたりすることもあるんじゃないですかと尋ねると、ちひろさんはにっこり笑いながらこう言った。
 
「それがね、私、ものすごく運がいいんですよ。自分でもなぜか分からないけど、困ったな、ちょっとピンチだな、というときには必ず助けが入るんです。それに、人が人を呼ぶっていうのかな、今日出会った人が明日また別の人を紹介してくれるとか……そんな感じでどんどん人とのつながりが広がっていくんですね」
 
一事が万事このように進み、たとえば初めての土地で骨董品屋を探すときでも、次はここの店に行けだの、明日はどこそこの誰それを訪ねろだのとアドバイスをくれるキーパーソンが現れていい買い物ができることも珍しくなく、またこれは彼女自身が目利きなことも理由の一つなのだろうが、持ち帰って日本で売るときにもなぜかいい買い手に恵まれるのだそうだ。
 
「すごいですね、まるで何かに守られているみたい」
 
本心からそう思った。
するとちひろさんは、ああそうだ、でもね、一回だけね、これはヤバい、マジで死ぬかも、もう人生詰んだという目に遭ったことがあるんですけどね、と言うと、こんな話を始めた。
 
「もう何年くらい前になるのかな……香港に行ったときのことなんですけど、ちょっと表通りから外れた小さなお店に入ったんですね。そのお店にはけっこういいものがたくさん置いてあって、私は骨董品を見ると目の色が変わっちゃうから、ついついのめり込んでしまって。いい品を見つけると頭の中がそのことでいっぱいになって、ほかが見えなくなっちゃうんです。それで、目の色を変えてあれもこれもと手に取って舐めるように見ていたら、店主が私に『ここには出していないけど、奥の部屋にもっとすごいのがある。見るか?』って言うんですよ。で、頭の隅っこの方では『いやこれはヤバいだろ、行っちゃダメだ』って止める声がしてるんですけど、一回スイッチが入っちゃったらもう、ダメなんです。見たくて我慢できなくなっちゃうんです。それで言われるままに奥の部屋に入ったら、後頭部をガツンとやられました」
 
ええっ! と驚いた私を見つめながら、ちひろさんは言葉をつづけた。
 
「目が覚めると、すすけた天井がぼんやり見えて、ベッドみたいなところに寝かされていました。体を動かそうとしても、小指一本動かないの。頭も朦朧としていたし体の感覚も全然ないから、え、ナニ私死んじゃったのとか一瞬思ったけど、いやいやこれは何か変な薬を打たれちゃったんだな、私、やらかしちゃったな、これから私は多分、貨物船の船底に放り込まれて、どっか遠くの国の売春宿に売り飛ばされちゃうんだろうなあってぼんやり考えていたんです」
 
私の想像をはるかに超えた展開に、言葉がなかった。
 
「そういう事件も起こりうるという話は、以前にも聞いたことがありましたし、周りの人たちからも、一人で買い付けするのだから身の安全にはくれぐれも気を付けろと言われていました。だからお店に入っても、通りから私の姿が見えなくなるような奥の方までは入らないようにしなきゃって、いつも気を付けていたんですけどね」
 
「で、でも、助かったから、ここにいるんですもんね」
 
「ふふ。目が覚めて少しして男の人がワーワー騒いでいる声が聞こえてきたと思ったら、私のいる部屋に人がドカドカドカッとなだれ込んできたんです。香港警察でした」
 
「ええっ! ちひろさんを助けに来てくれたんですか? でもちひろさんは一人で香港に来てたんですよね? いったい誰が通報してくれたんですか?」
 
「それがね、私を助けに来たわけじゃなかったんですよ。この店は裏で、人身売買のほかにも銃器や麻薬の密売とか、ヤバいことをいろいろやっていたみたいなんですね。それで前々から香港警察が目を付けていたんですって。で、警察がガサ入れに入ったところに、たまたま私が売り飛ばされる寸前でそこにいたというわけです。警察のほうも、まさかここに日本人の女が薬を打たれて転がっているなんて想定していなかったわけだから、相当驚いていましたけどね」
 
「ということは、本当に『たまたま』助けられたんですね」
 
「ええ。でもまさに絶妙のタイミングで起きた『たまたま』だったんです。というのは警察の人は、『殴られて気を失っていたあなたが、まだ現場にいたことも奇跡だった。運がよかったですよ』とびっくりしていましたから。なぜなら人身売買人は、薬が効いている間に素早く私のことを運び出す算段をしていたはずだと言うんです。目を覚まして騒がれたら面倒だし、人目につくかもしれませんからね。つまり、私が殴られてから外に運び出される間の限られた時間を狙ったように、警察が入ってきたんです。……ね? 私、相当強運でしょ?」
 
ここまで聞いてようやく緊張の糸が切れた私は、「はぁぁ~~~……」と大きなため息をついた。当のちひろさん本人が話しているのだから、ちひろさんが助かっていることは最初から分かっているのに。
 
「本当に、よく生きて帰れましたね……。そんな危険な目に遭ったのに、この仕事を辞めようって思わなかったんですか?」
 
すると、ちひろさんはとんでもないと笑いながら、こう続けた。
 
「うん、辞めるなんて無理無理。こんなに楽しい仕事はほかにないですもん。まだまだ骨董品に出会い足りないし、もっとあちこち飛び回って、いろんなものを見てみたい。骨董に関わらない人生なんて、私には考えられないです。生きがいなんですよ。私にとって」
 
そう言って笑うちひろさんを見ていると、「生きがい」なんて言葉がちっとも大げさではないように思えた。一歩間違えたらどこかの売春窟で死ぬまで客を取らされるところだったのに、仕事への熱意がまったく冷めていないのだから。
 
今思い出しても私には、ちひろさんの情熱が、あのときに時空を超えて香港警察を動かしたとしか思えない。あるいはちひろさんを守っている、見えない何かが力をふるったとしか。
 
二泊三日の船旅を終えて天津に上陸した私は、税関を出たところで彼女とお別れした。ちひろさんは、まずは骨董品店の集まっている「天津古文化街」を歩いて情報収集するつもりだと言うと、
「きっとまた、いい人とつながって、いい骨董のところまで導いてもらえると思うんですよね」
と笑い、黄色いタクシーに乗って去って行った。
 
四半世紀以上が過ぎた今でもふとした拍子に、もっと具体的に言うと、「私、ツイてるなー」と思ったときに、ちひろさんを思い出す。私にとって「ちひろさん」は「強運」の代名詞なのだ。
 
そして「骨董のない人生なんてありえない」と言い切れるほどに大切なものを手に入れたちひろさんのことを、今でもまぶしく感じている。
願わくば、私も彼女のように「これが私の生きる道です」と胸を張って言える人でありたい。
 
……もちろん、命あっての物種だから、ちひろさんみたいに絶体絶命のピンチには陥りたくないけれど。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
前田光(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

広島県生まれ。
黒子に徹して誰かの言葉を日本語に訳す楽しさと、自分で一から文章を生み出すおもしろさの両方を手に入れたい中日翻訳者。

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2023-03-15 | Posted in 週刊READING LIFE vol.209

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