週刊READING LIFE vol.210

治せると思っていた《週刊READING LIFE Vol.210》

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*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

2023/3/27/公開
記事:大塚久(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
理学療法士になれば魔法のように麻痺した体も治せるようになると思っていた。
 
一般的にリハビリといえば「やれば良くなる」というイメージがあるかもしれない。そのリハビリを担当する理学療法士は車椅子の患者さんを手すりに捕まって立たせたり、歩かせたり、時にはマッサージのような徒手療法や電気やホットパックといった物理療法を用いて患者さんを”治して”いるように見える。でも実は治してなどいなく、ただ患者さんの持っている自己治癒能力を最大限引き出すための”お手伝い”をしているだけだ。要は隣にいるだけだ。
新人療法士として働き始めた頃はそのことにまだ気づいていなかったが、3、4年経つと薄々そのことに気づき始め、10年目くらいで気づいていたけど気づかないふりをし、21年目となった今年、やはり治せないんだとはっきりと確信した。僕らはどんな患者さんでも治せる魔法使いではなく、普通の人だった。
 
そもそも理学療法士を目指したのは19歳の時に介護施設で介護職の仕事をしていいた時だ。その時に入所されていた利用者さんに
 
「お兄ちゃんさ、あたし歩けるようになったらうちに帰ってやることがたくさんあるんだよ。だから早くあたしの足を歩けるようにしておくれ」
 
と車椅子に乗って訴えてくるその方に、ただの介護職なので体を治す知識は持っていない僕は
 
「リハビリ頑張りましょうね」
 
としかいうことができなかった。せっかく僕に胸の内を話してくれたのに、希望を話してくれたのにその希望に応えるだけ知識も技術もない自分をとても悔しく、その方に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。そしていつしか理学療法士になってこの人のように歩けなくて困っている人を歩けるようにして願いを叶えてあげたい。そんな志望動機の例に出てきそうなわかりやすい理由で理学療法士を目指した。でも正直この動機は陳腐でも何でもなくて、リハビリを受ける人はその障がいの程度こそ違えど、皆「元通りの体になって元通りの生活に戻りたい」と願っている。リハビリとはそういうものなのだ。何せリバビリテーションとは日本語にすると「社会復帰」だ。元に戻らなければ意味がない。
 
理学療法士一年目の頃はとにかく「体を治して元に戻す」という気持ちで臨んだ。しかし最初に先輩療法士たちが担当している患者さんを見学させてもらっていると一向に良くなる気配がない。いつも同じ時間にリハビリ室に送迎され、いつもと同じメニューをこなし、いつも通りの体の状態で病室に帰っていく。それが日曜日と担当者の休みの日を除いて毎日続くのだ。それでもその患者さんたちは悪くはならないが、良くなっているようには見えなかった。むしろ年齢とともに徐々に衰えていく。そんな感じだった。それでも毎日、終業時刻を超えてカルテを一つ一つ書き、何やら難しい本を調べ、たまに勉強会と称して夜遅くまで残っている。患者さんを良くできないのに「何やってんだこの人達?」と思っていたし、表面上は親しげに接していたが、心の中では「勉強してても良くできないクソども」と思っていた。
今考えると就職したその病院は療養型病院という分類で、いわゆる一般の病院と違い、大きな怪我や病気などで自宅での生活が困難となった”退院しない人”が入院している。批判を恐れずにいうと “良くならない人たち”だ。だから悪くなることはあっても良くはならない。”いつもと変わらない”ことが実はすごいことだった。
 
そんな簡単なことにも気づかなかった僕は「ここの色に染まっていたら腐るだけだ」と考え、先輩達がやっていることはやらず、とにかく良くなるためにできることを必死でやってみた。とにかく「治って家に帰る」ということを正義として考えていたため、「良くなったら家に帰れるんじゃないか?」と、患者さんのご家族に「どのくらい良くなったら退院を考えますか?」と聞いてしまい、後で「一生見てくれるというから入院させたのに、良くなったら退院とはどういうことだ。うちには病人を見る人も時間もない」とひどい剣幕で怒られたこともあった。
 
どうしても良くなって欲しいという思いから患者さんにも「なぜできないんですか?」と強めの口調になってしまい、先輩療法士から「言ってることは間違っていないけど、あの患者さんにとっては要求が高すぎる、もっと段階を落としてやらないと」と釘を刺されることもあった。もちろん先輩はみんなクソだと思っていたのでそんなアドバイスは右から左に流して翌日も強い口調で要求していた。
 
それでも患者さんが良くなっていれば、結果が伴っていれば文句は言われない、むしろ喜ばれるはずだと思って取り組んでいたが、患者さんは良くならない。結果が出ていないのだ。いくら意気込みや理念は正しいかもしれないが、それが結果として出ていなければクソどもと思っている先輩達と変わらない。それでも時折患者さんからかけてもらう「あなたあきらめずに一生懸命やってくれるからありがたいよ」という言葉に逃げていた。だが、僕が欲しかったのは”治る”という結果だった。
 
そんな結果が出ない日々を3年間過ごした後、僕は転職を決意する。結果が出ないのは自分のせいではなく、そもそも良くならない患者さんを相手にしているからだと考えた。結果が出ない責任を相手に押し付けたのだ。そして次はそもそも家から通院している患者さんしかいない、整形外科のクリニックに転職する。クリニックに通院している患者さんなら大きな怪我をしているわけではないから自分の技術で治せるはずだ。そう思って気持ちを新たに働き始めたがここで大きな壁にぶち当たった。良くなると思っていた患者さんが良くならないのだ。
 
もちろん一時的に痛みが減ったり、体が軽くなって動きやすくなったりはする、でもまた一週間後の来院の時にはまた痛みがあって動きにくい状態に戻っていた。そしてリハビリで多少良くなって、また元に戻ってを繰り返し、いつの間にか来なくなるということを繰り返していた。僕には直接言って来なかったが、受付では「あの先生、話はしてくれていい人なんだけど体は良くならないんだよね」と言われていたらしい。これまで良くできない先輩達や、良くならない患者さんをクソだと思っていた、でも一番クソだったのは自分自身だった。
 
今まで周りに流されないように少しでも治せるようにと周囲と違う方法で背伸びして一匹狼を気取っていきがっていたが、僕は知識も技術も全く足りていないただの世間知らずの半端者だった。
 
そこからの僕は狂ったように”治せる”という技術を学んだ。「このテクニックが効果ある」と聞けば住んでいる神奈川から北は仙台、南は福岡まで全国を飛び回って知識と技術を習得しに行った。使った研修費は軽く数百万を超える。時には結婚のために貯めていたお金から彼女に内緒で20万円おろし、研修に使ってしまうほどだった。どうしても治せるようになりたかったのだ。
 
そして理学療法士10年目を迎え治すための知識と技術を蓄えていった僕は確かにその場では良くできるようになってきた。ただこれは”治す”とは似て非なるもので、あくまで痛みや動きずらさを一時的に減らしているだけに過ぎない。体の痛みは関節の変形による炎症がほとんどで、関節の変形はそもそも骨自体が変形しているのでいくらリハビリをしたところでその変形が治せるわけではない。もし治すとすれば手術をして人工関節を入れることしかできない。そしてそれができるのは医者だ。リハビリではせいぜい筋力を鍛えて、負担のかからない体の使い方を覚えてもらう程度だ。その筋力だって、患者さん自身が動いて筋肉を使い、回復する過程で強くなる。体の使い方だって、覚えるのは脳だ。要は患者さん自身の自己治癒力だ。体の麻痺だって、脳の神経が原因だ。いうまでもないがリハビリでその神経を繋ぐことはできない。神経を繋ぐのはやはり患者さん自身の自己治癒力だ。
 
これは治しているんじゃなく、患者さんの自己治癒力で治っているだけだ。そう気づいていたけど気づかないふりをしていた。それを受け入れてしまうと今まで自分が治そうと足掻いていた10年と数百万が水の泡になってしまう。そしてやはり介護職をしていたころに声をかけてくれた利用者さんを治したかったのだと思う。だって治せないことを認めてしまったらあの頃の何もできなかった自分と何も変わっていないということを認めることになってしまう。僕は普通の自分じゃなく魔法使いになりたかった。
 
そして理学療法士13年目、僕は自分で開業することにした。「病気になった人を治せないなら、病気になる前に予防すればいい」そんな安直な理由から病気になった人がくる病院を辞め、病気までは行かないまでも体に不調がある人がくる整体院を開いた。「未病の段階で予防する」聞こえはいいが、実はこれが一番難しいことだった。人は本当に自分が危ない状態にならないと健康に意識が向かないのだ。やればいいのはわかっていても毎日の運動が続かないように、太るのがわかっていても目の前のスウィーツを食べてしまうように、二日酔いになるのがわかっていてももう一杯をやめられないように、人は一度危険を経験しないと予防には気が向かない。
実際僕の父親も健康に気を使うようになったのは自分が脳梗塞で倒れてからだ。それまではお酒も毎日のように飲むし、タバコも吸う。食事も脂身の多い肉ばかり食べていた。
 
整体に来るお客様にも予防として日々の運動や食事などを指導するがあまり継続してもらえない。これまでの経験や文献的な裏付けで病気や怪我の原因は日々の生活習慣ということはわかっていた。だから生活習慣さえ気をつけていれば病気は予防できる。でもその生活習慣を変化させることは難しい。少なくとも暴飲暴食を避けるだけでも違う。なぜ暴飲暴食をしてしまうのだろうか? そこを考えた時に一つの答えが見つかった。ストレスだ。
 
当たり前と言えばあたり前だが、人はストレスで病気になる。病院に来る人もだいたい家庭や仕事などで何かしらのストレスを抱えていた。病院でのリハビリをしている時、体の不調を訴える患者さんとより、日々のストレスを話していく患者さんの方が圧倒的に多かった。思えば父も脳梗塞をした時は会社で部長という立場にあり、一番の稼ぎ頭だったらしい。「自分の稼ぎが会社と家族を支えている」というストレスに耐えるように酒を飲み、タバコを吸い、大飯を食らって病気になった。
それに気づいてから僕は整体院でお客様の話をよく聞くようになった。初回の問診は軽く1時間ぐらい話を聞く。すると不思議なことに問診だけで体の症状が無くなってしまう方も出てきた。医学的に考察するとストレスを感じると脳の視床下部というところの機能が低下する。視床下部は体の調節に関わる部分で筋肉の緊張具合を調節したり、ホルモンの分泌、血管の収縮や拡張、食欲や睡眠などありとあらゆる部分の調節をしている。筋肉の緊張が崩れれば痛みが出るし、血管が収縮したままなら血管が詰まる。つまりストレスが軽減され、視床下部の機能が回復すると体は良くなるのだ。
 
もちろんこれも治しているかと言えばそうではない。結局自分の体の調節機能を使っているだけだ。でも理学療法士を21年目になった今はそれでもいいと思っている。
 
ストレスのほとんどはうまくできない自分にイライラしている。僕自身も理学療法士は「治す」のが役割だと勝手に思い込んでいた。そして治せない自分にイラつき、与えられた役割を全うできない自分が悔しかったのだ。でも理学療法士は治すのが役割じゃない。治すのは自分自身が勝手に思い込んでいた役割だ。理学療法士の本当の役割はその人の役割を見つけることだ。自分自身がそのことに気づいてから頭のモヤモヤが一気に晴れ、視界が広がった。僕自身が役割に気づいたのだ。社会復帰というのは良くなって戻ることではなく、社会に自分の役割があるということだった。僕は魔法使いにはなれなかったけど、ずっと普通の自分自身という役割があった。
 
「お兄ちゃんさ、あたし歩けるようになったらうちに帰ってやることがたくさんあるんだよ。だから早くあたしの足を歩けるようにしておくれ」
 
と話してくれた人は足を治したかったんじゃない。家に自分の役割がなくなるのが怖かったんだ。病気をする前は家事をしたり子育てをしたり、もしかしたら仕事をしていたかもしれない。それが病気をして体が動かなくなってその役割ができなくなり、自分の存在する意味を見失っていたのだと思う。もちろん今までと同じような役割は無くなったかもしれないが、”家族のために頑張ってきた妻や母”という役割は変わらず存在している。何よりその人自身という役割は生まれてから死ぬまで変わらず存在している。
 
どんなに努力しても結果が出ないこともあると思う。どんなに結果が出なくても一日の最後には自分自身を褒めてあげてほしい。一日生きていたということだけで自分という役割をも全うした証拠だから。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
大塚久(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

神奈川県藤沢市出身。理学療法士。2002年に理学療法士免許を取得後、一般病院に3年、整形外科クリニックに7年勤務する。その傍ら、介護保険施設、デイサービス、訪問看護ステーションなどのリハビリに従事。下は3歳から上は107歳まで、のべ40,000人のリハビリを担当する。その後2015年に起業し、整体、パーソナルトレーニング、ワークショップ、ウォーキングレッスンを提供。1日平均10,000歩以上歩くことを継続し、リハビリで得た知識と、実際に自分が歩いて得た実践を融合して、「100歳まで歩けるカラダ習慣」をコンセプトに「歩くことで人生が変わるクリエイティブウォーキング」を提供している。

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2023-03-22 | Posted in 週刊READING LIFE vol.210

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