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週刊READING LIFE vol.210

英語習得の決め手とは?《週刊READING LIFE Vol.210》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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2023/3/27/公開
記事:工藤洋子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
私は日英の通訳者だ。
 
と話すと、よくこう言われる。
 
「どうやったら英語がそんなにできるようになるんですか? コツを教えてください」
 
コツといわれても……いつも困ってしまう。
 
何かの専門家といわれる人ほどでなくても、自分が得意で普通にやっていることを「どうやっているんですか?」と聞かれて困った経験は、誰にでもあるのではないだろうか?
 
 
猫に「どうやったら尻尾が動かせるの?」と聞いてもきっと猫も答えられないように私の場合もうまく答えることができない。それに何をもって英語ができるようになった、とその聞いた人が考えているか基準も分からないので、返事のしようがないこともある。
 
だが、「英語ができる」ということが、一般的に日本人が不得手としている「英語を話す」ということだ、とすれば話は少し違ってくる。というのも、私自身、英語は日本で学んだため、最初は「話す」ことはいささか苦手としていたからだ。
 
いくら今は英語のプロといわれる職業に就いている、といっても私は帰国子女でもなければ、親が英語圏のネイティブだというわけでもないし、小さい時から英語を話す環境にあったわけでもない。あくまで中学校で初めて英語に触れた純粋な日本人でしかない。
 
だからそういう目線で、
 
「どうやったら英語が話せるようになるのですか?」
 
という質問なら、多少は答えることができる。
 
英語は、というか、どんな語学でも同じだと思うが、習得するには、
 
「反復」
 
しかあり得ない。
 
これは断言できる。
何回もくり返し、くり返し練習して体に覚え込ませるしかない。
 
大学在学中にイギリス留学を体験した。そのときは「英語を話す」ための力はまだまだ足りていない状態だったけど、どうしても使わないとコミュニケーションが成り立たないのだから、くり返し英語を強制的に使わされたわけだ。
 
そういう意味では、語学の習得には海外留学が一番効く、というのは正しい。また、日本国内でも、英会話教室など英語しか話せないような環境を作って英語をくり返すことも効果的、といえる。
 
そして、通訳になるための修行は大学卒業後に通った通訳者養成のためのスクールでたたき込まれた。そこでもとにかく「反復」のくり返しだった。TIMEやNewsweekといった時事英語雑誌の記事をくり返し読んで訳し、よく出る言い回しや専門用語は何回も口に出して覚えた。
 
そうやってだんだん英語を話す自分に違和感がなくなっていったことを覚えている。
 
これはどちらかといえば机上の学習ではなく、スポーツや楽器の演奏などの練習に近いものだと思う。野球の選手はプロになっても毎日の素振りを欠かさない、と聞くし、ピアノでも練習曲のようなものを何度もくり返すのだそうだ。
 
先日インタビューの通訳をしたプロバスケットボール選手もスリーポイントシュートをもっと成功率高く決めていくには、毎日シュートを何本打ったか、それが重要だ、というようなことを話していた。
 
料理でも同じことだ。
日々のくり返しが上達につながる。
 
料理研究家の土井善晴さんも著書『お味噌知る。』の中で、こうおっしゃっている。
 
「毎度の経験の蓄積(記憶)は、脳だけじゃなくて、その大部分を身体中の神経に記憶するんです。スポーツ選手ならボールを打つこと、蹴ることがうまくなる。できなかったことができるようになる、わからなかったことがわかるようになる。」
 
いきなり英語から料理の話かよ、話が逸れてないか、と思われたかもしれない。
 
だが、ここが核心なのだ。
体を使って何かを習得する、つまり体得するという意味合いにおいては、料理もスポーツも語学も何ら変わることはない。
 
英語を勉強する、習得する、と思うと、つい
 
「もっと単語を覚えなくちゃ」
 
とか
 
「ちゃんと文法を暗記しておかなくちゃ」
 
など、日本語とまったく系統の違う言語を学ぶが故にとかく暗記に重点が置かれがちだが、言語とはそもそも音から先に発生したもので、文字は基本的に後から生まれてきたものだ。文字のない言語はあっても音のない言語は存在しない。
 
つまり、音を聞いて話す、ということが常に基本にあり、使うことが前提の技能、ということになる。
 
その点では実は英語は数学と似たところがある、とは数多くの本を出版されている佐藤優氏の言葉だ。
 
「数学や外国語(あるいは古文や漢文)を、教科書や参考書を読むだけで理解することは不可能だ。これらの勉強は、体で覚える技術(ギリシア語でいうテクネー)の要素があるからだ」(『読書の技法』佐藤優、東洋経済新報社)
 
ここで「テクネー」という言葉が出ているが、これはギリシア語で技術を意味する言葉らしい。といってもテクノロジーではなく、日本語でいえば、「技(わざ)」に近い意味となる。
 
「知識が頭で覚えるものであるのに対し、テクネーは体に覚えこませるものです。知識は講談講義で教えられますが、テクネーは講義だけでは教えられません。実習が必要です。実習を繰り返して体に覚え込ませることが必要です」
(『東大生はバカになったか 知的亡国論+現代教育論』立花隆、文春文庫)
 
数学も教科書を読んで、
 
「ふんふん、微分と積分ね。分かった、分かった」
 
と頭で考えるだけで習得できないのは、経験上ご存じのことだろう。実際に手を動かして数式を解いて初めて「分かった」と言える、そういう学問なのだ。
 
英語も
 
“Can I have some coffee?”
 
とあれば、速攻で間髪入れず、
 
「コーヒーをもらえますか?」
 
と口から出るようになるのが、理想の状態といえる。
 
頭で考えないで口から出ること、これを私はよく「脊髄反射で口が動く」と言っている。実際は、脳細胞の動きなくしてはあり得ない話だけど、それぐらい意識せずに言えるなら、テクネーとして習得した、といえるだろう。
 
脳科学的にいうと、何かの経験を元に記憶している出来事(エピソード記憶)や単純に知識を覚えていること(意味記憶)など何らかの知識を覚えることは言語化が可能で「陳述記憶」と言われる。それに対して、数学や英語の場合に体で覚える、といっている記憶は、「手続き記憶」と呼ばれるもので、日常生活の何気ない行動から数学や英語の体得のようなものまで、とても重要な働きを持った記憶システムである。(『記憶力を強くする』池谷裕二、講談社刊参照)
 
では、英語の習得には反復、つまりくり返すことにより体で覚えることが重要なのは分かったが、一般の人が英語を習得しようとした場合、どうするのが一番効果的なのだろうか? 大型書店に行けば語学コーナーにはそれはたくさんの参考書が並んでいる。
 
中学生、高校生に向けた参考書もあるし、3週間でできる英文法やり直しなど、数が多すぎてどれがよいのか、どれが自分に向いているのか、分からなくなる方が多いだろう。
 
実際、私自身も英語コーチを副業で始めたときに書店へ行ってかなり呆然としてしまった。カラフルなページで分かりやすく英文法が解説してあるもの、検定試験向けの単語集、対話形式で読者の理解を促すようなつくりのもの、本当に種類が多い。
 
だけど、私が求めるようなものはなかなか見つからなかった。
 
この本は……中学文法のやり直し、という割には薄すぎる。
練習問題の量が足りない。
 
これには音源が付いていない。
あちらの本は例文がわざとらしすぎる。
 
となるとどれも帯に短くたすきに長し、といった感じで見当たらない。
 
そんなときに出会ったのが
 
『英語のハノン』
 
という参考書だ。
 
Twitter上で話題になっている英語教本がある、ということで、取り寄せてみたものだ。副題に「スピーキングのためのやりなおし英文法スーパードリル」と付いている。
 
カラフルな色を使ってイラストが全面に出た参考書が多い中で、シックな色合いの地味な表紙の本だった。
 
ところが。
内容を見て驚いた。
まさにこれこそ私が求めていたものだ!
 
自分が高校生、大学生のときにこの本があればどんなにか英語の上達が速かったろう、と思うと残念でならないぐらいだ。
 
「ハノン」というタイトルで分かる人にはピンと来る通り、ハノンとはそもそもピアノの練習に使われる。私は子どもの時でもピアノを習ったことがないので知らなかったが、「10本の指を自由自在、楽譜通りに動かせるように鍛える練習曲集」らしい。
 
これこそ、私が英語本に求める反復を否応なしにやらせてくれるものではないか。
 
まず、この『ハノン』のよいところは、例文が自然な現代の英語であることだ。わざとらしい英文はなく、とても口になじむ文章が厳選されている。そして、情景がきちんと脳裏に浮かぶものが多い。
 
例えば、私のお気に入りの文章が、
 
“Lisa ate your pudding in the fridge.” (リサは冷蔵庫の中のあなたのプリンを食べた)
 
というものだ。音声の勢いもプリンを食べられたリサの憤りが表現されている雰囲気だったし、思わず「クスリ」と笑ってしまう。”in the fridge”という日常使いそうだけど学習英語には出なさそうな表現もいいと思う。
 
次にドリルすべてで文法事項が網羅されているところも素晴らしい。初級でおおよその動詞周りの表現が、中級で接続詞や比較級など、そして上級ともなると、関係詞節や仮定法の内容が盛り込まれている。
 
実際のところ、初級をクリアするだけでも日常会話が相当に楽になると思われる。私自身が仕事前の口慣らしに使うこともある、このハノンの音声だが、実際一番使う表現が多いのが初級のドリルかもしれない。
 
そして、『ハノン』のハノンたる所以、どういった反復練習ができるのか、という点だが、ここも素晴らしい。最初の例文をくり返した後、指示にしたがって例文の言い換えを行うのだが、その間のポーズの時間が実に絶妙だ。
 
口慣らし、と軽い気持ちで臨むと、プロの自分でも置いて行かれてしまう。気が抜けない。お手本の音声と同じナチュラルスピードで話さないと間に合わない程度の間しか置かれていないのだ。まったくもって脱帽だ。
 
テクネーとしての英語、体得するべき部分をこの『ハノン』で練習すれば、海外に行くことなく日本国内で話せる英語が身につくことは間違いない。
 
しかし、この万能にも思える『ハノン』にも弱点はある。
 
そのひとつは、本当の初心者向けではないことだ。
『初級』でも内容は一般的にいうと中級以上レベル、どんな人でもぜひ『初級』から始めてください、と注釈が付いているほどだ。中学文法も単語も全部頭に残っていない、となると、少し難易度が高いかもしれない。
 
これについては、将来的に出ると言われている『はじめてのハノン』に期待したい。
 
次に見た目が地味なところだろうか。
 
私は質実剛健、といった風貌の『ハノン』が気に入っている。まるで名作文学大全のシリーズの表紙のようだし、シリーズで少しずつモチーフの線の色が違っているところもおしゃれだと思う。
 
だが、他の英語参考書は基本きらびやかな装丁で中身もイラスト付きで、とっつきやすく見えるものが多い。英語が苦手だけどやらなくちゃ、と思っている方にとってはいささか怖いかもしれない。
 
そして最後に、そしてこれが一番の難関かもしれないが、反復を苦痛に思って断念する人が多いかもしれない点だ。
 
最初に私も書いた通り、英語はテクネーとして体で覚えることが基本の学問だ。くり返し口に出して練習することが一番の近道であることは、私自身の体験からも明らかだが、いかんせん、人間とは飽きっぽい。
 
だから、
 
「英語の習得に文法は不要」
 
とか
 
「3ヶ月で英語がペラペラに」
 
という広告を見れば、最初からハードワークを課している『ハノン』より他の参考書やまたはスクールなどで学ぶ方がよさそうに見えるのも分かる。
 
だが、何事も本当に習得するにはその反復の苦痛と退屈さから逃げてはいけない。逃げた分だけ、実は遠回りになってしまう。
 
目の前のまっすぐ崖を登る道にいいロープがぶら下がっており、上から誰かが引っ張ってくれる、と言われても、そのロープはいつ切れるかも分からないし、引っ張ってくれる誰かが、
 
「もうやーめた!」
 
と思えば真っ逆さまに落ちるだけ。
 
事が英語習得ならばなおさら、自力で脇道を歩いて上った方が確実だ。そしてその道が結局一番速くて近い道、となる。
 
文法重視かと思える『ハノン』にも初級、中級、上級に加えて、最近『フレーズ編』が出た。『ハノン』初の対話によるストーリーが入り、副題も「英会話スーパードリル」となった。
 
この『フレーズ編』のナチュラルな会話もとてもよい。
もし、『初級』でめげてしまいそうな人は、この『フレーズ編』から始めてもよいだろう。自然な会話表現を身につけてから、じっくりと文法に取り組むのもまた効果的だ。
 
いずれにしてもプロの目線から見ても、この『ハノン』を使うのが英語習得の決め手、といえる。英語を身につけたい人は是非みてもらいたい。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
工藤洋子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

20年以上のキャリアを持つ日英同時通訳者。
本を読むことは昔から大好きでマンガから小説、実用書まで何でも読む乱読者。
食にも並々ならぬ興味と好奇心を持ち、日々食養理論に基づいた食事とおやつを家族に作っている。福岡県出身、大分県在住。

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2023-03-22 | Posted in 週刊READING LIFE vol.210

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