週刊READING LIFE vol.213

血のつながりがあるからこその他人《週刊READING LIFE Vol.213 他人の人生》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

2023/5/1/公開
記事:河瀬佳代子(READING LIFE編集部公認ライター)

 
 
難しいなあ、と思うのは、血が繋がっているからなのだろうか。
 
今年86歳になった父は、80歳の母と2人で暮らしている。正確にいえば同じ建物に弟一家が住んでおり、時々行き来はしているから全くの老人世帯というわけではない。
 
私が結婚した頃は、嫁いだ娘がいつまでも実家に通いつめて入り浸ることをよしとしない風潮が変化してくるような時代だった。ファッション雑誌の特集で「友達のような母と娘」などが組まれ、結婚しても親と一緒に仲良く買い物に行くような姿がもてはやされたものだったが、自分の実の両親に関してはそういったことはほとんどない。
 
そもそも私自身があまり実家に立ち寄らない。よくありがちな、正月やお盆の帰省も、あまりに近いのでしない習慣になっている。「渡すものがあるから駅で待ち合わせようか」や、「近くのデパートまできたからお茶する?」みたいな感じで時々呼び出すことはあるけど、定期的に顔を出してご機嫌伺いということをしていない。
 
今の住居から実家までは1時間とちょっとで着くし、なんなら勤務先から実家までの方が断然近いけど、例えば仕事帰りに夕飯を食べに寄って帰宅する、などということはほぼない。仕事が終わったら自分のことをこなすのに精一杯だし、何せ疲れているから早く帰りたい。
 
こう書くと「それじゃご両親寂しいでしょう?」とか「顔見せに行かないの?」とよく言われるが、お互いやることが多いのでそんなに寂しくもない。これがもしうんと距離が遠かったら話は別だけど、中途半端に近くて容易に帰ったらそのまま家に帰りたくなくなりそうな気がしていて、だから頻繁には寄らないようにしていたのもある。
 
そんな、深く立ち入らないスタンスが、ここ1〜2年でなんとなく崩れつつあった。それというのも天狼院書店で、文章と写真のことを学び始めてからのことだ。
 
講座の受講地は大抵池袋で、そこからの方が断然実家に近い。そして講座が終わるのが日曜日の22時頃だと、そこから家に帰ると深夜近くになる。
(講座のあと、泊めてくれると助かるんだけどね)
滅多に実家には泊まらないけど、流石に日曜日の深夜に帰宅して月曜日の早朝から出勤かあと思うと心にずっしりとくる。毎週じゃないにしても、時々、年に数回だけど、泊まらせてもらった超絶楽なんだけどなあ。
 
「ねえ、今度、文章の講座を受けることになって、池袋で終わるのが21時なんだよね。次の日、しんどいので、ちょっと泊めて欲しいんだけど」
「ええ? ……まあ、いいけど、ご飯はどうする?」
「いい、食べてくるから」
 
なんとなく申し出てみたら、意外とあっさり許可をされた。あんまり負担になってもいけないかなと、夕食はいらない、布団は自分で敷く、翌朝洗濯しやすいようにシーツを剥がすなどのちょっとした手伝いはやってみた。
 
1年365日、誰かのご飯を3食作りながら仕事をしている身としては、お風呂と寝る場所があって、朝起きたら朝食ができている情景というのは本当にありがたいことでもある。ありがとうとお礼を言ってそのまま出勤する。早起きしなくていいって、なんと助かることだろうか。
 
私だけからではなく、両親からヘルプが来て実家に呼び出され、そのまま泊まったこともある。
「スマートフォンのメールがわからないから、仕事の帰りに来てくれないか?」
父から電話がかかってきた。
「どうしたの?」
「変なメールが1000件くらい入ってるんだけど、消し方がわからない。消してもまだ残ってるんだけど」
「それって、携帯のショップとかにいけば教えてくれるんじゃないの?」
「ダメなんだ、ああいうところの人は。言ってることがわからん!」
プロがわからないのに私で用が足りるのかは大いに疑問だけど、とりあえず実家に寄ってみる。スマートフォンを見せてもらうと、迷惑メールが大量に入っていて消したことがないのだ。そんなものは即座に消しなさいよと笑いながら私は父のスマートフォンの設定をし直し、変なドメインからは受信できないようにした。
 
またある時は「年賀状の印刷ができなくなったので来てほしい」と言われたので実家に行った。見てみると、なんのことはない、プリンターが自宅のWi-Fiに繋がっていない。
「繋いであげるから、Wi-Fiのパスワードを教えて」
「パスワードなんて、そんなもんはわからん」
どこにあるかわからないわからないと散々あちこち探した挙句、ようやくこれではないかと父はWi-Fi契約時の書類を引っ張り出してきた。そこに書いてある数字と記号の羅列を打ち込んでようやく解決した。
 
そして来たついでに実家のパソコンの様子も見ることになった。父と母兼用で使っているノートパソコンを開けてみると、デスクトップはファイルで埋め尽くされていた。趣味でやっているスポーツの緊急連絡のExcel、どこかに行った時に誰かと撮った写真。ありとあらゆるものが、デスクトップ上にぽんぽんと置きっぱなしになっている。
「ちょっと、これひどいね。必要じゃないものは捨てないと」
私はファイルを1つずつ開けて「これはいる? いらない?」と声をかけて整理していった。デスクトップ上にあったファイルのほとんどが不要なものだった。高齢者にはパソコンやスマートフォンのメンテナンスはハードルが高いから、時々見てあげることにもなった。
 
こうして、実家に泊まって翌朝出勤することも少しだけ増えた。加えて写真の講座も取るようになり、これも終了が22時近くが多いので、ちょっと申し訳ないような気になりながらも、時々私は泊めてほしい旨の要望を、おずおずと出すようになった。
 
そしてある日曜日のこと、写真の講座が始まる前に実家に立ち寄った。
「今日も、遅くなるので、できれば泊めてもらえると助かるんだけど」
多分大丈夫だろうと遠慮がちに言った私に返ってきたのは、意外な返事だった。
「どうして? まだ帰れる時間じゃないのか?」
 
あ、……そうなの?
今日は、ダメってこと?
 
訪ねてきた私の顔を見て、なんとなく父の機嫌がよくなくなったような気もしていた。
「……そう、ダメなの。そうしたら、帰るね」
 
戦前生まれの父は、なんと言っても昭和の昔の人なので、筋を通さないことが大嫌いな性分である。間違っていることには絶対に迎合しないことをわかっているので、一旦だめと言ったら絶対に覆ることはない。それでも今まで時々、こちらの都合や向こうの都合もあれど泊めてもらえてたのに、というもやもやは残っていた。そして帰り際、玄関まで来てくれた母に思わずこう言ってしまった。
「今日は、お父さんに追い返された感じだね」
 
その数日後、1通の葉書が届いた。差出人は父だ。なんか嫌な予感がした。
父の字はクセがあって読みづらい。高齢になって余計に字がヨレている気がしてますます読めない。それでも頑張って読んでみる。
 
「……この前お前は『お父さんに追い返された』って言ったそうだが、お前を追い返した覚えはない。お前が朝ゆっくり起きて楽をしたいから来る、そうすると朝食はどうするとか、お母さんがお前に気を遣う。お母さんも80歳、相当身体も大変だ。お互いそれぞれ今の生活があるんだから、そこは考えてほしい」
 
なるほど。まあ、そうだよね。ずっとそう思っていたんだよね。でも言う機会がなくて言えなかったのだと思う。
 
戦前生まれで、戦争中空襲から逃げ惑い、戦後苦労をして働き、母と結婚して家庭を築いてきた父。兄弟が多かったゆえに若い頃から自立せざるを得なかったから、人の中に入って働いて揉まれることも多く、それが自然と厳しい父の像を作り上げて行ったように思う。
 
世の中ではいろんな親子の話を聞く。結婚したけど親の手を借りる、親の金をあてにする、親もまた子の金をあてにする、子の世帯に負担をかける。そんなご家庭も少なくはないはずである。
幸いなことに私たちは所帯を持って以来、援助というものを親から受けたことはないし、依存したりされたりということもなかった。毎週というわけではなく、せいぜい2〜3ヶ月に1回なんだから、時々泊まるくらいはそんなに深い依存じゃないんだからたまにはいいじゃないか。そんな甘えが私にもあったのかもしれない。泊まらないで帰れと言われて、最初はちょっとムッとしたけど、落ち着いて考えると申し訳ない気もしてくる。
 
「いずれは子どもの世話になるんだから、泊まりに来るくらいいいじゃない」とおっしゃる向きもおありかもしれないが、甘えというものは1度緩めたらどんどん歯止めが効かなくなる。その手綱をしっかりと締めたかったのではないだろうか。もう家を出て所帯を分けたんなら、親子であっても別の人生ではないのかと。否、所帯を分けていなくとも、親子や夫婦、家族であっても他人のように人生は別々であるはずだよと、父はそう言いたかったのではないだろうか。
 
景気が悪くなり経済状態も冷え込むと、金銭的なことや人手として血縁に依存してトラブルを起こす例もニュースでは枚挙にいとまがない。そのほとんどの原因が、依頼心から来ている。人に依存しない生活を送れていることの幸福を改めて感じるとともに、相手にとってはどこまでが許されて、どこからが譲れない線なのかを、都度見極めることを日々怠らないことは必要なのだろう。
 
人の心を推し量ることは難しい。まして知り合いだとか、血が繋がっているのであればそこに必ず甘えの気持ちが入ってくる。人への甘えは自分自身への甘えでもあることを認めるのはもっと難しいけど、そこをなくして人との関係はうまくはいかないのだなと、気を引き締めるのであった。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
河瀬佳代子(かわせ かよこ)

2019年8月天狼院書店ライティング・ゼミに参加、2020年3月同ライターズ倶楽部参加。同年9月天狼院書店ライターズ倶楽部「READING LIFE編集部」公認ライター。「Web READING LIFE」にて、湘南地域を中心に神奈川県内の生産者を取材した「魂の生産者に訊く!」http://tenro-in.com/manufacturer_soul 、「『横浜中華街の中の人』がこっそり通う、とっておきの店めぐり!」 https://tenro-in.com/category/yokohana-chuka/  連載中。

お問い合わせ


■メールでのお問い合わせ:お問い合せフォーム

■各店舗へのお問い合わせ
*天狼院公式Facebookページでは様々な情報を配信しております。下のボックス内で「いいね!」をしていただくだけでイベント情報や記事更新の情報、Facebookページオリジナルコンテンツがご覧いただけるようになります。


■天狼院書店「東京天狼院」

〒171-0022 東京都豊島区南池袋3-24-16 2F
TEL:03-6914-3618/FAX:03-6914-0168
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00
*定休日:木曜日(イベント時臨時営業)


■天狼院書店「福岡天狼院」

〒810-0021 福岡県福岡市中央区今泉1-9-12 ハイツ三笠2階
TEL:092-518-7435/FAX:092-518-4149
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00


■天狼院書店「京都天狼院」

〒605-0805 京都府京都市東山区博多町112-5
TEL:075-708-3930/FAX:075-708-3931
営業時間:10:00〜22:00


■天狼院書店「Esola池袋店 STYLE for Biz」

〒171-0021 東京都豊島区西池袋1-12-1 Esola池袋2F
営業時間:10:30〜21:30
TEL:03-6914-0167/FAX:03-6914-0168


■天狼院書店「プレイアトレ土浦店」

〒300-0035 茨城県土浦市有明町1-30 プレイアトレ土浦2F
営業時間:9:00~22:00
TEL:029-897-3325


■天狼院書店「シアターカフェ天狼院」

〒170-0013 東京都豊島区東池袋1丁目8-1 WACCA池袋 4F
営業時間:
平日 11:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00
電話:03−6812−1984


2023-04-26 | Posted in 週刊READING LIFE vol.213

関連記事