週刊READING LIFE vol.213

取材ライターとクラシック音楽演奏者の意外な共通点《週刊READING LIFE Vol.213 他人の人生》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

2023/5/1/公開
記事:久田一彰(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
「ねえ、君って作曲家より偉いの? ちゃんと楽譜通りに弾いてよ。何回言ったらわかるの?」
 
取材を終えて文字起こしをしている私の頭の中に、突如、学生時代にお世話になった恩師の言葉が突然よみがえってきた。大学のサークル「交響楽団」のパート練習でバイオリンを弾いていたときに、何度も聞かされた言葉だ。練習ではさまざまな注意を受けては演奏を修正していくのだが、頭の上から飛んでくるこの言葉が、一番強烈に印象に残っている。
 
パート練習の弦分奏と呼ばれる、弦楽器だけのグループで練習する方法がある。弦楽器は5つのパート、それぞれファーストバイオリン、セカンドバイオリン、ビオラ、チェロ、コントラバスに分かれている。他にもフルートやクラリネットなどの木管楽器の集まりの木管分奏や、トランペット・トロンボーンなどの金管楽器が集まる金管分奏というものもある。そして、そのすべての楽器が集まった全体合奏という練習もある。この全体練習やリハーサルを重ねて、本番の演奏会を迎える。
 
それぞれの楽器の楽譜には、速度記号、強弱記号、小節番号、奏法に関すること、そのほかにも気持ちを表したり、細かな指定があり、作曲家が楽器別パート別に書いたものであり、いくつものパート楽譜という糸が組み合わさって、ひとつの編み物、つまり曲になる。それを忠実に再現して作曲家が思い描いた曲になるのだ。
 
しかし、これを無視して弾いていくと、曲は似たものにはなるのだが、最終的には違う曲となってしまう。その作曲家が意図しない曲が生み出されてしまうのだ。
 
作曲家はその曲を生み出すのに、とてつもない時間をかける時がある。たとえば、ドイツの作曲家ブラームスは、1876年に人生で初めて書いた「交響曲第1番 ハ短調 作品68」は、第1楽章から第4楽章まであり、それぞれ違った曲風で、聴いた人全てを楽しませてくれてその人にいい影響を与える。この曲の第4楽章の旋律からインスピレーションを受けて生まれたといわれている、サントリーウイスキー「響 JAPANESE HARMONY」もあるほどだ。
 
この曲は完成までに約24年の月日をかけたといわれている。人が生まれて成人するまで以上の長い時間に、何度も推敲し、ときにはやり直したり、諦めたり、苦しんだりもしただろう。それでもなお、作品を世に生み出した。私が今まで生きてきた半分以上の時間に費やしたと思うと、驚くべき情熱と執念という言葉では表せない何かを感じる。だからだろうか、作品が生まれて147年という間、ドイツのみならず世界中で、この日本でも多くの音楽好きに聴かれ、演奏され、愛され続けている。
 
ブラームスが想いを込めた24年間を、約40分間という時間に凝縮させたこともすごい。そのエネルギーの濃密さは、最初の出だし音が爆発して音の波動を耳に届ける。4つの楽章のさまざまな曲の旋律は綺麗、力強さ、楽しさ、喜怒哀楽、色んな感情を刺激してくれる。習字のお手本をなぞるように、演奏の際に楽譜に書いてあること全てを再現して演奏することで、作曲家が伝えたかったこと残したかった音を、聴いてくれる人々に正しく伝えられるのだ。
 
恩師はプロの音楽家として、楽譜を通じて読み取ったブラームスという他人の人生の凄さ、凄まじさをリスペクトしているのだろう。だからこそ、楽譜通りに演奏していない未熟な私たちに、悔しさが滲み出るのだろう。20代の頃はそんなことは思わなかったけど、40代になった今ならその言葉の意味が、意図がようやく分かるようになった。
 
これは取材ライターも大事にしなくては、と思った局面だ。つまり、取材をして文字起こしをして記事に書き起こす時の気持ちだ。これは取材ライターとクラシック音楽演奏者の意外な共通点だった。
 
取材を初めてする時から、語られた言葉を逃すまいと、ICレコーダーに録音させてもらっている。許可を得てから録音ボタンを押して、話をしてもらう。取材をしていると予想時間を越えて、多くのことを話してくれる時がある。それだけこだわりがあり、話しても話しても湧水のように想いが溢れてくるのだ。話もまとまっている時もあれば、「あと、そう言えばね」とあちらこちらに飛ぶこともある。点と点で話されたことを線でつないで、分かりやすくまとめるのが取材ライターの力量が問われるのだが、話が長くなるほど、それに比例して文字にする量やまとめる量も多くなる。
 
家に帰りICレコーダーで録音した音声を聴きながら、ポチポチとパソコンを打っていく。文字起こしと呼ばれる作業で、取材対象者が話したことを、録音された声を聴きながら、一字一句漏らさず文字に書き起こす作業だ。
 
私のように会社員をしながら取材を続ける者にとっては、文字起こしをする時間も何時間とはいわず、数日に渡ることもある。締め切りもあるし、普段の仕事や生活のこともあり、記事にかける時間も限られているので、早く文字起こししなきゃと思えば思うほど、申し訳ないことに雑に聴いてしまっていることもあった。
 
一通り打ち終わって、もう一度録音を聴きながら原稿を見返していると、確かに文字起こしをしたつもりなのに、違う言葉を入力していたり、違う接続語なんかも入れてしまっている。「あれ、おかしいな? ちゃんと書き起こしたつもりなんだが」と思いながらも、正確に打ち直して修正を続ける。いつの間にか自分はそう聞いたかのように、勝手に解釈してしまっていたのだ。これは学生時代、楽譜を無視して演奏していたかつての私ではないか。
 
これでは取材をした意味がなくなってくる。取材を通じて語られた言葉は、作曲家が生み出した楽譜や音楽と同じで、それだけの価値、重み、他人の人生が詰まっている。決して安易に解釈して文字起こしをしてはいけないのである。
 
音楽では作曲家の旋律をオマージュした作品がいいと思うこともあるが、原曲はどんな曲なのだろうかと、深い海に潜るように、その原点を探りたくなることもある。
 
技術面の発達で、文字起こしをしてくれるアプリや、AIで文字起こしをしてくれる話もだんだんと耳にするようになってきた。確かに1時間、2時間語られた何万字という膨大な言葉を、わずか数分で文字にしてくれるのは、文字起こしの負担も減って、記事にするための考える時間も増えるのでありがたい存在である。生活のために数をこなして納品するためには、必要なことかもしれない。だけど未熟な内に楽さを覚えてしまっては、聴く力は育たないのではとも思う。
 
文字起こしは一度やれば終わりではない。起こした文字を見ながら数回、聴き返すこともある。一度目では気付かなかった話し手の微妙な感情に気付き、ああそういうことか、と腹落ちすることもある。行間を読むというか、文字起こしをしない限り読み取れなかった、得られなかった宝探しをしているのだ。
 
自分の耳で聴いて、文字にして、文字を見ることで、そこから生まれてくる記事にしたいことが浮かび上がってくることもあるのだ。機械に任せていてはその感覚が鍛えられないこともあるように思う。自分の血となり肉となることで、そこから文字が紡ぎ出されて、自分の記事になってくるのだ。
 
話し手が語ってくれた人生、他人の人生ではあるが、そこに敬意を払いつつも、文字にして記事にする。それを何度も繰り返して取材ライターは成長する。クラシック音楽も同じだ。
 
一度演奏した交響曲や管弦楽曲を、楽譜を見ながら聞いてみると、意外な発見をしたりする。半年の練習時間を重ねて演奏会に臨むが、その数年後に再び演奏する機会があったとする。すると、あれだけ見たはずの楽譜や音源から、この楽器の使い方があったのか、他の楽器とのバランスってこうなっていたのか、あのとき聞こえなかった音が聞こえたりと、いくつもの発見が得られる。
 
だから音楽を演奏するのは楽しいし、取材をして記事にするのは楽しい。もちろん楽しい事ばかりでなく、時には壁にぶつかって乗り越えられなくて必死にもがくこともある。それを乗り越えた先には、新しい音楽や記事を自ら生み出せるようになってくる。これはぶち当たる壁の数だけ、新しい自分へと生まれ変わることができるのだ。
 
だから、もし今、壁に八方を塞がれている状況も、次へのステップアップと思い、まずはどんどんと数をこなしていってみようではないか。するとトンネルを抜けた先が明るくなるように、きっと自分の記事や音楽は輝くものになる。そう信じて次の取材へ行こう。そして文字起こしを楽しむのだ。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
久田一彰(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

福岡県生まれ。駒澤大学文学部歴史学科卒。
会社員とオヤジとライターを両立中。仕事・子育て・取材を通じて得た想いや、現在、天狼院書店『Web READING LIFE』内にて連載記事、『ウイスキー沼への第一歩〜ウイスキー蒸留所を訪ねて〜琥珀色がいざなう大人の社会科見学』を書いている。

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2023-04-26 | Posted in 週刊READING LIFE vol.213

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