週刊READING LIFE vol.219

携帯電話をただ握りしめていたあの日《週刊READING LIFE Vol.219 ソーシャルメディアの使い方》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

2023/6/12/公開
記事:山田 隆志(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
今ではスマートフォンなしで生活することは考えられない。通話・インターネットはもちろん、TwitterにFacebookといったSNSもそうだし、今では財布代わりにもなっており、スマホの電源がなくなってしまったら軽くパニックになってしまう。スマートフォンは便利な反面、SNSなどで常に何かとつながっており、たまにはスマホを意識せずに静かに生活することが贅沢な願いとなっているようだ。
 
携帯電話なしでどうやって生活していたのか、思い出すことができない。もしタイムマシンであの時代に戻ったらどんなふうに感じるのだろうか?

 

 

 

今じゃ当たり前となっているインターネットが一般に普及し始めたのは1995年と言われている。この年の11月23日、マイクロソフトよりWindows95が発売され、秋葉原では深夜から開店を待ちわびる人の行列でちょっとした行列となっている。このWindows95というのが、いま私たちが普通に使っているパソコンの原型といってよい。
 
この時の私は静岡の男子校に通うごく普通の高校生で、学校帰りにゲームセンターに入り浸ってから家に帰り、プロ野球を見てからドラマを楽しんでいるというのが私の日常だった。Windows95の発売には一部のクラスメイトが興奮しているのを横目で見ていたが、私にとってはパソコンの何がすごいのかが全く理解できずに、いつもと変わらない日常を送っていた。家に帰ったら家族以外の人間とめったに話をせず、とにかくテレビドラマを楽しんでいる高校生だ。
 
高校生活で仲良くさせてもらったクラスメイトの一人にリュウイチがいた。私と同じようにゲームやマンガやテレビドラマが大好きで、いつもリュウイチとドラマの話をしており、授業が終わった後は、必ず静岡駅前のゲームセンターに入り浸っていた。私もリュウイチも趣味嗜好もほぼ同じであり、学校の成績も見てくれも控えめに言って真ん中ぐらいの普通の高校生だ。ただ、私とリュウイチには唯一にして決定的な違いがあった。
 
一緒に遊んでいたはずのリュウイチにどういうわけか「ガールフレンド」なるものが存在していた。同じ静岡の男子校で授業が終わったらいつも俺と一緒にゲーセンでバーチャファイターに熱中していたはずだ。私が見る限りでは同年代の女子と接する機会はないに等しい。確かに入り浸っていたゲーセンも「プリクラ」というものが存在し女子高生もたくさんいたので、不良のたまり場から明るくポップなナンパスポットに変わり始めていた。ただ、オレもリュウイチもひたすらバーチャファイターに熱中しており、プリクラなんか目にも入らなかった。リュウイチは格闘ゲームの天才だ。バーチャファイターをクリアするのは当たり前で、見知らぬプレイヤーが乱入しても、涼しい顔して次々と蹴散らし、毎回1時間はプレイをひたすら見続けていたぐらいだ。でも、いくらゲームが上手いとはいえ、いつどうやって女の子と付き合うことができたのか、皆目見当がつかない。
 
高校3年生になっても私とリュウイチはいつもの通りゲーセンに入り浸り、格闘ゲームばかりやっている毎日を過ごしていた。私は見事に大学受験に失敗し予備校に通い、リュウイチは都内の中堅大学に見事に合格した。
 
こうして、高校時代につるんでいたリュウイチとは別の道を歩むことになった。
 
当時、スマホはおろか携帯電話もない時代、最後のお別れとなったクラスメイトもたくさんいた。

 

 

 

翌年、私は一人で千葉の予備校に通った。見知らぬ土地での知らない人との勉強漬けの毎日は、最初は心細かったけど幸いにして、それなりに充実した毎日を過ごしていた。
 
夏休みに珍しく私のもとに一本の電話がかかってきた。東京の大学に通っているリュウイチだ。「お前も受験勉強大変だろうけど、たまには息抜きがてら遊ばないか?」
 
久しぶりの級友からの誘いに私は二つ返事で誘いに乗り、待ち合わせ場所の渋谷の喫茶店に向かった。その時見たものはすっかり変わり果てたリュウイチの姿だった。
 
リュウイチの髪型はスーパーサイヤ人のような金髪で、服装も雑誌のモデルのようにチャラくなっており完全に別人だ。「よう、久しぶり」と声をかけてくれたが、高校の時に一緒につるんでいたやつではなく、別人としゃべっている感じだった。
 
「受験は順調?」
 
「まあね、ボチボチやっているよ。ほとんど勉強だけど、予備校帰りにバーチャファイター3をやっているよ。」と高校時代を懐かしむかのようにゲームの話題を振ってみるが、何とも反応が悪い。
 
「ふーん。そうなんだ。でお前彼女はできたの?」
 
「いや、勉強ばかりでそんな暇ないよ。」
 
「やっぱりなあ」何とも感じ悪い反応だ。リュウイチは聞いてもいないのに大学入ってからのコンパの話やこれまでエッチをした女の子の人数を自慢していた。もはや私の知っているリュウイチは目の前にいない。尽きることない武勇伝やら自慢話を聞かされて辟易していたが、楽しそうなキャンバスライフをうらやましく思っていたのも事実だ。
 
喫茶店に入ってから30分ぐらい立った後、リュウイチの鞄から妙な電子音が鳴った。おもちゃみたいなものを手にしてから、おもむろに何かを話し始めた。
 
「悪いな。彼女から電話がかかってきたから、先に帰るわ」
 
「わかったよ。ところで今使ったの何だよ。」
 
「お前、勉強ばっかりでホントに世間知らずだな。これはPHSだよ。大学生活の先輩として一つアドバイスしてやるよ。お前もとにかく携帯かPHSは持った方がいいぞ。大学に入学したらとにかく隣に座ったやつに話しかけて電話番号交換しておけ! じゃあな」
 
変わり果てたリュウイチの態度に楽しみにしていた再会も、なんだか負けたような気分で帰路についた。それと裏腹にまだ見ぬキャンバスライフが楽しみとなり、皮肉にもリュウイチの態度が大学受験へのモチベーションとなった。

 

 

 

翌年、私は無事に神奈川の大学に合格することができた。夏休み以降リュウイチと話すことはなかったが、彼が残した「まずは携帯を手に入れろ」というアドバイスを忠実に守った。受験が終わったら入学祝にプレイステーションを買ってもらうつもりだったが、それをあきらめて携帯電話を買ってもらった。
 
待ちに待った大学入学の日、「とにかく隣に座ったやつに声をかけろ」という言葉に従うべく、携帯電話を握りしめた。
 
ところが、人見知りの性格が発動してしまう。周りをみても知らないばかりで、なんと声をかければよいのか本当にわからない。4月にみたキャンバスはそこら中にサークルの案内がある。静岡の男子校や千葉の予備校では全く見たことがない風景で、あの時に見た変わり果てた姿のリュウイチみたいなやつがたくさんいる。そして何より、全然知り合うことのない綺麗な女の人がたくさんいた。この憧れの世界に行くために受験を頑張ったはずだが、完全に場違いなところに思えた。その日は、ただ携帯電話を握りしめたまま、誰にも声をかけずに一日が終わった。
 
別人となったリュウイチを通じて思い描いたキャンバスライフは私には訪れないまま、4年間が終わった。さすがに同性のクラスメイトとの連絡先交換はできたけど、私が四六時中握りしめていた携帯の連絡先に最後まで女性の名前はなかった。

 

 

 

華やかなキャンバスライフを求めて手にした携帯電話は、バイトと就職活動の連絡ツールとして道具に過ぎなかった。それでも、1990年代後半に登場した通信手段として私の生活にも欠かせないツールとなっていた。
 
2001年の大学4年の春、私も例にもれず就職活動を始めた。当時は就職氷河期と呼ばれており、私もエントリーシートを含めれば軽く100社ぐらいアプローチしてようやく1社から内定を取ることができたぐらいである。この年は就職活動が厳しいだけでなく、20世紀と比べて企業の採用活動の仕方が大きく変わった気がしていた。
 
それは、1995年ごろにインターネットが普及し始めたころに比べて、ネットの回線スピードが速くなりインターネットを使う人が多くなっていた。ずっとインターネットやパソコンにまるで興味を示さなかった私でも、さすがに就職活動や卒業研究を進めるためには、嫌でもパソコンやインターネットを使わないと立ち行かなくなり、大学4年生にして初めてパソコンを手にした。

 

 

 

社会人1年目、ただ握りしめていた携帯電話が恐怖のツールに変貌した。
 
人と話すことが苦手でパソコンのできない私は「営業」と「プログラミング」というワードが記載されていない職種ばかりを選んでいた。そんな後ろ向きな就職活動に唯一の内定を手に入れた会社は大手ファミリーレストランだった。
 
社会人1年目のファミレスでの仕事は、全然向いていない仕事であり、毎日のように細かなミスをしてはいつも上司に、そしてお客様に怒られ続けており、冗談抜きで出社拒否をしようと考えているぐらいだった。
 
「24時間営業のファミリーレストランは休みがない」そんな当たり前の恐ろしさを入社する前には理解していなかった。私の責任となるのは毎週のシフト表に記載されている日時と時間帯だけで、それ以外は自由に過ごしてよい時間だと本気で思っていた。それは大きな勘違いであり、私のいないところでいつもトラブルが発生し、すぐさま携帯が鳴り上司からの怒鳴り声があげられる。それは公休日に疲れて一日中寝ていても構わず電話はなり、ひどい時だとせっかく取った休みでも呼び出されて、説教を受けているありさまだ。詳細はここでは控えたいと思うがとにかく最初に入社した時のファミリーレストランでは、いろいろなことが起きたので、わずか半年の在籍で退職となった。当時は新卒社員が半年持たずに退職することは犯罪者に匹敵するぐらいの大罪を犯した感覚であり、友人知人を含めた周りの人間は私の行動を激しく非難したものだった。そして何より、再就職先がなかなか見つからず、半年で退職した私の人間性までも否定され続けた。
 
ファミレスを退職して間もなく携帯電話を手放し、私のつながりを全て切断した。
 
人生を充実させる最強の武器の携帯電話も、私を苦しめる呪われしアイテムでしかなかった。

 

 

 

たった半年のファミレスの経験で勝手に人間失格の烙印を押された気になり、社会との関係を断つため携帯電話を解約して、孤独に生活をしていた。
 
そんな暗黒時代に終止符を打つのに1年かかり、2003年7月に静岡の印刷工場に入社した。決して優秀な人間ではなかったけど、もうあの時と同じ轍は踏むまいととにかく継続した結果、勤続20年を迎えることができた。
 
携帯を捨てて世の中とのつながりを排除するように生きてきた一年だったが、6年ぶりに静岡に戻り人生初の一人暮らしとなるので、新しく携帯電話を契約した。もう一度人生をやり直す意味を込めて、当時の最先端のドコモの携帯を手に入れた。
 
新しい会社に入ってからは、これまでの手書きの文化からパソコンやインターネットといったツールを積極的に使う文化に変わろうとしていた。そのころ私は社内情報システム室に配属され、仕事の効率化を図るため会社のパソコンやインターネット環境を整える重要なポジションについた。
 
今となっては信じられないが、2003年に現在の会社に転職するまで、本当にパソコンとは無縁の人生を送っていた。
 
あれから20年の間にインターネットや携帯電話を取り巻く環境が大きく変わった。最初の衝撃は2008年のiPhoneの登場だ。といってもiPhoneに反応したのは一部のオタクだけであり、これまでの携帯で十分という反応が圧倒的だった。そのころ私は情報システム室に所属していることと、携帯電話に良い思い出がないという理由もあり、一発逆転の意味も含めてiPhoneという名の未知の機械に手を出した。
 
ちょうど同じ時期に、TwitterやFacebookといったSNS登場し始めた。今にして思えばiPhoneとSNSが人生のターニングポイントになったのかもしれない。
 
半信半疑で始めていたFacebookを通じて、あの時から疎遠になっていたリュウイチを含めたクラスメイトと再会することができた。あの時に見たチャラくていけ好かないリュウイチはもういなかった。地元に戻って親の会社を立派に継いだビジネスマンの顔になっていた。あれだけつるんでいた高校時代からどれだけの差をつけられたのだろうか。それでも、15年の空白の期間をFacebookが埋めてくれて、あの時好きだったリュウイチが帰ってきてくれた。リュウイチの他にも仲良くさせてもらったかつての友人もあまり話すことができなかったクラスメイトもみんなみんな一つになれた。
 
遅れるほど5年、新たなSNSとしてインスタグラムを使い始めた。こちらは本名も顔出しもせずに、ただ自分の好きなレトロゲームやアニメや漫画などの感想をひたすら好き勝手に投稿して、全く知らない人とのコミュニケーションも取ることができるようになり、信じられないことに1000フォロワーを集めることができた。
 
今では、スマートフォンもSNSも公私ともになくてはならないものとなった。あれだけ友人や彼女を作ることに苦労してきた私でも様々なSNSを通じて多くの友人に恵まれ、なんだかんだ順調な人生を送ることができたと思っている。
 
スマートフォンやSNSでつながりすぎた世界に功罪はあるのかもしれないが、20年前のようにつながることを遮断した人生は今では考えられない。
 
今ではAIというものが急速に進化をし始めた。今後の生活においてどんな影響が起こるのかわからない。インターネットやSNSの在り方も大きく変わっていくのだろう。それでもうまく活用して人生を大いに楽しんでいきたいと強く思うのである。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
山田 隆志(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

2022年10月よりライターズ倶楽部に復帰、早いもので通算4期目の参加となる。
5000文字の射程を手に入れ自分オリジナルの文章を求め、いまだ研鑚の日々をおくる。
今年一年で私はどんなライターになるのか、未知数ではあるが楽しみでもある

お問い合わせ


■メールでのお問い合わせ:お問い合せフォーム

■各店舗へのお問い合わせ
*天狼院公式Facebookページでは様々な情報を配信しております。下のボックス内で「いいね!」をしていただくだけでイベント情報や記事更新の情報、Facebookページオリジナルコンテンツがご覧いただけるようになります。


■天狼院書店「東京天狼院」

〒171-0022 東京都豊島区南池袋3-24-16 2F
TEL:03-6914-3618/FAX:03-6914-0168
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00
*定休日:木曜日(イベント時臨時営業)


■天狼院書店「福岡天狼院」

〒810-0021 福岡県福岡市中央区今泉1-9-12 ハイツ三笠2階
TEL:092-518-7435/FAX:092-518-4149
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00


■天狼院書店「京都天狼院」

〒605-0805 京都府京都市東山区博多町112-5
TEL:075-708-3930/FAX:075-708-3931
営業時間:10:00〜22:00


■天狼院書店「Esola池袋店 STYLE for Biz」

〒171-0021 東京都豊島区西池袋1-12-1 Esola池袋2F
営業時間:10:30〜21:30
TEL:03-6914-0167/FAX:03-6914-0168


■天狼院書店「プレイアトレ土浦店」

〒300-0035 茨城県土浦市有明町1-30 プレイアトレ土浦2F
営業時間:9:00~22:00
TEL:029-897-3325


■天狼院書店「シアターカフェ天狼院」

〒170-0013 東京都豊島区東池袋1丁目8-1 WACCA池袋 4F
営業時間:
平日 11:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00
電話:03−6812−1984


2023-06-07 | Posted in 週刊READING LIFE vol.219

関連記事