週刊READING LIFE vol.220

ゴッホの「星月夜」に鳥肌が立った日《週刊READING LIFE Vol.220 オールタイムベスト小説5》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

2023/6/19/公開
記事:丸山ゆり(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
「行ってみたいなあ、富山県のこの街」
 
今から数年前、久しぶりに読んだ小説があった。
その舞台となっていたのが、富山県のある街だった。
 
私は、ずいぶん前から宮本輝先生が大好きで、その作品の全ては読破してきていた。
文章の表現が美しく、素直にその情景に入り込んで行けるのだ。
例えは良くないかもしれないが、生まれて初めて全身麻酔を受けた時のように、スゥっとその世界に入ってゆけるのだ。
綴られた言葉が、素直にそのまま景色となって頭の中に広がってゆく心地よさは、他に類がないほどだ。
そう、どこにいても、私の行きたい世界に連れて行ってくれるのだ。
なので、20代のOL時代から、夫の会社を手伝っていた10年ほど前にかけて、通勤電車の中では、必ずと言ってもいいほど、宮本輝先生の作品に没頭していた。
 
それは、まるでその後にやってくる、毎日同じことを繰り返しているような超現実から、ひと時、回避するためのものだったのか。
あるいは、ただひたすら、非日常に頭の中だけでも身を置くことで、何かしらの光輝く私だけのポイズンを得ようとしていたのか。
いずれにしても、作品の世界は蜜の味わいがあった。
 
なぜ、宮本輝先生なのかと考えてみたら、その答えは単純なもので、自分の生まれ育った環境の近くで先生が暮らしていたことがあるということと、その作品の多くが、身近な街がその舞台となっていたからだ。
 
「あっ、ここ知っている!」
 
「へえ~こんなお店があるんだ」
 
そんな親しみやすさが、さらに私を作品の世界に引き込んでくれていた。
 
「泥の河」では、戦後の混乱期を経て、人々が必死に生きていた様が描かれていて、ドブ川のような当時の河は想像するしかないのだが、なぜかその匂いだけは頭を駆け巡り、それがさらに気だるいような感情を掻き立ててくれた。
 
「錦繍」では、10年も前に別れた元夫婦が、蔵王のダリア園からドッコ沼へ登るゴンドラリフトの中で再会するというショッキングなシーンから始まる。
しかも、往復書簡という手紙のやり取りのスタイルが、感情を綺麗に抑え、今の自分の気持ちを噛み締めるように綴られているところが、そこはかとなく切なくなってくるのだ。
 
「青が散る」も、地元近くの新設大学のテニス部が舞台となっていた。
ちょうど読んだ時期が会社員になって数年が経ち、日々の仕事にも慣れていた頃だったが、それだからこそ、主人公がテニス部を創ることに全てをかけている姿に、何かしら自分がやり残してきたことがあるんじゃないかと胸がざわざわしたことを思い出す。
 
「花の降る午後」では、こちらも地元の街のフランス料理レストランが舞台となっている。
若くして夫に先立たれ、その遺志をついで妻である主人公がフランス料理店を切り盛りしてゆくが、次々に起こる問題に立ち向かう姿に大人の女性としての強さ、その潔さを感じ、憧れを抱きながら読んでいた。
 
そして、私が今でもその感動が冷めることなく、心に刻まれている小説は、「田園発港行き自転車」だ。
 
こちらは珍しく、地元である京都と、東京、そして遠い街、富山県が舞台だった。
東京での仕事に疲れた主人公が、会社を辞めて故郷、富山県に帰るところから物語は始まる。
その会社の上司が、送別会後、故郷へ夜行バスで帰る主人公を見送った後、友人の経営するバーに立ち寄った際、他の客の話から、富山県を巡ることになってゆく。
その他の客こそ、主人公と絡んでゆくもう一人の人物だったのだ。
少し知っている街、京都と、まったく初めて知ることとなる街、富山が、心の中で繋がって行った時、どうしても行ってみたいと強く思うようになったのだ。
黒部川の雄大さ、富山湾から見る立山連峰。
田園風景が広がる長閑な富山の街への憧れは募るばかりだった。
そこでの描写される街並みは、いつしか想像を越えて私の憧れとなっていった。
どうしても行ってみたいと、こんなにも強く思ったことは初めてだった。
 
中でも、富山県を流れる黒部川中流にかかる愛本橋。
真っ赤なアーチ橋だが、そこでは満月の夜には、まるでゴッホの描いた
「星月夜」のような景色になるというのだ。
天高くそびえ立つ無数の糸杉、漆黒の林は満月の夜になると、ゴッホが描いた「星月夜」の作品のような、幽遠な風景になるというのだ。
そんなことを想像しただけで、ゾクゾクし始めた。
 
熱い思いとともに、読み進めた「田園発港行き自転車」
その作品を読み終えて、どれくらい経ってからだったろうか。
断捨離トレーナーという私の仕事のクライアントとして、この小説の舞台となった街に住む方と知り合うこととなった。
これは一体、どういう流れなんだろうか。
いや、あまりにも強く私が思ったばかりに、このような状況を引き寄せることとなったのか。
最初は信じられなかったのだが、私は恋焦がれていた富山県のその街を尋ねる機会をいただいたのだ。
 
ご自宅でのサポートに数回訪れたのだが、ある時、駅へ送り届けてもらう前に、私がいつも話していた、あの愛本橋へと立ち寄ってくれた。
初めて、自分の目で見た愛本橋。
あまりにもその赤い色が誇らしげで、私は橋を見てこんなに感激したことがあっただろうか。
周りには、確かに天へと糸杉たちがそびえ立っていた。
その日は満月ではなく、夜でもなかったのだが、想像だけの予習はこれまでにたくさんしてきていたので、愛本橋に触れられただけで満足で、「星月夜」を十分に想像できたのだ。
 
断捨離という、住まいの新陳代謝を常に行っていたからこそ、このような流れ込みがあったのかもしれない。
 
いずれにしても、私は作品の描く世界をさらに自分の頭の中で着色、脚色していた富山県の街に行くことが叶ったのだ。
自分の目で見た富山県のその街は、小説に描かれていた通り、さらには私が頭のキャンバスに描いていた通り、とても素晴らしい自然に囲まれた街だった。
その風景に出会えた時の感動は、生涯忘れることはないだろう。
それはもう3年ほど前のことになる。
 
なので、私のオールタイムベスト小説の5作品は、宮本輝先生の、「泥の河」「錦繍」「青が散る」「花の降る午後」そして、「田園発港行き自転車」である。
 
ああ、また宮本輝先生の、あの美しい文章によって描かれる、大好きな街を駆け巡る小説を読み返したくなってきたな。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
丸山ゆり(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

関西初のやましたひでこ<公認>断捨離トレーナー。
カルチャーセンター10か所以上、延べ100回以上断捨離講座で講師を務める。
地元の公共団体での断捨離講座、国内外の企業の研修でセミナーを行う。
1963年兵庫県西宮市生まれ。短大卒業後、商社に勤務した後、結婚。ごく普通の主婦として家事に専念している時に、断捨離に出会う。自分とモノとの今の関係性を問う発想に感銘を受けて、断捨離を通して、身近な人から笑顔にしていくことを開始。片づけの苦手な人を片づけ好きにさせるレッスンに定評あり。部屋を片づけるだけでなく、心地よく暮らせて、機能的な収納術を提案している。モットーは、断捨離で「エレガントな女性に」。
2013年1月断捨離提唱者やましたひでこより第1期公認トレーナーと認定される。
整理・収納アドバイザー1級。

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2023-06-14 | Posted in 週刊READING LIFE vol.220

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