週刊READING LIFE vol.237

大好きなだった父親の、依存症の話《週刊READING LIFE Vol.237 家族愛》

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*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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2023/10/30/公開
記事:うえひらまさ代(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
「今日、ここでパパと会ったことは、ママには内緒だよ」
子供のころ、父親がパチンコ屋から出てきたのを偶然見かけた私は、そう口止めされた。
「ふうん、なんで?」
「帰るって言ってた時間よりパパだいぶ遅くなっちゃったから、ママが心配するでしょ」
 
この時、私はそんなに深くも考えず、「分かった」とだけ返事をして帰路についた。
もしも私が、このことをこの時点で母親に言っていたなら、あの騒動は起こらなかったかもしれない。

 

 

 

私の父親には趣味という趣味はなく、土曜日も出勤していることが多く、たまの日曜日に競馬をするくらい。
何度か、「動物園に行こう」と言われ、競馬場に連れていかれたこともある。
たばこは吸うが酒は弱く、まじめで優しかった。
 
私が高校生の時、父親は関東のはずれに単身赴任することになった。
相当寂しかったようで、最初は毎週末、帰ってきていたのだが、往復に時間がかかり、日曜しか休めないから体力も交通費ももったいない、となって、そのうち全く帰ってこなくなった。
 
私も、私の兄弟たちも、ちょうど反抗期だったりして、父親が帰ってきて喜ぶ年齢でもなかったし、父親は父親で、せっかく帰ってきてるのに半日ほどしかいられず、しかも自分と、自分以外の家族の間に、いつの間にか隔たりのようなものができているのを感じたのだと思う。
 
母親は父親が全く帰ってこなくなったことに、当初女性関係を疑い、わざわざ平日の昼間に単身赴任先のアパートに合鍵を使って入るなどしたそうだが証拠が掴めなかった、と言って、夕飯の準備をしながら悔しそうに私に愚痴った。
私は母親からその話を聞いた時、子供のころに父親がパチンコ屋から出てきた光景を、なぜか思い出していた。

 

 

 

それから数年後、父親は単身赴任の任を解かれ、また家族みんな揃って生活するようになった。
相変わらず父親は忙しそうで、平日は早朝に出かけ、深夜に帰宅し、土曜も出社し、日曜は昼まで寝てる生活をしていたけど、どこの家とも変わらない風景がそこにはあったと思う。
 
そんなある日のことだ。
私が高校から帰って、誰もいないと思って暗いリビングの電気を点けると、母親がひとりテーブルに突っ伏していた。
「え、お母さん? どうしたの? 具合悪いの?」
私が近寄ると、母親は顔を上げた。
顔色がひどく悪い。
「お父さんが……」
父親に何かあったのかと思って、私は一瞬覚悟したけど、話は違った。
 
父親が社員旅行の幹事を任され、みんなから旅行代金を徴収して保管していたが、何者かに金を盗まれた。
会社にバレたらクビになるので、貯金を切り崩して補填してほしい。
 
父親からそう言われ、母親は顔面蒼白になりながら銀行の定期預金を解約して、父の会社の近くで待ち合わせて金を渡してきた、と言う。
相当動揺している。
 
だってこれ、普通に考えて警察案件だ。
例えば、父のお金の管理がずさんだったとしても、社内で窃盗が起こったら通報するし、例えば、父が集めたお金を銀行に預けようと社外に持ち出して、その途中でちょっと一杯、の間に盗まれたって通報するはず。
 
もちろん、父親のお金の管理方法に問題があったかどうかについて、問題があったなら会社から咎められはするだろうし、最悪何かしらの処分が下るかもだけど、自腹で穴埋めとか、ちょっと考えられない。
 
だけど、社会人経験がほとんどなく、親兄弟とは離れていて、かつ疎遠、親しい友人もいなかった母親はひとりで解決するしかなく、ましてやクビが掛かっていると言われればパニックにもなるし、そんな状態の脳内では父に言われるがままに銀行に走ったことは想像に難くない。
 
私は母親に警察に相談するよう何度も言ったけど、「それはしない」の一点張りだったから、「じゃあ勝手にすれば」とその場を後にした。
その日以降、その話は父親からも母親からも一切出なかったので、旅行代金は我が家の貯金で補填され、そのおかげで父の首はつながった、とりあえずどうにかなったと私は思っていた。
 
そして数年後、事件は起こる。
サラ金からの督促状が何通も、我が家に届いたのだ。
 
もう言い逃れができないと悟った父親は、家族全員の前で白状する。
パチンコがどうしてもやめられなくて、サラ金に手を出した。
最初は数社の借金を自転車操業で回していたけど、もうどうにもならなくなった。
本当に申し訳ない。
 
最近は本当にお金がなくて、通勤の定期券を解約して金に換えたりと、かなり末期のカツカツ状態だったらしい。

 

 

 

実は私は、この家族会議が開かれた日、会社の昼休みに区役所で離婚届けをもらいに行っていた。
事前に母親から、父親がこういうことをやらかしたので今夜、家族会議をする、と聞いていたからだ。
 
私は全然知らなかったんだけど、本当は離婚届けって、居住している市区町村のものでないとダメらしく、私が勤めている会社の近所の区役所でもらってきたものは、両親が住んでいる市では受理されないものだったそう。
 
でも、サラ金に、しかも何社も手を出すとか、そんな父親はもういらないよ、っていう脅しにはすごく有効だった。
この時の父親の顔は、今も忘れられない。
 
私は父親が大好きで、母親のことは大嫌いだったけど、今回の場合は誰が悪いかはっきりしてたから、落としどころとして父を断罪する形になってしまった。
そして後日、母親からお礼を言われてすごく複雑な思いだった。
 
今から思えば、父親はギャンブル依存症だったのだと思う。
子供のころパチンコ屋から出てきたことを母親に告げて、芽を摘むべきだった。
単身赴任で、寂しさや手持ち無沙汰からハマったというのは、大いに考えられる。
あの、旅行代金が盗まれた件も父親の狂言で、本当は自分が作った借金の穴埋めだったらしい。
まじめで優しい父親は、金が絡むとたいそうな嘘を平気でつくのだ。

 

 

 

ギャンブルもアルコールもタバコもカフェインも、依存症はれっきとした病気だ。
世間で広く認知される前は、意志が弱いから、だらしないからなるものだと思われてたけど、持って生まれた性格が理由でなるものではなくて、自分の意志では抜け出せない、自分では罹患してることに気づかない場合もある、タチの悪い病気なのだ。
でもその時は、そこまでは思い至らない。
 
言い訳はいくつかできる。
当時はまだ、今のように依存症という病気への理解や認識や概念が薄くて、それにカウンセリングも一般的ではなかった。
ネットで何でも調べられる時代でもなかった。
でも、もっとやりようがあったんじゃないかと考えてしまう。

 

 

 

結果的に、あの家族会議のあと、父親が借金を作ることはなかったし、親が離婚することもなく、はた目からは何ごともなかったように、うまく行ったように見える。
 
でも本当にうまく行ったのか?
結局、私たちは父親をを責め立てただけ。
根性論を押し付けただけ。
単身赴任の時よりもっと、居場所を狭めてしまったのではないか。
 
でも、この時、父が何を考えていたのかは、もう知るすべはない。
この数年後に、父はガンで他界したからだ。
 
闘病中、医者から何度注意されても、父は結局タバコをやめなかった。
彼はいったいいくつ、依存症を抱えていたのだろう。
 
もう少し、なにか私たちにできることはあったのだろうか。
答えは、いまだ出ていない。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
うえひらまさ代(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

東京都在住、自営業
テンポの良い文章を書けるよう奮闘中。
ゆくゆくは、クスッと笑えてちょっと泣けるノンフィクションを、取材を通して書きたいです。
(そして賞を取りたいです。)

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2023-10-25 | Posted in 週刊READING LIFE vol.237

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