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週刊READING LIFE Vol,93

ファーストキスの相手と結婚に至った経緯(いきさつ)《週刊READING LIFE Vol,93 ドラマチック!》


記事:布施 京(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
「夫は中学の同級生なんです」
そう言うと、大抵の人は驚き、馴れ初めに興味を抱く。
「私たちお互いバツイチなんですよ」
そう補足すると、大抵の人のテンションは下がり、更問はない。
 
実は、夫との本当の馴れ初めを話せない事情があった。
だが、結婚十年目を迎え、そろそろ解禁してもいいのではないかと思い、ここにしたためてみることにする。
 
私は、小学生の頃読んだ漫画の影響で、「幼馴染の恋」というのに憧れていた。中学生の頃は、何が好きかもわからないまま、ただ幼稚園が一緒だった男の子に想いを寄せて過ごした。だから、夫には目もくれなかった。夫は、ただの仲のいいクラスメイトの一人だった。
 
だが、中学校を卒業後、仲良しの女友達にこう言われた。
「布施(夫)は、京ちゃんのこと好きなんだよ。私、布施から相談されたの」
 
冗談かと思った。なぜなら、夫は、中学生の時、そんな素振りを一度も見せたことがなかったからだ。それに、夫には当時彼女がいたのだ。彼女の名前を、学生服のズボンのポケットに縫い付けていたほどだ。
だが、三年生の時、隣の席になった夫は、いつも私に話しかけてきた。私をバカにすることも多かったが、夫は笑わせるのが上手で、私達はいつも笑いが絶えなかった。だが、ある日、夫が急に話さなくなった。噂に寄ると、彼女が私にヤキモチを焼いているらしかった。夫は、あまり笑わなくなり、私達の間にはだんだん距離ができてしまった。
 
中学生最後の私の誕生日に、いろいろな友達がプレゼントをくれた。帰り際、夫に、すれ違いざまに話しかけられた。
「あそこの棚に入っている巾着袋の中に、プレゼントが入ってるから」
一瞬何を言われたのかよくわからなかった。
「持って帰れよ」
と怒った顔で言われた。
こっそりくれたプレゼントのわりに、とても大きな箱だった。家で開けてみると、ペアのデミタスカップ&ソーサーとポットのセットだった。もらったプレゼントの中で、一番豪華だった。
そんなおしゃれなものをプレゼントする夫を、なんだかちょっと大人に感じた。
 
「布施が彼女と別れたらしい」
高校生になり、数ヶ月が経った頃、女友達がそう教えてくれた。そして、夫は、月に2,3回の割合で、私の家に自転車で遊びに来るようになった。玄関の入り口で1、2時間立ち話をして帰る。ただ、それだけだった。
「布施は何しに来たの?」
よく母に聞かれたが、「ただおしゃべりしに来たみたい」と答えていた。それしか、目的が見当たらなかったからだ。
私が不在の時は、母と少し話してから帰っていった。思春期の男の子が母親と話すのは珍しいと、母は夫をかわいがっていた。
 
高校三年生のある日、夫は、いつも、くだらない話をして笑わせてくれていたが、突然、
「好きなやつはいるのか」と聞いてきた。
「いるよ。片思いかもしれないけれど」
私は、同じ高校のクラスメイトを好きになっていたので、正直に答えた。
すると、夫は、いつになくまじめな声で、そしてやさしく、こう言ったのだ。
「おまえなら、絶対うまくいくよ」
 
私は、その後、夫の予言通り、好きだったクラスメイトの男の子に告白され、初めてつきあうことになった。
ある日、高校の近くの塾帰りに、友達と夕飯を食べ、夜九時過ぎに最寄り駅に着いたときだった。
なぜか、夫が改札口で私を待っていた。
「遅いんだよ」
怒った表情で文句を言うと、夫は藪から棒に私の学生カバンを奪って、歩き出した。
「重いからいいよ」
私が、かばんを取り返そうとすると、
「重いから、持ってやってんだろ」
と、夫はやはり怒ったように言い放ち、そのまま私の家に向かって歩き出した。
私は、夫の背中をずっと見ながら、それ以上何も声をかけることができなかった。
家の前に着くと、夫が私にかばんを渡した。
「もう、会いに来ないから」
「え?」
夫は、それ以上、何も言わずに、今度は、自分の家に向かって歩き出した。
私に彼氏ができたからだろうか……。
考えても、つなぎとめる理由は、友達の私には何もなかった。
ただ、ずっと夫の背中を、暗闇に消えていくまでずっと見送った。
その時、ひどく胸が傷んだのを覚えている。夫に「好き」と言われたことはなかったが、その背中からは、私への想いがひしひしと感じられた。「好き」だからこそ、去っていくということを、感じずにはいられなかった。
その光景は、30年以上経った今でも、私の脳裏に焼き付いている。
 
私は、初めて男の子と付き合ったはいいが、二人で会うと緊張して、恥ずかしくて、キスにも応えられず、あっという間に付き合いは終わってしまった。そのことを、夫に相談したのかは、記憶がない。だが、中学の友人たちの集まりの帰りだったか、夫に、夜の雑木林で、キスの仕方を教えてもらったことがある。
一回目はダメ出しされ、二回した記憶がある。
「俺、キス上手だろ」
えらそうに言われたが、初めてのため、何が上手なのかも、正直わからなかった。
「おまえは、まじめすぎるんだ。もう少し遊んだほうがいい。そしたら、俺が結婚してやるから」
この時、夫がまだ私を好きでいてくれたのか、どこまで本気だったのか、定かではない。今聞いても、あまり覚えていないという。ひどい夫だ。とにかく、上から目線の夫に、何のロマンチック感もなく、手ほどきを受ける成り行きでされてしまったファーストキスを、私は誰にも言えなかった。
 
そして、もう一つ。
誰にも言えなかったことがある。
就職して4年目の夏のことだ。
 
「本当は、結婚なんてしたくないんだ」
 
夫が、私の実家に相談に来た。夫の結婚式の招待状が届いて、すぐの頃だった。
夫は、喧嘩が絶えない年上の彼女の愚痴をこぼしていた。それを、母と私は夜が更けるまで聞いていた。
「そんな結婚はやめたほうがいい」と、母と二人で反対したが、結婚式は二ヶ月後に迫っていた。相手の親御さんが高齢のため、どうしても花嫁衣装を見たいと言っているから、「結婚したらすぐ離婚する」と夫はプランを話した。夫は、寝ずに悩んでいたのか、急にうとうとしだしたので、母は、一階の和室に布団を敷いてあげた。夫は、すぐにいびきをかいて深い眠りに入っていった。
翌朝、私は二階の自分のベッドの上で、目覚まし時計がなる前に目を覚ました。何かを感じたからだ。そう。夫が、私のベッドの横で、しゃがんでこちらを見ていたのだ。
「どうしたの?」
私は、驚いて言った。
「寝顔、見てた」
夫の言うとおり、確かに、夫は、適度な距離を置いて、私を見ていた。私が目を覚ました時、やさしい穏やかな表情をした夫と目があったのだ。
「何言ってんの。下に行くよ」
平常心を装い、私は、急いで一階に降りた。母は、まだ起きていなかった。お互い、麦茶を飲みながら少しまったりしていたが、夫は、朝早くから仕事に行かなければならなかった。玄関まで見送るために、私が先に居間のドアノブに手をかけようとした瞬間、後ろにいた夫に腕を引っ張られたかと思うと、抱き寄せられ、夫に唇を奪われていた。あの雑木林での練習とは違った。私は抵抗しようとしたが、背中の後ろに両腕を抑え込まれ、解きほどくのに時間がかかった。
「もう、何やってんの!」
「……本当はおまえと結婚したかったんだ」
「何言ってるの? 結婚するんでしょ? 何もなかったことにするからね!」
私は、怒ったふりをして、驚きを隠し、何事もなかったように、夫を見送った。
 
それから、数日後。私が仕事の後に通っていた英語学校の前で、夫は、派手な赤いスポーツカーを止めて待ち伏せしていた。車を購入した時に、わざわざうちに来て、私を乗せてくれた車だった。
夫からの相談が繰り返される度に、ただのマリッジブルーではないかと思いつつも、なんとかしてあげたい気持ちが募っていった。
私は、ある日、一人暮らしをしているアパートに夫を招いた。そして、ずっと考えていた提案をした。
「私は、ずっと好きな人がいたけれど、うまくいかなくて、この間から、私のことを大学時代から好きでいてくれている後輩と付き合っているの。でも、布施が私を本当に中学のときから好きだったというなら、私は後輩と別れて、布施と付き合う。そうしたら、結婚やめられるでしょ」
しかし、夫は、もう結婚はやめられないと言った。だけど、私のことは本当に好きだと言った。私は、私が夫と付き合うことで、結婚をやめさせられると思った。私は、後輩に電話をかけ、別れ話を持ちかけた。だが、後輩は「それは、京ちゃんがだまされているよ。聞かなかったことにする」と言っただけだった。夫は、その後、私のアパートに何回か泊まりに来た。私は、結婚式の前日、わざと会いたいと夫に言った。すると、彼は泊まりにやって来た。これで、彼は結婚しない。そう思っていた。だが、翌朝、彼の携帯電話がなる音で目が覚めた。彼の母親だった。
「わかってるよ。直接行くよ」
私は、耳を疑った。彼は、私のアパートから、直接結婚式場へ行くという。
「結婚すれば、相手は気が済むんだから」
私に止めるすべはなかった。
「私は、結婚式、行かないよ」
「わかってるよ」
夫は、まるで仕事にでも行くように、「じゃ」と言って、赤いスポーツカーで去っていった。
 
約二ヶ月間、夫に相談されながら夫と濃厚な時間を過ごした私は、何も手につかなかった。
その時、夫を友達以上に本当に好きだったのか、自分でもわからない。私は、ただ、親切心から、結婚を止めてあげたかっただけなのかもしれない。だけど、心に空洞ができたようで、何もやる気が起きなかった。
 
結婚後、何も変わらず私に連絡をしてきた夫に、私は、後輩と関係を続けることを告げた。そして、私達の幻の恋愛ごっこは終わった。
 
その二年後、私は海外で日本語を教えることになった。それと同時に、後輩と結婚することになった。一応、結婚式の招待状を夫にも送ったが、やはり式には来なかった。
 
その三年後、夫は、私の父に自分の離婚について相談させてほしいと、私にメールをしてきた。私の祖父が弁護士で、長男である父は、司法試験に受からず弁護士にはなれなかったが、勉強はずっとしていたので、法律には詳しかったのだ。夫は、電話で父に何度か相談をしたが、結局離婚には至らなかった。
 
その三年後、私の父が亡くなったのを喪中はがきで知った夫は、実家にお線香をあげに来てくれた。私は、遠距離結婚という理由もあり、その時すでに離婚していた。ずいぶんと月日が流れ、私達は、ただの中学の同級生に戻っていた。そう、思っていた。
 
その翌年、私は海外ボランティアへ行き、その間に、夫は晴れて離婚が成立した。2年後、帰国した私に、夫は、ものすごいアプローチをしてきた。だが、私のことを「ずっと好きだった」と言われても、結婚式当日に、私のアパートから式場に向かった夫を、冷静に思い出すと、人間として信じていいのかわからなくなった。
だけど、あの暗闇に消えていった夫の背中を思い出すと、あの背中は嘘ではなかったと、心が強く反応した。
「確かに、あの時は、私をとても好きでいてくれた」
私は、38歳という、子どもが欲しいなら、待ったなしの状況で、しばらく悩む日々が続いた。そんな中、実家の食器棚の奥から、夫が中学生の時にプレゼントしてくれたデミタスカップとポットが出てきた。私は、「運命」という言葉を信じることにした。そして、私は、夫を信じて、付き合うことにした。
私は、友達とは違うやさしい面をもつ夫にどんどん惹かれ、付き合って三ヶ月後に結婚を約束し、半年後に籍を入れた。夫の荷物の中に、私がデミタスカップのお返しに、夫の誕生日プレゼントであげた靴磨きセットを見つけた時、「運命」を信じた自分の選択は間違いではなかったと確信した。
 
夫は、働きながら、家事、育児はもちろん、お弁当づくりに家計簿も付ける、完璧な主夫となった。赤いスポーツカーを乗り回していた、チャラ男が、こんな家庭的だと誰が思っただろうか。
出会ってから、35年。友達だったわりには、知らないことが、まだまだ出てくる。学生時代は、あんなにおしゃべりだったのに、結婚後は、それほど話さなくなり、どちらかというと無口な夫。そんな夫のことがわからなくなった時は、私のことを想って、去っていった、あの背中を思い出す。
 
私達は、アラフィフになったが、私は、いつまでも夫に「大好き」を感じていたい。
そして、いくつになっても、夫と手をつないでいたい。
手をつないだときに、心が躍らない人と一緒にいても、私の人生には、なんの意味もないから。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
布施 京(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

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2020-08-24 | Posted in 週刊READING LIFE Vol,93

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