老舗料亭3代目が伝える 50までに覚えておきたい味

第14章 その旨味が病みつきに〜ニッポン人とチーズの関係《老舗料亭3代目が伝える50までに覚えておきたい味》


2021/08/30/公開
記事:ギール里映(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
チーズ、チーズ、魅惑のチーズ。
チーズほどその種類が多く、その好みもいろいろで、人によって持つイメージが全く異なる食材はないと思います。基本的に動物の乳を発酵させたものをチーズと呼ぶわけですが、作られる国、乳の種類、作り方、技術などにより、もはや一つの名前で呼ぶのも申し訳なくなるぐらい、チーズの世界は広くて豊かで奥深い。人生も50になったら、そろそろお気に入りのチーズや定番のチーズの食べ方、楽しみ方を知っておきたい。
 
そもそもチーズ、と聞いて何を思い浮かべますか?
学校の給食で出されたスライスチーズかもしれないし、ピザに乗っているとろけるチーズかもしれない。ワインが好きな方はデセールのチーズかもしれない。いろんなイメージをそれぞれが持っているとは思いますが、よりチーズを楽しむためにも、チーズの基礎知識があったほうがいい。
 
 

そもそもチーズって何?


多くのチーズの原材料は牛乳です。フランスやオランダなど牧畜が盛んな国でチーズは多く作られ、消費されています。チーズの発祥には諸説ありますが、よく聞かれているのは遊牧民たちがヤギの胃袋に牛の乳を入れて保存し持ち歩いていたら、それが発酵してチーズとなった、というストーリーです。チーズを作るためにはレンネットと言われる、動物の胃袋から採取した消化酵素が必要になります。この偶然がきっかけで、この後大きく発展していくチーズの文化が生まれたというストーリーには、自然の面白さや偶然の不思議さを感じます。日本に入ってきたのは意外と古く、奈良時代ぐらいには遣唐使が中国から蘇と言われるチーズらしきものを持ち込んだという記録があります。西洋のものだと思いがちなチーズですが、案外古くから日本にあるものでもあります。
 
原材料として牛乳の次に多いのはヤギでしょうか。そして羊と続きます。
 
ヤギは気温が高い乾いた土地というような厳しい環境でも生育しやすいので、牛の牧畜が難しい地域で広まりました。ヤギの乳は人間の乳と成分が似ているからということもあり、牛乳アレルギーがある方などにも昨今注目の乳です。
羊も同様、牛を飼うことが難しいエリアでも飼いやすいことから、スペインやイタリアなどのエリアで多く使われています。主にこれら3つの動物から採れる乳を微生物や菌で発酵させものを、広くチーズと呼んでいます。
 
世界のチーズのほとんどはヨーロッパで作られています。
一人当た消費量ナンバー1はいわずもがな、フランス。次にドイツ、アイスランド、ルクセンブルグ、ギリシャと続きます。1年間の消費量がフランスでは一人当たり26.2キロ。これに対して日本は2.2キロと、約10倍の差があります。
そもそもチーズを習慣的に食べることのない日本人ですが、このコロナ禍で家飲みがすすみ、また巣ごもり需要やお取り寄せ需要の高まりも加わって、チーズの消費量は近年伸び続けています。おつまみの筆頭株として不動の地位を持つチーズは今後ますます需要が増えると思いますし、それによってチーズの楽しみ方も増えていくと思っています。
 
製造法によってもチーズの種類が分かれます。
熟成させないフレッシュチーズ、熟成期間が中間のセミハード、長めのハードにはじまり、白カビで発酵させるカマンベールタイプ、青カビで発酵させるブルーチーズ、お酒で洗いながら発酵させるウォッシュタイプ、ヤギ乳を使うシェーブルタイプと、味、食感、風味も実にさまざまです。これらはナチュラルチーズと呼ばれるものですが、これに加工しているプロセスチーズも加えると、その種類は際限なく増えていきます。しかしせっかくチーズをいただくのですから、自然の力や旨味をしっかりと感じられるナチュラルチーズをいただきたい。無数にあるチーズのなかから、これだけは食べておきたいと思うチーズを、フルコースの形で一つずつご紹介してみたいと思います。
 
 

とりあえずはここから〜食欲を軽く刺激する


食事のスタートである前菜にはこちら、クリームチーズといぶりがっこの一皿をいただきたい。いぶりがっこの燻製の香りと発酵の旨味が、クリームチーズの爽やかな風味とよくあいます。クリームチーズにはマスカルポーネやカッテージチーズ、ブリア・サヴァランなどの種類がありますが、一番プレーンなクリームチーズがよく合います。というのもいぶりがっこの香ばしい風味と漬物の発酵した旨味をしっかりと感じられるから。チーズと何かを合わせるときは、それら両者のバランスが大事です。
強い風味のものを合わせるときは、チーズはその味を引き出すためにシンプルなほうがいい。また弱い風味を合わせるときは、チーズに力強さがあったほうがいい。漬物の塩味や強烈な旨味を引き出すためには、なるべく軽めでフレッシュなクリームチーズがいいのです。
 
 

スープには隠し味〜出汁が決め手


二皿目はスープ、シンプルなミネストローネはいかがでしょう。トマトやズッキーニ、玉ねぎを使ったシンプルなイタリアのスープですが、シンプルなだけにその出汁の味が重要になります。
パルミジャーノ・レッジャーノというイタリアチーズがあります。18ヶ月から36ヶ月もの間熟成させるハードチーズで、1玉35キロほどの重さがある大きなチーズです。サイズや熟成期間を考えても1玉あたりの値段がかなり高額になるので、昔はこのチーズを担保に銀行からお金を借りることができたと言われています。
そんな高価なチーズですから、全てをあますところなく使いたい。とくに捨ててしまいがちな皮の部分、実はもっと楽しむことができるのです。
 
このスープはパルミジャーノ・レッジャーノの皮の部分を使ってその出汁をとっています。熟成の過程を経てアミノ酸がすでにたくさん作られているので、鰹節に匹敵するお出汁をとることができます。
ちなみにイタリアではこのパルミジャーノの皮部分は、小さい子どものおしゃぶりや歯固めとしても活用されています。
 
 

メインコースは王道で〜とろけるチーズは無敵


メインで味わうのはダイレクトにチーズの旨味を味わうものがいい。そんなとき筆頭にくるのは、モンドールのオーブン焼き。モンドールとはスイスの国境近くにあるフランスのフランシュ・コンテ地方で作られるウォッシュタイプのチーズです。
 
エセピアの樹皮(もみの木)の木箱にはいっていて、樹木の香りに包まれています。毎年9月から4月の間だけ販売されるチーズファン垂涎のチーズです。日本ではこれを箱ごとオーブンに入れて、軽く蓋の表面がこげるぐらいまで加熱します。そうすると中のチーズがとろりと溶けて、そこにパンや野菜、お肉などをつけて食べます。
チーズが美味しくなるコツとして、加熱があります。火を通すことで蕩けたり旨味を引き出したりすることができます。ピザをはじめ、とろけるチーズはどの場面でも好まれます。
 
蕩けたチーズをいただくもう一つの代表的な料理としてラクレットがあります。
こちらもスイス、フランスの国境あたりで作られるハードタイプのチーズです。ラクレットグリルという専用のグリルを使ってチーズの表面を焼き、蕩けさせながら、それを芋やパンなどにつけていただくものです。かなりチーズの匂いがきついので、慣れないうちはうっとくるかもしれませんが、慣れるとその美味しさにハマり、ついつい食べてしまいます。
とろけるチーズ、の魅力には、他の何者でも勝てないかもしれません。
 
 

締めのご飯はパン?パスタ?〜何にでも合うからこそ


締めのご飯、はフルコースにはないですが、パスタかお米といった主食も日本人ならしっかり抑えておきたい。
とはいえパスタのソースにチーズを使うのはあまりにも芸がない。ここでは羊乳のチーズ、ペコリーノ・ロマーノを、ある目的で使っていきたい。
塩分が多く含まれるハードタイプのチーズ、ペコリーノ・ロマーノは、そのまま食べるにはとてもじゃないけど塩辛すぎます。そのため本場イタリアでは、このチーズを塩がわりに使います。軽くすりおろして粉状にし、調味料として料理に使っていくのです。
 
パスタを茹でるときのお湯にたっぷりのぺこリーノ・ロマーノを放り込みます。そうすると塩分だけでなく、旨味や微量栄養素といったものも一緒にたくさんパスタに取り込んでいきます。
 
イタリア料理はとにかくチーズを料理に使います。ピザやリゾット、パスタはもちろん、料理の随所にチーズが使われていきます。塩味、旨味をプラスするために使われるところは、私たちが味噌を使いこなすのと似ています。メインでも食べるチーズですが、全ての味を引き出しサポートする役割ももっているのが、チーズの懐の深さです。
 
 

最後はやっぱりこれで締めたい〜デザートの喜び


いよいよフルコースも終わりに近づき、デザートの時間です。デザートこそチーズがその魅力を最大限に発揮するコースはありません。
 
まずはどストレートにそのままで。少しずつカットした何種類ものチーズを、はちみつやくるみ、レーズンを合わせていただく王道のデザートです。通常このときはフレッシュチーズからハード、ブルー、ウォッシュとさまざまな種類をいただきます。いただくときには必ず風味の弱いものからいただいていきます。そうすることでそれぞれの味をじっくりと楽しめるからです。
 
このとき、組み合わせにはルールがあります。
 
白カビタイプのチーズにはりんごやぶどうなどのフルーツが合います。ブリードモーやカマンベールといった白カビタイプのチーズは、フランスのブリ地方やノルマンディ地方で作られるチーズですが、フランスは全土でぶどうの産地でもあり、またノルマンディ地方はりんごの産地でもあります。テロワールといい、同じ産地のものを合わせるのが一番合うというのはいかなる食べ物であろうと美味しく食べるための鉄板で、新しい味のマリアージュを冒険することもできるけど、安全に安定的に美味しく食べたいのであれば、産地を合わせるのがもっとも簡単です。
 
青カビタイプ、ブルーチーズにははちみつが合います。
ブルーチーズは塩分が多く、ピリリと舌を刺激するシャープさがあります。そのシャープさははちみつの甘味ととろみがちょうどいい。塩の陽と甘味の陰が絶妙な陰陽調和をみせてくれます。私たちが美味しい、と感じるものは必ず、調和が取れていることが必要です。チーズだけでは時にとんがってしまう味を、添えるものによってまるくしていきます。このように組み合わせるものでバリエーションが無限に広がる。それがまたチーズの底なしの魅力を作っているのです。
 
 

忘れちゃいけない、スイーツたち〜チーズを使った王道スイーツ


もうすでにお腹いっぱいかもしれませんが、チーズを使ったスイーツも忘れてはいけません。デザートを作るチーズの中でも一押しがマスカルポーネです。
乳脂肪分が80%と、最も高いチーズとも言われ、チーズというより濃厚なクリームのようです。語源は「マス・ケ・ブエノ」というスペイン語で、「なんて素晴らしい味なんだ」という意味になります。少しはちみつをかけたらそのままでもいくらでも食べられる、チーズの中でも危険度ナンバー1のチーズが、マスカルポーネなのです。
 
マスカルポーネで作られるデザートの代表格がティラミスです。日本ではバブル時代に「イタメシ」文化が流行し、その時日本に紹介されて有名になりました。イタメシブームが去りイタリアンが食の選択肢として定着した今でも、ティラミスは変わらず不動の人気を誇るデザートなのです。
 
 

多様性をとことん受け入れよう


まだまだ食べたいチーズは山ほどあります。
フランス、イタリア、スイスといった定番の国のチーズだけでなく、ドイツやアメリカ、ギリシャ、デンマークなど、それぞれ個性溢れたチーズが無数にあります。
また昨今日本でもあちこちの農家さんで、美味しいチーズ作りが本格的になりました。昔日本のチーズといえば、スライスチーズなどのプロセスチーズが一般的でしたが、最近では地方のこじんまりした農家さんで、美味しいチーズ作りが広まっています。
 
私たち日本人は、とにかく食に対する好奇心が旺盛で、美味しいものを食べるための探究心はフランス人にも劣らない。素材の味を味わうことに全勢力を傾け、全世界から美味しいものを取り入れ自分のものにしていきます。カレーもスパゲッティもラーメンも、もともとは外国の食文化だったものが、年月を経て完全に日本のものになってしまいました。きっとチーズもこれらと同様、日本の味の一つになっていくのでしょう。
 
美味しいものは、どんどん取り入れていけばいい。
それは食だけでなく、人も、文化も、スポーツも、どれもこれも同じです。
他者の良さを認めそれを貪欲に取り入れることで、自分たちはどこまでも強く、深く、優しい存在になれる。私はそう信じています。
 
食というのは常に常に、その人のものの見方や考え方を、如実に物語ります。
積極的に新しいものを受け入れ、許容していくようなあり方を、人生も50にもなったら手に入れておきたいものです。
 
美味しいものはどんどんと取り入れて、自分のものにしていきなはれ。
今日も美味しゅうございました。
 
 
《第15章につづく》
 
 

□ライターズプロフィール
ギール里映(READING LIFE編集部公認ライター)

READING LIFE編集部公認ライター、食べかた研究家。京都の老舗料亭3代目として生まれ、現在は東京でイギリス人の夫、息子と3人ぐらし。食べることが好き、が仕事になり、2015年にゼロから起業。現職は食べるトレーニングキッズアカデミー協会の代表を勤める。2019年には書籍「1日5分!子どもの能力を引き出す!最強の食事」、「子どもの才能を引き出す!2ステップレシピ」を出版。

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