老舗料亭3代目が伝える 50までに覚えておきたい味

第15章 誰かが自分のためだけに作ってくれるごはん《老舗料亭3代目が伝える50までに覚えておきたい味》


2021/10/04/公開
記事:ギール里映(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
誰かに作ってもらう料理ほど、美味しいものはありません。それもプロではない、誰か、身近な人に。
 
料理が好きで得意な人は、自分で作ったものが一番美味しいとおっしゃることもありますが、私はやっぱり、誰かが自分のために作ってくれるということが別格だと思っています。しかもそれは、レストランでプロが料理してくれるのではなくて、家族や友人など、自分と親しい人が作ってくれるものをさします。
みなさんは、自分のために料理をしてくれる友人や家族がいらっしゃいますか。
この年になったら、料理を振る舞いあえる家族や友人の一人や二人は、いて欲しいなと思います。
 
 

料理は好きか嫌いの二択


料理、好きですか、嫌いですか。しますか。しませんか。食べることは好きだけど、作るのは嫌いという人もいる。作ることは好きだけど、自分はあまり食べないという人もいる。こと料理に関しては、作る人と食べる人はイコールではないらしい。
 
私はもっぱら、食べるほう専門です。実家が料理屋だったせいもあってか、自分で作らなくても誰かが作ってくれるという環境がありました。しかも板前という料理のプロが、いつでも美味しいものを作ってくれるわけですから、自分で作らなくても一向にこまらない。おかげさまで私は、食べることが大好きな子として育ちました。
 
食べることが好きな子は、作ることにも興味を持ちます。大学に入って一人暮らしを始めた頃は、自分一人で使えるキッチンにテンションがあがり、レシピ本を手に入れては毎日いろいろなものを作っていました。大学生は、時間があるのです。
またレシピ本を見さえすればなんでも作ることができるわけで、作ったものを友達や彼氏に振る舞うこともありました。この頃私は料理も大好きな女子でした。
 
 

趣味の料理と家事の料理は決定的に違う


しかし今、家族をもち子育てをするようになり、私は料理は嫌いになりました。正確に言うえば嫌いな家事が料理である、ということなのですが、それはつまり好きな時に好きなものを好きなように作り、それを「美味しい」と食べてくれる人がいるのであれば料理は好きだけど、毎日の日課で義務のように料理を作ることは嫌いだということです。しかもそれを子どもが一切食べてくれないとなると、どんなに料理が好きでも作る気が失せてしまいます。正直なところ、今は料理はなるべくしたくないなと思っている私がいます。
 
子どものころは親が料理をしてくれるので、料理は誰かが作ってくれるもの、食べさせてもらうものという概念が当たり前でした。しかし自分が大人になり親になると、誰も自分にご飯を作ってくれることはほとんどなくなってしまいます。家庭で自分に作る役割がある場合は、誰かが作ってくれるという選択肢自体が人生から消え去るわけで、そうなると人は、人類がが作ってくれたごはんのありがたみを、じわじわと感じ始めます。
 
夫婦でお互いが料理を作り合う関係性もあるでしょうけれど、不運にも私はそういう相手に巡り会うことができず、今世家庭のなかでは誰かがご飯を食べさせてくれるということが皆無になってしまいました。そのため、そのありがたみを誰よりも感じることになったのではないかと思います。
 
 

料理は最高の愛情表現


料理をするのには、ものすごく多くの手間暇と工程が含まれます。
まずメニューを決めること、決めた上でその材料を買いにいくこと、そして材料を準備して作る作業をし、食べる人の前に提供すること。ついでに食べ終わったあとの洗い物もある。これら全ての工程を考えると、数時間は軽くかかってしまう。料理が得意な人からすると大した手間ではないと言いますが、客観的にみると料理はどう考えても大変な手仕事なのです。
 
これだけの手間隙をかけるのですから、まずは料理が好きでないと始まりません。もっといえば、食べさせる相手に対する愛情がないとできない仕事だと思います。
プロの料理人たちは、プロなので仕事の対価としてお金が支払われますが、プロではない私たちはいくら美味しいものを作って食べさせてもそれが収入になるわけではありません。それでも作り食べさせたいと思うのは純粋に、その人を幸せにしたいから、という想いがあります。
 
美味しいものを食べると人は笑顔になります。美味しいは幸せを作ります。
人を美味しさで笑顔にしたい、その笑顔を見たい、と思うのは、愛情なくしてはできることではありません。
 
それがもし、自分の家族以外の人だったら?
家族であれば義務感からご飯を作ってくれることはあるでしょう。いやでも誰かがやらなければならいのが家事ですから、毎日ご飯を作り続ける方達のなかには、めんどくさいな、いやだな、憂鬱だな、と思いながら料理をしていることもあるでしょう。
 
それでも作り続けている理由は、義務感もあるかもしれませんが、やっぱり深い愛情だと私は思うのです。人に対する最高の愛情表現の一つが、まさに「ご飯を作ってあげること」だと思うのです。
 
家族以外の友人や知人、彼氏、彼女という存在が、自分を喜ばすために料理を作ってくれるという体験を、人生のなかで一つや二つ持っておきたい。また自分が料理を作ってあげたいと思う人がいるという体験も素晴らしい。つまり義務感ではなく純粋に愛情から、美味しいものを食べさせてあげたい、喜ばせてあげたい、そしてそれ外食するのではなく自分で作りたい、と思いあえる人間関係が、あるのとないのでは人生の濃度が変わってきます。
 
 

食のチカラと仲間で支えた人生の最期


食養生を学んでいるとき、クラスメイトでとても世話好きな女性がいました。仕事が看護士だったからか、もしくは性格がそうだから看護士になったのかはわかりませんが、とにかくいつも人のことを気にかけ、大切に接してくれる人でした。
 
ある日彼女ととあるセミナーに参加することとなり、朝早く両国国技館に向かったときのことです。早朝だったにもかかわらず、彼女はお手製のお弁当を作ってきてくれました。家族以外の人が自分にお弁当を作ってくれるという体験が初めてだったので、この時の新鮮な驚き、そしてうれしかったのを覚えています。
 
野菜がメインのお弁当で、たくさんの種類のおかずが色とりどりに美しく並んでいました。お弁当を持ってくることは事前に一言も知らされていません。わざわざ伝えると私が恐縮して断るだろう、と推測したのかもしれません。だからとにかく作って持っていっちゃえ、さらりと作って手渡してくれた彼女の気持ちが、いまでも心に残っています。
 
彼女の深い優しさはお弁当には止まりません。
同じ学びをしていた仲間が、がんを患っていたのですが、病状がときおり悪化して入退院を繰り返していました。彼女はその女性に毎日、がんの養生食を差し入れしていたのです。ご自身の仕事や家庭がありながらも毎日差し入れする彼女に、私たちは応援させてくれないかとお願いしました。そしてその結果5人ほどのメンバーが、日替わりで差し入れにいくことになりました。
 
がん患者さん用の養生食には、細かな決まりやルールがたくさんあります。なんせ命に関わる食事ですから、少しの判断ミスが命を縮めることになりかねない。しかし彼女は本職が看護士。医療の専門知識もしっかりと持った上での食養生だったので、ご家族も差し入れに賛成してくれていたのだと思います。そしてこの差し入れは、退院されたあとにもずっと続きます。私たちの全員が、友人にがんを克服してもらいたい、よくなってもらいたいと思ってはいたものの、どんどんと進行していくがんの速度には勝てず、それから程なくして友人は逝ってしまいました。
 
「この種類のがんで7年も生存できるって、相当なことだったんですよ」
と、残された旦那様が語ってくださいました。なかなか完治しづらい種類のがんを抱えていたにもかかわらず、それでも一般に持ち堪える年数をはるかに上回る期間命をつないでおけたのは、毎日の差し入れと仲間の愛情のおかげだとおっしゃってくださったことが、結果として命を救うことはできなかったけれど、大きな力になれたんじゃないかと思えた出来事でした。最後のお見送りをするとき、彼女のためにつづり続けたレシピノートは、一緒に棺に納められました。リアルながん闘病の食養生の記録となる大切なノートでしたが、そのノートにこめられた想いを持っていけばきっとさみしくないだろうという、ご家族の配慮でした。記録に残すことよりもみんなの愛を持っていってもらうことが大事だと、全員が納得して彼女を見送ったのでした。
まだ40代だった友人が逝ってしまうことは悲しいことではありましたが、私たちが大切にしていた食を通して心を通い合わせることができたことは、私にとっては大きな意味があることで、きっとまた友人も、その思い出をしっかり持って、旅立つことができたんじゃないかと思います。
 
 

その人の懐に入らせてくれる心地よさ


「もしよかったら家でぼくが料理作るんで、食べにきませんか。そのほうがゆっくりお話しできると思うんで」
 
そんなデートのお誘いを受けたことがあります。
これで自分がシングルならば明らかにデートのお誘いになりますが、あいにく既婚である私、純粋な友人としてのオファーでした。
 
彼が料理することは以前から聞いて知っていたし、日頃SNSでもしょっちゅう(のように見える、少なくともSNS上では)友人や知人を招いて手料理でもてなしている彼ですから、私もいつか彼の料理を食べてみたいなあ、と思っていたわけですが、そのチャンスが思っていたよりも早くやってきたのです。
 
自宅で料理を振る舞いながらお酒を飲む、ちょっとしたパーティというか、集まりをするのが好きな人、というのがいます。彼もどうやらそういう人の一人で、気の置けない仲間とわいわい、美味しいものを囲んでお酒を飲むことが大好きな人です。あいにく私は下戸なので、お酒を飲むことはありません。「いつもならつまみをだらだらと作りながらってやるんですけど、お酒飲まれないので、しっかりご飯な感じにしました」と、サラダとパスタというランチを作ってくれました。
 
茹でたブロッコリにキャベツ、いんげん、きゅうり、ゆで卵などが美しく盛られたサラダが出てきたと思ったら、その横にはずらりと調味料のボトルが並びました。バルサミコ酢、アップルビネガー、ワインビネガー、オリーブオイル、亜麻仁油、数種類の塩にこしょう……「イタリアやポルトガルでは、こんなふうにドレッシングを使わずに、自分で適当に食べるんですよ」といいながら、なんとも粋なサラダの食べ方を教えてくれました。こういう丁寧な食べ方を自宅で日常的にやっているところに、その人の人柄みたいなものが見え隠れします。ディテイルに拘りつつ自由に楽しむことが好きな人なんだな、ドレッシングの画一的な味ではなく、素材本来の味を大事にしつつ、それを引き出すことが大切というモノの見方をする人なんだなと、彼の価値観を垣間見ることができる時間でした。
 
メインのパスタは普通のペペロンチーノではなく、アスパラやソーセージ、ベーコンが入ったオリジナルのレシピで、最後にしらすを山盛り乗せてできあがりです。その味のなんとも言えず美味しいこと!家でパスタを美味しく作るのは、実はとっても難しいのです。というのも、家庭で作るとどうしても味に締まりがなく、なんとなく美味しくないものに仕上がることが多い。レストランに食べに行くと、美味しいことは美味しいけれど、どこか塩味が濃すぎたり、味がとがっていたりするので、なかなかちょうどいい味に出会えません。彼の作ってくれたパスタはプロ級の腕並みにもかかわらず、味が尖っていないので食べやすい。ああ、パスタってこんなに美味しいものだったんだと感動するレベルでした。
 
プロが作る味は美味しいのだけれど、どこかよそよそしさやとっつきにくさがあります。しかしいい意味でプロではない人が作ると、目の前の人に美味しいものを食べてもらおうという気持ちがより伝わってきて、ただ美味しいだけでなく、人として大事にしてもらっているという幸福感で包まれるような気がします。
 
これこそが、誰かが自分のためにご飯を作ってくれると言うことの意味だと思うのです。
 
 

自分を大切にしてくれる人がいることに気付こう


料理は往々にして美味しいか、美味しくないか、でしか判断されません。
しかし美味しいという言葉は非常に曖昧で、人は自分の基準でその美味しさを判断します。美味しいと思う塩分や糖分は、人によって違うわけだし、またそもそも好みがあるので、万人が美味しいと言うものを作ることは、物理的には無理かもしれない。
 
そこで大事になってくるのが、満たされるという感覚かもしれません。
 
自分のことを大切にしてくれている、自分の幸せを応援してくれる人がいる、自分に力を貸したいと思ってくれている人がいる、ということこそが、人にどれほどの愛と勇気を与えるものなのかと心から思います。
 
どんなに美味しいものを食べていても、一人で食べたらつまらない。誰かと美味しさを分かち合うから、美味しいものは美味しく感じるのであって、どんな幸せもたった一人で味わうとするならば、本当の幸せは味わえないのではないかと思います。
 
人の根源的な幸せは、自分以外の他人とどれだけ温かな交流を育めるかということ、その一点に集約されます。人は一人では生きていけない。人は人から大切にされて初めて、自分の存在意義を認めることができるし、自信をもつことができるのです。
 
自分に料理を作ってくれる人がいるかどうかは、自分のことを大切に思ってくれる人がいるかどうかを教えてくれます。
人生そろそろ半世紀も生きているなら、そういう人の一人や二人は持っておきたい。
 
もしまだそういう人がいない、というのであれば、人生後半の半世紀は、そういう人との出会いを大事にする時間にしたらええ。
 
 
《第16章につづく》
 
 

□ライターズプロフィール
ギール里映(READING LIFE編集部公認ライター)

READING LIFE編集部公認ライター、食べかた研究家。京都の老舗料亭3代目として生まれ、現在は東京でイギリス人の夫、息子と3人ぐらし。食べることが好き、が仕事になり、2015年にゼロから起業。現職は食べるトレーニングキッズアカデミー協会の代表を勤める。2019年には書籍「1日5分!子どもの能力を引き出す!最強の食事」、「子どもの才能を引き出す!2ステップレシピ」を出版。

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