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老舗料亭3代目が伝える 50までに覚えておきたい味

第22章 オムライスって何者?〜西洋なのか和食なのか《老舗料亭3代目が伝える50までに覚えておきたい味》


2022/05/30/公開
記事:ギール里映(READING LIFE編集部公認ライター)
 
 
好きなんですよね、オムライス。
 
ふとした時に食べたくなり、洋食屋のメニューでもまず選ぶのはこれ、オムライス。
美味しいのを求めて食べ歩いたこともあれば、美味しく作ろうと研究したこともあります。一般に子ども向きのメニューとも捉えられがちなオムライスですが、好きなものはしょうがない。なぜこんなに好きなのか、子どもだけでなく大人までも魅了するオムライスの魅力を紐解いていきたい。
 
オムライスは主に、ランチ向きのメニューです。もちろん朝食べても夜食べてもいいですが、やっぱりランチがしっくりきます。
ちょっと美味しいランチが食べたいなあと思うと、ついつい選ぶのは洋食屋さんです。ランチの選択肢は膨大にあるけれど、かなりの確率で私は洋食を選んでしまう。
 
洋食とはいわゆる本格的なフレンチやイタリアンではない、エビフライとか、コロッケとか、ハヤシライスなんかが並ぶ”洋風の食事”を出す店のことで、西洋の食事と謳ってはいるけれど、実は典型的な日本家庭の、洋風のメニューを出しているのが洋食屋なのではないかと思います。
 
洋食屋のメニューの中で、いつも必ず頼んでしまうメニュー、それがオムライスです。
 
オムライスとはオムレツとライスを合わせた造語で、西洋と東洋のちょうど中間点に位置するような、不思議な魅力を持っています。和食と呼ぶにはバターや卵の香りが甘くて香ばしいし、西洋の食と呼ぶにはケチャップや炒めたご飯がなんだか妙に日本っぽい。
 
その昔明治から大正、昭和と時代が移り変わるのと同時に、ハイカラな西洋文化が少しずつ日本に入ってきました。洋食はもともとは日本を訪れた外国人のための料理として生まれましたが、それが徐々に定着し発展してきたことが起源といわれています。
それまで魚や野菜中心だった日本の食卓は、西洋の牛肉や豚肉などをいただく肉食が増えてくることとなりました。しかしそもそも肉食にはあまり馴染みがありません。西洋の食を取り入れようとはしていたものの、ちょうどよい食材が手に入らないなどの事情があったので、手に入る材料をうまく使っていくことで、本国の料理とは似て非なるものが生まれました。これが洋食が、西洋の食でなくなってしまった理由の一つです。
 
ポークカツレツやカレーライス、コロッケ、カキフライ、エビフライといった今では定番の洋食メニューは、海外では全く別物として存在しており、これらがもはや和食のメニューの一つとしても認識されてしまうぐらい、日本の食文化のなかに定着しているのが現状です。
 
 

洋食としてのオムライスとは


もともとは「西洋の食」として生まれたオムライスですが、実際の西洋には存在しません。しかし日本の中では洋食扱いをされ、また日常の食卓の定番メニューにもなっているという、不思議な立ち位置を持っています。
その魅力を一言にまとめると、「何にも分類されることがない存在」であること、ではなかろうか。
 
私たちは往々にして、何かに名前をつけたがったり、分類したくなる生き物です。名前をつけてカテゴライズすることにより、それが何かがわかった気になり、安心するのです。例えば目の前に緑の葉っぱがあったとして、「これは食べられる葉っぱだよ」と言われても、なんだか抵抗があったり、落ち着かない気がします。しかし一度「この緑の野菜はからし菜というお野菜なんですよ」と言われると、なぜか安心して食べてみようかなと思えるようになります。このように私たちは、何かを認識するとき、名前とカテゴリーをとにかく大切にしているのです。
 
しかしオムライスは、ある意味分類が難しい。
 
いわゆる「洋食」メニューの一つではありますが、かといって西洋には存在しない。日本にしかないものだけど、いわゆる和食ではない。しかし一般的な家庭で提供される家庭料理の一メニューとしても、かなりメジャーだし、多くの人が好きだという現実がある。
 
このように何者かに分類されてしまわないけれどもファンをしっかりと獲得しているところそのものが、オムライスが絶対不動の人気メニューである理由なのかもしれません。
 
 

元祖オムライスといえばたいめいけん


昭和6年創業、東京は日本橋にあるたいめいけんは、オムライスの元祖として名を馳せています。観光客から常連さんまで、いつ訪れても行列が絶えず、お店の人気ぶりをうかがわせています。
 
こちらのオムライスの特徴は、チキンライスの上に半熟卵がふわっと乗せられており、その上からケチャップをかけていただきます。日本橋のお店では1階と2階とでメニューが少し違っているのですが、2階のほうがグレードが高いとされていて、同じオムライスでも1階で食べるのと2階で食べるのでは、少し内容が異なります。どうせなら美味しい方でいただきたい、と思うのは私だけではないようです。
 
こちらのメニュー、正式名称はタンポポオムライスと言います。これは映画監督である伊丹十三が考案し、映画「タンポポ」で披露したことがはじまりです。監督がオムライスが大好きなことから生まれたメニューですが、以来お店の看板メニューとなっています。
 
オムライス一人前に使う卵は3個。チキンライスの作り方にもこだわりがあり、具材をケチャップで煮込んでから混ぜ合わせていきます。バターの香りが漂い高級感もあり、一人前で充分にお腹が膨れてしまいます。
 
どんなメニューもそうですが、やはり元祖は押さえておきたい。
 
食べ物の美味しい、不味いを評価するとき、本当の「美味しさ」を知っていないと判断が下せないのと同じで、本当の「オムライス」を知らなければ他にどんなオムライスを食べたとしても、それが果たして美味しいのか不味いのか、判断に困ります。その意味でたいめいけんのタンポポオムライスは、絶対に外してはならない一品なのです。
 
 

ケチャップ派かデミ派か


昨今では洋食屋さんだけでなく、あちこちでオムライスが食べられるようになりました。いわゆるオムライス専門店とか、卵料理専門店というような洒落たお店も増えてきて、さまざまなオムライスが食べられるようになりました。
 
中の具材に違いがあることもそうですが、何よりも大きな違いはかけるソースの違いです。
 
デミグラスソースやクリームソース、チーズソースなどさまざまで、また卵の食感もふわふわ、トロトロのものが好まれるようになりました。
 
ちなみに皆様は、どちら派ですか。
上にかけるのはデミグラス派ですか、それともケチャップ派ですか。
 
デミグラスソースとは茶色い洋食屋のソースのことで、お肉や野菜からとったブイヨンを元に、野菜やお酒を煮込んで作られるソースです。濃厚な味が特徴で、これを使ってハヤシライスやビーフシチューが作られています。
 
ちょっとこだわった洋食屋さんやレストランでは、オムライスにデミグラスソースをかける設定のところが多くなってきました。お店からしてみたら、より豪華に、より美味しく、より特別感を持って、という配慮なのかもしれませんが、正統派オムライスが好きな私としては、実はちょっといただけない。
 
オムライスはオムライスとして、卵の味やケチャップの味を楽しみたいのです。
 
デミグラスの味を楽しみたければ、シチューやハヤシライスで結構。3歩譲ってもハンバーグのソースでいい。デミグラスの強めの味には、卵の繊細さが打ち消されてしまうような気がして、私はあくまでケチャップ派。
なんでも組み合わせたり、盛り合わせたりして増やしたらいいものができるわけではありません。何においても「やりすぎ」は粋じゃない。オムライスに粋かどうかを求めるものでもないかもしれませんが、やっぱり食べ物、食べ方に関しては、自分の好む食べ方を守り、自分の粋を壊したくないと思ってしまうのでした。
 
 

卵が食べられない?アレルギーがある人は


卵が食べられない、という人が少なからずいます。食物アレルギーを持つ人の数は年々増加傾向にあり、通常子どもに多いのですが、大人になってから急に発症する場合もあります。卵にアレルギーがあると食べられるものがぐんと減るので、外食することが難しくなりますし、また日常生活に支障を来す方も多い。
 
こんなふうにが食べられない人のためにも、ビーガンのオムライスがあります。つまり卵を使わないオムライスです。
 
卵を使わないのでオムライスと呼んでいいのかどうかは分かりませんが、やはりオムライスの魅力は卵が食べられないぐらいで諦めてしまうのはもったいなく、そんな方でもオムライスを楽しむ方法があります。
 
卵の代わりに、豆乳や葛などを使って偽物の卵を作ります。もちろん偽物なので、卵の味や食感は明らかに落ちるのですが、それでもやはり、チキンライスの上に黄色い卵状のものが乗っかっている絵はテンションを上げてくれます。料理は見た目も大切です。料理で何が一番大切かと問われたら、多くの人が「味」と答えるかもしれません。
 
しかしこの「味」というものは、実はとても曖昧な基準をもっています。つまりあなたの「おいしい」と私の「おいしい」は、明らかに違う場合があるからです。旨味成分や構成要素で化学的に味や美味しさを分析することはできますが、それが体感として「おいしい」かどうかは全く別の問題で、100人いれば100とおりの美味しさがあると言われるぐらい、おいしさの基準はまちまちなのです。
 
であれば「味」を一番大事と考えるのは間違っています。実は「見た目」が何よりも重要なのです。なぜなら人は食べ物を見た目で判断するからです。
 
美味しそうかどうか、食べたくなるかどうか、は、まだ食べていない状態なのですから、そのものの味で判断することはできません。しかしどう見えるか、どんなふうに司会に訴えてくるのかどうかで、食べたいかどうかが決まります。
 
視覚に障害があって見えない方には申し訳ないですが、やはり見た目は大事です。
オムライスがもつあの雰囲気や心もとなさ、地味な力強さを感じていただくのは、やはりあの、卵がてろっと乗っかったビジュアルです。あの絵を見た瞬間私たちは、オムライスにまつわるストーリーを思い出し、必然的に食べたいかどうか、美味しそうかどうかを判断しているのです。
 
卵アレルギーがある方はぜひ、ビーガンオムライスをお試しください。
 
 

いろいろあるけどやっぱりこれ


さまざまなオムライスがあります。
個性豊かなオムライスが、いつでもどこでも食べられるようになり、選択肢が広がりました。そうなると他のオムライスを押しやって私の記憶に宿るのは、母が作ったオムライスです。
 
京料理屋を営む我が家では、いわゆる洋食、洋風のメニューが食卓に上ることは結構レアなケースでした。
そんななか、母がときおりお弁当に作ってくれたオムライスがあります。
 
まずは中のライス。これがチキンライスではなく、玉ねぎとハム、ピーマンを細かく切ってご飯と炒めた醤油味のチャーハンなのです。ちょっぴり焦げた醤油の味が香ばしく、ご飯や卵の旨味を引き出してくれます。
 
そんなライスを卵が包むわけですが、これがふわとろ卵とは縁遠く、薄く平たく焼いたクレープのような卵です。卵を「のっける」オムライスが多い中、こちらは薄めの卵でしっかりご飯を「包み」ます。この「包む」という一手間が、このオムライスという料理をさらに特別なものにしてくれます。
また卵はとろとろとしていないので、ご飯と卵液が混じることがありません。私はごはんはご飯、卵は卵で楽しみたい人ですから、半熟卵がとろりと絡んだご飯など、食べたくはないのです。
 
そして仕上げは王道のケチャップ。
デミグラスソースではだめであること、先ほど述べた通りです。
ご飯の甘味、卵の旨味、玉ねぎやハムの旨味、全ての味を混じり合わせ、調和を取りつつまとめるためには、トマトケチャップの力が必要なのです。
 
少し甘味もあり、かつ酸味もしっかりとある赤いケチャップは、天然の旨味成分が入っているため、料理から旨味を引き出してくれます。この酸味がないとオムライスは、なんだか締まりのない甘い食事で終わってしまいます。
 
遠足や何かのときのお弁当は、かなりの確率でオムライス弁当になりました。
お店を切りもりしながら共働きで、忙しくしていた母は、それでも絶対に子どもの学校行事を外したことがない人でした。イベントごとにお弁当を作り、そしてその姿勢はいまでもまったく変わりません。
自分が母になったからこそ、これがいかに大変なことであるのかがわかります。自分じゃとてもできないな、とすら思ってしまいます。
 
そんな母の存在を感じさせてくれる、このシンプルな母上のオムライスが、実は何より好きなのです。そこにはきっと私が、そのオムライスに自分自身を見出しているのかもしれません。
 
若かりし日、何者かになりたいと思い、一所懸命もがいていたけど、結局は何ができるのか、何者なのか、名前も与えられず、分類もされることがなかった心もとない存在だった自分。何者かになりたいと、あらゆる努力をしてみたり、もがいていたころの自分。そういう自分とオムライスの存在が、少しオーバーラップするような気がします。
 
だから私はきっと、オムライスが好きなのでしょうね。
 
自分の原点を思い出す、そのように心に残るメニューがきっと、誰のところにもあるはずです。
 
たかがオムライス、されどオムライス。
You are what you eatというブリア・サヴァランの言葉に、嘘はないなと気づくばかりです。
 
あなたは何を食べますか。
どんなものが好きですか。
 
 
《第23章につづく》
 
 

□ライターズプロフィール
ギール里映(READING LIFE編集部公認ライター)

READING LIFE編集部公認ライター、経営軍師、食べかた研究家。京都の老舗料亭3代目として生まれ、現在は東京でイギリス人の夫、息子と3人ぐらし。食べることが好き、が仕事になり、2015年にゼロから起業。一般社団法人食べるトレーニングキッズアカデミー協会の創始者。2019年には書籍「1日5分!子どもの能力を引き出す!最強の食事」、「子どもの才能を引き出す!2ステップレシピ」を出版。

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