老舗料亭3代目が伝える 50までに覚えておきたい味

第24章 赤よりも白〜魚の国日本の魚選び《老舗料亭3代目が伝える50までに覚えておきたい味》


2022/08/01/公開
記事:ギール里映(READING LIFE編集部公認ライター)
 
 
お魚は、お好きどすか。
 
どうも昨今筋トレブームであるからか、タンパク質の摂取に焦点があてられ、お肉を食べることが多すぎるような気がします。それに対してどうのこうのと言うつもりはないですが、それにしてもこのごろ、魚を食べる機会が以前と比べて格段と減ってはなかろうか。
 
海に囲まれた島国である日本。肉食が増えたのは明治維新以降、それまでは魚、もしくは野菜が中心の食生活でした。しかしいつの間にかお肉が食卓の中心に据えられるようになり、魚よりも調理が簡単であることが手伝ってか、あっという間に肉食が日本人の食生活のあたかも中心であるかのようになってしまいました。
 
またここ近年の魚の乱獲から、魚の値段が尋常でないほどにまで高騰することとなりました。一尾数千円までしてしまうような魚はすっかり家庭の台所から消えて、養殖や缶詰などの大衆魚だけが食卓に上るようになりました。また魚は身をおろしたり鱗をとったりと処理に手間暇がかかり、匂いがつくからと家庭のキッチンでは好まれなくなりました。美味しく、しかも見た目も美しく調理するのにコツがいる魚は、さまざまな事情から、家庭料理からは遠ざかる傾向にあります。
 
その反面、外食産業では魚は人気です。
 
まず筆頭に上がるのがお寿司。一人当たり数万円にもなるぐらい、高級食であるお寿司はとにかく人気があり、接待、デート、特別な日の食事として、好きな食べ物の筆頭に位置していたりもします。また新鮮な海鮮を使った料理は日本料理の中心であり、刺身や焼き物、碗物など、高級和食では魚のおいしさが決め手になります。
 
とはいえ高級ですから、日常的に食べるものではありません。回転寿司や大衆居酒屋などでも魚は食べることができますが、そこでは魚の美味しさを求めるところではありません。なるべく安く、そこそこに美味しく食べられるように、値段を下げるための工夫が行われていますので、そうなるとどうしても魚本来のおいしさは犠牲になってしまう。大衆居酒屋に対して異論があるわけではないですが、どうしても魚の美味しさを追求しようとすると、少しばかり値がはってしまうのは仕方ない。
 
いい歳の大人になったのであれば、本当に美味しい魚の一つや二つ、知っておきたいものです。
 
 

魚はマグロとトロだけではない


東京に来てまず驚いたのが、マグロの人気の高さです。それ自体を否定するわけではありませんが、それにしてもなぜかマグロばかりがフォーカスされすぎてやしませんか。
 
築地(いまでは豊洲に移りましたが)ではマグロの競りが行われ、毎年初マグロが一尾数百万円で落札されるというイベントで、なんだかエンターテイメント化されすぎているような気もします。
また”海鮮といえばマグロ”というぐらい、とにかくどこに行っても必ずマグロが出てくる。関東地方でのマグロ人気には、少しうんざりしてしまうのが関西人のサガかもしれません。
 
マグロが悪いわけではないですが、美味しいマグロが食べられるところを知ってるよと言われても、そんなにテンションがあがらないのは仕方ない。それはまるで大人がディズニーランドが好きと言っているようなもので、そりゃそうでしょ、みんな好きでしょと思われてしまうのと似ています。みんなが好きなものを好きというのが悪いわけではないですが、やっぱり、なんかこう、自分だけが好き、みたいな逸品があることが、大人の証みたいな気がするのです。
 
 

白身好きな方が通っぽい~季節を味わう


美味しい白身魚を知っているというと、本当の魚好きのように感じます。
 
ひらめ、タイ、ほっけはもちろん、たらやふぐ、カレイなど、白身魚にはバリエーションが豊富で、また味の違いも実に繊細で絶妙です。そしてその微妙な違いを楽しめるのが、魚通であるような気がするのです。
 
例えば夏場に京都で食べる鱧。骨切りをして、軽くお湯を潜らせて食べる鱧のおとしは、梅雨明けを知らせる京の名物としても有名です。この頃は一年中なんでもいろんなものが食べられて当たり前な風潮もありますが、本来食は常に季節とあるもの。食べるもので季節の移り変わりを感じ、愉しむのが正しい食の愉しみ方の一つと言えます。梅雨が明けて太陽がじりじりと照り始める季節、もわりとする湿気に夏の訪れを感じながら、ふわっふわの鱧に舌鼓を打ちつつ、祇園祭のこんこんちきちんを聴きながら、夏の京都をたらふく感じたいと思ってしまいます。
 
また鱧は秋口までも食べられる魚です。鱧と松茸の土瓶蒸しは秋に移行する京の四季を存分に感じさせる一品で、このように季節の変わり目にそのどちらの季節もの食材を合わせて調理することを「出会いもん」といいます。食材にははしり、旬、名残りがあります。はしりは季節の最初のころに出回るもので、少し若く青い風味が特徴です、旬は文字通り季節の真っ只中に旬を迎える食材で、味も風味も乗り切り、また収穫量も多く、その季節のパワーが最高潮に詰め込まれた食材です。量もたくさん摂れるので経済的に食べられることも魅力。そして名残りが季節の終盤にいただく食材で、旬を過ぎてもなお、ぎりぎりにまで美味しさを保つ、最後の旨味を振り絞った食材というような意味ですから、出会いもんはこの名残りとはしりを組み合わせた料理ということになります。
 
食べるもので季節を楽しみ慈しみ味わい、大切にすること。私たちは自然の一部ですから、そうすることによって自然と調和し心身ともに整っていくことが、この食べ方の醍醐味です。
 
季節の白身魚で最高峰の一つに河豚があります。ふく、てつ、とも呼ばれるこの白身魚は、高級魚としてもよく知られ、また毒があることでも有名です。以前に歌舞伎役者が食べて亡くなったことから、いまだに外国人にとっては恐怖の存在のようですが、その旨味に関しては右に出るものがありません。
 
それほど旨味が強い魚であるにもかかわらず、脂身が一切ないのが特徴です。そのためてっちり(鍋料理)をしてもまったく脂が浮いてくることがなく、鍋のスープがいつまでもクリアで美しい。あっさりしながらも深く染み入るような味をもつこの魚は、なかなかおいそれと食べられる機会がありません。我が家は父がふぐの調理師免許を持ち、実家が料理屋だったために比較的馴染みのある魚だったのですが、大人になって周りを見渡すと河豚を食べたことがない、という人の多さに驚いたぐらいでした。
 
特別なときに食べる特別な魚、それが河豚の最大の魅力かもしれません。
 
また個人的に大好きな魚の一つに、ぐじがあります。
ぐじとは京都弁で甘鯛のこと。ピンクの鱗がはらはらと美しい、脂ののった魚です。福井県は若狭湾にて水揚げされ、高級魚として重宝されています。
酒蒸しや蕪蒸し、塩焼きで食べるのが一般的です。鱗をつけたまま塩をつけて焼く塩焼きを若狭焼きといい、サクサクとした鱗も美味しくいただくことができるので、ご飯が止まらなくなる一品です。
ぐじという呼び名の語源には諸説あり、身が柔らかくてぐじぐじしているからだとか、吊り上げる時にぐじぐじ鳴くからとか、頭の部分が曲がって見えるので屈頭(ぐず)から来ているなどとも言われますが、どれが本当かはわかりません。
 
蘊蓄はいろいろとありますが、ただただ柔らかく、美しく、そして脂がのって美味しい。白身魚の真骨頂がここにあるような気がします。
 
鱧にしろ、河豚にしろ、ぐじにしろ、これらの白身魚はただ高級だ、なんだ、というだけでなく、それぞれが季節だったり、地域の風情を感じさせてくれる、ものすごく重要な自然からの恵みであることがわかります。
 
 

旅先でいただく特別


土地の特色を楽しめるという観点から、旅先で旅の風情をより楽しめるのは魚です。その地域でしか獲れない魚は地域の名産品として、土地を盛り上げ、観光業にも貢献する、そんな力があります。
 
日本海側、それも主に島根県、石川県、長崎県などで採れる高級魚にのどぐろがあります。
 
正式名称は「あかむつ」。白身のトロと言われるぐらいに脂のりがよく、かつ上品な風味で刺身でも寿司でも、また塩焼きでも美味しい。
 
地元の方にとっても高級魚は高級魚らしく、あまり日常的には食べないものであるようですが、旅行者にはものすごくおすすめしてくださいます。
 
そこには自分の住まう地域を応援したい、という気持ちと共に、自分の暮らす街にも自慢できる美味しいものがあるんだという自己主張のようなものを感じます。
 
高級魚といいながらも東京や京都の高級料亭ではなかなかお目にかかることができません。鯛やヒラメは見ることができるのに、なぜかのどぐろは見かけない。そこには何か、地元の方達ののどぐろ愛といいますか、美味しいものを大切に自分たちのところにとどめながら、その土地で食べてもらうことを望んでいるような気がして、いかにのどぐろが地元の方に愛されているのかを感じます。ついつい美味しい食材は京都や東京の高級料亭に先に売られてしまいますが、なぜかのどぐろだけは地元民が離さない。食べてみるとその理由がわかるような気がします。
 
同じく地元の人たちから愛されてやまない魚に、城下カレイがあります。
 
大分県日出町という人口2万人の町で採れるマコガレイのことを、城下カレイと呼んでいます。この辺りの海は湧水が沸いているので海水と炭水が混じった汽水になっており、日出城の麓で獲れることから城下カレイと呼ばれるようになりました。
 
このカレイ、エリアもかなり限定的ではあるのですが、獲れる季節も、ものすごく短い。江戸時代には武士しか食べることができず、しかも端午の節句で食べるために4月まで禁漁になっていたなど、天下の高級魚として守られてきました。
 
4月から9月が旬、と言われますが、地元の方曰く一番美味しいのは5月、ゴールデンウィークに入るまでだとか。水温が少しでも上がると味に影響がでるため、獲れたとしても水温が上がれば上がるほど味が落ちていくというのは地元の方の生のお声です。
 
薄造りにしてそこに、各家庭によって味が異なる秘伝のつけダレをつけていただきます。このレシピは家庭によっては門外不出のことが多く、その味の良し悪しで結婚相手を選ぶとか選ばないとか。
 
たかが魚、されど魚。
 
その美味しさを大切にし、魚文化を慈しむ我々日本人の文化体系に、日本人としてのDNAが騒ぐような気がします。
 
食や、食文化を大切にし、地元を尊重する心。
人が人に優しく、慈しみを持って接する国、日本。
 
魚の選び方には私たちの、人としての在り方が反映されているような気がしてなりません。
 
 

やっぱり家で食べたい


なかなか食べることのできない高級魚が続きました。
しかし日常でも食べやすく、かつ美味しい魚も日本中にあります。
 
大衆魚の筆頭として名前が上がるのがアジ。塩焼きや煮物にも使いますが、アジといえばアジフライ。洋食屋さんや居酒屋でもファンが多く、いつもどこでも変わらず人気があるのがこの魚の特徴です。
 
これほどまでに人気なのに、なぜか缶詰にはされません。これだけたくさん獲れるならツナ缶や鯖缶のように缶詰にしたらいいと思うのに、なぜかアジの缶詰はありません。その理由は意外にも、アジは缶詰にすると魚臭さが半端ないのだとか。サバと何がそんなに違うのだろうと思いますが、食用に耐えうるレベルではないそうです。
 
なんだかここに、私はアジの主張を見るような気がします。
「缶詰なんかにしないで、ちゃっちゃと美味しく食べてくれ!」と。
 
魚は鮮度が大事。
高級魚だろうと大衆魚だろうと、魚を美味しく食べるには、その鮮度が何よりも大事になります。〆めたり、熟成させたりしてから美味しさを発揮する魚もありますが、やはり王道、美味しい魚は刺身や塩焼きなどシンプルな調理で楽しみたい。そのためには魚はやはり、最適なタイミングで調理されるに限ります。
 
そうなるとそれが行えるだけの地理的問題、流通の問題を解決せねばならず、美味しい魚が食べられるのは海のすぐ近くか、それとも交通網が整った都会しかない、ということになります。
私たちが今魚を美味しく食べられるのはひとえに、過去の魚愛溢れる人たちが、いかに美味しく食べられるかを研究し、交通網を整備したり、調理法を工夫したりしてきたからに他なりません。
 
そんなふうに思うと美味しいものがこんなにも簡単に食べられる日本は本当に奇跡の国で、こんなことが実現できていること自体、ありえないぐらいのことだと知ることができます。
 
 

食べ方は在り方


どんな魚が好きか、は、どんな自分でありたいか、につながるのかもしれません。
いつも私は「食べ方は在り方」と声を大にして伝えていますが、魚の選び方ほどその人の在り方がでるものはないといっても過言ではありません。
 
みんなが美味しいというものを美味しいとするもよし、自分だけしか知らない味覚を見つけては愉しむもよし、なかなか食べられない希少価値のあるものに価値を見出してもよし、何をどう好きでもいいですが、そこには必ずあなたの人間性が見え隠れしています。
 
好きなものを一つに絞るのはむずかしい。
絞る必要もないし、また全部好きでもいい。
あれやこれやとこだわりすぎるのは、人生の幅をせまくしてしまう。
それよりも「なんでも大好き」であるほうが、より深く広く大きく人生を捉え、愉しむことにつながっていきます。
 
なんでも好き、というほうが、人生に幅があり、より多くの楽しみ方を知っているということになるんです。
 
あれはいや、これもいやと言わずに、なんでも美味しく食べたらよろしい。
 
 
《第25章につづく》
 
 

□ライターズプロフィール
ギール里映(READING LIFE編集部公認ライター)

READING LIFE編集部公認ライター、経営軍師、食べかた研究家。京都の老舗料亭3代目として生まれ、現在は東京でイギリス人の夫、息子と3人ぐらし。食べることが好き、が仕事になり、2015年にゼロから起業。一般社団法人食べるトレーニングキッズアカデミー協会の創始者。2019年には書籍「1日5分!子どもの能力を引き出す!最強の食事」、「子どもの才能を引き出す!2ステップレシピ」を出版。

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