第29章 食べ方は生き方〜何をどう食べるかは、その人そのもの《老舗料亭3代目が伝える50までに覚えておきたい味》
2023/01/09/公開
記事:ギール里映(READING LIFE編集部公認ライター)
人は食べたもののようになります。
当たり前のことですが、私たちの体は100%、食べたものからできています。つまり食べたものが私たちの一部になるわけですから、毎日食べるものがいかに大事かがわかります。
食べ物=自分、ということですから、自分はまさに、自分が食べるもののようになります。しかしこのことはあまり意識されることがなく、私たちはいかに気ままに気まぐれに、食べ物を選んでしまっているのではないかと思います。
中国薬膳、同類相補という考え方
中国の薬膳では、同類相補(どうるいそうほ)という考え方があります。これはつまり、その臓器の形に似た食べ物を食べると、その臓器によい影響を与えるとされています。例えば蓮根などがそう。肺に潤いを与え、喉の炎症を抑える役割をもち、咳を止めてくれる力もある蓮根、穴の空いたその形は気管支に似ています。
くるみも有名なので、聞いたことがあるかも知れません。その形が脳みそに似ていることから、脳によいとされています。確かにくるみに含まれる油脂分は、オメガ3脂肪酸と呼ばれる良質のオイルで、それが脳の機能を高める効果があるとして、近年注目されるようになりました。
また小豆、黒豆などの豆類は、腎臓によいとされています。その形がまさに腎臓の形をしていますが、むくみをとってくれたり、疲れた腎臓を養う働きがあるとされ、特に女性には摂ってほしい食材です。
他にも、トマトが心臓によいとか、にんじんが目によいとか、アボカドが子宮によいと言われます。確かに形はその臓器に似ていて、西洋栄養学的な観点からも、確かに対応する臓器にプラスになるような栄養素があるとされています。薬膳はこのように、食材にはそれぞれ機能や薬効が備わり、それを上手に日常生活に取り入れながら食事をすると、臓器が大きなダメージを受けてしまう前に回復させることができるので、大きな病気になることを予防してくれる働きがあります。そしてまた大きな病気になった時にも、その症状をやわらげたり、回復を促進することができる可能性があります。食べながら養生する医食同源、食養生の考え方の基本はここにあり、これは健康に意識のある人であれば、とても納得のいく食べ方であります。
ちょっと健康意識の高い方であれば、◯◯によい、と言われる食材を、とにかく試す、取り入れてみるという方も多いかも知れません。日本の健康ブームはここ数年、テレビで健康食材が取り上げられる機会が増えたことや、またアレルギーやアトピー、自己免疫疾患に悩む人が増えたせいか、ほぼ全国民がなんらかの健康意識を持つまでになりました。このように、原因がわからないけれども症状が辛い、という状態において、現在の医療では症状を抑える薬を処方することしかできませんが、東洋医学をベースとした食養生では、対処療法ではなく、症状の原因にアプローチして、根本解決や予防することを目指すことが可能になります。
無秩序に行き当たりばったりに選んでしまっている毎日の食べ方
しかし今日お伝えしたいのは、そういう食養生の話とは少し異なった観点での食べ方です。
食べ方、というとどうしても、痩せるためとか、筋肉をつけるためとか、病気を治すためとか、いろいろな目的で選択されることがあります。
また一言で「痩せるための食事」と言ってもその内容はさまざまで、いろいろなダイエット法があります。それら一つ一つを取り出し検証して、それのいい、悪いを述べたいわけではありません。それぞれの食事法にはそれぞれの良さがあり、またそれぞれの食事法にはそれぞれの矛盾がありますから、どれがいい、悪いではないのです。また人によって、またタイミングによっても合う合わないがあります。どんな食事法でも万能ではありませんから、結局何をどう選ぼうとも、そんなに大差ない結果になるというか、痩せたら痩せたでリバウンドしたり、筋肉増量も少しサボれば元にもどったり、効果があってもまたすぐに戻る、ということを繰り返すことが多いため、冷静に考えると、一体これらの食事法にどんな意味があるのだろうかと考えさせられてしまいます。
大枚を叩いて食事をし、太り、体を壊し、そこからまた大枚を叩いて痩せて健康になる。そんなことを知らない間に延々と繰り返してしまう、なんとも愚かな存在なのが私たちなのです。
これは実に私たちが、食の持つ可能性というものを、あくまでも自分達の頭で理解できる範囲におさめてしまっているからで、それが実は、ものすごくたくさんの食の可能性に蓋をしてしまっています。本来食の持つパワーというのは、私たちの知識をはるかに超えたものがあり、まだまだ現代の化学や栄養学では理解しえない、解明できないことのほうが圧倒的に多い。にもかかわらず私たちは、あたかも自分達で食をコントロールできると思ってしまっています。
いやいや、食は、そんなに浅くて狭いものではありません。
食には私たちの知らない可能性が、まだまだたくさん隠されているのです。
陰陽五行思想での「食」とは
例えば、こんなお肉の食べ方をご存じですか。
もし、お仕事の取引をうまく行かせたかったら、ビジネスミーティングの場で食べるお肉は牛肉です。
陰陽五行の理論の中では、仕事は方角でいうと東方に位置します。東方は守備本能を司り、慈愛をもって人に尽くす場所です。そこでは牛肉を食べることにより、スムーズなビジネスの関係性を構築することができます。牛肉は高級食材ですので、日常的に食べるというよりは、接待や交渉時、ここぞというときに食べる食材であるとされています。
これに対して西方は家庭の場所です。西方は攻撃本能、ここは嘘をつかずに義理を通し、自分の人間性を磨く場所です。こちらで食べるお肉は豚肉。豚肉は牛肉よりも安価なため、日常のおかずとしても食べやすい食材です。家庭で食べるからこそ豚肉の料理は生姜焼きやとんかつなど、決して華美ではない庶民的なメニューが多いことがわかります。
次は南方、こちらは伝達本能、つまり想いを分かち合い、未来への夢を語る場所とされています。また南方は目下を表しているので、ここでは部下や子どもとの関係性を表しています。
後輩や部下と食べたいお肉は鶏肉です。焼き鳥屋にでも足を運んで、そこで仕事の愚痴や悩みに寄り添ったりする図が頭に浮かびます。鶏肉も決して高級な食材ではありません。人はコミュニケーショがうまくいかなくなると、あっという間に人間関係が崩壊します。部下や子どもたちとはしっかりと想いの分かち合いをして、関係性を構築しておきたいものです。
南方とは対極にある北方、こちらは習得本能を司る場所です。ここは学ぶこと、学習することを表しています。こちらで食べたいお肉は魚。魚は厳密にいうとお肉ではないとお叱りをうけそうですが、何かの肉、と捉えた時に、魚の肉、ということになります。
魚には不飽和脂肪酸が多く含まれ、それらは「脳によい」とも言われています。つまり魚は西洋栄養学の観点からも、頭をよくする食材のようです。
そして最後、ど真ん中。こちらは引力本能を表しています。ここは人生の中で人が欲しいもの、つまりお金、愛情、人脈やチャンスが舞い込んでくる場所とされており、ここが稼働し始めると人は魅力的になります。
そんな場所で食べるお肉はもぐらや熊など、冬眠する動物。しかしこれらのお肉は日本ではなかなか食べられないどころか、そもそも食べるものとして存在すらしていないかも知れません。
これはつまり、人の魅力というものは、なかなか簡単には手に入らないものだということを表しているのかもしれません。
周りの四方のエネルギーが上がって初めて、真ん中のエネルギーが上がり始めます。そしてそれは一度稼働し始めると、基本的にはずっと稼働し続けるので、ますます魅力が積み上がっていくという結果になります。しかしそこに至るまでには往々にして時間がかかる。そのため多くの人たちが諦めてしまうのも事実です。
2500年前から伝わる学問である陰陽五行論、これは自然の摂理を読み解き、そのルールを学問として体系化していることにより、物事の本質を表すとされています。そしてこれは実に日本文化の根底を支えているもので、私たちの預かり知らぬところ、至る所で日本の文化の中核を担っているといっても過言ではありません。物事には本質があり、自然の摂理というものがあります。そして物事はそれに沿って進めたほうが、絶対的にうまくいきます。というのも、追い風が吹いているときにはよりはやく進みますし、また向かい風が吹く時にはがんばってもがんばっても前進しません。こう書くとあまりにも当たり前のことなのですが、私たちはなぜか物事は自分の思い通りになると勘違いして、自分のエゴだけで突き進もうとします。だから多くの努力は報われない、という悲しい結果になるのです。
より良い人生を歩みたいと思ったら、的外れな努力をするよりも、自然の流れを読み解きそれに乗ったほうが確実に速く、大きく、進みます。
人は食べたもののようになります
自然の摂理でいうならば、人は自分がいる環境に、エネルギーをチューニングする生き物です。空気を読むとか呼吸を合わせるとも言いますし、また朱に交われば赤になる、類は友を呼ぶとも言われ、普段自分が接しているものに、自分というものは染まっていきます。
これは食べるものでもあてはまります。
毎日食べるものはつまり、毎日そばにあるものです。なんなら食べることで自分の体内にまで入れるのですから、それが自分に「栄養」という影響しか与えないと思ったら大間違いです。その食材が持っているエネルギーや素性のようなものが、全て食べた人に影響を与えているのです。
例えば、腐ったものを食べたらお腹を壊します。温かいものを食べたら体が温まります。本当に素直に私たちは、食べたものに大きな影響を受けています。なのに食べ物を食べるときには、栄養素やらカロリーやらと、どうも偏った見方をしているのです。
人は食べたもののようになります。
つまり、もし、元気になりたいのであれば、元気のいい食を食べるべきです。例えばお肉ならば、元気に野山を駆け回っていた鶏の肉とか、広々とした牧場で大切に飼われていた牛の肉とか、健康で元気なものを食べるからこそ、私たちは元気になります。いくら同じ鶏肉、牛肉といっても、小さく狭いところに閉じ込められて、陽の光を見ることもなく育てられた鶏肉や、ぎゅうぎゅうに詰め込まれ、掃除もままならないぐらい不潔な環境で育った牛の肉とでは、モノが全然違います。しかし栄養学的な観点では、そこはあまり考慮されない。ここにはものすごく違和感を感じます。
病気を治したいのであれば、病気ではなく、元気な食材を食べればいい。つまり健康な動物のお肉や、健康に育てられた野菜を食べればいいということになります。
病気にならないように薬漬けだったり、速く生育するために農薬づけだったりする野菜では、病気治しとしては役に立ちそうではないことに、なんとなく気づいていただきましたか。
なんのために食べているのか
昔、訊かれたことがありました。「あなたは、なんのためにご飯を食べているのですか」と。その時は単純に、体を健康にするため、そしてなかなか妊娠できないという体の課題を克服するためだと、本気で思っていました。そんな想いで食を選び食べていたのですから、食が本来持っている力をなかなか発揮することができず、私は望む成果をなかなか手に入れることができませんでした。なぜ病気治しの食養生をしっかりとやっているはずなのに、なかなか改善しないのだろう。結局食にはその程度の力しかないのかと、食の力をみくびってしまうようなこともありました。
しかし結果、食の本質に気づいたとたん、面白いように体は変わり始め、結果私は、自分の望んだものを手に入れることができました。つまり私は、偏った考え方や凝り固まった考え方を持っていたためになかなか物事がうまくいかなかったのを、よりバランスのいいもの、整ったものを食べることにより、自分の全体のバランスが整い、エネルギーフローが起こり始めたのです。
人はなんのために食べているのでしょう。
健康になるため、空腹を満たすため、痩せるため、と言われますが、決してそれは食べることの本質ではありません。
私たちは豊かになるために食べている。幸せになるために食べている。
であればただただ単純に、幸せな食材を食べればいい。
幸せな環境で育てられ、育まれてきたお肉や野菜を食べる。
単純にこれだけのことなのですが、なかなかそのことに気づける人は多くはありません。
人生ももう50にもなるのですから、自分を幸せにする食べ方の一つや二つ、ちゃんと持っておきたいですね。
今日も美味しくいただきます。それが毎日言えることそのものに、ただただ感謝を忘れずに。
《第30章につづく》
□ライターズプロフィール
ギール里映(READING LIFE編集部公認ライター)
READING LIFE編集部公認ライター、経営軍師、食べかた研究家。京都の老舗料亭3代目として生まれ、現在は東京でイギリス人の夫、息子と3人ぐらし。食べることが好き、が仕事になり、2015年にゼロから起業。一般社団法人食べるトレーニングキッズアカデミー協会の創始者。2019年には書籍「1日5分!子どもの能力を引き出す!最強の食事」、「子どもの才能を引き出す!2ステップレシピ」を出版。
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