老舗料亭3代目が伝える 50までに覚えておきたい味

第31章 400年という積み重ねからしか見えない、本当の”美味しさ”《老舗料亭3代目が伝える50までに覚えておきたい味》


2023/3/6/公開
記事:ギール里映(READING LIFE編集部公認ライター)
 
 
「美味しいもん食べにいこ」
 
というとついついお肉、それも牛肉ばかりが頭に浮かぶ、という方が多いのですが、奥深い美味しさというものは実は野菜にあります。油とタンパク質の甘味が美味しさの要因であるお肉に比べて野菜は、苦味だったり、渋みだったり、もちろん甘味だったり、また食感だったり、お肉に比べて旨みを感じさせるポイントが膨大にあります、つまり味自体に奥行きがあり、また旨みのカテゴリーも様ざま。今回はそんな野菜の美味しさをとことん探求したいと思います。
 
野菜というのはどうしても、サイドディッシュ、つまり脇役として扱われがちです。
典型的な日本食、和食の文化のなかでは、野菜をつかったおかず(おばんざい)も多くあり、ご飯と味噌汁、そして野菜のおかずが中心の食生活でした。しかし明治維新以降日本には西洋の文化が導入され、そこでは、メインディッシュ、サイドディッシュという考え方が一般的でした。つまり野菜はメインディッシュであるお肉に添えられるもの、という認識であることから、野菜は脇役という概念が生まれました。しかし昨今ではベジタリアン(菜食)文化の浸透も手伝い、野菜もメインディッシュとして扱われることが増えてきて、野菜の美味しさがまた脚光を浴びる時代になってきた感覚があります。
 
 

野菜の種類は800種類


野菜と一言で言っても、いろいろな種類があります。すぐに思いつくものだけでも、大根、にんじん、キャベツ、きゅうり・・・と、膨大にあるかと思います。
野菜の種類には諸説ありますが、世界中に出回っているものを全て集めると800種類ぐらい、そのうち日本で日常的に販売されているものは150〜200種類、と言われています。これだけたくさんのものをたった一言で言い表すのはなんだか無理があるような気がするのですが、これだけの種類があるのですから、それぞれ異なった旨みや美味しさがあることは想像に難くありません。
 
これらの野菜は、日本標準商品分類によると、3つの種類に分けられます。
大根やにんじんのような根菜類、はくさいやキャベツのような葉茎類、そしてきゅうり、かぼちゃのような果菜類です。
さらに農林水産省の野菜生産出荷統計の調査対象品目の分類によると、上記3つのほかに香辛野菜、果実的野菜が加わります。
これらは形状や食べる部分が実なのか茎なのか種なのかによって分類されており、そのため食感、つまり食べ口、口当たり、みたいなものが異なります。それも美味しさを構成する要素ですから、形状が変わると美味しさの質も変わって当然です。
 
 

全ての野菜の共通点は「土」


しかしどんな形状だろうとも、どんな分類だろうとも、全ての野菜に共通して言えることがあります。それは、野菜は土から育つもの、という概念です。もちろん「水耕栽培」というような、土を使わない栽培方法もいまどんどんと増えていますが、基本的に野菜は、そのタネを土に蒔き、そのタネが発芽し、育ち、熟してできあがります。そのため、野菜の根本的な美味しさというものは、その「土」にあるといっても過言ではありません。
 
「日本の野菜は美味しい」
と言って、台湾や韓国などのアジア諸国が日本の農家さんからタネを買って帰ることがあるそうです。そしてそのタネを本国の土地に蒔くのですが、当然同じ味にはできあがりません。いくらタネが同じでも、そのタネが育つ環境、つまり土、太陽、水といった要素が異なると、まったく同じ農作物には成長しないのです。
こう書くとそれはあまりにも当たり前だ、と感じていただけるのですが、そこまで想いを馳せていないと、タネさえあればどこでもその味を再現できると思ってしまいます。ここが自然の持つ、ものすごい力です。人間の知性などでは到底追いつくことのできない自然の摂理が働いて、土地が変わると味ががらりと変わります。
 
つまり、美味しい野菜というものは、タネが重要ではない、とは言いませんが、実はその美味しさを作り出しているものは「土」であることは覚えておきたい。
 
またさらにいうと、いくらタネと土が同じでも、その野菜を育てた人が違うと、同じ味にはなりません。同じレシピ、同じ材料で料理を作っても、シェフが異なると別の味になるように、野菜そのものも同じで、作る人が違うと味がかわってしまいます。
 
農作物というのは実にその仕上がりに関して、さまざまな要素が関係してしまうものです。
それがひいては野菜の個性になっていくのでしょうけれど、流通や価格の心配をしなくてはならない大量生産大量消費社会ではこのような個性はむしろ邪魔ですが、その個性があるから私たちは、いつまでも食べ続けることができるのではないか、と思います。
 
海外旅行をして野菜を食べて、その脇役感、おまけ感、サイドディッシュ感に落ち着かない感覚を持つことがあります。しかし一度帰国して、日本の食事を食べてほっとするのには、野菜が生み出す日本らしい味の奥行きが関係しているのかもしれません。そう、日本の野菜は本当に美味しい。人の心を芯から癒し養ってくれる力があるのは、野菜そのものが自然の力によって育まれたものであるからかもしれません。
 
 

野菜の旨みが最大限に引き出される調理法


野菜の味をとことん引き出す調理法があります。それは天ぷら。
関東と関西では少しやり方は異なりますが、小麦粉をベースとした衣をつけて油であげる工程は同じ。油の高温で野菜の旨みを奮い立たせ、かつそれが流れ出てしまうのを瞬時に衣が受け止めて、野菜の風味が野菜そのものに行き渡ります。そのため野菜が本来持つ香りが引き立ち、甘味が増し、そして香ばしさ、油の甘味も加わって、野菜の天ぷらを食べにいくと、味覚のディズニーランドを体験することができます。
 
天ぷらの本拠地は東京、それも山の上ホテルで修行した板前の一派が最も有名ではありますが、今日はあえて京都にていただいた、美味しい野菜の天ぷらをご紹介します。
 
リッツカールトンホテルにあるダイナー、水暉では、こだわりの野菜天ぷらがいただけます。
 
もちろんお魚、お肉などの分かりやすい旨みの食材もありますが、特筆すべきはこちらの野菜の選び方、そして使い方です。天ぷらはシンプルな調理法であるがゆえに、素材の味が引き出されてしまいます。つまりごまかしが効かない。素材の味を引き出してしまう調理法だからこそ、素材が持つ力、つまり素材のもつエネルギーや旨みそのものに魅力がないと始まりません。天ぷらという高温を使う調理法でのエネルギーに負けないぐらいの力をもつ野菜でないと、天ぷらの主役は張れないからです。
 
 

400年の歴史、樋口農園さんの野菜


そんなパワフルな野菜たちを作っていらっしゃるのは、京都の鷹峯にある樋口農園さんです。創業は約400年前、現在は15代目が跡をつぎ、稼業である農業を営んでおられます。農園では京都の伝統野菜である聖護院大根、鷹峯ねぎ、鷹峯唐辛子、鹿ヶ谷かぼちゃなどの種を守っています。
 
こちらで作った野菜は一般市場に出回ることはほとんどありません。
使われるのは高級料亭、京都の名だたる料理人たちが、こぞって「樋口農園さんの野菜を使いたい」と言います。
また一部や直売所や生協でも販売されますが、基本的には誰でもが買えるというわけではなく、こちらも料理人たちが買いにくる場所として機能しています。つまり一般人である私たちが日常で使うような野菜ではなく、料理屋にて料理人たちが、お客様に感動を生み出す料理を作るための素材として、料理人だけに販売されているのです。
 
なぜそんなにもこちらの野菜は、料理のプロたちを魅了するのでしょう。
 
その答えは、野菜の味にありました。
 
 

天ぷらというシンプルさ


水暉でいただく天ぷらは、紅花油を使います。そのため、ごま油を使う関東の天ぷらよりもあっさりと仕上がります。だからこそ野菜の香りが引きたつのです。ねぎの天ぷらではじっくりと火を通した熱々を頂きました。ねぎの真ん中の、つまり中心部からとろりととろけ出る野菜の汁が、なんとも甘くてやさしい。筋が多い皮のところはしっかりと火を通してあるので、香ばしさ、そして油の甘さも加わって、より深い味わいになっています。
 
こんなネギ、これまでに食べたことは一度もありません。
 
これまでにも「美味しい野菜」は頂いてきたつもりです。
昔は自然食品店を自分で営んでいたぐらいですから、農薬を使っていないお野菜たちが常に食卓に溢れていました。どれもそれぞれに美味しかったし、野菜はこういうものだと思い込んでいましたが、樋口農園さんの野菜を一口食べると、それまで野菜として認識していたものが野菜ではなかったのかもしれないと思うぐらいでした。つまりそれだけ樋口農園さんの野菜には、他の野菜にはない何かがあります。
 
15代目はおっしゃいます。とにかく土づくりが大事であると。
野菜を育むのは土ですから、良い土さえ作ってあげれば、美味しい野菜は勝手に育つというのが樋口農園さんの考えです。
さすが伊達に400年の歴史を乗り越えてきたわけではありません。
 
400年も前の世界がどのような世界かは、考えても分かりません。だから想像し、想いを馳せるしかできません。400年前と言えば江戸時代、政治機能は江戸にあった時代ですが、京都には変わらず朝廷があり、貴族たちが数多く生息していたはずです。きっとそんな人たちがこぞって食べていたのでしょうか。それとも当時は庶民も食べることができたのでしょうか。その頃から培った野菜作りのノウハウやスピリットが、きっと今にも存在しているのだと思います。
 
当時の人たちが農業を400年続けていこうとは思ってもみなかったと思いますが、しかし結果的に残ることができた。これは単に樋口農園さんの野菜が、人々に求められ続けているからということになります。
 
求められるものは存在するし、求められないものは消えていく。
一見寂しいことのように聞こえるのですが、この真実に目を向けないからこそ、本来ならば消えゆく運命のものを無理に残そうとか、保存しようなどという発想になり、苦しみを生むのかもしれません。今こうして私たちが食べることができているのも、単純にご縁としか言いようがありません。求めてもなかなか手に入れることすら難しい野菜ですから、それを食べる機会に恵まれたというのはなかなかの強運なのではないかと思うのです。
 
400年の歴史を持つ土に育まれた現代の樋口農園の野菜たち。
とにかくパワフルな存在感でした。美味しい、の概念をがらりと変えてしまうぐらい、存在感が半端ない野菜の数々。お席もカウンターで8席だけと、いかに食べる空間、つまり環境を大切にしているのかがわかります。ここでの食体験は、単に空腹を満たすとか、栄養を摂るとか、そういった類のことではなくて、時空の凄さに畏敬の念を持ち、食を慈しみ、食べることを心から楽しむ、そういう別次元の食体験です。
 
体を満たすためだけでなく、心を満たす野菜の食べ方。
そういう食べ方を知っているか知らないかでは、生きていることの価値すら変わってしまうといっても過言ではありません。
 
本来ならいつも、野菜だけでなく、全ての農作物には感謝の気持ちを持ち続けていくべきだと思っています。しかし日常の忙しさにかまけ、また食を「栄養」や「盛り付け」の観点でしか考えないような生活をしていると、「食べること」の本当の意味を忘れてしまいがちになります。
 
食べることの本当の意味、それは、命を繋ぐという大きな目的のために食べること。
そしてそれは栄養や空腹の観点だけでなく、長い歴史に培われてきた人の暖かい想いや心をしっかりといただくということに繋がります。
 
そろそろ人生も50年を生きているなら、単に空腹を満たすための食べ方だけでなく、食を愛し、慈しみ、その時の慈愛を自分の肥やしにしていけるような、そんな食べ方ができる自分でありたいものです。
 
 
《第32章につづく》
 
 

□ライターズプロフィール
ギール里映(READING LIFE編集部公認ライター)

READING LIFE編集部公認ライター、経営軍師、食べかた研究家。京都の老舗料亭3代目として生まれ、現在は東京でイギリス人の夫、息子と3人ぐらし。食べることが好き、が仕事になり、2015年にゼロから起業。一般社団法人食べるトレーニングキッズアカデミー協会の創始者。2019年には書籍「1日5分!子どもの能力を引き出す!最強の食事」、「子どもの才能を引き出す!2ステップレシピ」を出版。。

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