老舗料亭3代目が伝える 50までに覚えておきたい味

第33章 人を支えるおばんざい、毎日食べたい女将の味《老舗料亭3代目が伝える50までに覚えておきたい味》


2023/5/1/公開
記事:ギール里映(READING LIFE編集部公認ライター)
 
 
「ああ、美味しかった、落ち着いた」
と、食べてほっこりすること、ないですか。
 
高級なレストランの食事、例えば京都の三つ星の料亭や、東京の気取ったフレンチやイタリアンなど、それぞれに素晴らしい食文化の最高峰ではあるけれど、これらには絶対に太刀打ちできない味があります。
 
それが家庭料理の味、つまりおばんざい、です。
 
毎日の、家庭の、普通のおかずたち。通常「日本料理」「和食」というと寿司、天ぷら、懐石料理などのことを表していますから、これらが和食として認知されることはあまりないかもしれません。しかし本当の日本料理、つまり日本の食文化の中核は、おばんざいにあると言っても過言ではありません。
 
高級なお店は確かに美味しいし、最高級の食材を使うし、料理人の腕もすごいけれど、毎日食べる料理ではありません。つまり、ハレの日の料理です。料理人たちがそれぞれの腕前を駆使し、美味しいものを食べてもらおうとしています。それは確かに美味しいし、楽しいことだけれど、それらを楽しむためにはある種こちらにも覚悟がいる、といいますか、それなりのテンションで立ち向かわないと、申し訳ないような気にすらなります。ミシュラン三つ星のシェフが本気で腕を奮っているのに、それをしっかり味合わないと申し訳ないというか、失礼というか。決してシェフはそんなことは言わないだろうけれど、しかし相手のエネルギーに合わせるうちに、ある種戦いのような食べ方になっているような気すらするのです。
 
これに対して毎日のおかずはケの料理。肉じゃがやおから、ひじきの煮物のような定番料理もありますし、また時には有り合わせの材料でそのときの感覚で生み出される、名もない料理もあります。これらは主に毎日家庭で作られ、食べられるもの。そして家庭料理を担うのはいまだやはり女性の仕事なのではなかろうか。そう言うと昨今料理をすることが増えた男性陣にお叱りを受けるかもしれませんが、ひとまずはこれまでの歴史の中で、家庭料理を作ることは代々女性によって担われてきたもの。この家庭料理というジャンル、ここでは作る人たちがその腕自慢するとか、肩肘はったものではなく、また高級を競ってすごいと思われることが目的なのではなく、家族の健康を願い、食べる人が日常的に、日々の空腹をちょうどよく満たし、ほっこりと温かい、安心するような気持ちに包まれるために、母親が心を込めて毎日作ってきたものです。これらのおかず、つまりおばんざいは、私たちが日常的に、ほぼ毎日食べるものであり、そしてこれこそが本当に、私たちの心と体の礎を作り、生活を支える日本の食文化だと言えるのではないでしょうか。
 
 

人は食べたもので作られる


フランスの政治家、美食家だったブリア・サヴァランの言葉、You are what you eat(人は食べたもので作られる)は言い得て妙な表現で、身体的にも精神的にも、人は食べるという行為によって、その全てが作られていると言っても過言ではありません。私も度々「食べ方は在り方」ということを伝え続けておりますが、文字通り自分の体というものは、その細胞の一つ一つに至るまで、自分が自分で選び、食べるもので出来上がっています。体だけではありません。私たちの心も食べたものでできています。例えば食養生では、肉類を頂くと「恐怖」の感情を感じやすくなるとか、甘いものを食べるとふわっと気持ちが緩むようになるなどと言われます。本当かどうかを検証するのは少々大変ではありますが、想いを馳せてみるとあながちこれらは嘘ではないかもしれないと思わせる事象は多くあります。心の持ちようは食べ方に大きく左右されています。食べ方を変えると在り方が変わる。それはひとえに、感じ方が変わるから。例えばどんなに気難しい相手でも、美味しいものを食べながらであれば気も緩むようになりますから、我々は食べ物で、人の心をもコントロールすることができますし、またそのことを自然とわかって使っている、そんなことが誰にでもあるはずです。
 
毎日攻撃的な食事を食べていたら、攻撃的な人になります。
毎日優しいお料理を食べていると、やさしい人になります。
 
毎日、食べる人の健康と安心を望み作られるおばんざいは、確実に人を優しい人にしてくれます。なぜならおばんざいに込められたエネルギーにはやさしさしかないからです。これを食べて怒る人や、攻撃的になる人、というのがもし存在するとすれば、それはかなり特殊な人である可能性が高い。人は美味しいものを食べながら難しい顔をすることは無理な生き物です。
 
 
人生を50年も生きてきたら、そこそこ自分というものが出来上がっています。そこそこに人生経験もあり、構築してきたものもある。その中で自分の心と体というのは、これまで半世紀に及ぶ自分の生き方、在り方を如実に表しています。
 
これまでに食べてきたものがまさに今の自分自身。
人は成長の過程で愛に包まれていると、自分でも愛を注ぐことができる人に育つといわれていますが、優しい、人を包み込むようなエネルギーを放つことができるのならば、それは美味しいおばんざいを食べて育っていると言うことなのかも知れません。日々自分のことは後回しで、夫や子どもたちのために料理をしてきた母親の底なしの愛を受けて、愛情深い人柄を獲得できたということなのです。
 
 

母の味を外注する


そういうと、父子家庭だった家や、母親がいても料理が不得手、もしくは料理しない母親に育てられた過去を持つ人は、美味しいおばんざいを体験できなかったと言われるかもしれません。確かに料理が得意な母親がいる家というものは、常にあこがれの的ではありますが、母親であることと料理が得意なことはイコールではありませんから、世の中には美味しい料理を作ることを難しい、大変だと感じている母親も少なからず存在します。
 
また昨今の社会の風潮、つまり核家族化によっておばあちゃんから母親、母親から娘というふうに、家庭料理の伝承がなされないことも増えました。さらに忙しくコストがかかる生活のおかげで、共働きが当たり前になり、母親が家にこもって料理をする時間がなく、三食外食で済ませるという家もめずらしくありません。忙しい現代人たちが料理にかける時間はとことんまでなく、簡単に食べるものが買えたり、外食も手軽になり、家でご飯を食べる必要がなくなってしまったばかりか、また「手作り神話」に疑問を投げかける母親世代が増え、しかもSNSの発達と普及により、その存在をお互いに知ることとなりました。
 
自分で作れないなら、誰かに作ってもらえばいい、そう思うものの、家庭料理であるおばんざいは通常外で食べることができません。普段の、飾らない、肩肘のはらないおかずがおばんざいであって、決してよそよそしく外で頂くものではないのです。
 
家庭料理がなくなっていく。
 
そんな今の風潮に待ったをかけるよう、とあるお店がオープンしました。それが銀座花りんです。
おばんざいと家庭料理の伝承をテーマに、銀座という日本一家賃が高い場所で、料理教室を営んでいた女将が、おばんざい屋をオープンさせたのです。
 
 

日本一家賃が高いエリア、おばんざいで挑む


銀座は並木通り、ルイ・ヴィトンの隣の建物の階段を降りたところに「銀座花りん」はあります。ドアを開けてアプローチを抜けると、右手にカウンター席、左手そして奥にテーブル席があり、ほんのり漂うお香の香りがなんとも気持ちを高めてくれます。銀座は日本一家賃が高く、高級料亭、レストランがしのぎを削るところ。その中にあるにも関わらず、看板料理はおばんざい、そしてお値段も銀座とは思えない控えめな設定です。
 
値段の設定とは裏腹に、出されるお料理に対する女将のこだわりは中途半端ではありません。
 
長年料理教室を営み、また栄養士でもある女将は、さまざまな料理を作ることができます。そしてその腕前を駆使してお店にしようと思ったのがおばんざいだったと言います。女将が作る料理はまさに母親が代々家庭で作り伝え続けてきた家庭の味で、食べる人の心をほっとほぐし、包み込んでくれます。
 
メニューはきっとその時々で変わるのでしょう。カウンターの上には大皿に、4種類ほどのおばんざいがならんでいます。
 
きんぴら、おから、煮物、など。
ぱっと見、どこにでもあるお惣菜に見えますが、よく味わうとそこには女将のこだわりが感じられます。
例えばきんぴらにはホタルイカが入っていたり、またポテトサラダにはたこが入っていたりします。定番メニューなんだけれども、ただの定番メニューで終わらせてしまわない、ちょっとした工夫が満足度を引き上げています。きっとこのレシピもその時々で変わるのでしょう、女将のその日の気分や、食材との出会いによって、日替わりで美味しいものを作り出してくれる。そんな期待を持って思わず通ってしまいそうです。
 
コースもいろいろに設定され、たくさん食べたい人にはおばんざいのおかわりが自由なコースがあります。またちょっとだけ軽く妻みたい人には、それができるコースもあります。外食というと大体は、食べきれないぐらい多くの量をどんと盛り付けられてあることが多いかもしれませんが、花りんでは自分食べられる量、気分によって多く食べたり少なく食べたりすることが可能です。
 
営業時間は朝の4時まで。
一杯飲んだあとや、お仕事やコンサートなどで食いっぱぐれてしまいそうな日にも重宝しそうです。また今後は朝ご飯やランチタイム、またランチからディナーまでのカフェタイムでの営業を開始します。いつきても美味しいものが食べられる、そしてそれは自分の好きなだけ食べられる。そんな贅沢が許される細やかさは、まさに家庭のお袋の存在を彷彿とさせます。
 
母親というもの、子どもがいつ帰ってきても、何らかの食べ物を用意していたものです。家族がお腹を空かせていないかいつも気に揉んで、三食のご飯の他にもおやつや夜食まで用意していたものです。さすがに現代では女性たちも忙しくなりましたから、家にこもって家族の食事を作ってばかりはいられません。それはそれで仕方のないことではありますが、それができなくなりつつ今だからこそ、その行為がどれほど貴重でありがたいものかを感じることができます。
 
 

毎日美味しく食べられることは当たり前じゃない


毎日美味しいご飯を家族が自分のために作ってくれる。
 
これが最高に贅沢で、幸せなことなのかもしれません。
昔はこれが当たり前とされていたので、あまりありがたみを感じることはなかったかもしれません。しかし今は、食の種類が増え、外食、内食、中食など食べ方のバリエーションも増え、人は食べたいときに食べたいものを、自由に選んで食べることができるようになりました。しかしそのことにより失ってしまった何か。その何かはきっと、私たちの心を作り育ててくれるために、大きな役割を果たしていたような気がしてならないのです。そして、だからこそ女将は、おばんざいと家庭料理の伝承を、銀座花りんのテーマに選んだのではなかろうか。
 
食べるということには、一体どんな意味があるのでしょう。
 
確かに体を作ること、空腹を埋めるため、栄養を摂るためと、機能を言ってしまえばそのようなことになると思います。
 
しかしそれだけなら、おばんざいだろうとなんだろうと、こだわって食べる必要はまったくありません。
しかし毎日、コツコツと食べ続ける食事こそが、その人の心と体の礎を作るのですから、そこをとにかく大切にしたいと思うのは、私だけではないはずです。
 
銀座で、女将の温かなエネルギーに触れながら、ご自身そのものを見つめる時間を、ぜひご体験してみていただきたい。おばんざいの、地味だけどパワフルなエネルギーで、確実に心が満たされるはずだから。
 
 
《第34章につづく》
 
 

□ライターズプロフィール
ギール里映(READING LIFE編集部公認ライター)

READING LIFE編集部公認ライター、経営軍師、食べかた研究家。京都の老舗料亭3代目として生まれ、現在は東京でイギリス人の夫、息子と3人ぐらし。食べることが好き、が仕事になり、2015年にゼロから起業。一般社団法人食べるトレーニングキッズアカデミー協会の創始者。2019年には書籍「1日5分!子どもの能力を引き出す!最強の食事」、「子どもの才能を引き出す!2ステップレシピ」を出版。

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