老舗料亭3代目が伝える 50までに覚えておきたい味

第37章 たかだか50歳ごときで寿司を語るなんて《老舗料亭3代目が伝える50までに覚えておきたい味》


2023/9/4/公開
記事:ギール里映(READING LIFE編集部公認ライター)
 
 
美味しいお寿司が食べたい。
 
お気に入りのネタはなんでしょうか。鮪の赤身やトロは外せないかもしれません。ヒラメや鯛など、上品な白身がいいかもしれない。いやはや、鮑や赤貝でしょ、というかもしれないし、縞鯵やコハダ、背の青い魚こそ、だというかもしれない。魚の種類の数だけネタがあるのだから、意見が分かれるのは仕方がありません。
 
しかし、果たして、美味しいお寿司っていったいどんなお寿司なのでしょう。
 
 

あえてお寿司を避けてきた理由


もう数年このシリーズを連載しているけれど、あえて避けてきたテーマがあります。それが実はお寿司なのです。というのも、お寿司というのはジャパニーズソウルフードというぐらいに日本食の中の日本食。しかし寿司といえども、東京は江戸前握り、関西は鯖寿司、押し寿司や巻き寿司、家庭でも手巻き寿司と、いろいろなお寿司があります。どれも良し悪しがあって、それぞれを比較して選ぶのも難しい。お店で食べるか、家で食べるかも選べますし、お店で食べるとしても予算の幅が天と地ほどあります。東京の一流店で食べたら1人前数万円はくだらないという高級店から、リーズナブルに食べられるチェーン店や回転寿司など、全ての層の人たちが楽しめるようになっているのが、お寿司の特徴と言えます。
 
果たして、一体、私たちアラフィフならば、どんなお寿司を食べておきたいのでしょう。
 
その答えが、私のなかでなかなか決めきれずにいます。
だからこそ、お寿司をテーマに書くことをずっと躊躇し、避け続けてきました。
しかし避けては通れないのがこのテーマ。連載4年目にしてようやく、寿司について書いておきたいと思えるようになりました。
 
このテーマを避けてきた理由、それは、あまりにも多くの店があり、あまりにも値段や質にも雲泥差があるからです。地方色も多くあり、エリアによって全く異なる寿司があり、店でも家庭でも食べられる。そんな日本食の大谷翔平のような存在について、私が何が書けるというのでしょう。私ごときの若輩者が書くには、まだ10年はゆうに早い、と思わざるをえなかった。しかしこのままでは一生書けずに終わってしまう。
 
それぐらいお寿司は、私たちにとって大切で、馴染み深く、しかし憧れで、だけどそばにいて欲しい、そういう特別な料理なんじゃないかと思います。
 
 

やっぱり江戸前、銀座のお寿司


寿司といえば、江戸前。寿司と言えば銀座。
 
銀座のお寿司となるとやはり、ブランドなのかカルチャーなのかはわかりませんが、とにかくお値段、質と共に最高峰である気がします。さまざまな飲食店が入っているビルのワンフロアに、どんと白木のカウンターがピカピカに磨かれて据えてあり、椅子席もちらほら、寿司職人さんがカウンターの後ろで腕をふるう、そんなスタイルのお店が多くあります。
 
お値段も下は1、2万円ぐらいから、上はそれこそ天井知らず。お魚の値段が時価のことも多いので仕方ないのかもしれませんが、お酒をたくさん召し上がる方であれば、大変なことになってしまいますので、なかなか普通のお勤めの方には手が出ないかもしれません。
 
バブルのころなら接待で多く利用された方もいらっしゃるのではないでしょうか。
これらのお寿司は、ご馳走していただける機会があると、ごっつあんです!となりますが、身銭を切って食べるには、ちょっとばかり勇気がいります。
 
名店で修行を重ねた寿司職人の方々が、満を持して自らの城を持ち、それぞれのこだわりをもって一流のお寿司を供する。そんなしのぎを削っているのが銀座のお寿司屋さん事情ではないかと思います。
 
そんななか、どこか一番を決めるとするなら、それは正直、難しい。
なぜならどこも素晴らしすぎるからです。
ネタに対するこだわり、シャリに対するこだわり、接客に対するこだわり。それぞれのこだわりはさすが、日本中から食通が集まり、世界中から観光客も多く集まる銀座という寿司激戦区にて、そこで戦い、生き残り続けていくわけですから、全部のお店を回ったわけではありませんが、どこも甲乙つけ難いのです。つまり、アラフィフそこそこの若造では、銀座の寿司の良し悪しを語るなんぞ、まだ100年早いのでは、と思わざるを得ないのです。
 
 

選ぶのではなく、選ばれている


たとえもし潤沢な資金があったとしても、なかなか食べにいけないものでもあるのが、いわゆる名店たちです。予約をとりたくても取れなかったり、行きたくてもお休みしていたりとか、なかなか食べる機会が得られないことがあります。
 
つまり、そのお店に食べにいけるというのは、ご縁があるからこそなので、なかなか食べに行けない時は、ご縁がないということになります。
何に対してもそうなのですが、私たちの世界は縁起で出来上がっています。ご縁があれば出会うし、ご縁がなければ出会わない。ただそれだけではあるのですが、寿司屋に関しても例外ではありません。
 
自分がいけるお店というのが、自分とご縁があるお店ということ。
そのご縁を大切にすることは、むしろ大切にさせていただけるご縁があるということなので、それがまず貴重なことだと私は思います。
 
値段が高いからいい、とか、銀座だからいい、というのではなく、自分が縁あって訪れることができる場所、食べることができるお寿司が、つまり自分に一番丁度いいお寿司、ということになります。いろいろなところで食べてみたい、という欲もあり、またそれはそれで否定することは何一つないのですが、やはり私たち、ご縁のあるお店を大切にする、ということを、ちょっと意識してみたいのです。
 
お店は、私たちが選んでいるようで実は、お店が私たちを選んでいるのです。
 
もちろん、私たち自身が食べログを見たり、ガイドブックを見たりして、「ここに行ってみよう」と予約を入れたりしているので、自分たちが選んでいるんだと思いがちです。しかし、ご縁がないと予約はできませんし、また予約ができたとしても実際に食べることができるかどうか。それはその時のご縁にかかっています。
だから、食べにいくことができたお店というのは、自分とご縁のある、貴重な存在ということになります。
 
人から誘ってもらったなら、それもますますご縁です。
その時、その人と、そのタイミングで食べることができる、という、まさに奇跡のご縁がそこにあります。料理を食べることは一期一会。作る人たちもいま現在存命で、元気があって、お店をやっててくださって、またそのシェフたちが認める食材が獲れている状態で、かつ、私たちのスケジュールがあって、美味しく食べられる体と心がなければ、いくらシェフたちが腕を奮ってくれたとしても、ご縁が紡げないのです。
これら全ての要素がそろってやっと食べられるのが食事ですから、そのご縁の果てしなさときたら、そのスケールの大きさに目を細めてしまうぐらいです。
 
 

美味しい寿司の真髄はオーケストラにあり


鮨飯とネタ、時に海苔やネギなどの薬味など、使う素材はとてもシンプル。しかしシンプルであるが故に、細部までのこだわりが大きな差を生みます。
 
まずはメインであるネタ。魚介類であることがメインで、稀にお肉や野菜が使われることもあります。魚は生でシャリに乗せることが多いので、魚本来の甘味、旨み、食感を存分に楽しむことができます。しかしシンプルなので、ちょっとした違いが大きなさを産んでしまいます。例えば、ちょっと目が利かなければ素材そのものの味がよくなかったりしますし、また温度や切り方などによっても、味に大きな差がでます。微妙な匙かげんが大きな違いを産んでしまうので、そこに寿司職人の手腕が問われてしまいます。
 
またシャリも、ご飯と鮨酢というシンプルな組み合わせだからこそ、ご飯の種類、炊き方、鮨酢の配合、温度など、全ての要素の微細な違いが、大きな味の差を生んでしまいます。
 
これらのシンプルなもの同士を組み合わせて寿司ができあがります。そこにはワサビやアサツキ、しょうがなどの薬味が加わることもあれば、醤油やタレなど、付けるものがあることもあります。寿司の醍醐味は、もちろん魚の味を味わうことではあるのですが、やはり一番には全ての組み合わせのハーモニーを楽しむものだと思います。
 
例えば、ネタは最上級のものであるのに対して、お米は古米、それもあまり質のよいものでなかったりすると、バランスを欠いてしまいます。せっかくのネタもシャリも美味しさを引き出すことができなくなってしまいますから、相性は何よりも大切です。
 
よい寿司職人というのは、美味しいお寿司が握れる技術があるだけでなく、魚の目利きができることに加えて、その魚がどうやったら最大限に美味しく食べられるかを、シャリと付け合わせの組み合わせで表現できる人のことです。またそれだけではなく、お店のロケーションや建物の作り、内装にいたるまで、お寿司を楽しむ空間をどれだけ作り出すことができるかどうか。オーケストラで言うなれば、まさに指揮者のようなものです。もはやお寿司は単なる食べ物ではなく、五感を用いて体験経験するものですから、それら全ての演出を選び、作り込むことができる寿司職人が、人気の寿司職人になる気がします。
 
私たちは貪欲です。もはや味だけでは満足ができず、ああだこうだと文句を言ってしまいます。
 
ましてや高級寿司ともなろうものなら、何か物を言いたくなるのは当然。最高のオーケストラを体験するには、指揮者が敏腕であることが最重要項目なのかもしれません。
 
 

知っておきたい江戸前鮨の流儀「㐂寿司」


ご縁あって伺うことができたお店の一つに、人形町の㐂寿司があります。
 
創業大正15年(西暦1926年)、下町にある老舗です。古い、昔ながらの木造の一軒家がまるごとお店になっていて、その造りがなんせ色っぽい、古き良き江戸の風情を彷彿とさせます。
 
お店に入るとメニューはあるのかないのか、値段はあるのかないのか、ちょっと敷居が高いように感じるところも江戸前さながら。特に私のような他所者には余計そう感じてしまいます。
 
しかし一度席に座ると、そんな敷居の高さは吹き飛びます。
「おまかせで」とお願いすると、その日のおまかせが大将の心一つで運ばれてきます。
好きなだけ食べて、お腹がいっぱいになったら「お勘定ね」と締める。また、好きなネタだけ刺身でもらうこともできる。自分の好きなものだけを選んで食べることもできる。近所に明治座もありますから、観劇の前、後など、ちょっとだけつまんでおきたいという願いも叶います。
 
こんなふうに自分だけのお寿司を楽しめるのが、江戸前鮨の流儀なんだとか。
 
現在4代目である油井さんが、するどい目を光らせて、お客様に目配せしながら一流の寿司を握ってくれます。しかしそこにはなんとなく、銀座で感じるようなよそよそしさはあまりなく、代々伝わる本物の寿司を心から楽しんでもらいたいと願う、料理の本質とも言える心が見え隠れするのです。
 
 

高級か、そうでないかは関係がない料理の本質とは


料理の本質、それは、食べる人に喜んでもらいたい、美味しいという言葉と笑顔をどれだけ作ることができるか、だと思います。
 
しかし料理人の職人気質がまさってしまうと、いかにすごい料理を作り出すかに比重が多く傾いてしまい、食べる人たちを置いてきぼりにしてしまうことがあります。
またお客様が喜ぶことを重視しすぎてしまうと、本当に伝えたい味や技術が伝えられなくなることがあります。
 
食べる人に120%喜んでもらいつつ、最大の技術と配慮をもって作られる料理。料理は人が食べて、美味しいと言ってこそですから、そのどちらもが満たされていないと、料理としては不完全燃焼です。
 
シェフの技や心を最大限に楽しみつつ、かつ美味しくて笑顔がほころびる。
そんな鮨を食べる経験こそ、なによりの宝です。
 
値段が高いとか安いとか、敷居が高いとか低いとか、いろいろなハードルはあるけれど、やはり料理の本質は忘れてはいけないと思うのです。
 
料理は人を美味しさで幸せにするもの。
決して技術や価格で食べる人を威嚇するものではありません。
 
果たして、そんな居心地のよいお店や料理人に、今世あとどれぐらい出会うことができるのでしょうか。
出会ったらそれは、本当に貴重なご縁です。
 
どうかどうか、ご縁を大切に。
 
 
《第38章につづく》
 
 

□ライターズプロフィール
ギール里映(READING LIFE編集部公認ライター)

READING LIFE編集部公認ライター、経営軍師、食べかた研究家。京都の老舗料亭3代目として生まれ、現在は東京でイギリス人の夫、息子と3人ぐらし。食べることが好き、が仕事になり、2015年にゼロから起業。一般社団法人食べるトレーニングキッズアカデミー協会の創始者。2019年には書籍「1日5分!子どもの能力を引き出す!最強の食事」、「子どもの才能を引き出す!2ステップレシピ」を出版。

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