福岡醤油のあまーいお話。

【福岡醤油のあまーいお話。】探索01.九州の醤油はなぜ甘い?《福萬醤油有限会社》


2021/10/11/公開
記事:中川 文香(READING LIFE公認ライター)
 
 
“カップ麺のうどんスープは、関東と関西とで味の調合を変えているものがある” という話を聞いたことがある方は多いかもしれない。同じ日本人と言えど、好む味付けは土地によって異なる。
醤油も、土地によって様々な味が存在する調味料の一つで、とりわけ九州のものは他地域と比べてとても甘い。甘い醤油で育ってきた九州出身の私は、それ以外の土地からやってきた方から「九州の醤油は甘すぎる!」と言われ、常々疑問に思ってきた。
 
「何故、九州の醤油はこんなに甘いのだろうか? どうやって他の土地との違いが生みだされているのだろうか?」
 
そんな九州醤油の謎を、福岡県で醤油に携わる方々のお話を頼りに紐解いていきたい。
実は、福岡県はお醤油屋さんの数が日本一なのだそうだ。

 

 

 

©2020 hukuman soysauce

 
「お醤油のことを知りたい」とたどり着いたのは福岡市中央区天神にある『バル福萬醤油ふくまんしょうゆ』というお店だ。『バル福萬醤油』は、九州醤油をメインに全国各地のお醤油を取り揃えており、醤油のテイスティングをすることが出来るバーである。
今回は、福萬醤油の7代目であり “醤油ソムリエ” である大浜大地おおはまだいちさんに、九州醤油について伺った。
 

©2020 hukuman soysauce

 

九州の醤油が甘いのには、いくつか理由があります。
まずは魚です。
九州は豊かな漁場が多く存在し、魚種も豊富で、特に南の方に行くほど魚体も大きく、脂の乗った魚がたくさん獲れます。
漁港に近づくほど醤油は甘くなりますが、それは漁師さんのリクエストを聞いてお醤油屋さんが工夫していったためです。新鮮で脂の乗った魚は、普通の濃口醤油だとはじいてしまい、なかなか味が乗らない。そのため、魚の脂に負けないように甘味・とろみをつけていき、九州の甘い醤油が独自に生まれていきました。
魚を美味しく食べるために進化していった調味料だと言えますね。

 
九州では都市部を離れると、醤油屋から醤油を直接配達するような、いわゆる『サザエさん』の中の三河屋さんのようなシステムが今でも残っているという。醤油屋さんは古くからその土地のお客さんとの結びつきが強く、届け先のお客さんの声を聞いて醤油の味の調合を変える、というように自身の蔵の味を変化させていった。そのシステムが、魚が豊富に獲れる九州の土地柄に合わせて、醤油の味をどんどん甘くしていったのだそうだ。
 

そして、砂糖が比較的手に入りやすい場所だった、というのが二つ目の理由ですね。
醤油生産の最盛期は17世紀になりますが、その時代、長崎の出島ではポルトガルとの貿易が盛んに行われていました。
ポルトガル人は日本に砂糖をもたらし、その代わりに醤油や酒を購入していました。長崎から佐賀・福岡に通じる旧国道3号線は “シュガーロード” と呼ばれており、その街道沿いにはたくさんのお菓子屋さんや醤油屋さん、酒屋さんがあります。街道沿いで作った醤油や酒を、長崎の伊万里焼や波佐見焼などの大きな陶器に入れてポルトガル人に渡していた。その代わりに砂糖を手に入れ、それを使うお菓子屋さんが増えていった、ということですね。
砂糖が入ってくる土地だった、ということに加えて『良いもの同士を組み合わせてさらに良いものを提供しよう』という九州人のおもてなし気質が、当時貴重だった砂糖と醤油を組み合わせて甘い醤油を生み出していった、とも言えます。

 
当時、醤油の価格は酒の価格と同じくらいで、大変貴重な品だったそうだ。
北部九州は外国との貿易の玄関口であり、外国の食文化の入り口でもあった。また、特に福岡は九州各藩からの参勤交代の客を迎え入れる機会も多く、内外共に交流が盛んだった。その歴史から “訪れる人を受け入れ、もてなす” という気質が育まれていった。こういった九州人の気質も、醤油に甘さをもたらしたようだ。
 

それから、砂糖の特徴として “体を冷やす” というものがあります。
九州は暑い土地だからこそ、砂糖をたくさん入れた醤油を使っていました。反対に塩分には体を温める効果があります。そのため、東北地方など寒い地域の醤油は比較的塩からいものが多くなっています。気温に即して甘くなった、というのが三つ目の理由ですね。
他にも、醤油を製造するためには菌による “醸造” を行いますが、その菌の違いも味や香りの違いに一役買っているようです。
“蔵付きの菌” と言われ、各醤油蔵独自の菌が存在するのですが、関西から東と西とで微妙に菌の種類が違う、ということがここ数十年の研究で分かってきています。醤油をつくる麹菌が目に見えるようになったのは日本に顕微鏡が持ち込まれてからなのですが、それ以降、菌に関しては様々な研究がなされています。

 
気候や風土に合わせたお醤油屋さんの工夫、さらには時代背景など様々な理由が折り重なって、九州の醤油は独自に甘く進化していき、世代を超えて受け継がれていった味が今も残っている。
 
“九州の醤油 = 甘い” と、どうしても味の方に着目してしまいがちだが、さらにお話を伺っていくと、醤油という調味料は非常に深い香りを持っているということが分かった。
 

醤油には、300種類以上の香り成分があると言われています。
これはキッコーマンの研究所が発表したもので、実はまだ機械の方が醤油に追い付いていないんですね。『今のところ300種類ほどの香り成分を検出出来るが、醤油にはどうやら300種類以上含まれているようだ』と判明した、というのが現状です。同じ醸造物であるワインが約70種類、日本酒が約30~40種類の香り成分を持っています。
対して、人間の鼻が嗅ぎ分けできるのは約100種類と言われています。それに収まるワインや日本酒の香りは、我々人間にとっては表現しやすいのですが、鼻の許容量を超えた300種類以上の香り成分を持つ醤油は “醤油の良い香り” としか表現できないんですね。

 
たくさんの香り成分が食材の香りと合わさってより複雑に、より豊かになった結果、人は「美味しい」と感じるのだそうだ。屋台のイカ焼きや、焼きトウモロコシの良い匂いが食欲をそそるのは、醤油の持つ香りの力が大きいと言えるだろう。
 

豊かな香りを持つ、というのが醤油の大きな特徴の一つですが、さらに味の面でも他の調味料と違った特徴を持っています。
味には “五原味ごげんみ” と呼ばれるものがあります。 “塩味” “酸味” “甘味” “苦味” “旨味” の五つが五原味で、人はこの五つの味が、綺麗に五角形を描いた調和した状態だと『美味しい』と感じます。
実は、この五原味が整った唯一とも言える調味料が、一般的な濃口醤油なのです。塩は塩味が強く、砂糖は甘味が強い、といったようにそれぞれの調味料は大きく味の偏りがあり、その味の成分が足りない料理に加えることで味の五原味のバランスを整えて、美味しい料理にするという役割があります。ところが、濃口醤油は初めからこの五原味が綺麗に整った状態なので、つけたり、かけたりするのに万能な調味料なのです。

 
近年、「塩分の摂り過ぎは良くない」という健康志向も相まって、 “醤油 = 塩分が多い = あまりかけない方が良い” という印象が定着してしまっているが、どうやら醤油は塩味ばかりが際立った調味料ではないようだ。
さらに醤油には、もう一つ大きな魅力がある。
 

健康・美容に良い、というのも醤油の特徴です。
『減塩のために醤油を減らす』というイメージから、健康に良いというのは意外かもしれませんが、実は醤油はたくさんのアミノ酸を含んだ調味料なんです。
アミノ酸は旨味成分としても知られていますが、体質改善を図ってくれる栄養素でもあります。特に今コロナ渦で免疫を上げる、ということに注目が集まっていると思いますが、醤油や味噌といった発酵食品にはアミノ酸が多く含まれ、日常的に摂取することで免疫力の向上も期待できます。
さらに、女性だと良く耳にするであろう “コラーゲン” や “プラセンタ” も実はアミノ酸を多く含むものなんです。体の内側から吸収できる、健康・美容のための調味料とも言えますね。

 
醤油は豊かな香りや整った味を持ち、さらには健康や美容に良いというたくさんの魅力の詰まった調味料であることが分かった。この香りや味、さらには健康・美容に良いとされる “アミノ酸” は、醤油を作る工程である “醸造” によって主に生み出されるものなのだそうだ。

 

 

 

それでは、この優れた調味料である醤油は、いったいどのようにして作られているのだろうか?
普段キッチンに無造作に置いて日常的に使っている醤油だけれど、その作り方を問われると答えに窮してしまう。
 
次回は、醤油が作られていく工程を探っていくことにしよう。
 
 

©2020 hukuman soysauce

 

【福萬醤油有限会社】
http://www.soywine.jp/

 

□ライターズプロフィール
中川 文香(READING LIFE公認ライター)

鹿児島県出身、福岡県在住。天狼院READING LIFE編集部ライターズ倶楽部に参加。会社員時代に九州各地を出張してまわり、山と海に囲まれ育まれた各地の豊かな食文化に触れる。

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2021-10-11 | Posted in 福岡醤油のあまーいお話。

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