福岡醤油のあまーいお話。

【福岡醤油のあまーいお話。】探索05.守ること、変えていくこと、どちらも大切にする醤油づくり《ゑびす醤油株式会社》


2021/12/13/公開
記事:中川 文香(READING LIFE公認ライター)
 
 
『福岡醤油のあまーいお話。』というタイトルにもある通り、ここまでで九州・福岡の醤油はなぜ甘いのか、また、その製造方法について福岡県内のお醤油屋さんを訪ねて探ってきた。大豆・小麦・塩といくつかの甘味料、という決まった原料で出来ているにも関わらず、それぞれの蔵にはその蔵独自の味わいがある。蔵に住み着いた菌の違いであったり、原料の配合の違いであったり、そういった差が出来上がりの際の微妙な味の違いに結びついていくのだ。
“味” というのは調味料である醤油を選ぶ上でとても大切な要素だ。けれど味の他にも、醤油にはそれぞれの特徴を出す為に重要な要素がある。
 
今回は『ゑびす醤油』の有岡竜則ありおかたつのりさんにお話を伺った。
 

 

ゑびす醤油は明治10年に創業しました。初代が醤油屋さんに丁稚奉公して醤油の製造・販売を学び、そこから独立したのが始まりです。
うちの醤油は「福岡県内でも割と甘めのお醤油だ」と言われます。筑紫野市二日市中央ちくしのしふつかいちちゅうおうに蔵を構えていますが、ここで商売を始めた当初は近くに3軒のお醤油屋さんがありました。その3軒とも甘めの醤油を作られていたので、この付近の方々の嗜好が甘めの醤油だったのだろうと思います。

 
その土地の方々の好みの味に合わせ、甘めの味付けになったのだという。一口に「甘い」と言っても様々な甘さがあるが、ゑびす醤油のお醤油の特徴は「口に入れてから後味まで、均一な甘さを感じる」ところだそうだ。
 

甘さを感じる曲線があるんです。口に入れた瞬間からすぐに甘さを感じるもの、後味が甘いもの、と色々ありますが、それは甘味料の配合や作り方によって変わってきます。うちの醤油は甘さの感じ方に偏りが無く、最初から最後までバランスよく甘さを感じるように作っています。
市場に多く流通しているのは、本醸造という大豆・小麦・塩が主原料の甘味の少ないお醤油で、塩分濃度は16~17%のものが多いです。うちはアミノ酸混合醤油という甘みをつけた醤油を多く作っており、商品の多くは塩分濃度14%程度で、若干塩分を控えめにしています。塩分を抑えることによって、より甘味を感じていただけるように、先代が作り上げた製法を守っています。

 
実は醤油の塩分濃度は海水よりもはるかに高い。海水の塩分濃度は約3.5%と言われていて、一般的な濃口醤油と比べると約5倍ほどの差がある。海水が口に入った経験がある人は多いのではないかと思うが、その時の味と醤油とでそれほどの塩気の差を感じただろうか? むしろ「海水の方がしょっぱく感じる」という方もいるかもしれない。醤油には旨味成分や糖分など様々な味の成分が含まれており、そのことによって海水のように極端な塩気を感じないようになっているのだ。ゑびす醤油では、さらに塩分濃度を抑えることによって塩カドを感じさせない醤油を作るようにしているそうだ。
 

 

他に製造する上で気を付けていることとして、火入れひいれにかける時間があります。製品として流通させるため、醤油に熱を加えて微生物の活動を止め、それ以上の発酵を抑える “火入れ” という作業があります。この火入れの際に温度を急激に上げるのではなく「長い時間をかけてゆっくり温度を上げなさい」という先代からの教えがあり、それがうちの特徴かなと思っています。お醤油屋さんによって色々ご意見は分かれますが、うちでは「急激に温度を上げ下げすると塩カドがたつ」というのを昔から伝えられていて、一定のまろやかな甘みを持つ醤油を作るために大切なこととして今でもじっくりと時間をかけて火入れしています。

 
“しょっぱさ” を前面に出さないようにするため、このような様々な工夫がなされている。味を守ることももちろん大切だが、その他にも醤油にとって大切な要素がある。”色” と “香り” だ。
 

醤油の色は黒だと思われがちですが、実は赤褐色をしています。九州ではどちらかというと「醤油は黒い方が良い」というような認識が強く、黒みの強い醤油が好まれる傾向がありますね。醤油の良し悪しについては色・香り・味のそれぞれの要素が絡み合って個人の嗜好が分かれますが、色に関して言うとうちのお客様は黒みの強いお醤油を好まれる方が多いので、カラメル色素であえて色付けしています。お客様にとって、醤油の味というのは目から入ってくる情報も重要な要素であり、見た目によっても味のイメージが変わるのだと思います。
香りについては、醤油本来の香りを損なうことが無いように、他の臭いが醤油に着かないように細心の注意を払っています。そのため、製造工程が終わるたびにタンクや機械、道具など全てを毎回消毒し、醤油に雑菌がつかないようにしています。醤油の麹菌こうじきんの天敵である納豆菌などが付着してしまうとそれこそ台無しで、昔から「醤油屋は納豆を食べてはならない」という言い伝えもあるくらいです。食材の美味しさを引き立てる醤油にとって、口に入れた時の鼻に抜ける香りというのはお客様の食体験において大きな要素だと考えているので、そのための労力は惜しみたくないんです。

 
そうやって作られたお醤油の中でもロングセラーは “吟上ぎんじょう” というお醤油だそうだ。刺身醤油を除けば、ゑびす醤油さんの商品の中で一番甘いお醤油らしい。
 

 

“吟上” は甘味も旨味も強いお醤油で、肉に合う醤油だと思います。是非試して欲しいのが、焼き肉のタレとして使うことです。おろし大根に吟上をさっとかけて、焼いたお肉で包んで食べる。市販されているような焼き肉のタレと比べるとさっぱり感が強いですが、吟上は牛肉の旨味にも負けない醤油です。
また、吟上とあわせて “筑紫” “かんぜ” というのがうちのメインの濃口醤油としてあるのですが “筑紫” は魚に合う醤油だとおすすめしています。やはり肉と比べると魚の方があっさりしていると思いますが、吟上と比較すると旨味が控えめなので魚に合います。
醤油の味の説明で「甘い」というのはよく聞かれると思いますが「こんな食材に合いますよ」「こんな料理にいいですよ」と伝えた方が、お客様はイメージがしやすいのではないかと思うんです。例えば、本醸造の醤油は甘味の面では控えめですが、鍋肌にたらしたときにバッと香りが立つ。そういうことってお客様は中々知る機会が無いのではないかと気付いて。なので、商品と使い方を併せてお勧めするよう心がけています。今後はそういった提案をもっとしていきたいと思っています。

 
“お醤油屋さん” なのだからお醤油を製造するのはもちろんのことながら、商品の届け方についても試行錯誤を重ねてきたそうだ。
 

私が継いだ当初の売り上げの多くは個人様への宅配だったのですが、今はOEMが年々伸びてきています。他企業様と組み、その企業様のブランドとして売り出す商品の開発・製造をうちが行うというものです。例えば、お肉屋さんが水炊きやすき焼きのセットを作って販売するとなった時に、そのセット専用のポン酢やすき焼きのタレがあることでよりその企業様 “らしさ” が出せる。うちは、そのポン酢やタレを作ることによって、そのお肉セットを通して新しいお客様にゑびす醤油の味をお届けできる。 “様々な商品を開発して、よりたくさんのお客様にお届けする”ということを大切に考えた結果、今はOEM商品に力を入れています。

 

 
製造方法は先代から引き継がれたものを守りつつ、“お客様への届け方”という部分で、販売場所に合わせて商品サイズを細かく分けたり、海外へ向けた商品の売り込みを行ったり、様々なトライ&エラーを繰り返してきたそうだ。
 

特に地方では高齢化・人口減少が進んでいますし、今あるものを守るだけでは失う速度の方が早くなるでしょう。何か工夫をしないといけない。そんな中で、福岡の醤油の甘さというのは武器だと思うんです。原料はそこまで変わらないはずなのに、蔵ごとに甘さや香りが違う。九州・福岡の甘口醤油だからこそ、その違いを料理の違いに活かしていけるはずなんです。醤油は味の決め手になりやすいですしね。日常的に使用する “日用品” である醤油を、 “嗜好品” に変えていきたいんです。そういう意味も込めて、料理に合わせた商品の提案を今後はもっとしていきたいと考えています。「今日はこの気分」「この料理にはこれ」と言ったように、甘さや香り別で自分の好みの醤油を何種類か揃えて使い分けてみる、家に色んな醤油がある生活って楽しいと思いますよ?
醤油屋さんにどこか敷居の高さを感じられる方が多いみたいで。でも全然そんなこと無いですし、店頭で販売されているところも多いので、街でお醤油屋さんを見つけたら是非覗いて、色々聞いてみて欲しいですね。もちろん、お醤油作りに関しては皆さんプライドを持っていると思います。でも、私もそうですけど普通のおじさんなので(笑) そんなに構えなくて大丈夫です。

 

 
“邸 = 我が家” をイメージし、「いつでも遊びにおいで」という意味を込めて自社WEBサイトを『ゑびす邸』と名付けた、という有岡さんらしいお言葉だった。
先代からの製法を受け継いで作る商品を守りつつ、他社と協力した新商品の開発に積極的に取り組み、お客様への新しい届け方を探る。守るべき部分と攻めるべき部分、その両方のバランスが上手く保てるポイントがどこかにあるはずだ。そこを探すことこそが、今の時代を生き抜いていく上で重要なことなのかもしれない。
 

 

 

 

これまで福岡県内のお醤油屋さんを訪ねてきて様々なお話を伺い、お醤油についても詳しくなってきた。……そう思ったはずなのに、次の取材先に伺うとまた新しいお話がどんどん出てくる。お醤油について知らないことがまだまだたくさんある。聞けば聞くほどその面白さにはまってしまう。
“お醤油の香りの成分が全部で何種類あるのかはまだ解明されていない” 、というところからも分かるように、謎に包まれた部分があるからこそ、その魅力に惹かれてしまうのだろうか。

【ゑびす醤油株式会社】
http://ebisu-syouyu.co.jp

□ライターズプロフィール
中川 文香(READING LIFE公認ライター)

鹿児島県出身、福岡県在住。天狼院READING LIFE編集部ライターズ倶楽部に参加。会社員時代に九州各地を出張してまわり、山と海に囲まれ育まれた各地の豊かな食文化に触れる。

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2021-12-08 | Posted in 福岡醤油のあまーいお話。

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