タイムスリップ(READING LIFE)

もう一度、父の声が聴きたい《週刊READING LIFE タイムスリップ》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

2023/8/21/公開
記事:丸山ゆり(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
「パチパチパチ……」
 
軽快にパソコンのキーボードを打つ人がそこに映っていた。
つんくさん。
かつて、シャ乱Qというバンドで一世を風靡したミュージシャン。
さらには、モーニング娘などのプロデューサーとしても活躍された方。
何年か前にガンを患い、声を失われた。
だから、パソコンで会話をする姿がテレビに映っていた。
喉にはスカーフが巻かれている。
そう、喉が開いた状態になっているからだ。
私の父と同じ病気なので、よくわかる。
 
私が高校2年生の時、父も同じガンを患った。
喉頭ガン。
原因は、喫煙と聞いているが、父はかつてヘビースモーカーだった。
父が発病した当時、思春期ということもあって、私と父との間には心の距離があった。
同じ駅に向かうにも、父と同じ道順で行きたくなく、わざと違う道を通っていったり、父のモノと一緒に洗濯されるのを嫌い、自分で洗ったり。
 
あの当時は高校生活が忙しかったのもあって、父とあまり話すこともなく、父の病気のことを母から聞かされても、正直ピンとこなかった。
母が受けたショックと、私が感じた父の病気への思いとの間には、ずいぶんと差があったように思う。
手術を終え、長い期間入院をする父のために、母は毎日、病院に通っていた。
そんな母を横目にしながらも、私はお見舞いに行くこともなかった。
ところが、とうとう、私の進路について相談しなくてはいけない日が来て、病室の父を訪ねることとなった。
幼い頃から、怖くて、大きかった父が、病気や治療のためにやせ細っていたことに驚いた。
 
何よりも、父はもう会話が出来ないので、筆談をベッドの上で初めてやった。
ベッドのお布団の上という不安定なところで、小さなメモ帳に書かれた文字を通して、父の思いを受け取る時間だった。
「ゆりちゃん、お父さんはこんな病気になって先のことはわかりません。だから、大学は短大に行って欲しい。そして、一般の会社に就職してください」
 
私にはずっと憧れていた大学があって、学びたい学科があった。
それに向かって勉強もしてきたのだが、父が書いたか細い文字を見ていると、それに抗うことは出来なかった。
その、どれもが切なくて、いつもは気に入らないと反抗心を表す私だったが、そんなことは一瞬で消えていってしまい、素直に父の言うことを受け入れることになった。
 
昭和38年の夏、私は両親の元に長女として生まれた。
3学年上に兄がいて、女の子は初めてだったにもかかわらず、あまりにも兄がかわいかったので、注目はもっぱら兄の方だったと聞いている。
その4年後に生まれた妹は、兄に似てとてもかわいく、兄と妹は祖父母や周りの親せきからもとても可愛がられていた。
 
父は昭和一桁生まれの人間で、気が短くてすぐに大声を出す人だった。
父は長男で、祖父母とともに7人での生活だった。
当時、母が嫁姑の問題があっても、父が母をかばうことはなく、母はいつも不満をこぼしていた。
そんな大人たちの関係に気を遣いながらの幼少期だった。
兄妹間でも、兄と妹は性格や食べ物の嗜好、外見が似ていて、母と相性が良かったようだ。
それに比べて、私は神経質で食べ物の好き嫌いも多く、母とは真逆の性格でもあったので、母はいつも「育てにくい」とこぼしていた。
 
そんな私は、今から思い返すと、父にそっくりだった。
周りには迷惑かもしれないくらい、神経質で、きれい好きなところも。
私たち兄妹が中学生になるくらいまで、わが家の車はずっと2ドアタイプだった。
父が、子どもが勝手にドアを開けたら危ないから、という理由からだと言っていたのを覚えている。
それくらい、慎重な性格でもあった。
 
声が大きくて、怖い父だったが、それでも子どもたちのことをよく見てくれて、思っていることは子どもながらに感じていた。
どちらかと言うと、大雑把な母からは生活習慣などのしつけを受けた記憶はなく、歯磨きのしかたや洋服の着方など、多分、父が教えてくれたように思う。
そんな父との関係も、私が成長するに従い言葉を交わすことも減ってゆき、さらには両親の不仲の問題について、一方的に母からの思いしか聞かされないことからも、徐々に父を敬遠するようになっていった。
 
そんな頃、父の病気、初めてのガンを体験した。
あんなに仲が悪かった両親だったが、祖父母が亡くなり、歳をさらに重ねたこともあって、穏やかな関係へと変化していっていた時期だった。
初めての大病で、父も心細かったのだろう、母には毎日病院へ来て欲しいと言っていたようだ。そんな母のことを知りながら、なかなか父のお見舞いに行かない私がいた。
手術後、声帯を失うことは聞かされてはいたものの、本当に声を出せなくなった父を前にして、私はますます、どのように父と接していいのかわからなくなった。
いつ、大声を出されるかビクビクしていた幼少期だったが、いざ父の声がもう聞けないのかと思うと、そんな時代のことも少し懐かしく思えるようなそんな気分だった。
やがて父は退院し、筆談と、腹式呼吸の発声法をトレーニングして、日常のちょっとした会話は出来るようになっていった。
 
その後、父は何度かのガンを患い、それでも早期発見、手術、治療を乗り越えて、67歳まで頑張って生きてくれた。
最後に父がガンになった時、生まれたばかりの娘がいた私には出来ることが何もなく、ただ娘を連れて何度も病院に父を見舞った。
抱っこヒモをほどいて、父のベッドに娘を寝かすと、無邪気に笑う姿に父は目を細めていた。
そして、その時、父はメモ帳を取り出して私にあることを伝えた。
 
「お父さんは、この子がうらやましい。お父さんも今の時代に生まれたかった」
 
昭和4年生まれの父は、戦前、戦中、戦後が成長期だった。
食べたいモノが食べられず、自分の進路を希望通りに叶えることも出来なかったのだ。
長男ということで、自動的に両親と暮らし、そこで家庭を持つことで父には父なりの苦労や思いがきっとあったのだろう。
いつも、母からの一方的な文句を聞かされていたが、父の言い分は一度も聞いたことはなかった。
さらには、サラリーマンとして勤め上げた父の苦労を、私も社会人になってやっと知ることとなった。
私も成長するにつれて、父への理解が少しずつ増えていった様に思う。
 
そんな父はとても食通で、私たち兄妹はモノを買い与えられることは少なかったが、美味しいモノはどこへでも食べに連れて行ってくれた。
父の一番好きなことは、美味しいモノと美味しいお酒を飲むことだった。
そんな父の思いを私は父の晩年に初めて聞くこととなった。
 
幼い頃は、声が大きくて怖くて、それだけで距離を置いていた父。
思春期には、なんとなく父親を毛嫌いするようになっていた。
そうしているうちに、父は声を失い、さらに意思の疎通をすることが難しくなってしまっていた。
私が高校2年生の時、父は声を失ったので、もう私には父の声の記憶が薄れてしまっている。
とても低くて重みのある声だったのと、お酒を飲むと口ずさむ歌が上手だったことは覚えているのだが。
 
もしも、タイムスリップが出来るのならば、私は父が話すことが出来る時代に一度でもいいから戻りたい。
大きな声で怒鳴られてもいい、反抗して言い合いになってもいい、もう一度父と話がしたい。
あの時とは違って、今ならば私はもっと素直に自分の気持ちが伝えらえるだろう。
父も、少し弱いところを私にも見せてくれるかもしれない。
だって、やっぱり父と私はよく似ていると思うから。
そんな心の交流をもう一度やってみたいと思う。
そして、美味しいモノと美味しいお酒を一緒に楽しんでみたい。
ねえ、お父さん。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
丸山ゆり(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

関西初のやましたひでこ<公認>断捨離トレーナー。
カルチャーセンター10か所以上、延べ100回以上断捨離講座で講師を務める。
地元の公共団体での断捨離講座、国内外の企業の研修でセミナーを行う。
1963年兵庫県西宮市生まれ。短大卒業後、商社に勤務した後、結婚。ごく普通の主婦として家事に専念している時に、断捨離に出会う。自分とモノとの今の関係性を問う発想に感銘を受けて、断捨離を通して、身近な人から笑顔にしていくことを開始。片づけの苦手な人を片づけ好きにさせるレッスンに定評あり。部屋を片づけるだけでなく、心地よく暮らせて、機能的な収納術を提案している。モットーは、断捨離で「エレガントな女性に」。
2013年1月断捨離提唱者やましたひでこより第1期公認トレーナーと認定される。
整理・収納アドバイザー1級。

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