タイムスリップ(READING LIFE)

「コンビニも車もない島」に1人の若者がやってきた理由《週刊READING LIFE 「タイムスリップ」》


記事:すずきのりこ(READING LIFE 編集部公認ライター)

コンビニも車もない、琵琶湖に浮かぶ島



 
そんな場所があることを、ご存知でしょうか?
 
その島の名は、沖島
日本で唯一の、淡水に浮かぶ有人島で、人口は約240人、主要産業は漁業という静かな島です。島への移動手段は船で、近江八幡市にある掘切港から約10分。所在地は、滋賀県近江八幡市。
琵琶湖の上にあるけれど、平成25年に制定された離島振興法により「離島」に指定された、れっきとした「離島」なのです。
 


 
沖島には車がないので、島民の主な移動手段は、徒歩か三輪自転車。車の騒音も信号も、ネオンの明かりもない、まるでタイムスリップしたかのようなノスタルジックな島なのです。
 
のどかな島である沖島も、少子高齢化、人口の減少は深刻な問題です。島内の小学校に通う生徒のうち、沖島に住んでいる小学生は2名。他の子ども達は、なんと、島外から通学しているという状況なんです。そして、島に住む高齢者の割合は軽く5割を超えるという、超高齢化社会でもあります。更に、主要産業である漁業の衰退もあり、多いときは、800人を超えていた人口も、今は約240名と、右肩下がりに減少しています。
 
そんな中、「1人の若者が沖島にやってきた」との話を聞きました
塚本千翔くん(27)
彼は、2019年の4月より、沖島にて「沖島民泊  湖心koko」を始め、普段は「本土」である近江八幡市に住み、民泊の予約や行事ごとのお手伝いがある時に沖島へ渡る、2拠点生活を送っているとのこと。
 
沖島出身でない彼は、何故、沖島に来たのでしょうか?
 
とても気になったので、沖島まで行ってしまいました。
そして、塚本千翔くんと、民泊に関わっていらっしゃる、沖島町離島振興推進協議会の富田さんに、沖島でお話を聞いてきましたよ。
 
まずは、塚本くんが沖島にきた理由から教えてください。
 
 

きっかけは、多拠点暮らしへの憧れから



 
塚本:実は、「沖島で何かしよう!」って意気込んで来た、というわけではないんですよ。
 
――― え!? そうなんですか?
 
塚本:はい、沖島で民泊を始めるって、想像もしていなかったです。僕は元々「個人で、人に喜んでもらえる事業をしたい」と思っていたんです。大学卒業後に、地元の滋賀県の企業で働いていた時にそう思って。それで、色々と経験しようと、「自分のやりたいこと」と「住みたい場所」の2つの軸を持って、動いていたんですね。「やりたいこと」の軸として、シェアハウスやゲストハウスで働いたり、色々なイベントに参加したり、ダイビングの免許を取ったりして、「住みたい場所」の軸で東京や石垣島に行ったりしていました。
 
――― すごい行動力ですね。そして、「青春」て感じですね~!
 
塚本:そうですかね(笑)滋賀にいるときも滋賀のことは好きだったんですが、他の場所から滋賀をみて、改めて「いい場所だな」って思ったんです。「お世話になった滋賀県への恩返しがしたい」と思いはじめたので、とりあえず帰ることにしたんです。滋賀に帰る直前に、(一社)滋賀人の深尾さんという、東京と滋賀の2拠点で活動している方に出会って「帰ったら連絡ちょうだいね」って、言われたんですけど、僕が滋賀に帰ったその日に連絡もらって「会おう」ってなって。
 
――― 早っ!
 
塚本:えぇ、めちゃめちゃ行動が早い人なんです。それで、色々話して「ちょっと合いそうな人がいるから」って、紹介されたのが、沖島の方だったんです。僕は多拠点暮らしにも関心があったので、近江八幡と、沖島の2つの拠点を持って生活するのもいいなぁって思って、話を聞いてみたんです。そうしたら、沖島は少子高齢化や人口減少という問題や、主要産業である漁業の衰退という深刻な問題を抱えていることが分かって。
 
 

沖島に貢献出来たら嬉しい



 
――― なるほど。のんびりした島の雰囲気と違って、少子高齢化、人口減少など深刻な問題を、沖島も抱えていたんですね。
その頃、沖島の内部でも、何か動きがあったのでしょうか?
 
富田:そうですね。離島振興法というのがあり、平成25年に沖島も「離島」として認められたんですね。それで、沖島町離島振興推進協議会(以下、協議会)というのが立ち上がって、市や県やアドバイザーの協力を頂いて、活動を始めたんです。
 
――― 具体的な活動というのは、ありますか?
 
富田:最初は3本柱で事業を開始しました。会員さんに沖島のよさをSNSで発信したり、紹介する沖島ファンクラブ「もんて」。遊覧船で沖島の周りを40分かけて遊覧する「もんてクルーズ」。琵琶湖で獲れた魚や、島の畑で取れた野菜を使ってお弁当を作る「沖島めし」。この3つです。他にも「もんてくーる」という、沖島の特産品を詰めた宅急便や、滞在型ボランティアの大学生と沖島をつないで、お祭りに来てもらったりと、色々やったりしていました。行政の方に怒られたりしながら(笑)、事業をこなして、軌道に乗せて、事業を独立させていきました。ちなみに「もんて」とは、沖島の言葉で「もどってくる」という意味で、みんなが沖島に「もんて」来ますようにとの願いをこめています。そうして活動を始めて、5、6年たった頃ですね。塚本くんが来てくれたのは。
 

 
――― なるほど。島の中でも「離島」として、少子高齢化などの深刻な問題を解消し、沖島が沖島らしく存続し続けるために、協議会が出来たり事業を始めたりと、色々と動きがあったんですね。そして、塚本くんがあらわれる、と。
 
塚本:活動されている方々は、協議会としての活動を、仕事や家庭の用事の合間にこなされていて、実際に通ってその姿を見ていると、本当に忙しそうでした。協議会さんの方から、沖島での活動を「手伝ってくれたら嬉しい」と言っていただけたので「僕も沖島で何か少しでも貢献出来たら嬉しいな」と思い、様々なイベントや行事ごとに参加し、試行錯誤した結果辿り着いたのが「民泊」だったんです。
 
――― 協議会の皆さんの思いや、活動に共感して、塚本くんは沖島に関わろうと思ったんですね。塚本くんは、ゲストハウスやシェアハウスでも働いていたんですよね?
 
塚本:えぇ、そうです。なので、沖島で民泊をやることに興味はあったし「やりたいな!」って思いました。でも同時に「観光客は沖島に来るのかな?」とか「泊まる人っているのかな?」っていう疑問もあって。
 
 

「1人でも泊まれる宿が欲しい」という声



 
――― なるほど。そうですよね。漁業が主要産業の島ですし、観光の人って来るのかな?って思いますよね。
 
塚本:でも、自分で沖島を巡ってみたら、観光客の方も予想以上に多かったんです。祭りやイベントの時は特に多いですね。それに、滞在型ボランティアの方など、沖島に関わっている島外の人も多いという現状が見えてきて。沖島を訪れる人にヒアリングをさせてもらったら、「一人でも泊まれる宿が欲しい」っていう意見が多く聞こえたんです。沖島には湖上荘さんという宿泊できる場所があるんですが、人数が4名以上っていう規定があったので「1人でも泊まれる施設があったら、泊まりたい」と。それじゃあ、需要がありそうだから、民泊をしてみようってなったんです。沖島と僕をつないでくれた深尾さんにも、メンタリングなどで民泊立ち上げのお手伝いをしてもらって、協議会さんの事業委託という形で、僕が管理者になって、「沖島民泊  湖心koko」が始まったんです。
 

 
――― 実際に民泊をやってみてどうでした? お客さんの入り具合はどうですか?
 
塚本:4月、5月は、40名程度宿泊がありましたね。6月の梅雨時期は、お客さんの足が遠のいたのですが、7月、8月とまた予約を頂いております。沖島にあるカフェ「汀の精(うみのせい)」さんが、一泊のイベントをしてくれる時に利用してくださったり、大学のフィールドワークで訪れてくれる人も多いですね。
 
――― すごい! 順調ですね!!
 
塚本:そうですね。ありがいことに、順調にご利用頂いてもらっていますね。夏場が観光シーズンなので、冬はどうしようかなという課題も抱えているのですが、僕はここで宿泊客を増やして、お金を沢山稼いでっていうのは考えていないんです。採算が取れて回っていければいいなって思っているぐらいで。あとよく聞く意見が「誰に聞いたらいいのか、分からない」だったんですね。
 

 
――― 確かに、パンフレットなども重要ですが、「観光案内所」みたいな所で、色々相談できると便利ですよね。リアルな島の情報も聞けますし、やはり「誰かに聞く」というのは安心出来ますよね。
 
塚本:なので「沖島民泊  湖心koko」では、観光案内もしたいなと思っています。2階は宿泊スペースで、1階がフリースペースになっているので、僕が常駐している時に、1階は休憩スペースに開放したり、観光案内に開放したりしています。「また沖島に来たいなー」と思ってもらったり、沖島に関心を持って帰ってもらえる場所になったらいいなと思っています。島外の人じゃなくても、沖島の人にもふらっと立ち寄ってもらって、色々な人がゆるく交流できる場にもなったら嬉しいですね
 
――― なるほど。順調に進んでいるように思えますが、今後の展望や、やりたいことってありますか?
 
 

沖島のサポーターを増やしたい



 
塚本:いや、まだまだ、至らないところも多いですし、迷いながら運営しているところはもちろん、ありますよ。今後やりたいこととしては、2つあります。1つは、もっと島の人に自分のことを知ってもらうことです。僕が沖島に顔を出すようになって1年が経つのですが、学生やと思われていたり、「何しているのか分からん」って思っている島民の方も多いんです。少しずつでよいので、自分のことを沖島の人にも知ってもらって、関わりをもてるようになりたいですし、自分に出来ることがあったら力になりたいと思っています。
 
――― 2つ目は?
 
塚本:2つ目は、沖島のサポーターを増やすことです。沖島が好きで、沖島にもっと関わりたいって人が、もっといると思うんです。そういう人たちに、例えばお祭りとか、イベントの準備など、自分も楽しみながら関われる機会を増やしたいなと。あと、自分と同じように、他で拠点をもちながら、沖島に関わってくれる人が出来ると嬉しいなぁって思います。僕と同じように「沖島のために、どれだけ時間を使ってもいいよ!」って思える人と一緒に、やっていけたらなと思うんです。
 
――― なるほど。沖島を好きになってもらう。島の魅力を知ってもらう。そのためには、まず「沖島民泊  湖心koko」に来てもらわないと、ですね。島外から来ている塚本くんが、ここまで沖島に関わったきっかけは、沖島の人たちに共感したからだと思うのですが、継続されている理由は、「沖島が好き」という気持ちにつきますか?
 

 
塚本:そうです。もうね、人が暖かいんですよ。すごく。声をかけてくれたり、野菜を沢山持ってきてくれたり、とにかく気持ちが嬉しいんです。沖島の方々にはお世話になっているから、自分が出来ることは返したいし、出来ることはしたいってすごく思います。僕は、お金に対する執着って特になんですよ。安定した職に就きたいという思いもないですし、むしろ「先のことは分からないほうが楽しい!」と思ってしまう
でも、物や思いが巡っていくっていうのは、すごくいいなと思うんです。「沖島民泊 湖心koko」では、そういうのも伝えていきたいと思っています。
沖島の○○さんの野菜なんだよと伝えたり、沖島で採れる魚で干物を作るワークショップをしたり。沖島ならではのよさや、漁業の大切さや大変さ、お金を出すだけではない価値というのも、伝えて行きたいですね。
 
――― いやー、めちゃくちゃ沖島愛に溢れていますね!
 
塚本:でも、僕1人の力では決して出来なかったですね。協議会さんがいなかったら民泊はできなかった。実際、協議会さんが出来てから、沖島は変わってきたんですよね? 観光客や島外の人の受け入れ方も、変わってきたと聞いています。
 
 

これからも、人との出会いやきっかけを大切に



 
富田:そうですね。「私らが頑張ってくれるからや」って、島民の人には、よく言ってもらいますね。でも、私達はなんとなく関わって、ずるずるやっているだけで……(笑)沖島を観光地にしたい、したくないっていうのは、島民の間でも、意見はそれぞれ分かれています。観光客が沢山来てくれることが、沖島にとっていいことになるのかどうかも、分からない部分もあります。でも、やっぱり何か動いていたら、出会いがあって、つながって、更にちょっとずつ進んでいきますよね。塚本くんみたいな子も来てくれたし! そういう出会いを大切にしながら、これからも進んでいけたらなと思っています。
 
――― ありがとうございます。最後になりますが、富田さんや、協議会さんの今後の展望などを聞かせてもらえますか?
 
富田:推進協議会の事業としては、島のお年寄りに聞き取り調査をして、島の生活や色々を書き残した本の第二弾を作りたいですね。個人的な活動としては、古民家を改装してコミュニティカフェを始めたいです。「沖島民泊  湖心koko」は、物が販売できないので、島内でものづくりをしている人の作品を、マルシェという形で販売出来たらなぁって、思っています。そうそう、今度は、沖島でダイビング体験企画をしようと思って。さっき、お試しの企画をフェイスブックに載せたんですよ。
 
――― 沖島でダイビングも出来るんですか!? めっちゃ面白そうじゃないですか!
 
富田:せやろ~!? 沖島出身のインストラクターの子がいるから、声かけてみたんです。沖島でもできるらしいですよ!
 
――― どんどん、やりたいことや企画が出てきますね。豊かな自然、暖かい人柄、人と人をつなぐ力、そこから沸いてくるエネルギー。沖島が人を惹きつける魅力を垣間見た気がします。塚本くん、富田さん、本日はありがございました。
 

 
車もコンビにもない、まるでタイムスリップしたかのようなノスタルジックな場所、沖島。
その穏やかな風景とは裏腹に、少子高齢化など深刻な問題も抱えている沖島。
 
今回、沖島出身ではない塚本くんが来たのは何故だろう? と思い、話を聞きに訪れました。
 
そこには、今後も沖島が沖島らしく存続していくために、活動される島内のみなさんの姿があり、そこに共感して沖島で活動を始めた塚本くんの姿がありました
そして、塚本くんが「沖島のために貢献したい」と思うのは、「沖島が好きだから」「沖島の方々にお世話になっているから、自分も出来ることは返したい」との思いからだそう。
本当に、沖島への思いが半端なかったです。
 
「そんなに沖島って素敵なんや~!」と思った方も、「沖島って始めて知った!」という方も、ぜひ沖島を訪れてみてください。
「沖島民泊  湖心koko」にて、塚本くんがお出迎えしてくれますよ!
 
 
 
 

今回話を伺った方
塚本千翔(つかもと ちしょう)くん。
1992年生まれ。滋賀県生まれ。大学卒業後、滋賀で就職したのち、東京や石垣島などに住みながら、シェアハウス、ゲストハウス、パイナップル農園などで働く。
2019年より、沖島にて「沖島民泊  湖心koko」の管理者を始める。現在は、近江八幡と沖島の2拠点生活を送る。
 
富田雅美さん
近江八幡市出身。沖島町離島促進推進協議会のメンバー。沖島でのデイサービスのスタッフ、診療所スタッフをしながら、沖島のために動く日々。2児の母。夫は漁師。

◻︎ライタープロフィール
すずき のりこ(READING LIFE編集部公認ライター)

1984年生まれ。2010年に結婚を機に滋賀へ移住。仕事を通してまちづくりや、市民活動に熱い人に出会い、地域や滋賀の良さに目覚める。
滋賀県のよさについて熱く話しすぎて「……観光大使?」と友達にドン引きされた経験アリ。
好きな食べ物は、ふな寿司と近江牛と彦根梨。
写真協力:塚本千翔くん

http://tenro-in.com/zemi/97290

 


2019-09-02 | Posted in タイムスリップ(READING LIFE)

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