人間はワインと同じだ 《あなたの上手な酔わせ方~TOKYO ALCOHOL COLLECTION~》
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記事:松尾英理子(READING LIFE 公認ライター)
「人間はワインと同じだ」
あまりに唐突かもしれないですが、最近、この言葉を実感できる機会が多いのです。
ワインは、原料となるブドウが育つ畑、つまりその土地のよしあしで、品質が決まると言われています。フランス語で「テロワール」という言葉があります。地形や土壌、気候など、ブドウが育つ風土や環境のことを指すのですが、この「テロワール」が、ブドウの品質を左右し、結果、そのブドウから造られたワインの品質を決めるといっても過言ではありません。
気温や降水量など、気候条件が農作物の出来に大きな影響を与えるのはもちろんですが、同じ気候条件でも、場所が違えばブドウの出来も違ってきます。それは、畑の土壌が違うから。つまり、一番大事なのは「土地」そのものなのです。だから、ワインのラベルには、ブドウが育った土地の名前が必ず表示されています。
また、フランスやイタリアをはじめ、ワインをつくるヨーロッパの多くの国が、地域別にワインを格付けしていますが、格付けは、ワインそのものではなく、その地区や畑で収穫されたブドウに対してなされています。
一つ例を出して説明してみますね。世界的に一番有名なワイン産地はどこでしょう? と聞かれたら、やっぱりフランスのボルドー地方をあげる人が多いかもしれません。小説『失楽園』のワンシーンに登場して有名になったシャトーマルゴーをはじめ、ボルドーでは、主に「シャトー」と呼ばれる生産者たちがワインをつくっています。シャトーは、必ず自分たちのブドウ畑を持ち、そのブドウからワインを醸造する醸造所や工場を持ち、自分たちの住居やお客様を招き入れる館を持っています。
この3つが揃って初めて、シャトーと名乗ることができるのです。
ボルドー地方の中でも、最も多く高級ワインを生み出しているのがメドック地区。ボルドー地方には7000以上のシャトーがあるのですが、そのうちメドック地区のシャトーは約1500軒。その中で、特級に格付けされているシャトーはわずか61のみという狭き門。61シャトー以外のシャトーは、準特級とそれ以外に区分されています。
ちなみに、この61シャトーが特級として格付されたのは、1855年。今から160年以上も前のことなんです。1855年にパリで万博が行われることが決まり、当時の皇帝ナポレオン3世は、世界中から集まってくる外国客に向け、フランスワインの品質の高さをアピールしようと考えました。
ボルドーは、その頃からフランスの象徴的存在で、名声の高いワインが多かったのですが、より注目度を上げたいと考えた皇帝は、格付けをして展示すれば、更なる名声を得られるに違いない。そう確信して格付けをしたわけです。そうして、61のシャトーは1級から5級まで5段階に振り分けられましたが、そのうち1級はわずか5つのみでした。
それから160年以上もたち、当然、技術革新も相当進んでいるし、造り手の世代だって変わっているはずなのに、格付けは変わらず当時のままなのは、人や技術以上に、ブドウを生み出す「土地」そのものが、ワインの品質を決める、とされているからです。
それでは、ワイン用のブドウにとって、どんな土地が一番よいのかと言うと、100年以上いろいろな大学で研究されているにも関わらず、明確な答えは出ていません。ワインに含まれる成分が、ブドウの成分、さらには土壌の成分とどう関係しているのか。まだまだ解明されていないことが多いのです。
ただ、ワインに使われるブドウは、他の作物とは違う土を好むことだけは科学的にわかっています。一般的に、農作物を育てるには、肥沃な土壌がいいとされていますが、ワイン用ブドウは、他の果物であれば、こんなところじゃ育たないよ、と思えるほど条件の悪い、いわゆる「やせた土壌」が大好きです。
ワイン用のブドウは、他の農作物と同様、土の中のミネラル分や窒素分を蓄えて育ちますが、それら養分を他の果物を育てる時と同じくらい与えてしまうと、栄養過多になり、いいブドウが育たなくなってしまいます。また、そのまま食べる生食用の果物と違い、水分や糖分が多すぎることは、ワインの原料としてはマイナスに働いてしまうことが多いようです。
水分や糖分はほどほどに、通常の生食用の果物ならなるべく減らしたほうがよい渋味や酸味も適度に残したい。そのためには、与える栄養分や水分をできるだけ抑えて育てる必要が出てきます。他の作物以上に、その土地の「土」そのものに影響を受けやすいのは、こんな理由からきているのでしょう。
養分をあげすぎて過保護に育てるのではなく、できるだけ厳しい条件を保ち、自分の力で栄養分を最大限取り込むことを促してあげると、ぶどうの木は強くなり、どんどんいいぶどうを実らせるようになります。これ、私達人間も同じですよね。厳しい条件や思うようにいかない時の方が、何とか踏ん張って努力しないといけないことが多いもの。結果的にはその方が、あとあと成長を実感できることが多かったりしますよね。
フランスなど海外だけではなく、日本にも素晴らしいワインを造り続けている産地がたくさんあります。最近、それら産地で作られた「日本ワイン」の人気が高まっています。いいブドウ、いいワインを造ることに情熱を傾けてきた日本の造り手にとっては、とてもうれしいニュースです。
先日、ワイン用ブドウと生食用ブドウ、両方を長年育て続けている山形の農家、木村さんから聞いたお話が印象的でした。
「ワイン用ブドウはね。甘くて美味しいブドウが収穫できた! と自分で食べて自信が持てたとしても、ワインにした時には酸味が足りなくて、中途半端な味わいになったりするんだ。生食用のブドウなら、自分が食べて美味しいと思うものをつくればいいけれど、ワイン用のブドウはそうはいかないんだよ」
「10年間、毎日手をかけてがんばっても、収穫は年に1回。つまり10回しか勝負できない。だからいろいろな人の話を聞いて、毎日、毎年少しずつ工夫する。すると、ブドウがどんどん変わってくる。結果、ワインもどんどん美味しくなってくる。大変だけど、難しいけど、変化を実感できるから面白いと感じてしまうし、毎年少しずつでも前進している気がするから、もっとよくしてやろうと思える。だから、やめられないんだよね」
木村さんの話を聞いていたら、なんだか、人間が成長するためのヒントを教えてもらったような気がしました。
「人間はワインと同じだ」
この言葉は、実はある本を読んで知りました。
何年か前に読んだ、ライフネット生命創業者で、今は立命館アジア太平洋大学学長の出口治明さんが書いた「仕事に効く教養としての世界史」という本に出てきた言葉です。その本の冒頭に、出口さんが30代の頃のエピソードが紹介されていました。元米国国務長官ヘンリー・キッシンジャーと10人ぐらいで食事をした時に、その席でキッシンジャーがワインのグラスを手に、席を回ってこう言ったそうです。
「どんな人も自分の生まれた場所を大事に思っているし、故郷をいいところだと思っている。そして自分のご先祖のことを、本当のところはわからないけれど、立派な人であってほしいと願っている。人間も、このワインと同じで生まれ育った地域の気候や歴史の産物なんだ。これが人間の本質なんだ。だから、若い皆さんは地理と歴史を勉強しなさい。(中略)勉強したうえで、自分の足で歩いて回って人々と触れ合って、初めて世界の人のことがよくわかるはずだから」
人間はワインと同じ。この言葉を聞いてから、職場でもプライベートでも、仲間や友人の生まれた育った場所やこれまでの経験を知れば知るほど、個性や長所がわかり、うまく寄り添える気がしています。そして、自分から歩み寄っていくスタンスを続ければ続けるほど、もっと理解し合うことができ、信頼関係は深まっていきます。
ワインも同様です。目の前にあるワインが育まれた場所はどんなところだろう? と思いを巡らせながら飲むと、ワインは断然美味しくなり、記憶は鮮明に残り、いつもより上手に酔えるような気がします。そして、時には自分の足で、そのワインが造られた土地を訪れて、その土地の人たちと話をしながら飲みます。それは、その土地で造られた素材と一緒に楽しむワインが、ダントツ一番だから。これはワインだけではなく、全てのお酒に言えますけどね。
人間はワインと同じだ。
そんな哲学を実践していくには、やっぱり上手に酔わないとね。くれぐれもワインを飲みすぎて記憶なくして酔いつぶれるなんてことがないようにしないとね。造り手たちが丹精込めてつくった素晴らしいブドウとワインに敬意を表して、一杯一杯大事に飲まないとね。やっぱりこれが「上手に酔う」ための一番の秘訣なのかもしれません。
【参考文献】
ダイヤモンド社 京都大学の経営学講義Ⅱ 一流の経営者は、何を考え、どう行動し、いかにして人を惹き付けるのか
祥伝社 仕事に効く教養としての「世界史」(出口治明著)
❏ライタープロフィール
松尾英理子(Eriko Matsuo)
1969年東京都生まれ。早稲田大学第一文学部社会学専攻卒業、法政大学経営大学院マーケティングコース修士課程修了。大手百貨店新宿店の和洋酒ワイン売場を経て、飲料酒類メーカーに転職し20年、現在はワイン事業部門担当。仕事のかたわら、バーデンタースクールやワイン&チーズスクールに通い詰め、ソムリエ、チーズプロフェッショナル資格を取得。2006年、営業時代に担当していた得意先のフリーペーパー「月刊COMMUNITY」で“エリンポリン”のペンネームで始めた酒コラム「トレビアンなお酒たち」が好評となる。日本だけでなく世界各国100地域を越えるお酒やチーズ産地を渡り歩いてきた経験を活かしたエッセイで、3年間約30作品を連載。2017年10月から受講をはじめた天狼院書店ライティング・ゼミをきっかけに、プロのライターとして書き続けたいという思いが募る。ライフワークとして掲げるテーマは、お酒を通じて人の可能性を引き出すこと。Web READING LIFE公認ライター。
【予告】編集部より、おまけのお知らせです!
秋の夜長にオススメのワインをひとつ。文中で登場した、ボルドー地方のワインは、古くから高級ワインとして有名だったこと、またその深い味わいから「ワインの女王」と言われることが多いのですが、実は高級ワインだけでなく、気軽に楽しめるリーズナブルなワインまで幅広くつくられていて、最近は日本でもスーパーやコンビニでも1,000円台から手に入るようになってきました。「BORDEAUX」(ボルドー)とラベルに書いてあるワインがその目印です。
秋も深くなり、肌寒くなるこの季節。フランスの恵まれた地で大事に育まれた良質なワインを飲みながら、自分を上手に酔わせてみませんか。きっと心も身体も癒され、前向きな気持ちになれるはずです。
コスパ抜群のボルドーワインが、11月上旬から期間限定で、天狼院書店「東京天狼院」で飲めるようになります! 入荷されるのは、松尾さんセレクトのバロンドレスタック。詳細はWeb天狼院書店にてお知らせさせていただきます。乞うご期待でございます!
この記事は、天狼院書店の大人気講座・人生を変えるライティング教室「ライティング・ゼミ」を受講した方が書いたものです。ライティング・ゼミにご参加いただくと記事を投稿いただき、編集部のフィードバックが得られます。チェックをし、Web天狼院書店に掲載レベルを満たしている場合は、Web天狼院書店にアップされます。
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