週刊READING LIFE vol.17

オタクだったことなんて、誰にも言いたくないのだけれど……。《週刊READING LIFE vol.17「オタクで何が悪い!」》


記事:松下広美(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 

そろそろ、11時だ。

 

毎日、夜の11時が待ち遠しかった。
時計を確認し、「もう寝るわー」と言って、自分の部屋へ行く。
本当は寝るわけじゃなかった。
夜の活動を開始する時間だった。
部屋に入ると、いちばんにパソコンの電源を入れる。「ウイーン」と音を立てて動き始める。
パソコンが立ち上がり、11時になったことを確認して、Outlookを起動させる。送受信ボタンを押すと、ピポパ……と電話のダイヤル音がする。インターネットに接続されると、メールの受信が始まる。

 

今は、どこへ行ってもWi-Fiの環境が整っていて、インターネットに接続することを意識することなどなくなった。けれど20年ほど前は電話回線を使っていることを、おもいっきり意識させられた。電話をしているとインターネットに繋げない。逆にインターネットに接続していると電話ができない。

 

日中にインターネットをしていると
「いつまで電話しとるんだ!」
と、叱られた。
父が自宅で店をやっていて、家の電話と店の電話は同じだった。だから日中に電話を長時間占領することなどできなかった。30分ほど使っているだけでも叱られた。
それにインターネットに接続している間、1分いくらと、電話料金が加算されていた。ネットサーフィンをしていると1時間などあっという間で、いつの間にか電話料金がかさんで、そのことでも叱られた。

 

そこで見つけたのが「テレホーダイ」というサービスだった。
夜の11時から朝の5時まで、電話料金が定額というもの。
その時間しか使わないから! いくらかけても電話料金が変わらないんだよ! と親を説得して、テレホーダイに加入してもらった。
全ての電話が定額、というわけではなく、登録した回線(2回線)のみではあったけれど、インターネットのアクセスポイントの番号さえ登録しておけばよかった。

 

パソコンを使って、インターネットに接続するために、夜の11時を待ちわびでいた。

 
 
 

インターネットに初めて出合ったのは、大学だった。
大学の図書館の片隅に、パソコンが置いてあって、学生が使えるようになっていた。
誰かが教えてくれたわけではなかったけれど、暇があるとそこでパソコンを使うようになっていた。もう、何をしていたかも覚えていないけれど、使ううちに自分のパソコンを猛烈に欲しいと思うようになっていた。
女子大生なら、服とかアクセサリーとかに興味を持ちそうなものだけど、その頃の私の関心はパソコンだった。どうやってパソコンを手に入れるか。価格は? スペックは? と、授業などそっちのけだった。

 

パソコンを手に入れて、家でインターネットに繋げるようになってからは、暇があるとパソコンの前にいた。
ネットサーフィンをして興味のある掲示板をのぞいたり、一晩中チャットをしていることもあった。
いちばん使っていたのは、メール機能だった。
しかも、リアルな友達ではなく、ネットの中の友達とやりとりをしていた。

 

携帯電話を持つようになって、携帯にメール機能もついていた。だからパソコンでメールするのではなく、携帯でメールを送ればすんだのかもしれない。でも携帯メールで友達とやりとりすることはあまりなかった。
いや、そもそもやりとりをするようなリアルな友達がいなかったのかもしれない。

 

私は大学での友達作りに、失敗していた。
大学の授業が終わると、バイトがあるからとすぐに帰る。休日も、特に大学の友達と会うこともなかった。気づいたら、周りは友達のグループが自然にできている。最初の頃に仲良くなった子は、下宿組だったので、いつの間にか他に親しい友達ができていたようだった。
他に、学校の行き帰りで一緒になるような子もいたけれど、学校以外の場所でも遊びたいかと言われると、そうでもなかった。だから、大学だけの友達だった。

 

大学での居場所を求めていたときに出合ったのがインターネット。いつのまにか、そのバーチャルな世界に居場所を求めて、のめりこんでいた。
毎晩のようにバーチャルな世界で遊んでいることなど、周りの友達には話すことができない。
夜な夜なインターネットの世界に入り込んでいる私は、オタクと呼ばれてもおかしくなかったから。

 
 
 

今日は順調に繋がったみたい。

 

夜11時ちょうどにインターネットを繋ごうとすると、回線がパンクしていて繋げないこともあった。
繋がない、という選択肢はなかったので、繋げなかったら何度も繋ぐ。
無事にインターネットに接続できると、メールの受信が始まる。
そのメールの中から、「NW」というフォルダに入ったメールを順番に開く。
「へー、くらげさん、今日はそんなことがあったんだ!」
「もぉさんは、私のメールに返事くれてる!」
「Riyoさんが住んでるイリノイ州ってどこにあるんだろう……?」
読みながら、ついニヤニヤしてしまう。
その「NW」というフォルダは、登録しているメーリングリストからのメールが送られてくるように設定していた。

 

メーリングリストとは、LINEのグループの会話みたいな、Facebookのグループみたいな、そんな感じ。
メーリングリストには管理人がいて、登録申請をして、決まったアドレスにメールを送るとそのメーリングリストに登録した人全員に送られるようになっている。個人のメールアドレスは知られることなく、大勢とのメールのやりとりができる。
日によって2、3通のメールしかなかったり、特には10通以上のメールがきたりする。
私が登録していた「NW」というグループは、正式名称は「ナチュラルウーマン」。その略称で「NW」と呼んでいた。名前に「ウーマン」と入っているとおり、女性限定のグループだった。管理人の方もしっかりされていて、ネカマと呼ばれる女性になりすました男性はほとんどいなかったと思う。

 

ひととおり、きていたメールを読んで、私もメールを書く。
書く内容は、大学であったことや彼氏とのこと、日常であったようなこと。
ときどき、周りの友達には話せないような、悩みごとも、書く。大学生でそのメーリングリストの中では最年少だった私は、悩みを聞いてもらうことの方が多かった。
NWに登録していた方々は、ほとんどが社会人だった。それに日本だけではなく、アメリカからメールを送っている人もいた。私からメールを出さなくても、みんなのメールを読んでいるだけで、こんな世界もあるんだと知ることができて楽しかった。

 

「オフ会しませんか?」

 

あるとき、そんなメールがきた。
オフ会ってことはリアルに会うってこと?

 

インターネットが一般に普及してきたけれど、そのバーチャルな世界が敬遠されていた。気をつけましょう、なんてニュースでもやっていた。
だからオフ会に参加するには、勇気が必要だった。
でも、女の人だけだし。
でも、大勢でちょっと会うだけだし。
でも……。
私は、どこかに救いを求めていた。
ずっと文字だけのやりとりだった。だけど、その人たちが紡ぐ文章からは悪い人だとは思うことはできない。
なんども迷ったけれど、迷って出てきた答えの中に、「行かない」という選択肢はなかった。

 

「はじめまして、キャンベルです」
「私、wakkyです」
「くらげでーす」
「もぉですぅ」

 

文章と顔が一致する。
みんな、本名ではなくハンドルネームで呼び合う集団は、周りから見たら異様だったと思う。でも、本人たちはそんな空気など感じない。
会うのは初めてなのに、昔から知っている友人同士のように。いやそれ以上の関係のように。いつまでも尽きないと思う、マシンガントーク。会っている時間が一瞬で過ぎていった。

 

バーチャルがリアルに少しずつ変化していく。

 

オフ会は一度だけではなく、何度か行われた。
お店で会うだけではなくて、ホームパーティーをしたり、旅行にも行った。遠方に行ったときには、家に泊めてもらったりもした。
とてもかっこいい大人たちに囲まれて、楽しくてたまらない時間。
そんな大人たちのようになりたいと憧れた。

 

NWというメーリングリストの世界は、リアルとバーチャルの狭間にあった。
リアルに会うことができるけれど、インターネットというバーチャルな世界で繋がっているという不思議な感覚。
リアルな世界にうまく居場所が作れなかった私が、今、リアルな世界でちゃんと過ごせているのは、あの狭間の世界があったからだ。狭間の世界だけど、どんな世界もアリなんだなと思うことができた。
家と学校とバイトだけの生活をしていたら、そんな世界に触れることもできなかった。リアルな世界に埋もれて、何もできなかっただろう。
それに、自分の居る世界を広げたいとも思わなかっただろう。だって、そこだけで完結できるのだったら、自分の世界を広げようとは思わない。

 

「私たち、そんなこと言ってないよー」
なんて、NWで出会った人たちには言われるかもしれない。
あの当時、インターネットの世界はすぐそばにあるわけではなくて、ちょっと不自由で怖い世界だった。今よりもバーチャル度が満載だった。学生の身分で、自分のことの責任も取れるような立場にいないのに、そんなところに飛び込んで大丈夫なのか? と言うような人たちが大半だったそんな時代。
でも私はあの世界に触れることができた。素敵な大人たちとの出会いがあったから、今があるんだと思っている。

 

あのとき、パソコンの画面に向かっていた私はオタクだった。
でも、オタクも悪くないんじゃないかと、今なら思う。

 
 
 

❏ライタープロフィール
松下広美(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
1979年、名古屋市生まれ。名古屋で育ち名古屋で過ごす生粋の名古屋人。
臨床検査技師。会社員として働く傍ら、天狼院書店のライティング・ゼミを受講したことをきっかけにライターを目指す。

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2019-01-28 | Posted in 週刊READING LIFE vol.17

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