【スピンオフ「横浜中華街の中の人」がこっそり通う、とっておきの店めぐり!】華僑コミュニティの灯をつないで 〜長島順強さん〜《天狼院書店 湘南ローカル企画》
2023/9/25/公開
記事:河瀬佳代子(READING LIFE編集部公認ライター)
WEB READING LIFE での連載「『横浜中華街の中の人』がこっそり通う、とっておきの店めぐり!」が始まって2年が経った。横浜在住の華僑4世の知人が勧める店やスポットを取材して紹介するこの企画は正直なところ、この2年間、いろいろなハードルに阻まれている。
その最も大きな原因はコロナ禍である。これにより社会のあらゆる規範は変えざるを得なくなり、その波に横浜中華街ももれなく飲み込まれた。取材先が見つからない、取材がキャンセルになった、あるいは取材も済み記事掲載直前のタイミングで店自体が閉店してお蔵入りになったこともある。
2023年、ポストコロナとなり街に人が戻ってきたこのタイミングで、今一度この企画について向き合いたいと感じている。まずはこの企画の原点であり、連載タイトルにもある「横浜中華街の中の人」・長島順強氏に、この企画に協力した理由や横浜中華街への想いを伺いたいと申し出たところ快諾をいただいた。
通常であれば表には出ない「中の人」が敢えて語った横浜中華街への想いには、何が託されているのだろうか。今後取材を再開するにあたり、スピンオフ回としてその真意に迫ってみた。
あえて中華街とは一線を画した職業選択
――今回は「横浜中華街の中の人」について掘り下げるということで、まずはご自身について簡単にお話しください。
長島:横浜育ちの華僑4世です。幼稚園と小学校は横浜中華学院へ通いました。中学・高校・大学は日本の学校に通い、神奈川県立高校の教員になりました。
母校の横浜中華学院は華僑の子弟が多く通うのでひとつのコミュニティになっていますが、そこの出身で県立高校の教員になった人間は僕ぐらいじゃないですかね。かなり珍しがられます。
中学・高校・大学は中華学院を離れて日本の学校に通いましたが、住まいは中華街に近いし先祖からの繋がりもあります。まして僕の場合は、中華街では行事のたびに出てくる獅子舞を伝えることにずっと携わっているので、違う学校に通っても地元との繋がりは強かったです。
長島順強(Junkyoh Nagashima)氏 神奈川県立高等学校教諭 / 神奈川県横浜市出身。曽祖父母が広東省より来日、祖父母・両親と経て華僑4世。幼稚園〜小学校を橫浜中華學院に通う。早稲田大学卒業後神奈川県立高等学校教諭となり現職に至る。
教員を職業に選んだ理由ですけど、華僑にルーツがある人は中華街に関係した仕事に就くことが多いのですが、僕は中華街とは関係ない仕事がしたかったからです。
地元の先輩・後輩の繋がりは違う学校に行っても続きますが、もしも学校を卒業した後に中華街で働くとなると、それまではただの先輩だった人のことを「社長」と呼ばないといけなくなる。そこに利害関係が発生してしまいます。
そうではなく自分が中華街以外の場所で働けば、どんな大店の偉い人でも「先輩」のままの関係が続きます。たまに店の前に行った時に「先輩!」なんて気さくに声掛けができる、今までと変わらない繋がりでいたかったから、自分は教員になることを選びました。
長島氏の結婚披露宴(1998年、同發新館にて)
華僑文化を確実に伝えるための拠点とは
――以前から中国の獅子舞に携わってこられていますが、具体的にはどんな活動をされてきましたか。
長島:獅子舞は元々華僑自らが日本に伝えたものです。その流れを汲んだ「京浜華僑青年会」というメンバーが中心となって活動していましたが、高齢化したのでどこかで獅子舞を受け継いでほしいという提案があり、そこで横浜中華学院の校友会(OB会)が手を上げました。
小学4年の時にバスケットボール部に入った時と同時に、獅子舞と龍舞を教わり始めました、それというのも、当時は「バスケ部入部=獅子舞をする」構図になっていましたので自然に教わった流れです。そこから今に至るまで関わっていて、指導もしますし自分も催しに出ます。
中華学院では「伝統文化」という授業があって、男子は獅子舞や龍舞、女子は民俗舞踊をしています。小中学校で習った子たちが、高校生くらいになったら下の年代の子たちに指導します。
画像提供:長島順強氏
中華街の大きな行事があるたびに獅子舞が出ますし、世界大会もありますよ。今年の8月4日にはマレーシアで獅子舞の世界大会がありましたが、コロナ禍のために4年ぶりの対面開催となりました。横浜中華街からも若い人たちが出場しました。
今回マレーシアに行ったメンバーは、上は34歳から下は高校1年生で、獅子舞の裾野を広げようということで若いリーダー、次世代を育てています。僕には大学生の息子がいますが、彼も小さい頃から獅子舞が大好きで、今では中心メンバーとして活動しています。
――横浜中華学院が中華街のコミュニティを繋げるにあたって非常に大きな役割を果たしているようですが、少し詳しくお話しください。
中華学院は幼稚園から高校まであって、中学卒業と同時に日本の高校に行く子もいますけど、学校が違っても大概中華学院に残った同級生との交流はあります。一緒に飯食いに行くとかね。中華街には年に数回大きな祭りがありますが、中華学院生もそうじゃない学校に行った子も混ざって、地域で活動をしています。
僕も中学高校と日本の学校に行って、大学に入った時に先輩から「祭りの手伝いをしないか?」と声をかけられたのがきっかけで、校友会に入れてもらいました。
当時、中華学院の生徒が減って来ていました。生徒が減るということは華僑の文化を継承する人間が少なくなる。まずはこの地域の若者の拠点を作りたい、次の世代に繋げないといけない。そこでまずは事務所もなくて根なし草だった校友会をきちんとしようということで、中華学院の敷地内にプレハブを建てて事務所を作ったのが始まりです。
画像提供:長島順強氏
中華学院では日本語・ 英語・ 中国語の3ヶ国語の授業が受けられます。これが評判で入学希望者が多かったんですが、言語の発音の基礎を小さいうちに習得して6年や9年経った時に、日本の学校に進学するために転校する人が続出しました。この学校に通っていて大学に行けるのか? という不安が保護者にもあったため教育について見直した結果、今では日本の大学への指定校推薦も取れて、生徒数も盛り返しています。小さい頃から3ヶ国語を学ばせることに興味があるような、生活レベルや教育への意識が高い家庭のお子さんが次第に入学してくるようになり、進学率も良くなりました。
僕らの時代は中華学院の卒業生はこの地域で就職する人が多かったですが、今は全然違って就職先も大手企業が多い。3ヶ国語が喋れるのは本当に強く、グローバルな進路を選べるようになりました。生徒数が減って文化が先細りにならないように取り組んだ結果、いろんなジャンルの職場に華僑の文化を知っている人間が行って、つながりが広がっています。
テーマパーク化した横浜中華街から消えたもの
――以前はレストラン的な店が中華街のメインでしたけど、最近は食べ歩きを提供する店が主流かと思うくらいに多くなりましたね。
長島:つい先日、関帝誕(商売の神様として信仰される関羽の生誕を祝う日。旧暦の6月24日に開催。2023年は8月10日)が終わったばかりです。国内外の観光客も戻っていたので、平日でしたけど結構な人出でした。
関帝誕の大きな催しはパレードですが、テーマパークのパレードのように解釈されていました。関帝様と華僑とが繋がっているゆえの祭りということが全く理解されていなくて、単なるイベントだと思っている人が非常に多かったのです。
要するに、横浜中華街自体がテーマパーク化しているんですね。人が集まって賑やかになるのはいいけれど、誰一人として街の意味を問わない。中華街が持っていたイデオロギーがなくなって、ただのテーマパークになってしまうのはとても寂しいことです。
そもそも店に社長がいない。親父がいない。昔は主人が店先に立っていると「親父、元気?」なんて声をかける風景があったけど、今では社長室にこもっている。それじゃ店の雰囲気は見えないし、どんなお客さんが来ているかもわかりませんよね。
お客さんもコスパ重視になっていて、中華街っぽい料理を安く食べられればそれで満足してしまう。店そのものに興味がない。それでいてお店の対応が少しでも悪いと「この店嫌い」ってなっちゃう。
ただ単に食べに来るだけじゃなくて、そこにいる人と触れ合える街が横浜中華街です。とある店のエピソードですが、そこのおかみさんがめちゃくちゃ怖い。何人かでラーメンだけ頼もうとすると「うちはそんな店じゃない」って怒り出す。「 一人一品ずつ頼んでもらわないと困るから」とハッキリ言うからハラハラしますが、料理そのものが美味しいのでリピーター客がつきます。あとは顔を覚えてもらえたり、赤ちゃん連れているとあやしてくれたりとかね。
食べ歩きの店ではそんなことはまずあり得ない。そこに行く人は中華街に一緒に来た人と喋ることの方が重要で、店や料理は記憶に残らないから1度行ったら再訪はまずありません。「この店の、この料理を食べたい」というこだわりがなくなり、中華街での食べ方そのものが変わってしまった気がします。
変わりゆく街の中で、変化しないもの
――この企画が始まって2年が経ちました。開始当初もコロナ禍ではありましたが、そこからさらに時間が経過して変化していることは多いと思います。今の横浜中華街について感じることがあったらお話しください。
長島:以前から体力のない老舗がどんどん倒れていましたが、コロナ禍でさらに加速化しました。その反面、リピーターをつかんで顧客が離れなかったところはコロナ禍でも生き残って更に発展しています。
いわゆる横浜中華街の名門、ランドマーク的な立場の店がどんどん減っています。創業何十年の老舗でも屋号ごと身売りした店がある。営業形態も全く変えていて、対面で料理を出していたのが予約販売メインになったところもあります。
業態が変わった理由の1つには、店舗の経営自体が面倒になってきたこともあると思います。人件費、仕入れ、利益、諸々のことを考えるなら、人に貸して賃料もらう方が楽。黙っていても月に何百万って入りますからね。何代か続くと、後継者がいないわけじゃないのにそういうところが増えるのは、祖先から続く華僑文化や、横浜中華街という街そのものに思い入れがないからでしょうね。
そうなると僕もそんな店には行かなくなる。行く意味がないですよね。店としての魅力がどんどんなくなっていくから。街を歩いていて「ここもこの企画に紹介したいな」と思っていた店がいつの間にか減っているのは、とても残念なことです。
――今後の中華街には、どんなことを期待しますか。またご自身はどう中華街に向き合いたいですか。
長島:時代の流れもあるから街がテーマパーク化するならそれでもいいと思うんです。でも店自体には商売のつながりだけではなく、イデオロギーの部分を求めたいですね。お店には、お客さんに中華街にまつわる文化が浸透するように持って行ってほしい。「何でもいいから食べてくれれば」ではなく、料理の背景にあるものが伝わるようにしてほしいですね。
僕自身は自分ができること、獅子舞を通じて後輩たちに話をしていきたい。天狼院さんの連載に協力しようと思ったのも、華僑の文化を残すことに少しでも貢献できたらという想いからです。文化の拠点としての中華街を記憶に残るようにすることも、中華街に携わる人間の使命だと思っています。
お会いするといつも獅子舞のことや中華街のエピソードを生き生きと語ってくださる長島さんは、ご自身のルーツを大事にされています。周囲への尊敬の念を忘れずに華僑の文化を伝える姿勢を、多くの後輩たちがお手本にしていることでしょう。
撮影協力:中華菜館 同發
http://www.douhatsu.co.jp/
取材・文・撮影:河瀬佳代子
□ライターズプロフィール
河瀬佳代子(かわせ かよこ)(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
フォトライター 東京都出身 神奈川県在住。
天狼院書店ライターズ倶楽部「READING LIFE編集部」公認ライター。「Web READING LIFE」にて「魂の生産者に訊く!」http://tenro-in.com/manufacturer_soul 、
「『横浜中華街の中の人』がこっそり通う、とっておきの店めぐり!」 https://tenro-in.com/category/yokohana-chuka/ 連載中。他に企業HP、シンポジウム等実績。2022年からはカメラマン・榊智朗氏に師事、料理写真・ポートレート・スナップ撮影を開始。文章と写真の二軸で勝負するライターとして活動中。
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