波佐見焼物語

第4話 あなたの暮らしに喜びを。日常の小さな奇跡を願う夫妻が伝える「手作り」の物語《400年の歴史を持つ陶磁器の町で、ドイツ人の妻と熊本出身の夫が伝える「波佐見焼物語」》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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2021/06/14/公開
今村真緒(READING LIFE編集部公認ライター)
 
 
健一郎さんは、料理を作り始める前に「あること」を行う。それは、料理を盛り付ける器の選定だ。料理を作るときには、メニューを先に決める人がほとんどではないだろうか。手順が逆のようだが、器から料理を考えることは、自身の創造力を高めるだけのものではなく、料理を作る楽しさを味わうための提案が込められているような気がしてならない。
 
綿島夫妻の作品作りのコンセプトは、「毎日の食卓がほんの少し、楽しみになる器」というものだ。日々の生活の中に、ちょっとした彩りや楽しみを見つけてほしいという、使う人に向けた温かい応援歌でもある。
 
食卓を楽しむということは、人生を楽しむ原点とも言える。食べることは、生きることだ。その生命の基本である食事を楽しむことこそ、人生において有意義であることは間違いない。そこに愛着のある器が加われば、より一層食卓を囲む時間が愛おしくなることだろう。
 
夫妻の器づくりには、形や絵付けが美しいだけでなく、使い勝手の改良を重ね、ついつい何度も使いたくなる器であるということも根底に流れている。
 
職人兼デザイナーでもある2人は、器づくりの発想から作品を作り上げていくまでに、どんな過程を経ていくのだろうか? そこには、陶芸家ユニットとして活動している、綿島夫妻ならではのコンビネーションが見えてくる。
 
ミリアムさんは、絵付けが得意で、デザインもひらめき型だ。恐竜シリーズの染付では、有田焼の一種である古伊万里からヒントを得たという。コバルトブルーの呉須(染付に使われる顔料の一種)や柄のアンティークな雰囲気と、太古の恐竜を掛け合わせるという、遊び心のあるアイディアが面白い。
 

(恐竜シリーズ:古伊万里と古代の恐竜との、絶妙な組み合わせが感じられる作品)

 
子供用食器のシリーズでは、ミリアムさんがカッコいいと思うものや、こういうものが欲しいと思ったものを図柄に取り入れたそうだ。長く使えるように、敢えて派手でキラキラしたキャラクターものにはしていない。心が和む、ふんわりとしたタッチと温かみのある色彩の絵付けに、ミリアムさんの、線が柔らかく優しい筆使いが生かされている。


(子ども用の食器:楽しい絵付だけでなく、持ちやすさや安定感にも工夫が凝らされている)

 
一方、元料理人の健一郎さんは、料理からデザインのインスピレーションを得ることが多いという。
「お皿の形にしても、同じものをずっと作っていると飽きがくるんです。そこで、この縁をちょっと外に開こうとか、ちょっとずつ形を変えてみようとか、形を洗練させていく感じです。例えば、1000個作るとしたら、最初と最後の1000個目って形が違ってくると思うんです。少しずつ調整して、アップデートしていく感覚なんです」
研ぎ澄まされ洗練されていく作品のデザインとフォルムには、健一郎さんの精緻な感覚が大いに貢献している。
 
「普段使っている器の中で使用頻度が高い物というのは、やはり使い勝手が良いということなんです。自然と、そればかり使ってしまいます。器と共に生活していく感じということでしょうか」
柔らかく笑うミリアムさんからは、器づくりの中に、生活に馴染んでいく使いごこちも重視していることがうかがえる。2人の作品作りへのアプローチの違いは、互いに相乗効果を生み、作品の魅力に奥行きをもたせていく。
 

©2019 千倉志野

©2019 千倉志野

 
初めは、独立してやっていけるのかと、不安の中で手探りをしていた。今はおかげで、多くの注文を受けて出来上がりを待っていただいている状態だと2人は言う。とはいうものの、作品の人気が増してきて多忙となった今の状況では、2人で全ての工程を行うことに限界が生じていることも否めない。
 
作品作りの構想や実際に器を作る時間が限られていく状態は、夫妻にとって本意ではない。2人が描く作品作りを続けていくために、夫妻の想いを汲んでくれる生地屋さんに協力してもらったり、新たにアシスタントを入れたりと、ベースは変えずに人の手を借りるという方法も徐々に取り入れ始めた。
 
今年は、工房の移転を計画中だ。現在の工房は、古民家を改良したものなので、快適な室温調整は望めない。冬は寒さが厳しく、夏は仕事に支障が出るほど暑いのだ。また、今の工房では、伝統的なガス窯を使用しているが、移転後は化石燃料を使わない電気窯に切り替えようかと思っているそうだ。将来のことを見据えた、夫妻ならではのエコロジカルな姿勢には、自分たちにできることを、作品を通して、少しずつでもやってやっていこうというポリシーが強く感じられる。
 
工房の移転により、今よりも快適な環境で、もっと多くの作品を作りだせるようになるだろう。現在の工房の近所が候補地とのことなので、完成した暁にはぜひ訪れてみたいと思う。
 
縁もゆかりもない波佐見の地で工房を立ち上げて、一から始めた2人である。作品作りにしても、常に挑戦の日々だったのではないかと問うと、健一郎さんからは意外な答えが返ってきた。
「例えば、ろくろも上手に越したことはないけれど、上手にできたものが好きな人もいれば、そうでない人もいます。人の好みも多様性がありますよね。陶芸に出会うまでは、正解がどこかあるところに体を置いて仕事をしていた気がしていたのですが、そこじゃない世界に入った気がします。挑戦をしているという感覚は、あまりないんです。好きにやっています」
 
「挑戦」というと、未知のものに挑む不安や怖さでハードルを高く感じ、妙に気負いを感じることもあると思う。けれど2人を見ていると、良い意味で肩の力を抜いた姿勢に心地良さを感じる。一歩一歩を確かなものにして、気づいたら目指すところをクリアしていたとでもいうような印象だ。夫妻が、「波佐見という土地で、焼き物を陶芸家としてやっているというスタンスです」と語る通り、2人にとっては、波佐見焼という看板すら何ら規制とはならないようだ。
 
多様性とは、これからの時代を象徴する言葉だ。伝統工芸でありながらも、その姿勢をすでに内包している波佐見焼は、これからも進化しつづけることだろう。綿島夫妻という陶芸家に出会い、波佐見の懐の深さと、この先の波佐見焼に可能性を感じずにはいられない。波佐見焼も大量生産のイメージから、個人の好みを反映した作品作りにシフトしていく中で、夫妻のようにオリジナリティーを大切にしている陶芸家の意義はますます高まっていくと思う。
 
コロナ禍の中でおうち時間が増えた今、何気ない日常を彩ることの大切さに気付いた人も多いことだろう。そして、そのことが、いかに心を弾ませ、生活に潤いを与えるエッセンスとなることだろう。ひたむきに日々研鑽を重ね、作品作りと向き合う夫妻にとって、焼き物作りとは、食べることを楽しみ、生活を楽しみ、クリエイティブでいることと深く結びついている。2人の作品には、「普段使いだけど、ちょっとだけ特別を感じられる器で、日々の暮らしに小さな幸せを見つけてほしい」そんな願いが込められているように感じる。
 
第一段階のスタートアップを終え、綿島夫妻は、これからが第二段階だという意気込みを見せている。新たなステージへと移っていっても、一つ一つを、手作りで作っていくという2人の基本姿勢は変わらない。作品を通して、日々の喜びと幸せを届けたいという夫妻の想いは続いていく。
 
「手づくり」の温もりを伝え続ける。そのために、真摯に走り続ける夫妻の物語は、これからも続いていく。
 
 
≪完≫
 
 

©2019 千倉志野

 
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□ライターズプロフィール
今村真緒(READING LIFE編集部公認ライター)

福岡県在住。元地方公務員。まちづくりや地域を盛り上げるために頑張る熱い人々に、スポットライトを当てたい。
2020年9月より、天狼院READING LIFE編集部ライターズ倶楽部に参加。
波佐見焼と出会い、そのデザイン性と機能性の高さに魅せられ、一気にファンに。
徐々に、自宅の食器を波佐見焼に入れ換えていくことを計画中。
波佐見焼と魅力的な職人のストーリーを、ぜひ多くの方にご紹介したい。

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2021-06-10 | Posted in 波佐見焼物語

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