【魂の生産者に訊く!Vol.5】 若き経営者は、現在・過去・未来を見回すオールラウンドな目線を持っていた《天狼院書店 湘南ローカル企画》
記事:河瀬佳代子(かわせ かよこ)(READING LIFE編集部公認ライター)
近郊農業が盛んで、様々な農家が切磋琢磨している神奈川県。
その中で、作物に付加価値をつけていこうと奮闘している生産者がいる。
現実に直面しながらも、なおも前に進もうとしている姿を追ってみたい。
Vol.5 若き経営者は、現在・過去・未来を見回すオールラウンドな目線を持っていた
樋口農園 樋口さん
野菜好きじゃない自分を就農させたのは「祖父の味」
神奈川県綾瀬市出身。
かながわ農業アカデミーにて野菜科を専攻、卒業後は母校の非常勤職員として勤務。
2016年に就農、樋口農園経営。
就農したのは2016年ですけど、学生時代から農業に関わっているので、農業歴としてはもう10年になります。
元々、この農園の近くの農業の専門学校生でした。卒業してそのままスライドでそこの非常勤職員になり、農業実習の現場講師を3年間やらせてもらいました。
その後就農して、今年で4年目です。
母方の本家が農家をやっていたので、農業との縁はあったと思います。祖父が農業で、レタスの朝採りをしていて、その仕事を少し手伝っていたことも、農業を選ぶ理由としては大きかったですね。
父親は農業ではなくサラリーマンで、僕の家自体は農家ではなかったため、自分は新規での就農になりました。4年目ではありますが、新規就農でもあるし、自分の中ではまだまだ新人だと思っています。
実は僕は野菜が好きじゃなかったんです。栄養取れりゃいいや、みたいな感じでした。
でも、採りたての野菜って美味しいんですね。祖父のところでも同じように朝採りをしていて、食べてみると美味しい。採れたての野菜ですからね。
だから、新鮮なものだったら意外に野菜嫌いな人でも食べられるんじゃないか? と思っています。自分がそうでしたから。
新規で農業に入るということなんですけど、まだまだ厳しい部分があると思っていて、その理由は畑がすぐには見つからないからです。例えば空いている畑があったとしても、全くそこに縁のない人がいきなり農業をしたいという希望が簡単にかなうわけではないんです。
農業が盛んなところは、ほぼ代々地元にいる方々の集まりでもあるので、土地柄にもよりますが、その人たちの輪の中に入れないと新規で農業をするのは厳しいと思います。
僕の場合は、農業をやっていた祖父が地元の農家さんの出荷グループにいたんですね。その孫という繋がりがありました。
地元の繋がりということで声をかけてもらったのが大きかったです。
「菜速レタス」は朝採りから6時間以内で店頭に並ぶ
この4年で作っている作物ですが、春にレタス、夏にとうもろこし(菜速あやせコーン:かながわブランド登録済)、秋にレタス、秋と冬にブロッコリーです。
主力で作っているのはやはりレタスですね。
値段もよく取っていただけるので。自分の好み的なものも加味したらレタスになりました。
10月中旬から1か月くらいが秋レタスの収穫のピークです。
今は朝4時に起きて、1日あたり8個×60ケース、約480個〜500個を収穫しています。
畑から収穫してコンテナに詰めて、出荷場に7時30分までに持っていくまでが仕事です。
7時30分にはもう、行き先別のトラックが出荷場に来ています。
今は卸売3社に卸していて、そこから県内各地へ運ばれて行きます。たくさん分かれて納品されますので、どのくらいの店舗数に行くかはちょっと把握してないんですが、県内全域に行っていると思います。
「朝に採ってから6時間以内に店頭に並ぶ」ようにしているので「菜速レタス」と名付けていまして、これはかながわブランドを取った「菜速あやせコーン」とも連動しています。まだレタスはブランドにはなっていないんですけどね。
レタスはブランドを取りたいのか? ということも考えなくもないんですけど、現時点ではあまりそこにはこだわってはいないんです。
というのも、レタスって嗜好品ではないじゃないですか。
例えば、枝豆だとかコーンだとかは常時食べなくてもいいもの、デザートとかスイーツ感覚だから特徴をつけやすいけど、レタスは基本的にはサラダなどで毎日出るようなものですからね。
朝採りで、新鮮で、最短6時間でお店に届いています。
お店の開店時には店頭に並んで、その日のうちに食べていただける。朝採りが1番強いですね。
関東近県にもレタスの大産地は沢山ありますけど、他県から神奈川まで運ぶとどうしても時間がかかります。時間経っちゃうと多少は苦みが出てきたりとかするので、美味しくて新鮮なときにお客さんに届けることができるのが強みです。
果てしなく続く天候との闘いは、農業の宿命
今年は夏の長雨のせいで、とうもろこしは半分も出せていないんですね。
ずっと雨に濡れていると、とうもろこしの先端にある髭の部分が腐っちゃう。そうなると出荷ができないので、この夏はしんどいところがありました。
そもそも今年は春に天候が安定していなかった。ちょっと天候が良くなかったんですね。雨だとか気温の乱高下が激しくて、本当に春から天候が安定していなかったので品物への影響が大きかった。
その中でも特にとうもろこしが打撃を受けました。
農業は何といっても天候ですよね。天候との勝負です。
天候が悪ければ、どれだけいろんな前準備をしたとしても無意味になってしまう。
やれることをやった上で、天候とか台風とかが来てしまったら仕方がない。仕方がないで済ませられる話ではないのですけど、そう言わざるを得ない部分はあります。
2019年の台風被害では、全体の1/3がダメになりました。
基本的に新鮮なんで、レタスにラップをして保持する必要がないんです。レタスの外の葉っぱが緩衝材がわりになる。その葉が台風で全部取れてしまいました。要するに、ラップに値するものがなくなってしまったので、規格外になってしまったものが多かったです。
規格内サイズのレタス作りは、微妙な雨に左右される
10月に入って、収穫期なんですが、ここのところまた雨が多くなってきました。
ここのレタスも今回の雨の前は結構地面が乾いていたんですけど、そこから一気にさーっと雨が降ってしまって、そうなると地面もなんですけど、肥料も一緒に水を吸っちゃうんですね。
なのでレタスが収穫前に一気に大きくなってしまうんです。
レタスの場合、「このサイズで出荷します」ということを前もって取引先と決めています。1日に採る個数を決めていて、種まきの時もそこまで計算して植えていますから、育ちすぎも、育ちなさすぎもよくないんです。規格というものがどうしてもあって出荷の中で縛りがあるので。そのサイズを超えてしまうとちょっとよくない。うちは普段規格でLサイズを出しているところが、2Lサイズになっちゃいそうになったりしました。
うちでは、1つのコンテナにレタスを8玉入れて出荷しています。
大きくなりすぎると規格が1つ上がってしまって、契約した規格じゃなくなる。つまり「規格外」になってしまうんです。Lサイズで契約しているので、2Lサイズになってしまうと契規格外になるから、契約しているお客さんのところに出せなくなっちゃう。
ちょうど今が4日くらいの長雨の後で、大きくなりかけてしまっていたけど、ギリギリで規格内に収まったので出すことができました。長雨が続かなければ春と秋のレタス作りはなんとか大丈夫じゃないでしょうか。台風さえ来なければ、基本的には大きな失敗はそんなにはないです。
限られた条件の中で、最も効率的な生産の方法を模索する
綾瀬市のレタス部会は7人いまして、自分は28歳で部会の中でも最年少です。
最年少ということで若い人なりの意見は求められることもあるし、自分からも発信はしています。
綾瀬は産地としては小規模で、ここのレタス部会は7人ですけど、それに対して長野県の農家さんの1人分の面積にしかならないくらいです。規模が大きくないということで我々にできることも限られていて、「1日いくつの数を、この規格で、野菜を作って出荷するまで」が私たちのすることです。
その中で、朝採り出荷ということで、小規模な産地なりに付加価値を付けたい。品物の選別、大きな産地に負けないくらいの高品質で良いものを新鮮なうちに送り届けることで、それは可能なんじゃないかと思っています。
出荷に関しても、市場に出荷し、量販店等に販売していただくという、農業における販売の基本スタイルですね。
いろんなことにチャレンジするのも選択肢のひとつではありますが、それが利益に繋がるとは限らない。なんだかんだ言ってもまずは自分たちが生計を立てることなので、限られた中であくまでも効率的に進めていくことを考えています。
労働環境を整えて、「メリハリのある農業」へ
実際の労働時間ですけど、今日は朝の5時からで、昼前に仕事はある程度終わってます。
もちろん時期によって時間は増減することはあって、収穫のピーク時は10時間くらい行くこともありますし、仕事がない時は30分で終わることもあります。
なので1日の平均労働時間は6~7時間くらいでしょうか。
農業には定休日というものがないから、週7回の6時間ですので、大体ならせば普通に会社でお仕事をしている人と同じくらいかもしれません。
農業は、ちゃんとやれば儲かる仕事だとは思います。
営業とか輸送にも、どんなものにも人件費がかかる。我々がそこまでやってしまうと貧乏暇なしで寝ずの仕事になってしまうので、労働時間をある程度決める。そしてそこから先の仕事は他にお任せすることで、メリハリがある仕事ができる。
1日に10時間、12時間も働くのは、仕事としてはどうなのかなと思いますよね。だから「仕事としてはここまでですよ」と区切ることで、農業で生計を立てるということを1つの選択肢として考えていただけるようになればと思っています。
「残される側」から、農業人の育成を考える
今、ここにも研修生が来てくれています。
去年も1人来て、その人は横浜に住んでいたんですけど、綾瀬に移住してもらって農家を始めてもらっています。
先輩の農家の皆様と、自分や研修生とでは年代が離れています。自分たち若い世代は先輩方の積み重ねてきたものを受け継ぎ、それを今後につなげていく側、「残される側」になっています。
新規で農業やりたいって思っている人を募集して、よかったら綾瀬に来てもらって、農業の携わる仲間を増やす。それが自分の中では第一に優先することです。
人に教えること自体が大事なことですけど、そこから人が増えてくれたら、出荷量も増えますしね。
だから人に教えることは自分のためでもあるし、価格を維持するためには人も必要だし。両方の意味で、参加してくれる人が出てきてくれたらと思っています。
僕自身もまだ始めて4~5年くらいですからね。新人なので、まずは自分の足元、地盤を固めていくことをしていきたい。
そのうえで、いいものを作っていこうという意識を持った方が新しく来てくれたらいいですね。
28歳という若さで、新規で農業に飛び込み農園を経営すること。
そこには従来の農業のスタイルに合わせつつ、自身の農業も固めながらも、後進を育てていくというオールラウンドな視点が必要になってくる。
どれも1つも落とすことができない、どの方向にも絶対に気が抜けない。そんな中で、足元を固めながらも必死に前に進むことで、道が開ける。そんな手ごたえを十分に予感させる、穏やかながらも力強い樋口さんの語り口だった。
(文・河瀬佳代子、写真・山中菜摘)
□ライターズプロフィール
河瀬佳代子(かわせ かよこ)(READING LIFE編集部公認ライター)
東京都豊島区出身。
日本女子大学文学部卒。公務員を経て、現在は団体職員、ライター。2020年9月よりREADING LIFE編集部公認ライター。神奈川の農産物の豊富さ・質の高さ・生産者さんの信念を描いた、天狼院書店湘南ローカル企画「魂の生産者に訊く!」連載中。 http://tenro-in.com/manufacturer_soul
□カメラマン
山中菜摘(やまなか なつみ)
神奈川県横浜市生まれ。
天狼院書店 「湘南天狼院」店長。雑誌『READING LIFE』カメラマン。天狼院フォト部マネージャーとして様々なカメラマンに師事。天狼院書店スタッフとして働く傍ら、カメラマンとしても活動中。
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