メディアグランプリ

11歳と37歳の、最大公約数


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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香月 祐美(ライティングゼミ・平日コース)
 
 
ああ……。
一日間に合わなかった。
 
思わず口から出かかった言葉。
でも、とっさに口に出してはいけない気がしました。
ああ、目の前にいる小学生に「やっぱり私にはできない問題だったんだ」と思わせたくないんだ、私。
そう気付いた私は、言葉を飲み込みました。
 
「この問題ね、今日学校であった算数の確認テストに出たんだけど、全然見たことなくて分からなかったから……空欄にしたの」
塾で課題に取組もうとした小学生の女の子が、私の前にやって来てノートを指さしながらそう言いました。
 
おっとりした雰囲気の彼女からは、テストで空欄になってしまったことへの残念さは感じられませんでした。
むしろ本人は算数がとっても苦手だと思っているので、
「あちゃー、こんなに難しい問題出ちゃったら私にできなくても仕方ないわ」
と言わんばかりの明るい声です。
 
その彼女の様子に、飲み込んだ言葉が心の中でずしりと大きくなるのを感じました。
 
昨日、塾で予習を多めにせずに、もっと復習に時間を割けばよかったなぁ。
時間が足りなくてできなかったんだよなぁ。
昨日取り組めていれば今日のテストの結果は違ったのかな。
 
そう思っている私は、自分がテストを受けた訳ではないのに、目の前にいる小学生の女の子よりもずっと残念に思っているに違いない、と思いました。
 
でも、いろんな気持ちが心に渦巻いたのは、ほんの一瞬のことで。
 
私は心の声を顔に出さないようにしながら言いました。
「じゃあその問題、今からやってみたら?」
 
すると彼女は、学校で全然分からなかったという問題を私の前に広げると、鉛筆を持ってきて、私の前の席に座り始めました。
彼女は、一人だと心細いなぁと思う時にいつも私の目の前に座るのです。
 
その様子を見た私は、間髪入れず
「その問題がどんな内容なのか、ノートの空いている所に書きながら整理してみたら?」
 
彼女は、私に先にそう言われてしまったからか
「うん……」
とちょっと不安そうに言いました。
 
「できるから」
その子に向けて言ったのは、私の本心でした。
 
「できる」という言葉を聞いて、問題を読み始める彼女。
私は「本当は」どこまでできないのかが知りたかったので、不安そうな様子には気付かない振りをしていました。
 
彼女の目の前にあるのは「鉛筆を40本とノート32冊を、あまりが出ないように同じ数ずつ組にすると、最大何人に配れるか」という問題。
40と32の両方を割り切れる数のうち一番大きい数、つまり最大公約数を探します。
 
「ああ〜、そうか。最大公約数か!」
私が他の子の様子を見ていると、相変わらずおっとりした声が聞こえてきました。
見ると、嬉しそうな彼女と目が合いました。
思ったより早かったなぁと思いながら、彼女のノートを覗き込みます。
 
「そうそう。できるでしょ?」
「うんうん」と言いながら、計算を続ける彼女。
 
「できた!40と32ってどっちも8で割れるから、鉛筆5本とノート4冊を、8人に配れるね」
 
「自分でできたじゃん。私、できるってしか言ってないけど」
苦笑しながら言うと、彼女も、
「うん、そうだね」
ほんとだ、できちゃったと言わんばかりに苦笑いになりました。
 
「勉強教えるって、大変ですよね」
塾の先生をしていると人に言うと、そう言われることがよくあります。
 
「大変ですよね」の言葉の中には、
「勉強を相手が理解できるように教えないといけない」
しかも、
「歳が離れた子どもに分かるように教えるのは簡単ではない」
という気持ちが入っていると思います。
 
でも、勉強を教えるっていうのは、方法を教えるばかりではありません。
 
「できる」という言葉をかけること。
 
その三文字で「勉強を教える」ことができるだなんて、私は、教える立場になるまで知りませんでした。
 
苦手意識を持った子は、苦手だな、嫌だな、と思い続けていることが多いです。
そんな子には、解き方を丁寧に教えるよりも、
「できる」
このたったひと言をかけることの方が、上手く行く場合があります。
 
苦手だなと思ってしまうと、問題を見るだけでも辛くなります。
自分にはできないと思い込んでいるからです。
見たことが無い問題だから、苦手だから、と、できない理由を挙げたらきりがありません。
 
「できるよ」
そう言いきることで、彼女を「できる」という意識にします。
もちろん言う時は、上辺だけの言葉ではなくて本気で信じています。
 
問題に対しての二人の意識を、
「難しいからできないかな」ではなく、
「難しいけれど、できるかもしれない」でもなく。
11歳の小学生と37歳の私、二人が共通して「できる」と思うこと。
「この問題はできる」という気持ちを二人が最大公約数として持つことで、できてしまうことがあるのです。
 
本当は、自分で「自分はできるんだ」と信じることができれば、それが一番です。
でも、苦手意識を持っている人には、できるという言葉をかけて意識をあわせていくことも大切なのだということを、子ども達に学ばせてもらいました。
 
 
 
 
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2019-10-03 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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