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メディアグランプリ

茨城の言葉は活用形


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:おがわともこ(ライティング・ゼミ特講)
 
 
結婚して茨城に引っ越した。随分昔の話である。
 
多少環境が変わることは予測できたけれど、同じ関東地方のせいか違和感もあまりなく、深く考えもしなかった。実家にも3時間ほどで行ける。
私は特に心配もせず茨城に嫁いだ。
その時を境に毎日が変わり始めた。就職した私に最初の難関が待ち構えていた。
 
言葉が聞き取れないのだ。
その頃の私は電話を取るのが恐ろしかった。
「はい、もしもし」
「あ、シズキなんだけど」
シズキ様からです、と職場の上司に告げる。そんな顧客はいないと言われる。
「?」
その答えは……「鈴木さん」であった。
 
(え~、あれのどこがスズキなの~!)
心の中で毒づく。音も違うがイントネーションも違う。顔を見ながらの会話なら、まだ良かったのかもしれない。受話器を通すと分かりにくさに拍車がかかる。
(よおし、次こそは!)
意気込んで、毎日電話受けクイズに没頭する。もう仕事どころではない。ベルが鳴るとイヤな汗がどっと出た。
「鈴木さん」以外にも、私は勝手な苗字を創っては職場の皆を笑わせた。本人は至って真剣である。
そんなことを繰り返しているうちに聞く耳が多少出来上がり、いつしか不便さは和らいでいった。
 
その後主人の両親と住むことになり、また引っ越した。更にのどかな場所への移動だ。
家の周りには田んぼが広がり、稲穂の上を風が撫でていくのがよくわかる。
ここの生活では、ご近所からかかってくる電話に困った。
「もしもし、オオノなんだけど」
ウチの近所にはオオノさんの家が合わせて5軒あった。
(オオノさん、オオノさん、どこのオオノさん……? )
必死に頭を巡らせるがお手上げだ。まだご近所さんの顔と名前が一致していない。
「え~っと、どちらのオオノさんでしょうか?」
遠慮がちに極力丁寧に話してみる。
相手は(いつもかけてるんだけど)といった風情である。
慌てて側にいた義母に電話を替わる。
「あー、オオノさん。いつもどうも……」
 
この家の人は、下の名前を聞かずとも声や話し方でわかるらしい。普段のお付き合いの積み重ねや、長年の勘がそうさせるのだろう。
「耳で聞くのではない、体で聴け!」といったところか。
いずれにせよ、私の役立たずな感じはしばらく続いた。何だか生活全体がギクシャクする。家族も友人も置いてきてしまった私は、別世界に放り出されたような気がしていた。慣れるまでの時間は案外辛い。
 
実家の親に電話で話すと、だだひたすら大笑いされた。
 
同じ日本、しかも同じ関東に住む相手だというのに言葉の壁が存在した。
全く理解できないのとは違う。微妙な音の違いや、話すスピードが違うこと。ちょっと言葉が足りないこと。そして私がうまくキャッチできない。
 
もし私が外国人だったら……
とりあえず全力で言葉を聴くだろうな。
分かろうと分かるまいと、もう少し楽しんだほうがいいかもしれない……そんな風に思ってみることにした。
 
向き合い方が変わり、一歩引いた視点になって気づいたことがある。
茨城の言葉が、古文の「活用形」のように思えたのだ。身近なところから紹介してみたい。
 
「犬」は「イヌめ」
「猫」は「ネコめ」
「鳥」は「トリめ」
これは基本である。どうして「め」なのかはわからない。
使い方としては「ほれ!イヌめが来たど」となる。念のためにお伝えするが、間違っても「イヌめが来たわよ」などとは使わない。標準語と併せて使うとしっくりこない。使ってみたい方は茨城の言葉全体を学ぶことをお勧めする。
 
続いて変化型。
「豚」は「ブダめ」
「蚊」は「蚊んめ」
口にした時に言いやすいように変化する。更にもうひとつ。
「貝」は「カイコ」
「今日はカイコのお汁だ」と言われた時は、カイコを食べるのかと一瞬だけギョッとなった。しかし面白い。
 
子どもを連れて近所を散歩するようになると、新しい活用形を見つけた。
ウチのご近所に住む
「サクゾウさん」は「サクジさん」
「エイイチさん」は「エイジさん」
短縮型の登場である。初めは誰か別人の話をしているのかと思ったが、この界隈ではこれで話が通じる。
不思議に思い義母に尋ねてみる。
「お母さん、どうしてだと思う?」
「はぁ……メンドくさいからだっぺ!」
本当にメンドくさい嫁だわい、というような義母の視線を受けながら、私は妙に納得した。(そうか、みんなメンドくさいのか)
農業を主とするここでの生活は天気による影響が大きい。ボヤボヤしてはいられないのである。生きるほうが先、言葉は二の次なのだ。そしてここは海からの東風が強く吹く地域でもある。同じ農作業をしている相手に伝わりやすいよう、「め」で強調したり、大声のハイスピードで話すうちに、それが活用形になったのかもしれない。
 
そして活用からは離れるが、面白い使い方もある。
「食べてみて」は「味みてくれや」
「ご馳走する」は「ふるまう」
「ご馳走になった」は「よばれてきた」
「食べる」という行為を、あさましく聞こえないよう遠回しに伝えている気がする。提供する側の優しさも、食した側のプライドも、どちらも品良く保てるような言葉に思える。思いやりが言葉に顕れているようだ、と思った。
 
言葉に目を向けたことで、朧げながらも生活が見えてきた。茨城の言葉は「自然との共存」や「相手を尊重する」という生活から生まれたような気がする。荒っぽいが優しさもある。その気質に触れたと思った時、ようやく私の中に茨城が染み込んできた。
 
言葉には、言葉以上に伝わるものがある。そこを見つめるのは時間がかかるが、自分や周りの人の生活を大切にすることに繋がるようにも思える。どんな場所であっても、それが土地に馴染んでいくということかもしれない。
 
魅力度ランキングが低くて、ちょっと誤解されやすい茨城。
でも、面白いところでもある。そんなことを伝えたくて書いてみた。
 
 
 
 
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この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加いただいたお客様に書いていただいております。 「ライティング・ゼミ」のメンバーになり直近のイベントに参加していただけると、記事を寄稿していただき、WEB天狼院編集部のOKが出ればWEB天狼院の記事として掲載することができます。
 

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2019-10-14 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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