メディアグランプリ

眼鏡をかけること


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:藤千紘(ライティング・ゼミ秋の9日間集中コース)
 
 
目の前がぱっと明るくなった。
それまでぼんやりとしていたモノの輪郭がはっきりと現れた。
「すごい……」
本来の視界を取り戻した私は歩きなれない視界の中、母と一緒に博多駅で食事をする。
「大丈夫? 度数ちゃんと合ってる?」
「うん。よく見えとるよ」
ハンバーガーを持って席まで移動するが、足元が覚束ない。
慣れない視界に身体が混乱しているようだ。
「合わないんだったら、度数変えてもらう?」
「大丈夫だよ。初めて眼鏡買ったから、慣れとらんだけやし」
色も光も距離感も、感覚が狂っている。
大丈夫、慣れるまでの辛抱だ。
 
小学四年生から視力が落ちてきた。
目を細めて遠くのものを見るようになった。眉間にしわを寄せて怒った表情に近いらしく母の前で目を細めているとよく怒られた。
小学校を卒業する年の視力検査で矯正が必要だと結果が出てすぐに眼鏡を買いに走った。
急ぐほどのことではなかったが、母が急かした。
 
今では眼鏡なしでは生活できないほどだ。
寝る時以外は眼鏡をかけている。みんながアクセサリーを選ぶように私は眼鏡を選ぶ。身体の一部でもありファッションでもある。
度なしレンズでアクセサリーとして取り入れている人も少なくないのではないだろうか。
そんな人たちのために、洋服と同じように今年の流行を前面に出した広告を各社打って出ている。洋服への興味は低いが眼鏡への興味とこだわりは高い。
 
「やっぱり、こっちの黒いほうがいいんじゃない?」
長らく使用していた眼鏡では度数が合わなくなってきたので、今年思い切って買い替えることにした。前面に出されているのは昔ながらの金属フレーム。懐かしさも相まって、心惹かれてしまった。
仕事帰りに一人で眼鏡店を回ったが、これだという眼鏡に出会えなかった。今や眼鏡もネットで購入できる時代。在庫を確認することもできる。同じ会社でも店舗によって取り扱っている種類や色が違う。欲しい形と色が在庫しているのを確認し自宅から車で十五分のところにある大手眼鏡店へ母を連れて行く。
ネットで在庫を確認しただけでは、似合うかどうかわからない。実際に眼鏡をかけるために店舗へ足を運ぶ。一人で選ぶこともできるのだが、鏡に映った自分の顔が見えないので選ぶのに苦労する。だから、身近な人と一緒に行ったほうがいいのだ。
そう思っていたが。
「えぇー⁉ 私はこっちがいい!」
身近な人の反対ほど面倒なことはない。
母が手にしているのは四角い黒縁眼鏡だ。金属フレームで重量感がある。
対して私が手にしているのは丸みのあるモスグリーンの眼鏡だ。母が持っている眼鏡より断然軽い。
「何その色⁉ 緑ばっかり選んで! 服に合わせにくかろうもん!」
「そう? よくない? 似合うやろ? 黒に見えんこともないし、気にするほどの色やないやん」
眼鏡をかけて鏡を見る。
見えない。でも似合っている、はず。私の想像している私であれば。
「どう?」
母の判断に顔を向けて意見を求める。
渋い顔を背けた。
「こっちもかけてみて?」
渡された眼鏡をかける。
「黒い眼鏡のほうがお似合いですよ」
私と母がこれでもないあれでもないと言いあっていると、見るからにベテランの男性店員が口を挟んできた。
「そう思いますよね⁉」
母に味方がついた。
「我々は、眼鏡と眉の形が同じものを選ぶんです。眼鏡のフレームが上がっているのに眉が下がっていると違和感があるんですよ」
ふぅんと豆知識を聞きながら黒い眼鏡とモスグリーンの眼鏡を交互にかける。
「…………確かに」
「なるほどね。じゃぁやっぱり黒い眼鏡がいいんじゃない?」
男性店員の言葉通りなら、黒い眼鏡は私の眉に沿った形をしている。
確かに違和感はない。
だが、モスグリーンの眼鏡があるから、わざわざ自宅から徒歩十五分ではなく車で十五分の店舗に来たのだ。
「こっち!」
モスグリーンの眼鏡をかけてこれにするのだと主張する。
身内の反対など押し切れないことはない。
「そぉお? まぁ、あんたがよければいいんじゃない。私がその眼鏡をかけるわけじゃないし」
納得していないような口ぶりだが、母にねだっているわけではないので、モスグリーンの眼鏡を購入した。
母を眼鏡店へ連れてきた意味はなかったかもしれない。
 
新しい眼鏡を購入して半月が経った頃。
「なんか、見慣れてきたけんかいな? そっちの眼鏡にしてよかったね」
母が弾んだ声で私に言った。
「そうやろ?」
私は自慢げに眼鏡を見せる。
自分のお気に入りを褒められて照れる反面、誇らしくも思えた。
 
結局のところ、見慣れてしまえばどんな眼鏡をかけても同じだ。
新鮮なのは買った当初だけ。新鮮も違和感も見慣れてしまえばその人を表わすものになる。
自分の身体に馴染んできたころには流行が終わり、次のものが欲しくなる。
 
身体の一部で唯一変えることができるパーツは、多彩な楽しみ方ができるはずだ。
 
 
 
 
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2019-10-18 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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