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メディアグランプリ

さよなら、じいじ


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:和田凪(ライティング・ゼミ秋の集中コース)
 
 
夫の父が倒れたという知らせが来たのは、9月の3連休の夜だった。
帰宅途中に駅で突然倒れ、救急車で運ばれたという。
意識がないらしい。
夫はすぐに病院へ向かった。
身支度をした私と娘も、世田谷から鎌倉へとタクシーを走らせた。
夜10時をまわり、3歳半の娘はすでに眠そうにしているが、無理やりシートベルトを締める。
 
義父は、娘のことが大好きで、目に入れても痛くないと公言していた。
娘の入園式や卒園式、運動会には必ず駆けつけてくれた。
水族館にも、アウトレットにも、サーカスにも、温泉にも一緒に行った。
恰幅が良く、いつもニコニコ笑みをたたえている、通称「おなかの大きいじいじ」。
優しいじいじのことが、娘も大好きだった。
 
私にとっても、優しい義父だった。
歴史学者だった義父は、知識が豊富な人だった。
ニュースやドキュメンタリーを見ながら、私の知らない世界のことを教えてくれた。
私と夫が夫婦喧嘩でぎくしゃくした時には、「自分たちが若い時もいろんな喧嘩をしたよ」と、さりげなくフォローしてくれるような人だった。
 
病院についた時には夜11時をまわっていた。
義父は、救命センターから、集中治療室へ移動するところだった。
担架にのせられて運ばれる義父の様子を、ほんの一瞬だけ見ることができた。
娘は、いつもと違う様子にびっくりしているようだった。
「じいじ、頭が痛いの?」と娘が聞いてきた。
「そうね……ママにもよくわからないの」と答える。
義父の状況について、3歳の娘が理解できることはまだ少ないだろう。
集中治療室には、子どもは入れない。
深夜2時ごろ、夫を残して、娘と私は世田谷に戻ることになった。
 
義父の血圧は低いままで、予断を許さぬ状況が続いた。
鎌倉の病院で徹夜で看病していた夫が、世田谷の自宅に帰ってきたのは3日後だった。
疲労困憊していた。
夫は、夕飯を食べながら、今後のことについて話してくれた。
明日、脳波の検査をする。
でも、希望を見出すだめの検査ではなく、脳死を確定するための検査だ。
意識をとりもどす可能性はほとんどない。
 
気丈にふるまっていた夫が、夕飯の席で、嗚咽するように泣いた。
私もつられて泣いた。夫婦で泣いた。
娘はぽかんとして見ていた。
なぜ私たちが泣いているのか、よくわかっていないようだった。
 
翌々日、義父は静かに亡くなった。
 
葬儀の朝になって、娘が突然、行きたくないと言い出した。
「じいじに会いたくない。またパパとママが泣くからやだ」
「パパとママは大人でしょ。大人は泣かないんだよ」
娘はずっと、私たちのことを心配していたのだ。
私たちが泣いていた理由も、ちゃんとわかっていた。
 
夫が、すこし考えて、娘に答えた。
「ごめんね、不安にさせて。大人でも泣いちゃうことがあるんだよ。パパはじいじが大好きだったからね」
 
大人は泣かない。なかなか手厳しい言葉だ。
娘にとって、パパとママはいつも完璧な存在であるべきなのだろう。
でも実は、ぜんぜん完璧じゃない。
むしろ大人の方が弱いくらいだ。
死を前にした時、その恐怖は、子どもより大人の方がきっと大きい。
 
それに、誰かのためにもらい泣きすることや、誰かを思って泣くことは悪いことじゃない。
大好きな誰かのために流す涙もあるんだよ、ということが、いつか娘にも伝わるだろうか。
 
葬儀は、義父の生前の希望で、5人だけの家族葬だった。
家族に負担をかけたくないという、家族思いの義父らしい選択だった。
おかげで娘は、棺の周りを走りまわったり、天真爛漫にはしゃいだり。
普段と全く同じように、義父との最後の時間を過ごすことができた。
娘は、公園で摘んだシロツメクサと、自分で作ったビーズのブレスレットを義父の手にかけてあげた。
 
「じいじは、どうして箱に入っているの?」
「さっきまで動いていたのに、どうして死んじゃったの?」
ストレートな質問がたくさんあふれてくる。
 
私は、「じいじはお空に行くんだよ。その準備をしているんだよ」と答える。
 
すると今度は「え? お空に行くの? でも、どうやって? 煙突から煙になってシューって出ていくの? それともハシゴで? それともヘリコプターで? それとも滑り台で?」次から次へと質問ぜめにされた。
 
人の死を説明するのはとても難しい。
だって、私にもわからないことだらけだから。
ほんとのところ、お空に行くのかどうかもわからない。
死ぬ時はどんな気分か、死んだらどこへ行くのか、私たちのことをずっと覚えていてくれるのだろうか……。
死にまつわる謎が全て解けたら、悲しみもなくなるのだろうか……。
娘に説明できることは、本当は何もない。
 
義父は、火葬場で、たった2時間で骨になってしまった。
あっけなかった。
お骨を抱えて外に出ると、真っ青な空が広がっていた。
暖かくて、いい天気だった。
「じいじ、どこにいる?」
娘は、義父の姿を空に探していた。
 
義父が逝ってから1か月近く経とうとしている。
わが家は、日常を取り戻しつつある。
娘は、時々「じいじ、死んじゃったよね」と確認するみたいに呟く。
葬儀の時、私は娘の疑問にまともに答えてあげられなかったが、娘は娘のペースで納得し、受け入れたようだ。
もう会えない、ということも理解している。
 
わからないことは、わからないまま、受け入れる。
人間って、そんな能力が備わっているのかもしれない。
 
「わたしね、お空に行くなら飛んでいきたい。ペガサスみたいに」と娘が言った。
お空に行く方法については、まだ考えているようだ。
義父も、もしかしたらペガサスにのって空に行ったかも。
それは誰にもわからない。
 
 
 
 
***
 
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2019-10-23 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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