メディアグランプリ

『絶品ミルクティー』と『おばあちゃんの煮物』のつながり


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:西田 千佳(ライティング・ゼミ 日曜コース)
 
 
「んっ!」
美味しいものに出会った時、言葉が出ないのは本当だった。
脳が混乱し、味覚と驚きが絡み合うからだろうか。
舌で味わったものが喉の奥に消えた後、「あー美味しい」とつぶやくのが精一杯だった。
 
ちょうど一年前、木枯らしが吹き始める頃だった。
出先で一息つきたくなった時、ふと、友達が自信ありげに勧めた店のことを思い出した。
「騙されたと思って、ロイヤルミルクティーを飲んでみて。絶対に外さないから」
普段、食事に興味がない彼女が、珍しく真剣に推してきたから覚えていた。
ちょうど近くまで来ていたので、彼女の話に乗ってみることにした。
 
カウンターに6席、店の奥に5席というこじんまりした店だった。
カウンター内にいたオーナーと奥さんが迎えてくれた。
常連っぽい20代の女性が、店の奥の席で本を読みながら紅茶を待っていた。
私は、カウンターの隅に座った。
 
店には、フレーバーティーを含めると100近い種類の紅茶があった。
たくさん紅茶を楽しんで欲しいというオーナーの思いから、何種類もの紅茶が楽しめる『Tea Free』というシステムをとっていた。
大抵は5、6種類の紅茶を楽しむようで、10種類以上も飲む人もいるそうだ。
私は、迷わずロイヤルミルクティー付きの『Tea Free』をオーダーした。
ミルクティーの茶葉を選べると言われ、私はキャラメルフレーバーのものにした。
 
私の目の前で、奥さんがミルクティーを作り始めた。
どんなものが出てくるかと、ワクワクして眺めていたが、だんだん驚きで釘付けになった。
 
ミルクパンで牛乳を沸騰させた後、大さじのスプーンに山盛りにした茶葉を直接入れた。
「茶葉は多めに入れるの。それも思い切ってね」驚く私に、奥さんが教えてくれた。
吹きこぼれないように火を調節して、しばらくほったらかし。
だんだんとキャラメルの甘い香りが漂ってきた。
 
ミルクに紅茶の味が染みわたった頃、火を止めて茶葉をこした。
後ろの棚から取り出した茶褐色の砂糖を、大さじスプーンに山盛りにして、こしたミルクティーに入れた。
「えっ!」更に驚く私を尻目に、奥さんは笑みを浮かべながらスプーンでかき混ぜた。
ティーカップにミルクティーを注ぎ、フワフワにした生クリームを乗せた。
「はいどうぞ」
私の目の前に、見たこともないミルクティーが置かれた。
 
元々、コーヒーや紅茶には砂糖を入れて飲まない私の手は止まった。
甘い香りがするし、あんなに砂糖が入ったから、さぞかし甘いんだろうな……
不安を抱えながらも、フワフワ生クリームを崩さないまま一口飲んでみた。
「んっ!」
声が出なかった。
 
甘ったるくない。えっ、何? これ、すごくいい! ほんと美味しい!
 
最初は自分の思いと違うものが口の中に入って、頭が混乱した。
しかしすぐに、私の大好きな味に書き換えられた。だんだん幸せな気分になってきた。
 
「この砂糖はね、思ったより甘くないの」奥さんがニコッと笑った。
 
「コツはね、茶葉を多めにすること。思い切りが大事」
家でもミルクティーを作れないか尋ねると、奥さんがコツを教えてくれた。
「あとは、ミルクに紅茶の美味しい味が染みわたるまで待つだけよ」
簡単そうに聞こえたが、その加減が難しそうだった。
「お客さんに教えても、家じゃできないからって、また飲みに来てくれるのよ」嬉しそうに奥さんは言った。
 
奥さんの話を聞きながら、『思い切りが大事』という言葉が心に引っかかった。
何故だろうと考えてみた。そうだ、おばあちゃんの煮物だ!
昔、祖母に煮物の作り方を教わった時、似たようなことを言われたのを思い出した。
 
祖母は、いつも大きな鍋にいっぱいの煮物を作っていた。
『おばあちゃんの煮物』は、味がしっかりしみ込んでいて、いつも本当に美味しかった。
どうしても真似したくて、祖母が作っている横で教えてもらった。
「美味しい味にするには、思い切ってね」そう言いながら、砂糖をこんもり入れた。
醤油やみりんを瓶から直接鍋に回し入れて「大体こんなもんね」と手を止めた。
大事な味付けの砂糖、醤油、みりんの量はいつも『だいたい』だった。
だいたいの量は分かっていたのだろう。いつも思い切って入れていた。
そう言えば、家には計量スプーンはなかった。
 
そうやってできた『おばあちゃんの煮物』は、絶品だった。
「味の加減は大事だけど、思い切りも大事だよ」祖母はそう言った。
言われた通り作ってみたが、同じようにはできなかった。『思い切り』が難しかった。
思い切りがある祖母の煮物は、何を食べても美味しかった。
 
この奥さんも、茶葉の量という大事なポイントで、思い切って入れていた。
祖母も奥さんも、二人とも思い切りの大事さが分かっていたから、絶妙な美味しさを出せたんだろう。
奥さんのその『思い切り』に感服した。
 
ミルクティーの後に、何種類かの紅茶を飲んだ。
どれも美味しかったが、ミルクティーが一番強烈だった。
味も香りも、まだ鮮明に覚えている。
ああ、絶品ミルクティーが飲みたくなった。
 
 
 
 
***
 
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2019-11-07 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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