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メディアグランプリ

「役に立たないけどやっぱり好き」を40年やり続けた先にあるもの


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

【12月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《日曜コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:関戸りえ (ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
「あのさー、iPadで写真を撮って送るのって、どうやるの?」
 
私のスマホの画面いっぱいに、母の顔面ドアップが映し出された。
カメラのレンズがどこにあるのかすら知らない母は、自分の顔がどれほど大きく相手に見えているかなどおかまいなしだ。
 
私には、絶対に解答不能なリクエストに思えた。
以前、「写真を撮って」とスマホを渡し、「ここを押すだけね」とお願いしたことがある。
微妙な力加減がなかなかつかめず、何度やっても長押しになってしまい、連写モードを繰り返し発動させたのだ。結局その時の写真はピントが合わずに全てボツとなったことがある。
包丁すら握ったことがない人に、口頭で、筑前煮の作り方を最初から教えるようなものだ。手出しは一切できない。
 
「誰に写真を送るの?」
「今、『刺し子』の本の編集中なの。それでね、撮影はすでに終わったんだけど、追加で写真の資料をお願いされたの」
 
「ん? 本の編集って、誰が本を出すの? 撮影って何の撮影?」
「刺し子の初心者向けにハウツー本を出すんだって。今回その監修と作品の提供をお願いされたの。ちなに私の写真もたくさん載ってるわよ、縫っている手元だけね。アハハ」
 
私の知っている母が、本を出すほどのスキルや経験はないはずと勝手に思い込んでいたから、余計に驚きと興奮でいっぱいになった。
 
70歳を迎えたばかりの母は、働く夫と家族を支えてきた団塊世代の専業主婦。
縫い物が好きで、スカートやコートを作ってくれた。
やがて私たちの成長とともに、興味はパッチワークへと移っていった。
たまに課題を仕上げるのに没頭し、夕食を作らないことがあった。まるでゲームに夢中になっている子供のようである。
私たちに夕食づくりを命じた。スマホとiPadの画面越しではなく、ダイニングテーブル越しに指示を出し、私たちは夕飯を作ることができるようになっていった。
 
そんな母の趣味のスペースは、カラフルな色や花柄の生地や作品で溢れかえり、10年以上かけて子供部屋へと、まるでアメーバのごとく進出していった。気づいた時には母の聖域と化していた。
まるでプラモデル作りを趣味に持つ夫に妻が「また新しいの買ったの? 家がどんどん狭くなるから、処分してちょうだい!」と叫ぶように、私たちも母に処分を迫った。
 
引っ越しをして環境も変わり、母は幾何学模様などを刺繍する伝統民芸「刺し子」に魅了されていった。
20年ほど教室に通い、師匠から手ほどきを受けながら、カルチャースクールで教えるようになって3年ほど経っていた。
 
母にとって、縫うことは彼女を夢中にさせ、心にひと時の安らぎを与え続けた生きがいのようなものだったはず。
ところが、たまに「そろそろお教室に通うのやめようかしら」とつぶやくようになった。
 
「作品を作り続けるのは楽しいの。でも作品は溜まっていくばかりでしょ。何のためにやっているんだか考えちゃうわ。自分の毎日の暮らしを整えることに目を向けようかしら」
 
だが、月一回のカルチャースクールでの講座の準備は意気揚々とこなしている。
 
その後数ヶ月もしないうちに、母からちょっと高めの声でビデオ電話がかかってきた。
「あのねー、結局、お教室に通うのやめたわ。実は、先生の都合で教室を閉じることになったのよ。あんなに悩まなくてもよかったわ」と、スッキリした感じだった。
 
それから間も無くして、偶然とは思えないタイミングで、冒頭の母からのビデオ電話を受けたのである。
 
後から聞いたところ、結局iPadで写真を撮って送ることはなく、直接お会いして必要なものを手渡したのだと言う。
そして、無事に母の手がけた本は書店に並んだらしい。
 
らしいと言うのは、いまだにiPadで写真の撮り方を知らないし、携帯電話も持っていなかったので、書店の本棚に並んだ証拠写真はない。
 
あの時、画面の向こうの母は、編集担当の人とのやり取りや、掲載する作品作りの締め切りに追われて、自分が関わった本が出版されるという実感も、喜んでいる余裕もなかっただろう。
まるで年末の紅白歌合戦への初出場が決まった歌手のようだ。
「ありがとうございます! 嬉しいです!」という思いと裏腹に、その直後の会見や衣装選び、演出などを決めるのに忙しく、あっという間に本番終了。
 
この先も、母は針と糸を持ち続けるのであろう。やめようかなあと言いつつ、縫うことをやめられなかったのは、母にとって縫うことで時に癒され、生きがいになっていたからであろう。
 
そんな母が、増税前に駆け込みでスマホを契約した。興奮気味にビデオ電話をかけてきた。
「刺し子の写真撮って、YouTubeとかインスタグラムに載せたら、世界で有名になれるんだって!」
私は自分の顔が画面に映らないように苦笑いした。
思いがけず、新たな挑戦を見つけた母が宣言した。
「私ね、死ぬまでにスマホを使いこなせるようになりたいわ!」
「お願いです。スマホ教室に通ってください」
 
くだらないと思うことも、やめられないほど夢中になれるのならひたすらやり続けなさい。継続のパワーは無限大よ。と、母は次のチャレンジにやる気満々だ。
 
 
 
 
***
 
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2019-11-14 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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