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メディアグランプリ

このたくましい想像力をその人のために使いたい


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

【12月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《日曜コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:鈴木 里枝(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
「それでは、説明の通りに机を移動してください」
先生の明るい声が聞こえてハッと顔を上げる。
机の脚が床に擦れる音で教室は一気に騒がしい。
いけない。またやっちゃった……。
 
窓から入る風とやわらかい日差しが気持ちいい、午後の教室。
あんまりいい天気だから、私は飼い犬といつもの川辺を散歩した。
もちろん本当に歩いたのではない。
外を眺めていたら遠くに川辺が見えて、いつの間にか「あっちの世界」に行ってしまったみたいだ。
 
こういうことはよくあったから、この後どうすればいいか知っていた。
机を押したり持ち上げたりしながら移動する同級生の間をくぐって、黒板の前に立つ先生を目指す。
どこに行ったらいいか分かりません。俯きがちにそう伝えると、先生は静かにしゃがんで私の顔を覗き込む。ちょっと冷たい手で両手首を掴み、私の腕をゆらゆら揺らしながら言う。
「ねえ。どうしていつもボーっとしちゃうの?」
答えられずに困ってしまう。先生が短くため息をつく。早口で教えてくれる。いつもと同じだ。
ちょっと冷たくなった手首をさすりながら、情けなくて背中を丸めて席に戻る。
さっきまでいた場所に別の子が机を構えている。移動の邪魔になったのだろう、私の机は後ろの扉の近くに追いやられていた。
 
私はいつもこうなのだ。
 
本を読むことが大好きで、小学校に行く前も帰宅後も、学校でも授業中以外はずっと読んでいた。ページを閉じたくない時は二宮金次郎スタイルで登下校した。
読むことだけでは飽き足らず、物語の続きを勝手に想像して楽しんだ。それが習慣になり、日常生活の中でも現実世界を忘れてしまうことがあった。
 
さっきのように授業中に「あっちの世界」に行ってしまうのは避けたかったが、小学3年生の私にそれを止めるのは難しく、結果として成績表には「先生や友だちの話を最後まで聞けないことがあります」とか「授業に集中できずぼんやりしてしまうことがあります」とか書かれていた。あまり覚えていないけど多分クラスでは浮いていた。
 
ある時、自転車に乗りながら雲の少ない広い空を見ていたら鳥になった気がした。自転車のことを忘れてしまって上を向いたまま両手を広げて転倒した。
「妄想癖」という言葉を知ったのもその頃だ。病気っぽい響きがショックだった。
 
想像すると怒られる。想像すると怪我をする。想像することは病気。
そう考えて、想像の翼を広げようとする心に無理やり蓋をした。
 
「まだ一回しか会っていないのに?」
人通りの少ない夜の道で、思いのほか大きな声が出た。
だっていきなり「付き合ってください」と言われたものだから。
 
私は社会人になっていた。昔の私とは違う。仕事中に「あっちの世界」に行くこともない。
 
同僚が紹介すると言ってくれた人とはまずは三人で会う約束だった。
それが当日、同僚が急に来られなくなって、私とその人は漫画かドラマみたいに、三人で食べるはずだったピザのお店で「初めまして」をすることになってしまった。
 
明るくて面白い人だよ。事前情報とは少し違って、目の前に座るその人はかなり緊張しているみたいだった。口数も少ないし声も小さい。
人見知りの私だけど、その様子を見ていたらなぜだか頑張らなくちゃ、という気持ちになった。
 
お仕事は? きょうだいは?休日はどんな風に過ごす?
 
熱々のピザを食べながら色々と尋ねるうちに、少しずつ笑顔が増えるのを見てホッとする。
「明るくて面白い人」かどうかは最後まで分からなかったけど、言葉を選んで話す姿が何だかいいな、と思った。
 
今日初めて会って、3時間も一緒に過ごしていない。そんな人から突然お付き合いの申し込みをされたものだから驚いて、小学3年生の時ぴったりと閉じたはずの蓋がまた開いてしまったみたいだ。
慌てて視線を地面に落とす。「あっちの世界」まではすぐだった。
 
私たちは創作和食のお店で食事をしている。きっと、和食が好きだと私が言ったからだ。
今度は向かい合わせではなくて、並んで食べている。その人はこの前よりもよく話してくれる。
舞茸の天ぷらがおいしい。
大学ではどんな勉強をしていたか、どんな就職活動を経験したか。また少しだけその人のことを知る。
 
次に会う時、お互いに気になっていたあの映画を観に行っている。
お酒を飲みながら映画の感想を話し合う。この前よりももう少し深い、仕事観や恋愛観の話になる。
前よりも目を合わせる時間が長い気がする。
私も最初よりもリラックスして、もうその人の様子が大丈夫か気にしていない。
 
現実世界では多分5秒くらいの出来事だと思う。
息を吐きながら目線を上げると、その人は戸惑った表情で私を見ていた。
久しぶりにやってみたわりにはいい感じだったんじゃない。
心の中で自分に声をかけてから、その人に向き直って言った。
 
「よろしくお願いします」
 
意外な答えだったのだろうか。その人は一瞬驚いた顔をして、その後安心したように笑った。
 
次に会った時、私たちは並んでお寿司を食べた。
その次に会った時、私たちは映画館で待ち合わせをした。映画を観た後、ゆっくりとお酒を飲んだ。
 
流れはほとんど想像通りだ。でも、想像とは全然違うところがあった。
現実世界は想像よりも、もっともっとあたたかくて幸せだった。
これから私はこのたくましい想像力を、その人の幸せのために使ってみたいと思った。
 
 
 
 
***
 
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2019-12-02 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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