メディアグランプリ

心の炎に気付いた時、手遅れになる前に


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

【2月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《平日コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

 
 
記事:石崎彩(ライティングゼミ・平日コース)
 
「おん、……ぴらぴら? きんぴら、けん、そわか……」
 
聞き馴染まない言葉をひたすら小さな声で繰り返す。
和尚様が、その言葉を発するのをやめる前に覚えなければ……。
 
月はすっかり空の上。雲がかかって輪郭はおぼろげだ。
さっきまで賑わっていた境内はしんと静まり返っている。
しかし、昼間よりもその人数は多く、人々が吐く息の白さが目立つ。
 
異様な雰囲気である。
 
私の心は高揚していた。
何か大きなイベントが始まる前の期待感に似ている。
けれど、それはテーマパークやフェスなどとは違う。
 
気軽に近づいてはならないモノ。
美しいけど、恐ろしいモノ。
人知の及ばない、制御不能なモノ。
 
これから、神聖な儀式が始まるのだという緊張感が、境内の隅々まで浸透している。
 
「おんぴらぴら けんぴら けんのう そわか……」
 
繰り返される真言は、なめらかでいて力強い。
 
やがて、お堂の中の和尚様は、私たちが立ち並ぶ境内から背を向けて、奥に姿を消した。
直後に和太鼓と横笛の演奏が始まる。
 
上がっていくボルテージ。
演奏と呼応するかのように、張り詰めた場の空気が振動していく。
緊張が最高点に到達した時、境内につながる階段から現れたのは__
 
真っ赤な「天狗」だった。
 
松明を掲げた十数人が列を成し、白い山伏の格好をして境内に登ってくる。
その中に「天狗」の面をつけた、赤装束のモノが一人。
 
自分とこの空間とが隔絶されているような感覚に見舞われる。
タイムスリップした世界を目の前で見ているようだ。
 
境内の中心に設えられ、縄が張られた十畳ほどのスペース。
山伏の一行たちは、そこを囲むように一周し、ほどなくして縄の中に入っていった。
 
中には、松などの枯葉が高く積まれている。
山伏たちが手にしていた松明、それを枯葉に近づけると、あっという間に火柱が上がった。
 
「えっと、なんだっけ? おんぴらぴら? なんとか?」
 
隣の友人から聞かれたことに、半信半疑ながら答える。
友人たちの存在に少しだけほっとした自分に気がついた。
 
秋葉大権現という火を操る法力を得た修験者を祀るお寺。
ここに来ることになったのは、1ヶ月ほど前である。
 
このお寺の関係者の方にお会いする機会があり、12月に火渡り行事が開催されるのだと聞かせていただいた。
1年に1度の大イベントという言葉にも惹かれたが、火渡りのニュース映像が頭に流れるやいなや、「行きたいです!」と答えていた。
 
そうして友人たちと行くことになった愛知県のお寺。
昼過ぎに到着してから、出店や座禅体験などのワークショップを体験。
写真を撮影しながら、お寺観光を楽しんでいた。
 
「夕方になると火渡りに参加する人が境内の下まで長蛇の列になります。
会場案内が始まったら早めに並ぶといいですよ。
前の方ならきっと和尚様の姿もよく見えるでしょうし」
 
お寺の方にいただいたアドバイスの通り、午後3時ごろから並び始めた。
「寒いね〜。カイロいる?」
始まるまで、寒さを紛らわすように雑談していた。
 
少しずつ、あたりが暗くなってくると、
かがり火が焚かれ、人がどんどん階段を登ってくる。
 
「ボーン」
 
鐘の音を合図に、それまでの雰囲気が変わっていくのがわかった。
 
「ボーン」
 
鐘の音が響くごとにあたりが静まり返っていく。
 
そして、お堂の中から現れた住職。
人々の視線が一身に注がれる中、静かにお寺の由来や今回の大祭の意義を語り出した。
 
「火渡りとは、人の持つ『三毒』を火によって落とします。
『三毒』とは、『欲望』、『怒り』、『愚かさ』。
これは、人を不幸にする心の火種でもあります」
 
正直ピンと来なかった。
欲や怒り、間違った思い込みが人の目を曇らせ、正常な判断ができなくなるということはわかる。
 
けれど、その「三毒」を自分の心に見いだすことができなかったのだ。
決して自分が悟っているということではない。
 
しかし、実生活を振り返ってみても物欲はさほどない、もともとあまり怒ることもない。
愚かさを無知と捉えると、それは確かにあるかもしれないと思うが、具体的な事例が思い浮かばないのだ。
 
「火を渡る際に、秋葉大権現の真言『おんぴらぴらけんぴらけんのうそわか』と唱えながら、御渡りください」
 
落とすべきモノがわからないまま、火が燃え盛るのを見ていた。
火に近い前列の人が後ずさりする。
火が強過ぎて、顔が焼けるのだそうだ。
 
炎は不規則に揺れながら、四方に火の粉を散らす。
 
私の位置からは、火の熱が暖かく感じ、なおかつ綺麗だと思った。
 
白装束の山伏たちが一人ずつ真言を唱えながら火の中を駆け始める。
 
子供の頃に見た「火」を思い出す。
庭の落ち葉を集め、冬にやる焚き火。
勢いよく燃える火も、チロチロと燃えくすぶる火も見ていて飽きなかった。
 
仏壇のロウソクの火を眺めていた、幼いある日、
じっと見過ぎて、近づき過ぎていたことに気がつかなかった__。
 
それまで微動だにしなかった火が、勢いよく眼前に広がった。
前髪に火がついたのだ。
「熱い!」
驚いて仰け反り、無我夢中になっておでこを手で叩く。
 
すぐに火は消えたが、独特の焦げ臭さが漂った。
しばらく呆然としていたと思う。
 
「おんぴらぴら けんぴら けんのう そわか」
 
真っ赤な装束を身にまとった「天狗」が火の中を駆ける。
 
父方の祖父母は、私が小学生の頃に病気で亡くなった。
病院のベッドに横たわり、日々弱っていく祖父母を見て、人は少しずつ「死に向かっていく」のだと思った。
 
私が中学生のある日、電話を取った母が顔の色を失った。
母方の実家が火事だという連絡だった。
祖父である母の父は、行方が分からなくなっていると。
 
昔の風呂釜からの失火が原因。
祖父は「突然」帰らぬ人となった。
 
一般列も進み始め、もう私の番もすぐだ。
燃える勢いは初めよりも弱くなったように見える。
 
炎をすぐ目の前にして、いまだに落とすべき「三毒」が分からない。
 
私がこれから渡る道の両端が燃えている。
美しい__。
 
「おんぴらぴら けんぴら けんのう そわか」
 
真言を唱えながら足を前に出す。
 
すると、一気に大きな煙が私を包んだ。
 
息が苦しい。
目が痛い。
前が見えない__。
 
渡るのは一瞬だった。
 
渡り終えた後、残った少しの恐怖。
それは火の怖さだけではなかった。
 
「気づかいない」ことの怖さだ。
 
自分に見るべき落ち度がわからない。
けれど、火種は突然炎に姿を変える。
突然人を炎に包む。
 
心の火種を自覚することができないこと。
無意識に軽んじてしまっていること。
 
それこそが私にとっての「三毒」だったのだ。
 
 
 
 
***
 
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2019-12-20 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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