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焔を守る

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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:東ゆか(リーディング倶楽部)
 
 
つい30年前まで、ドイツは東西に自由主義国と社会主義国に別れていた。
東側から西側への移動を封じるために、ベルリン市内が東西に分断されていた。
東側に住む人たちは容易に西側へは行けず、人々は移動の自由を訴えていた。
 
歴史の教科書を読んでも、この部分は2、3行程度でしか扱われない。私はそれを「出来事」としてしか知らず、東西の人々がどのような思いで、分断された日々を生きていたかを全く知らない。
 
ベルリンの壁が崩壊した夜のことを、「世界のスクープ映像」のような番組で観ることがある。壁の上によじ登った人たちが、つるはしを持って壁を壊しているあの映像である。
 
「あれは本当に大事件で……」と当時ドイツで暮らしていた人が、目を細めながら話しているのを聞いたことがあったが、その出来事は私にとっては「どこかの橋が開通した」みたいな類のものでしかなかった。
 
『革命前夜』(須賀しのぶ・文春文庫)は、ベルリンの壁が崩壊するその年を描いた歴史エンターテイメント小説だ。
 
主人公のピアニスト・眞山柊史は、「自分の音」を探すため、敬愛するバッハを育んだ東ドイツ・ドレスデンの音楽大学へ留学する。
伝統的な音楽文化が今なお市民の生活と共にあるドレスデンで、眞山は「自分の音」を見つけられるのではないかと意気込んでいた。
 
眞山の音楽仲間となる登場人物たちは、個性的だ。
悪魔的な演奏で、人を惹きつけて止まないハンガリー人のヴァイオリニスト、ラカトシュ。
演奏も顔立ちも端正な、秀才ヴァイオリニスト、イェンツ。
伝統的な高い技術を持つ北朝鮮のピアニスト、李。
「香り高い雨」のような音を奏でるヴェトナム人、スレイニェット。
そして眞山の憧れのオルガニスト、クリスタ。
 
音楽を扱った小説というと、直木賞・本屋大賞を受賞し、映画化もされた『蜜蜂と遠雷』が記憶に新しい。国際ピアノコンクールを舞台に、天才たちがひしめき合い、切磋琢磨する青春小説だ。
物語の前半はこの主要登場人物たちが、次々と登場し、『蜜蜂と遠雷』のような青春物語が繰り広げられるかと思いきや、見事にその期待は裏切られる。
「自分は外国人だから、国内の事情については門外漢だ」と高をくくっていた眞山だったが、次第に東ドイツ特有の監視社会に巻き込まれてしまう。
 
この小説では、冷戦下の東ドイツの生活が描かれている。中でも物語のポイントとなるのは「密告社会」だ。
 
「この国の人間関係って、二つしかないの。仲間か、そうでないか。より正確に言えば、密告しないか、するかよ」
というクリスタの言葉が表しているように、この小説の登場人物たちは、密告者する者と密告しない者に二分されてしまうのだ。
それは各地からドレスデンに音楽を学びに来た音大生たちも同じである。
 
物語の前半は、それぞれの登場人物の演奏や、曲想が多く描写されている。
登場する曲を知らなくても、その曲の荘厳さや、演奏の華麗さを想像することができ、一人一人の演奏を鮮明に想像できる。
 
このまま、爽やかな音楽青春物語が進んでいくのではないか。
しかしそんな願いとは裏腹に、物語が進むにつれて、それまで仲間だと思っていた者たちへの疑心暗鬼が芽生えてしまう。
 
そうなれば私たち読者も、当時の東ドイツに生きる人々と同じだ。
「誰かに見張られている」
「自分の言動は誰かに報告されてしまう」
「このままこの国で、自由に生きることは不可能だ」
 
前半の、音楽を舞台にした青春物語は消え失せ、若者たちは歴史と社会の渦に翻弄されてしまう。
 
ある者は消え、ある者は残り、ある者の正体は暴かれた。
抗うことのできない監視社会の中で、彼らは何を失い、何を守ったのだろうか。
 
作中、オルガニストのクリスタの口から次の詩が引用される。
 
「焔を守れ。もし焔を守らねば、思いもよらぬうちに、いともたやすく風が灯を吹き消してしまおう。
そして、汝、憐れ極まる魂よ。痛苦に黙し、引き裂かれるがよい」
 
この「焔」という言葉は、作中に何度も登場する。
 
現在、ベルリンへ行くと、街なかで白い十字架が掛けられたフェンスを見にすることができる。足元には花とキャンドルが添えられているだろう。
 
そのフェンスは、ベルリンの壁の跡地だ。壁のあった当時、壁を乗り越えようとして銃撃され、命を落とした人人々が大勢いた。十字架は亡くなった人たちへ手向けられている。
 
私がベルリンへ行ったとき、冬の黄昏の中、キャンドルに照らさた仄暗く光る白い十字架を見て、殺された人たちや、親しい人を亡くした人たちのことを想った。
しかし「ベルリンの壁」が崩壊した事実しか知らなかった私にとっては、ここで誰かが亡くなったということ以上に、何を思ったら良いのかずっと分からなかった。
 
本作を読んだ後で思い返すと、あのキャンドルの焔は、ドイツが東西に別れていた時代の人たちが守り抜こうとした焔の象徴だったのだろう。
 
作中、眞山はドレスデン市内で行われていた、キャンドルを手に持ち佇む「自由へデモ」を見たときにこのようなことを思う。
「ああ、そうか。胸に迫るわけだ、と納得する。ここの焔は、音に似ているのだ」
 
物語の中で、ドレスデンを去ることになってしまった音楽家の中には、「音楽」という焔が存在していた。
しかしそれを守ることができなかった者はその場を去ることになってしまい、同じ音楽を志し、唯一無二となるはずだった友や、恋人から引き裂かれてしまう。
 
『革命前夜』を生きた彼らの音楽という焔はどう守られ、どう消されてしまったのかを一読していただきたい。
 
『革命前夜』(須賀しのぶ・文春文庫)
 
 
 
 
***
 
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2020-08-01 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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