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「承けたもう!」で過ごす夏休み


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:佐藤 未希子(ライティング・ゼミ通信限定コース)
 
 
「承けたもう!」
山伏の修行では、祝詞やお経の言葉を除き、この言葉以外を発してはいけない。
先達と呼ばれる修行の指導者からの指示がたとえどんなにつらく理不尽なものだとしても、「承けたもう」だけが唯一発するのが許されている応えなのである。
 
夏に山伏の修行に行きだして、4,5年経つだろうか。
修行回数も4回になる。
山伏修行について聞かれることも多くなってきた。
そして、必ず聞かれる質問が「なぜ山伏修行をするのか?」である。
 
私にとって、山伏修行は夏休みみたいなものなのである。
2泊3日の修行を終えると本当に心も身体も休まっているのである。
だから毎年懲りずに修行している。
 
死に装束を表す白い装束を全身にまとい、羽黒山、月山、湯殿山に入り、生まれ変わって山を下りるのが私が参加している山形県の鶴岡で行われている山伏修行である。
 
修行の内容を口外してはいけないというのが、修行の約束の一つである。
今後経験する人の修行の妨げになるからだ。
だから修行内容を詳しくは書けない。
 
ただ、修行中にやることすべてが修行の一環であり、精神的にも身体的にもかなり過酷であるのは確かだ。
もう4回経験しているので、修行の内容はわかっている。
しかし、自然相手のせいもあり、毎回その辛さが違い、「何で今年も来ちゃったかな」と毎回自分を責めるはめになっている。
 
ある年は、怒涛のように流れる心まで凍りそうなくらい冷たい雪解け水に身体が堪えた。
別の年は、月山の山の上から吹き降ろす豪風雨に身体が吹き飛ばされそうになりながら、必死に岩にしがみついて山を登った。
もう切り落としたいと思うほど脚がしびれた年もあった。
目と鼻と耳ともうすべて身体に空いている穴を塞がせてくれと叫びたいほど煙かった年もあった。
疲労で、ここまで瞼というものは重くなるものなのかと瞼の重みをしみじみ味わった年もあった。
 
なぜ、そんな修行で心と身体が休まるのか……
 
修行ではすべてが決められている。
着るもの、食べるもの、何時に何をやるかすべて先達が決める。
修行の項目はだいたい決まっているが、自然相手で天候にも左右されるので、順番が同じことはまずない。
予測不能な状況で、すべてに「承けたもう!」の一言で応え、拒否権は与えられず、自分の意思を挟む余地もなく、「ぶおぅぉおおーっ!」というほら貝の音色を合図にもくもくと指示された修行に励む。
ことある毎に捧げられる祝詞やお経ももちろん言葉が決まっている。
自分で勝手に作った祝詞やお経を捧げても、神様に祈りは届かないのである。
そんな状況に置かれると、何か理不尽な扱いを受けているかのように思えるが、そんな怒りのようなものは湧き起らず、むしろ安らぎさえ覚える。
ドMなのであろうか?
いや、理由は別のところにあるような気がしている。
 
思えば、東京での日常は、決めることばかりである。
朝起きた瞬間から、何を着て、何を食べ、何時に何をするか、やるべきこと、やりたいこと、やりたくないこと、伝えなければならないこと、伝えたいこと、伝えてはいけないこと、自分のことだけではない、家族や、同僚、取引相手のことまで、脳みそはフル回転である。
おまけに自分が思った通りに物事が進めばまだよい方で、大抵何らかのトラブルに見舞われる。
もうそうなると、脳みそはフル回転どころか、耳から煙が出そうな勢いである。
 
修行で、自分で決めることができない状況に身を置くと、脳みそは働く余地がなくなる。
働かなくてよくなった脳みそはクールダウンしていく。
クールダウンされた脳みそには、脳みそから生産された色々な情報でぎちぎちに敷き詰められていた場所に空間が生まれ、そこに風や水の音、植物の臭いがすーっと入ってきて、それをただただ味わえるような感覚になる。
それが、安らぎを感じる理由ではないかと思っている。
 
もちろん、最初からこのような感覚があったわけではなかった。
初めて修行に参加した年は、前の年に参加した友人達からの脅しとも思えるような感想の数々や、次に何をするのか全くわからないという状況で緊張と疲労もあり、達成感は感じたが、あまり心が休まった感覚はなかった。
ここ数年の修行では、これまでの経験に助けられ、修行に素直に身を委ねることができるようになったからであろうか、この心が安らぐ感じを味わえるようになったように思う。
 
身体はどうであろうか。
2泊3日、朝から晩まで身体を酷使し続け、おまけに食事は「これで本当に3日間身体がもつのか?」と思えるほどかなり質素かつ素朴である。
 
これも普段の生活から考えるとかなりの制限である。
普段は、脳みそを働かせる割には身体をほとんど動かしていない。
平日は通勤が運動代わりで、週末に申し訳程度にジョギングをするくらいである。
身体を動かしていないくせに、健康の為にと言い訳しながら、3食しっかりときっちりと食べ、おまけにがんばったご褒美と称してアルコールまで摂取している。
実は、このような生活は別の意味で身体を酷使しているのではないかという気がする。
フォアグラを作る為に無理やり口から餌を入れられている鴨みたいな?
 
修行の時は、不思議と身体は大丈夫なのである。
毎日、疲労困憊で、身も心も文字通りどろどろのまま床につくわけだが、本来の自然治癒力が働くのか、翌朝起きると不思議と身体は回復していて、身体が軽いような感覚があり、不思議と空腹感もあまり感じないのである。
ドMなのであろうか?
いや、理由は別のところにあるような気がしている。
 
修行中の制限された状況に置かれると、人の身体というものは思った以上に過酷な状況に耐えられ、またそれを思ったよりも少ない力で癒すことができることを実感できる。
日常生活ではそれを忘れて、そんなに疲れていない身体に過剰なケアをしてしまっているのではないか、それが逆に自分を疲れさせてしまっているような気がしている。
 
今年は残念ながら、山伏修行もコロナ禍で中止を余儀なくされている。
私の心と身体の夏休みは来年までお預けで、おまけにコロナの為でいつもより色々なことに気を遣わなければならないし、制限も多い。
しかし、こんな時だからこそ、「承けたもう!」とつぶやきながらこの夏を乗り切っていこうと思う。
出羽三山がごくたまにちらりと見せてくれる美しい景色を思い出しながら。
 
 
 
 
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2020-08-14 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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