メディアグランプリ

年下の彼女と僕の空白


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記事:カズ(ライティング・ゼミ夏期集中コース)
 
 
「高校生みたい」
一回りも年下の女子は、覆いかぶさった僕の目を見つめてクスリと笑いながら言った。その言葉に僕は少し傷ついたけど、そういう傷つき方にはもう慣れていた。
「がっついてる?」僕は自虐的に聞いてみた。
「うん、がっついてるね」
「……中高、男子校だったからね。こういう方面の経験値はまだ高校生だもん」
僕はわざとらしく機嫌を損ねたような表情をしてみせた。
そして、あたかも、パソコンで入力した文字を変換する時のように、タンッと、人差し指のハラで彼女の肌を優しくノックした。
 

 
男子校の弊害は大きかった。
何十年前のことだったっけ。
もうすぐ共学になるらしいよ、という言葉に騙されて、僕は中高一貫の男子校に入学した。
同じように騙されて入った同級生もたくさんいたので、これはある種の伝統なのかもしれない。その学校で見かけた女性といえば、入学から卒業まで、売店のおばちゃんだけだった。
男子校での学生生活自体は、ある意味ではすこぶる楽しかった。騙されたからといって別に親を恨んだりはしていない。
ただ、僕の心の中のノートには、何も書かれていないままの空白のページがごっそり残った。
 
大学進学で東京に出てきてから、女子とのコミュニケーションには苦労した。僕の余計な一言で、彼女たちはすぐに機嫌を悪くしたし、彼女たちの思わせぶりな振る舞いに勘違いさせられたりもした。
自ずと、女子との会話にはすこぶる慎重になった。いつの日からか、女子と会話するときには、頭のなかにパソコンが出てきて、空想上のキーボードで文字を入力し、変換し、できた文章を目で見て確認してから、口から発するようになった。おかげで余計な一言は減ったが、逆に無口な人になりかかった。
逆に、女子から言われたことも、一度頭の中のキーボードで打ち込んで、変換し、出来上がった文を仮想的に見て、裏の意味を予測した。
何年か経って、この面倒くさい作業にも少し慣れてきたかなと感じることもあった。ただ、そう思って頭の中の変換をさぼると、途端に、目も当てられない失敗をした。
 
中高生時代に埋められなかった空白のページは、これらの向かい傷で満身創痍になりながら半分くらいは埋まっていった。いや、半分しか埋まってなかった、というべきか。そして、「殉職」直前だった僕が出会ったのが、例の一回り以上年下の彼女だった。
 

 
「好きに動いていいよ」
タンっとノックした僕の人差し指をつかんで、彼女は言った。
“わざとらしく不機嫌そう”だった僕の表情が、一気に緩んだのが自分でも分かった。
 
彼女とは出会って3ヶ月目くらいだった。
「大人の仲良し」は今日で三回目。お互いのぎこちなさが少し抜けて、僕も慣れてきた頃だ。
 
最初から彼女はやりたいことがはっきりしているタイプだった。一回り年上の僕が半歩遅れて、彼女の希望に合わせて動くことが多い関係性だった。ただ、大人の仲良しの時に限っては、彼女はどちらかというと受け身だった。僕が満足するのを待ってくれた。
 
好きに動いていい、と彼女のお許しが出たので、僕はその言葉に甘えることにした。
しばらくその体制のまま息遣いを交換したあと、今度は彼女の体を持ち上げ、彼女の体重を全身で受け止めた。
少し体をずらし、彼女の反応を見た。
弱点かな、と思うところに触れてみたりもした。
 
中高時代に空白だったページを埋めるように、さらに、何回か体の向きを入れ替えた。
ぎこちなかった前回と比べると、ずいぶん時間が経過した。
 
ボソッと彼女がつぶやいた。
「はやくして」と。
僕はスッと我に返った。
彼女の表情を見た。ちょっとしんどそうに目を閉じていた。
 
しまった。
調子に乗りすぎた。
「空白のページ」を早く埋めたかった僕は、ときどき焦りすぎる。
 
「ごめん」
僕がつぶやくと、彼女は目を開けた。
慣れてきたと思った頃に失敗する、いつものパターンだ。
ただ、言葉じゃなくて振る舞いについては、僕の頭の中のパソコンではシミュレーションが難しい。
少し落ち込んだ気持ちを抱えながら、僕らは、ほどなく、今日の大人の仲良しを終わらせた。
 
ワンピースに袖を通している彼女に、僕はフォローを入れようとした。
「疲れちゃった?」
「ううん」彼女は首を振った。
「痛かったりした?」
「ううん、なんで?」不思議そうに聞き返してくる。
「ごめんね」
「どしたの」
「はやくしてって言われたから、……その、嫌だったのかなって」
「えー、なんで?」
何か、違和感。
話が噛み合わない。
五秒ぐらいの沈黙のあと、僕はもう一回きいた。
「早く終わらせてほしかったんでしょ」
「速く動いてほしかったの」
「えっ」
僕らは目を見合わせた。
「早くすませて欲しかったんじゃないないの?」
「違うよ」
「はやく、と、はやく、を間違えた?」
「漢字で言えばよかったね」
 
どうやら僕の頭の中のパソコンは、変換を間違えたようだ。
 
僕の表情を見て、彼女は、吹き出して笑い始めた。
つられて僕も笑った。
 
しばらく二人で笑ったあと、僕はそっと彼女の額に手を伸ばし、あたかも、パソコンで入力した文字を変換しなおす時のように、もう一度タンッとノックした。
 
なんだか僕の空白のページがいつもより多く埋まったような気がした。
僕ら二人の距離も、そのページ分縮まった。
 
 
 
 
***
 
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2020-08-17 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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