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「理想のお産」が崩れ去ったとき


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:神谷玲衣(ライティング・ゼミ 夏期集中コース)
 
 
「どうせ緊急搬送になるんだから」
 
向かい合った椅子に座った白衣の老医は、吐き捨てるようにそう言った。
 
私は一瞬耳を疑ったが、その後も淡々と吐き出すように続く医師の話を、あまり覚えてはいない。やっとのことでその産院を後にして乗ったバスの後部座席で、とめどもなく涙が溢れてくるのをどうすることも出来なかった。
 
まだお腹のふくらみもない頃ではあったが、産院を早く決めたいと思い色々調べていくうちに「助産院で産みたい」との思いが高まっていった。
 
本来お産というのは、赤ちゃんの「生まれたいタイミング」に合わせて、自然に進むものなのに、現代では医療が介入しすぎて不自然な出産になっている、という本を読んだり、助産院で産んだ友人の話を聞いたりすると、助産院での出産がとても理想的な気がしてきたのだった。
 
近所に評判の良い助産院があり、見学に行ってみると、そこのオーナーである助産師さんがお話をしてくださった。出産にたいする考え方にとても共感できたので、ぜひここで産みたいとお願いすると、まずは提携医で診察を受けてくださいと言われた。
 
助産院というのは、助産師さんが出産時の介助をしてくれるのだが、法律により、出産までの検診は病院で行わなければいけない。なので、助産院には提携している病院があり、そこで出産までの健康管理をするというシステムになっている。
 
やっと理想の出産場所が見つかったと安堵しながら向かった提携病院で、院長だというその老医は、私に最初にこう聞いた。
 
「なんで助産院で産みたいの?」
 
予想もしなかったその質問に、ちょっとしどろもどろになりながら、「え?あ、あの、自然なお産がしたいと思ったので。」と答えた私に、驚くような言葉が降ってわいてきたのだった。
 
「どうせ緊急搬送になるんだから」
 
キンキュウハンソウ、キンキュウハンソウ……
 
今までの自分の人生で関連ワードに上がることもなかった言葉が一瞬理解出来ず、なんども頭の中でリピートしてみた。
 
「高齢出産なのに、助産院で産みたいって、ホントこういう人が多くて困るんだよね。結局助産院では対応しきれずに緊急搬送されて来るんだよ」と、老医は追い打ちをかけるように冷たく言い放った。
 
そう、たしかに私は高齢出産だった。当時、東京では産院不足が言われ始めた頃で、しかも高齢妊婦は嫌がられるとの話がちらほら聞こえていたのだった。それで焦って産院を決めたかったのだが、まさか助産院が提携している病院で、そんなひどい言葉をかけられるとは思ってもみなかった。
 
結局、理想の助産院で産むために、そんな病院に検診に通いたくはなかったので、その助産院での出産は泣く泣く諦めた。
 
そして再度探した結果、助産院ではなく、完全母乳を謳っていた大きな総合病院の産科を選んだのだった。産後母子別室という病院も多いなか、その病院は産後すぐに母子同室で、完全母乳を目指して手厚くケアしているとのことだった。
 
出産までの道のりはとても快適だった。高齢出産にも関わらず、マイナートラブルも全くなし。そして医師から、高齢なので特に気をつけるように言われていた体重管理もバッチリだった。
 
それまで私は、人生の長い期間をハードに仕事全開で生きてきたが、妊娠しながら続けるには難しい仕事だったこともあり、妊娠してスパッと仕事を辞めた。しかし、何もしない毎日に耐えられなかった私は、通勤定期を買って、毎日マタニティヨガとマタニティスイミングに通い、出産までなんと4kgしか増加しなかったのだ!
 
友人たちには、「通勤定期を買ってまで運動に通う妊婦なんて見たことない」と笑われたが、それまでの生活がハード過ぎたので、いきなりぽっかり空いた空白の時間に耐えられず、「やることない症候群」になりかけていたのだと思う。産まれたこどもは3000g以上あり、産んだ後の体重は、妊娠前よりも少なかったくらいだったので、友人たちからは「妊娠ダイエット」と驚かれていた。
 
出産した産院では、妊婦が出産前に「理想のお産・バースプラン」を書いて提出することになっていたが、自然なお産が理想の私が書いたのは、以下の3点だった。
 
●陣痛促進剤は使いたくない
●会陰切開はしたくない
●完全母乳で育てたい
 
妊婦時代は楽しく気楽に過ごしていたが、出産自体は、破水してから25時間半もかかる難産だった。
 
結局、あんなに自然なお産を望んでいたのに、あまりに陣痛が来ないため、助産師さんに「これ以上長引くと赤ちゃんが衰弱するかもしれないので、陣痛促進剤打とうと思いますが、どうですか?」と聞かれて、20時間以上も耐えていた私は間髪入れずに「打ってーっ!!!」と叫んでいた。
 
産まれるときには、先生に「あー、ちょっと出にくいので会陰切ってもいいですか?」と言われて、「切ってーっ!!!!」と絶叫していた。
 
極めつけは、産まれたこどもが不整脈と低血糖で震えていたらしく、すぐにNICU(新生児集中治療室)に連れていかれたことだった。完全母乳が理想で選んだ病院だったのに、初乳こそスポイトで取ってミルクに混ぜてはくれたが、2日間ほどミルクを飲ませるハメになった。
 
私は完全に敗北感に打ちのめされた。それまでは仕事で自己肯定感が高い人生だった。妊娠しにくかったけれど、それでも妊娠出来て、妊婦時代も快適だった。臨月になる頃には、「高齢出産だから緊急搬送になる」なんて言った、あの老医に「ざまーみろ!」と言ってやりたいとすら思っていた。出産だって、自分の理想のスタイルで出来るんだから!と信じていた。
 
でも、結局理想の出産は崩れ去り、娘はNICUに入ってしまった。NICUの看護師さんが、うさちゃんの形に可愛く切ってくれ、娘の小さい体にチューブとともに貼られた医療テープを見ながら、私はボロボロ泣き続けていた。「私が年とってるから、こんなになっちゃってごめんね」 と、何度も何度も、夜中にこっそりと泣いた。
 
今にして思えば、あの老医の言った通りだった。もしも助産院で産んでいたら、もしかしたら娘は命を落としていたかもしれない。あの時、バッサリ切り捨ててくれたからこそ、私はNICUのある病院で出産することが出来たのだ。
 
「出産は仕事とは違うよ。何でも自分でコントロール出来るわけじゃないんだよ」もしかしてこの言葉が、あの冷たい言葉の裏に隠れていたのかもしれない……と、気づいた私は、その時からお母さんへの一歩を踏み出していた。
 
 
 
 
***
 
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2020-08-18 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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