メディアグランプリ

ほんとうの微笑みをみたい? タイ人イチコロの必殺技教えます。


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:しげG(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
「タイ人って微笑まないでしょ? ガイドブックに載ってるあれって嘘だよね」彼女は笑いながらそう言い放つと「必殺技教えてあげるよ。タイ人もイチコロのね」と筆者を驚かせた。必殺技? アメンボのような細長い手足からは想像できない暴力的な言葉だ。「じゃ、散歩にいこう」とうながされ、おろおろと彼女に導かれるまま夕暮れのストリートへと歩き出した。
 
海外旅行では思わぬ裏切りにあってしまうことがある。楽しみに待っていた通販の箱を開けたら粗悪品にがっかりするような、そんな心情に近いのだが、筆者にも経験がある。満面の微笑みで出迎えてくれる写真や、おもてなしの限りを尽くしてくれるような広告。期待に胸をふくらませ足をタイへと向けたが、実際はどうだ。あいさつをしてもこちらをチラッと見るだけの入国管理官。スマホ片手間に面倒くさそうに対応する両替窓口。かろうじて愛想がいいものの、支払いでは金額が上乗せされるタクシー。筆者の初めてのタイ旅行は、こんな裏切りの連続から始まったのだ。
 
ところで筆者はゲストハウスと呼ばれるところに宿泊することが多い。一泊1000円も出せば、清潔でシャワー・トイレ付きの個室が借りられる。豪華さはなくプライベート感も低いが、宿泊者同士の交流が楽しめるのだ。ここでは旅の常連というかプロフェッショナルというか、とにかく事情通の方々から現地のナマの情報を手に入れることができる。この日も街の中心にあるゲストハウスにチェックインすると、交流スペースでひとりの女性がお茶を飲んでいた。冒頭の必殺技の彼女だ。タイ古式マッサージの修行のため、通算100日以上タイに滞在している旅のプロフェッショナルである。
 
彼女に誘い出された夕暮れのストリートには、そこかしこにバーが立ち並んでいる。バーのママさんたちは一様に道端にお供えをし、なにやら祈りをささげている。なんともミスマッチな光景に思えた。さらに歩いていると猥雑なストリートには不似合いな小さなお寺があった。彼女はそのとなりにあるカフェのテーブルを指さし「ここに座ろう」と言った。あたりは行き交うバイクやら、バーから流れる音楽やらが騒々しい。おすすめらしいエスプレッソが2つ運ばれてきたが、落ち着かないそぶりのわたしの心中を知ってか知らぬか、彼女は涼しい顔でエスプレッソをすすり始めると、そのままぷっつりだまりこんでしまった。
 
必殺技の話はどうしたのだろう。ちぇっ。ただカフェに付き合わされただけか。半ばイライラした気分でエスプレッソをすすっていると、となりのお寺からお経が聞こえてくることに気付く。何の気なしに耳をかたむけていたのだが、しばらくするとお経だけが静かに耳に入ってきて、あたりの騒音がフェイドアウトされていく……。潮が満ちてくるように、脳内がお経の音色に心地よく浸されてきたのだ。ゆっくりと心中も穏やかになっていく。ひまそうなカフェのスタッフもぼーっと通りを眺めながらお経に聞き入っているように見える。
 
30分くらいたっただろうか。彼女は「帰ろう」と言うと、お代と少しばかりのチップをテーブルに残し立ち上がった。カフェのスタッフとすれ違ったとき、彼女は両手を合わせて「サンキュー」とお辞儀をした。スタッフはにっこりほほ笑んで同様に合掌すると「コップンカー(ありがとう)」と返してくれた。
 
「見たでしょ? 必殺技」え? なに? ああ、あの合掌がそうか! キックボクシングのKOシーンのようなものを想像していたが、彼女の言う必殺技はただ手を合わせるだけという簡単なものであった。彼女の話によるとこのあいさつは「ワイ」と呼ばれ、タイ人の日常習慣の一部になっているらしい。タイでは仏教文化が生活に根付いており、男性には出家制度も課せられている。しかるに日常のあいさつにおいて合掌することは当たり前のことなのだ。
 
よし。このスキルをマスターすれば、タイでの滞在が一変しそうだ。カフェのスタッフのあの微笑みを見ても、効果は間違いない。なぜさっさと教えてくれなかったのか。そう尋ねると「気軽に乱発して欲しくなくて。タイ人が大切にしているものをわかってからじゃないとね」と、彼女はもの憂げに答えた。なるほど彼女の言うこともわかる。ストリートでの一連の出来事がそれを教えてくれていた。タイ人は日常にあるものや出来事すべてを敬い感謝しているのだ。そしてその気持ちが「ワイ」に凝縮されているのである。
 
必殺技を手に入れた筆者はその後、買い物のときもタクシーに乗るときにも「ワイ」を繰り出した。もちろん感謝の気持ちも忘れない。不愛想な屋台のおばちゃんもこの「ワイ」一発で激変した。「あら。この人はわたしたちの国をちゃんとわかっているのね」といった気持ちになるのだろうか。同時に単なる旅行者からローカルの一員として認められたような、なにやら自分の「格」が上がったような、そんな錯覚すら覚えてしまう。あらためて「ワイ」の効果に驚く。「ワイ」は「ありがとうのブーメラン」のようなもので、こちらが気持ちを込めて「ワイ」をすれば、ほぼ100%「ワイ」が返ってくる。
 
こうして筆者は「ワイ」によってほんとうの「微笑み」を勝ち取ることができた。それは単に手を合わせるという技術的なものではなく、タイの文化や習慣に対する敬意や感謝を込めて行うべきものなのだということも肝に銘じた。困ったことにというと語弊があるが、ときどき日本でもついつい「ワイ」をして怪訝な目で見られてしまうこともある。昨今では薄れてしまった感があるが、日本でも「袖振り合うも多生の縁」にあるように、他人を敬い、人との出会いに感謝する習慣があったはずなのだが……。日本人が忘れてしまった感情に懐かしさを覚えつつ、必殺技も覚えた筆者は今ではすっかりタイ旅行にハマり、毎年2回は訪れている。気持ちの変化も面白い。「また来たよ」というよりも「ただいま」という気持ちになるのである。
 
 
 
 
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2020-08-22 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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