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優しい魔女は嘘を吐く


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:倉持加奈(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
この文章はファンタジーなフィクションです
 
「アルバード、貴方に教えることはもうないわ」
 
僕が部屋に入った時に先生はそう言い、年代物の椅子に腰掛けハーブの香りが立つカップを手にした。
部屋に置かれた植物が太陽の光で輝いている。
 
「そんな顔をしてもダメよ……帰りなさい、アルバード・キャロル!」
 
先生は不機嫌そうに僕を睨んで怒鳴った。
僕は背を向けて部屋から出ていくことしか出来なかった。
 
 
ここは最果ての村、クノイスト。
この小さな村に住む人々は魔法が使える。
 
僕の先生、ステラ・フロースは、植物から作る魔法薬に精通した偉大な魔女だ。
魔女であることを隠して他国にも売りに行き、王室からも腕の良い薬師として頼られている。
 
僕の出自は隣国で、両親は不治の病に掛かった僕を6つの時に教会に預けた。
そこに訪れた先生が弱った僕を引き取り、魔法薬で治療され今では完治している。
自立しなさいと家を与えられたが、恩返しのために先生の家に通って手伝いをしていた。
 
「アル、薬草採りに行くの? あたしも一緒に……うわぁ!!」
 
僕を待っていたみたいに現れたのは、ほうきに乗ったマリス・テンペスタース。
体勢を崩したのか落ちて尻餅を付く。
僕は笑いが堪えられず、肩を揺らして腹を抱えた。
 
「そんなに笑わないでよ……今日はなに? トリカブト?」
 
マリスは顔を赤らめて立ち上がり、服に付いた土埃を払っている。
僕は首を横に振ってそうじゃないと伝えた。
 
僕と先生の間に何かあったという事に気付いたらしい。
マリスは僕をジッと見つめた後、ほうきを放り出して家の中に駆け込んでいく。
追い掛ける気にはなれず、一人で立ち尽くした。
 
『あなたは今日から、アルバード・キャロルよ。この病は私が治すわ』
 
子供だった僕にこう告げた先生は、どんな天使や女神よりも優しげで、僕を救いに来た聖母様だと思った。
 
――……
 
「どういうことですか先生!」
「静かになさい、マリス・テンペスタース」
 
アルの酷い顔を見た後、ステラ先生が居る部屋へと駆け込んだ。
私はアルがこの村にやってきた時から二人のことを見守ってきた。
アルが人間で魔法を使えないことも、先生が優しさからアルを引き取ったことも全て知っている。
 
「アルに帰れって、どうして言ったんですか!?」
「……良い眼をしているわね」
 
私が魔法を使って事情を知ったと分かったらしい。
先生の上品なローブが揺らめき、妖しさと共に立ち上がる。
私の目の前に立ち、紫色の瞳が私を覗き込んだ。
内側が青みを帯び、花の様に見える瞳が綺麗過ぎて、恐怖すら覚える。
 
「理解なさい、魔女が人間に教えられることは何もないの」
「せ、先生は知ってます……アルは、魔法を教わりたくて通ってる訳じゃないって……」
「急に威勢が無くなったわ。私が怖いかしら?」
「アルはステラ先生が好きなんです! 先生に恩返しがしたくて、ここに通ってるんです……!」
 
必死に恐怖を堪えた言葉に、先生は動揺して少し離れる。
しかし顔色は一切変わらず、瞳の輝きさえ依然としていた。
私は魔法を使う為に両手を上げて先生に向ける。
口の中で小さく呪文を唱えて、先生の心の中を覗き込んだ。
 
――……
 
隣国の教会で彼を引き取ってから10年になる。
目を離せない小さな子が、あっという間に立派な青年へと成長した。
何も言わなくても必要な薬草を倉庫に取りに行き、残りが少なくなれば森や山に採りに行く。
小さい頃から倉庫や外へ一緒に連れて行ったせいで、必要以上に憶えさせてしまった。
 
私達が魔法を扱えるのは血が呪われているからだ。
神話の時代、この土地の人間が神と契約を交わし、不思議な能力を授かるその代わりに受けたもの。
私が強力な魔法薬を作れるのは血が濃いからだ。
 
その時代の書物には、人間が魔法を使おうとすれば代償として厄災が身に降りかかるとあった。
彼が調薬を手伝い始めて3日後、気付いてしまったのだ。
魔法の代償として奪われたものに。
 
 
マリスは私の心を読み終わり、目を丸くしてゆっくり手を降ろした。
 
「まさか、そんな……」
「彼は人間なんだから自分の国に帰るべきだわ。私が面倒をみる必要なんてないの。正直、迷惑なのよ」
 
私は扉の前で聞き耳を立てているはずの彼に聞かせるため、少し声を張った。
思った通り、小さな物音と走り去る足音が聞こえてくる。
マリスは彼が居ると思っていなかったのか、足音に振り向き、その後に私を睨んだ。
 
「アルがいるって知ってたんですか!?」
「この村では馴染みが無いでしょう、アルバードって名前。私はね、病気が治ったら元の国に帰すって、最初から決めていたの」
「いくらなんでも酷いです! 先生はアルが嫌いなんですか!?」
 
マリスは私が怒らないとでも思っているんだろうか。
我が子のように大切な存在なんだ。嫌うだなんて、ありえない。
最初は確かに私は母だった。子供を育てるという表現がどれだけ合っていたか。
 
「えぇ、嫌いよ」
「ステラ先生の大嘘吐き!!」
 
マリスは顔を歪めながら肩を震わせて叫び、部屋から出ていった。
 
これで二人ともしばらく私の家に訪れないだろう。
彼が頻繁に訪れることで進まなかった劇薬の調合をするため、隠し部屋に行き入口に鍵を掛けた。
 
――……
 
僕は国に帰れという先生の言葉に従い、最初に預けられた教会に身を寄せた。
庭園の管理を任せられて二ヶ月が経つ。
先生から文字を教わっており、書けば伝わるから不便はない。
 
夜にベンチで星空を見ていた時、魔女がこっちに飛んでくるのが見えた。
ほうきに乗ったマリスだ。
 
「アル! やっぱりここだったんだね!」
 
マリスは無事に着地し、にっこりして僕の目の前に立った。
僕も立ち上がり笑みを返す。
マリスはカバンの中から華奢な小瓶を出して僕に差し出した。
 
「ステラ先生から。飲んでみて」
 
小瓶を受け取って蓋を開けたら、甘くて優しい香りがする。
先生からというのもあって抵抗なく口に含めば、果物のような甘みが広がった。
 
「アルの声を戻すのに作ったんだって。必要な薬草が猛毒で、使う魔法も危険で。アルのために調薬するって言ったら絶対に反対するからって……」
 
マリスの言葉をすぐに理解できなかった。
僕は先生の元まで向かおうとしたが、マリスに腕を掴まれ引き止められる。
 
「まって、アルの声が出なくなったのは、アルが魔法に……」
「先生にお礼を言わなきゃ」
「今度この国の王室に呼ばれているから、その時に会えるよ」
「すぐに言いたい!」
 
今まで声が出なかったのが嘘みたいに話せていた。
じっとして居られないのに、マリスは僕の腕を離してくれない。
 
「この手紙にも書いてあるんだけどね、先生はアルの声が好きだったんだって」
「……え?」
「アルが話さなくなった時に決めたんだって。嫌われてでも声を取り戻すって。だから先生はアルの声を聴きたくて会いに来るよ」
 
僕はマリスから封筒を受け取って便箋を取り出した。
僕でも分かるように呪いのことも薬のことも書いてある。
最初に声を聴いた時から好きだったと、酷いことを言ったと謝られていた。
 
「先生との暮らしは、とても幸せだった」
「知ってるよ、ずっと見てたから」
「一緒に居られるなら、声なんて戻らなくて良かった」
「……」
「会いに行きたい。僕はステラ先生を今でも愛してる」
 
それでもマリスは、僕の腕を離してくれなかった。
 
 
 
 
***
 
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2020-08-29 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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