ワインなんてハマってもいいことないのに
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記事:ちゃんなな(ライティング・ゼミ通信限定コース)
「私の趣味はワインです」と人に伝えても、いいことはないかもしれない。
毎年年始に、芸能人が1本100万円のワインを当てるテレビ番組が放送されるせいだろうか。
お金がたくさん余っている裕福な人が飲むものという印象がある。
だから「普段ワイン飲んでます」なんて同僚の前で言うと、お高く止まっている印象は避けられないし、いろいろ味にうるさい人だと思われて、次から飲み会に誘ってもらえなくなるかもしれない。
だから普通のサラリーマンがワインにハマっても、いいことなんてほとんどなさそうだ。
そもそも、まさかハマることなんてないと思うだろう。
そのまさかが、わたしには起きてしまった。
酒屋や輸入食品店に行くと、ワインコーナーの棚を端から端までチェックしてしまう。
ワインをグラスで出す店に行ったらメニューも見ずに「ちょっと濃い目の赤ください」なんて言う、いけ好かないやつになってしまったのだ。
私がワインにハマったきっかけは、ほんの些細なことだった。
その日、よく飲みに行く友人とカジュアルな”多国籍料理”を出す居酒屋にいて、なんとなく「赤ワインください」と言った。
メニューを見ながら
「ワイン、よくわかんないよね」
「私もわかんないけど、ビールちょっと飽きたしなんか頼んでみよっか」
くらいの軽いノリだ。
するとTシャツとジーパンのラフな格好の店員さんが
「どのようなワインがお好きですか。メニュー以外のものもあります」
と言うではないか。
げげ。
そんなに本格的にワインを出すお店だと思っていなかった。
とりあえず「美味しいのをください」と伝えて出てきたのは、ギリシャのワインだった。
ギリシャでワインが生産されているのはかなり意外だ。
さらに店員さんはこう言う。
「召し上がっているハムはもちろん、カレー味の唐揚げともこのワインならよく合うと思いまして、お持ちしました」
カレー味の唐揚げに合うの?ワインが!?
お兄さん、面白いこと言うじゃん……と半信半疑で飲むと本当にこれがよく合うのだ。カレーの風味や鶏の旨味をより引き立てる味わいに驚いてしまった。
その日の帰り道、ワインについてあれこれ調べた。
どうやら、どんな国の料理であっても合うワインはかならず見つかるそうだ。
キムチ鍋でも、トムヤムクンでも、すき焼きでも。
それが可能なのは、一口に「赤ワイン」と言っても原料となるぶどう品種が何百、何千種類とあり、多様なワインが世界中で生産され、日常的に飲まれているから……ということだった。
元来食いしん坊で呑助な私は、もう気になってしょうがない。
「とりあえずビール」も絶対美味しいけど、料理の味を引き立てるワインがぴったりはまるのも快感だと気づいてしまったから。
“マンガでわかる”ワインの本を買い、ぶどう品種ごとの特徴を覚える。
付け焼き刃の知識で酒屋さんに通う日々が始まった。
ワインは高そうな印象があるが、実はピンきりだ。
1本250万円のロマネコンティばかり話題になるが、ヨーロッパでは庶民が日常的に飲むお酒だ。日本のビールや発泡酒と同じ。高級なものばかりではない。
1本1000円〜2000円のものなら、1人で2、3日かけて飲んだり、2、3人で分けたりすればそれほど高い買い物でないことがわかってくる。
カベルネソーヴィニヨン、メルロー、ピノ・ノワール……と呪文のようなぶどう品種を覚え、該当するものを買って飲んで確かめる。
何度も繰り返しているうちに、
「確かにカベルネは森みたいな匂いがする」
「ベーリーAは酸っぱい、でも先週のピノともまた酸っぱさが違う」
と、まるでワインに詳しい人みたいな楽しみ方をしている自分に気づき、驚いた。
油断するとすぐ酒瓶に家を占領される。抜栓して放置しているコルクの数はもう数え切れない。
それでもまだまだ、全然知らないワインがある……。
そうこうしているうちに、ワインにハマって3年経っている。
多分、私はもう手遅れなのだ。
よく「趣味にハマって抜け出せない」様子を”沼”と表現するが、”ワイン沼”はこれまでお世話になったどんな趣味のジャンルよりも広くて深い。
世界中の世代を超えた酒好きが全員ズブズブと沈んでいる。
日本のOLからアメリカの大富豪まで全員同じ沼に浸かっている巨大ジャンルなんて、他にあるだろうか。
だから私みたいな一般人は一生かけても「ワインのことはよくわかります」と胸を張ることはできないだろう。
ただこの沼が大きなおかげで、得したことがある。
飲食店のマスターや料理人さんはかなりの確率でワイン沼の住人だからだ。
焼き鳥屋でも、天ぷら屋でも、カレー屋でも、ワインがメニューにいくつか準備されていたら訊いてみると面白い。
「この料理に合わせるなら、どのワインがいいですか?」と。
同じ沼の住人だ!とわかると、お店の人は喜んで教えてくれる。
なぜ、そのワインを選んで提供しているか。
自分の好きなワインの話。
そして、料理やワインへの情熱とこだわり。
ただ料理を注文して食べるだけではうかがい知れない美味しい物語を、ワインは連れてきてくれるのだ。
「趣味がワイン」だなんて、同僚や友人に口が裂けても言えない。
しかも奥が深すぎて、一生かかっても凡人には楽しみきれる気がしない。
それでもこの葡萄色の沼は沈めば沈むほど楽しくて、抜け出そうという気持ちにはまだ一度もなったことがない。
***
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